賄賂を渡しても割に合う…東京五輪がさらした“電通マフィア”の醜態
2023年01月12日 07時00分文春オンライン

特捜部に逮捕された高橋治之容疑者 ©共同通信社
東京2020オリンピック・パラリンピック大会のスポンサー選定にからむ汚職事件で、東京地検特捜部は22年10月25日の本稿締切りまでに大会組織委員会元理事であり、大手広告代理店電通の元専務の高橋治之容疑者(78)を4件の受託収賄容疑で逮捕し、さらに捜査を広げる構えだ。相次ぐ汚職の温床は、国際オリンピック委員会(IOC)と電通が作り上げたオリンピックのビジネスモデルそのものにある。
■賄賂を渡しても割に合う
高橋容疑者は紳士服大手「AOKIホールディングス」と出版大手「KADOKAWA」、広告大手「大広」と「ADKホールディングス」から総額1億9600万円の賄賂を受け取った疑い。いずれも構図は同じで、組織委のスポンサー選定にあたり、高橋容疑者が口利きし、企業や広告代理店は金銭を支払った。注目すべきは、高橋容疑者が容疑を否定する一方、金銭のやりとりを一部認めている点だ。スポンサー選定にあたって「口利き」の存在を認めた形だ。
確かにオリンピックほど「口利き」が横行する世界はない。招致を巡りカネが飛び交い、16年リオ大会の組織委委員長は有罪判決を受けた。賄賂を渡しても割に合うのがオリンピックのビジネスモデルであり、その根幹が広告だ。
IOCによると17~21年(平昌冬季大会と東京大会)のテレビ放映権料は45億4300万ドル(約6800億円)、スポンサー料は22億9500万ドル(約3400億円)にのぼる。いずれも過去最高額で、スポンサー料は13~16年の2倍だった。組織委スポンサー料も東京大会が37億3200万ドル(約5600億円)と過去最高だった。東京大会でIOCと組織委のスポンサー料の合計はテレビ放映権料を上回った。新型コロナウイルス感染拡大で開催が疑問視される中、IOCのバッハ会長らが開催強行を主張した理由は、この数字から推察できる。
巨額の収益を生み出すビジネスモデルは、84年ロサンゼルス大会で基盤が作られた。ロサンゼルス市などが税金投入を拒み、大会組織委のピーター・ユベロス委員長は民間だけで資金を集めるため、テレビ放映権料吊り上げや「1業種1社」のスポンサー制、果ては聖火リレーの走行区間単位の販売などを始めた。このオリンピックのビジネスモデルをIOCがマーケティング会社ISLと簒奪。ISLは後に電通が出資し、高橋容疑者が役員を務めた。
IOCのマーケティング担当などを歴任したマイケル・ペイン氏の著書『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』では、スポンサーにほぼ内定していたイーストマン・コダックが契約を渋り、ユベロス委員長が富士フイルムを新スポンサーに据え変えた経緯を記している。実現させたのは「日本のスポーツマーケティングの父」である故・服部庸一氏だが、高橋容疑者も部下として電通内の根回しにあたった。
■IOCと電通だけが潤うシステム
スポンサー制度は徹頭徹尾、広告に依存している。IOCの「ワールドワイドオリンピックパートナー」、組織委の「ゴールドパートナー」「オフィシャルパートナー」「オフィシャルサポーター」はランクに応じて五輪マークや選手の肖像権などの使用制限が異なるが、基本は「呼称権」と広告を打つ権利だ。呼称権とは「〇〇社は東京2020オリンピックを応援しています」と、スポンサーであることを名乗る権利。有効に使うためには、テレビや新聞、雑誌、インターネットなどのメディアに広告を打つ必要がある。
つまり、オリンピックのスポンサー企業は大金を払ったうえに、莫大な広告費を別途支払わなければならない。IOCや組織委はスポンサー料で潤い、組織委の「マーケティング専任代理店」の電通はスポンサー増に比例して手数料を得たうえ、スポンサー企業が打つ広告の手数料も得る。IOCと電通によるオリンピックのビジネスモデルは今や、両者が互恵的に懐を膨らませるシステムだ。
■スポンサー料を増やすために
システムを知り尽くした高橋容疑者が口利きし、組織委にスポンサーを押し込むのは簡単だった。組織委のマーケティング担当の大半は電通からの出向で、高橋容疑者は後輩に顔が利く。ただ、組織委の理事は特別法で「みなし公務員」となる。いつもの行為が今回は法に触れた。
都民や国民の負担軽減につながるスポンサー料を高橋容疑者は相場より引き下げた。これは組織委、国民に対する背任行為だ。「1業種1社」をやめ、「1業種複数社」に変更したのは、スポンサー料を増やしたいがためだった。
「1業種複数社」を承認したIOCの責任も重大だ。スポンサー選定を担当するIOCマーケティング委員会のトップは14~19年は竹田恒和氏だ。竹田氏は当時、IOC委員、日本オリンピック委員会(JOC)会長、組織委副会長でもあった。
■ビジネスモデルの構造的腐敗
高橋容疑者は「1業種複数社」をIOCに働きかけたとされるが、竹田氏は窓口となる立場だ。しかも、竹田氏は東京大会の招致委理事長時に、海外のコンサルタント会社に2億3000万円を送り、その金がアフリカ諸国の票の買収に使われた疑いで仏司法当局の捜査対象となっている。IOCのバッハ会長は、一連の汚職事件や疑惑の中心にいる高橋容疑者と最も近しい竹田氏をマーケティングのトップに据えていた。IOCとJOC、組織委は事実究明する義務がある。
オリンピックは招致段階の予算が最終的に膨らみ、開催国の国民が負担する事例が頻発。東京大会も招致時の7340億円から、決算では1兆4238億円と倍増。その一方でスポンサー選定にからみ巨額のカネが抜き取られていた。
すべてはIOCと電通が己の利益のみの最大化を図るオリンピックのビジネスモデルの構造的腐敗から生まれた。暴利を貪り、ツケを国民に押し付けるシステムに成り果てた、このオリンピックのビジネスモデルを解体する時がきた。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2023年の論点100 』に掲載されています。
(後藤 逸郎/ノンフィクション出版)
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