罪を認める→罰金納付→全面否認…“ロス疑惑”の被告人と「未解決コンビニ裁判」

罪を認める→罰金納付→全面否認…“ロス疑惑”の被告人と「未解決コンビニ裁判」

©iStock.com

 未解決事件と聞くと、事件は発覚したものの犯人が捕まっていないという状況をイメージしがち。もちろんそのパターンも多くありますが、疑わしい人が逮捕されて起訴もされたけど、裁判で有罪か無罪かの判決が言い渡されていないというレアケースの未解決事件もあるのです。そんな未解決事件の裁判傍聴記を。

 事件は、2007年3月17日午後4時半、神奈川県平塚市内のコンビニエンスストア店内で男性被告人がサプリメント6個(3632円)を盗んだという内容。

 文春で名前を記載するだけでも緊張しますが、被告人はロス疑惑の三浦和義(当時59歳)です。

■「一度は罪を認め、罰金を納めてからの全面否認」いったい、何が…?

 2007年4月5日に警察は被告人を逮捕し、4月13日に小田原区検察庁が三浦被告人を略式起訴します。同日、横浜地裁小田原支部は三浦被告人に対して罰金30万円の略式命令を出し、三浦被告人はその日のうちに納付。

 しかし後に三浦被告人は実際に法廷内で公判を行う正式裁判を申し立てし、7月6日に小田原簡裁で初公判が開かれました。

 私はこの初公判を傍聴していませんが、当時の報道によると三浦被告人は罪状認否で「記憶する限り万引きはしていない」と否認したそうです。

 一度は罪を認め、罰金を納めてからの全面否認です。一体、何があったのか?

■傍聴券を求めて小田原へと向かう

 これはニュースや新聞で切り取られた記事じゃなく実際に続きが見てみたいと思い、2007年8月27日に横浜地裁小田原支部へ向かいました。この日は三浦被告人の第2回公判の開廷日なのです。

 と言っても行けば誰でも裁判が見られる訳ではなく、傍聴券の抽選にハズレれば東京から小田原までの時間と電車賃のムダになってしまいます。傍聴券17枚に対して集まった傍聴希望者は47人というそこそこの注目度。30人が突き返される傍聴券抽選の中、無事当選し入廷の権利を獲得です。

 傍聴券を受け取り法廷に入って傍聴席を確認すると、白いカバーが掛けられた司法記者席は9席用意されて記者が6人座っていました。つまり、記者席の空席が3席。傍聴しない司法記者は事前に申し出て、ハズレた人のためにも傍聴券をあと3枚増やして欲しいものですが……。

 傍聴人の入廷が終わると、弁護人2人と共に紺色のスーツを着た被告人が黒い封筒を持って法廷にやって来て、被告人席に着席。第2回公判スタートです。

 この日は、神奈川県平塚署の警察官2人への証人尋問。

 まずは7年半捜査課にいるという男性警察官への質問からになります。

〈検察官「4月2日、被害店舗のコンビニエンスストアに行ったのは何故ですか?」

証人「商品の陳列状況と防犯カメラの設置状況の確認です」

検察官「具体的にはどんな確認をしましたか?」

証人「サプリメント6点を手で持てるかという確認をしました」

検察官「他には?」

証人「定規を当ててサプリメントの陳列している高さを測って、何cmですとか。それを防犯カメラに映る姿を確認をしまして、一緒に行ったK巡査と『こんな感じかな?』と写真撮影しました」

検察官「元々の(防犯カメラの)画像や写真を持って行って、同じように撮ったんですか?」

証人「現場には写真は持って行ってません。自分の記憶の中で、こんな感じだと」〉

 写真を持たずに「こんな感じかな?」と犯行を再現するという、非常にアバウトな記憶頼りの捜査だったようです。

■「当時の報道でもあまり伝えられていませんでしたが…」この事件は“ちょっと変わったパターン”

 続いて弁護人からの質問。

〈弁護人「7年半の勤務の中で、万引き事案は何件くらいありますか?」

証人「数百件はあると思います」

弁護人「本件のように、後日防犯カメラの映像を見返して逮捕されるというのはありました?」

証人「ん~、あったとは思います」

弁護人「何件?」

証人「それは分かりません」

弁護人「レアケースではないですか?」

証人「はい」〉

 この事件は被告人が万引きしているのを店員が見つけてその場で逮捕したという事案ではないのです。

 当時の報道でもあまり伝えられていませんでしたが、店で棚卸しをしたところ品数が合わないので、店長が防犯カメラ映像を見たら怪しい動きをしている男が映っていたので警察に連絡。それで警察が防犯カメラの男を三浦和義被告人だと特定して逮捕に至った、という逮捕までがちょっと変わったパターンの事件なのです。

〈弁護人「今まで防犯カメラ映像を元に実験した事はありますか?」

証人「万引き事件では初めてです」

弁護人「三浦さんに直接やらせて写真撮らなかったのは何故ですか?」

証人「ん……まぁ、私の判断です」

弁護人「サプリメントは長時間持っていましたか?」

証人「いやぁ……そんなに重い物ではないので……」〉

 警察官としては商品の陳列状況と防犯カメラの設置位置などの確認目的でコンビニに行っているので、細かいところを訊かれて困っている感じ。これで弁護人からの質問は終了です。

■裁判官が浮かべた「呆れた表情」

 最後は裁判官から。

〈裁判官「この日現場に行って、特定出来た商品は何ですか?」

証人「え~、記憶が定かでないです……」

裁判官「サプリメントの商品名とか覚えてないんですか?」

証人「はい」〉

 その日から4ヶ月くらい経っているとはいえ、証拠くらい見てから証人尋問に挑むものかと思うんですけどね。裁判官も呆れた表情を浮かべて、この証人への質問は全て終わりです。

 続いて、2人目の証人尋問。この人は24年間捜査部にいる警察官。最初の警察官よりもベテランになります。

〈検察官「4月4日、現場のコンビニエンスストアには誰と行きました?」

証人「K部長です」

検察官「2日前にも警察としては写真を撮ってますが、再現の確認のためですか?」

証人「(2日前の写真の)遠近感の関係です。写真は遠い位置から撮っていたので、もっと近い位置に」〉

 さっきの証人が撮影した写真は使い物にならなかったようで、改めて写真撮影をするための追加捜査だったようです。それにしても、防犯カメラの位置から同じように撮らないと意味が無いような気もしますが。

〈検察官「ハッキリさせたかったポイントはどこですか?」

証人「左手に持っている状況です」

検察官「防犯カメラの画像で、サプリメント6個持っているのは分かるんですか?」

証人「ハッキリ分かりません」〉

 サプリメントを盗んでいる様子が防犯カメラではもちろん2日前の写真でもちゃんと写ってないので、サプリメント6個持っているのを本人ではなく警察官で再現したという話なんですね。盗んだと疑われている人による再現でもなければ、実際の防犯カメラの位置とは違う場所からの撮影という、もはや創作作品のような写真です。

■弁護人「この写真、防犯カメラと随分場所が違うんじゃないですか?」

 続いて弁護人からの質問です。

〈弁護人「この写真、防犯カメラと随分場所が違うんじゃないですか?」

証人「場所じゃなく状況が大事でしたので」

弁護人「状況って、6個の品物を一気に片手で持てるかですよね? 三浦さんに出向いてもらって撮るとか考えなかったですか?」

証人「その時はですね、商品の補充の関係でやってますからねぇ」〉

 補充のチェックがメインだったようで、警察官というよりコンビニの店員のように思えてきます。

〈弁護人「万引きの捜査に関与した事はどれくらいありますか?」

証人「月に3~4件くらいありますけど」

弁護人「本件のように、棚卸しをして商品が足りないので防犯カメラの過去の映像を確認して逮捕に至ったというのはありますか?」

証人「それは……、あの~、こういう……え~、なかなか極めて、少ないですよね」〉

 かなりのレアパターンであるのはこの警察官も認めるところのようです。

〈弁護人「防犯カメラ映像では三浦さんは脇に本を挟んでいるんですけど、それって再現しました?」

証人「右脇はあんまり関係ないと言いますか……あの、主に左手ですから」

弁護人「その左手も2日前に撮った写真と違うんですけど」

証人「いろんな写真があるんです……えぇ」〉

 と、2日前の撮影同様ちょっと適当な印象を受けます。

■「このままではヤバい」と思ったのか検察官から追加で質問が…

 すると検察官もこのままではヤバいと思ったのか追加で質問です。

〈検察官「さっきの証人が2日前に撮影した写真とあなたが撮った写真は左手の向きが違うんですか?」

証人「いや、あの、左手の状況を見ただけですから」

検察官「ん? その左手が違うんですよね?」

証人「んまぁ、他にも写真はあるんですけど、状況がどうだったのかというのが大事でしたので」

検察官「撮影の目的を訊いているんじゃないんですよ」

証人「こちらとしては左手の向きよりもですね、その時の状況……」

検察官「だから! 左手違うじゃないですか!!」

証人「あ、はい」〉

 と、検察官に怒られたところで証人尋問は終了。

■裁判にはその後、急展開が…

 次回は9月14日に指定されて、被害コンビニの店長の証人尋問が予定されましたが私は傍聴には行かず。検索しても、当時の傍聴記や報道は見当たらないので、そこでどんな話があったのかは知りません。

 ただ、少なくともこの日のやり取りを傍聴する限り、初期の捜査がグダグダというか適当だったのかなぁと思ってしまいますね。警察としてもよくある万引きと思っていたのか、普段から捜査というのはこんなものなのか。

 傍聴人は当然ながら、防犯カメラの映像も証人が撮影した写真も見ることは出来ないので詳細までは分かりませんが、三浦被告人がハッキリと盗んでいるのが映っている客観的な証拠はないような印象を持ったことを覚えています。

 被告人はそれらの写真や証拠を見てから否認したのか、元々やってないから否認したのか。だったら何故、一度は罪を認めて罰金を払ったのか。本人の口からその訳を聞きたかったですが……。

 その後は2008年2月22日、三浦被告人がサイパン島から日本に帰国しようと空港にいたところ、1981年の件でロス市警によって逮捕。その3日後2008年2月25日の公判では三浦被告人が事件について話す被告人質問が予定されていましたが、開廷はしたものの被告人不在により延期となりました。

 そして10月11日にロス市警内の留置場で三浦被告人の死亡が確認。コンビニでのサプリメント万引き事件は12月15日に被告人死亡を理由に公訴棄却となり、未解決事件となったのでした。

(阿曽山大噴火)

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?