いつも心に「金正恩」を――米朝決裂で改めて考えたい数奇な人物

いつも心に「金正恩」を――米朝決裂で改めて考えたい数奇な人物

ハノイにて会談に臨んだトランプ大統領と金正恩委員長(駐ベトナム米国大使館サイトより)

 アメリカ大統領をされているトランプさんとの交渉が事実上決裂した、北朝鮮の金正恩さん。失意の帰国と伝えられていますが、決裂したなら仕方がないと帰国後すぐにミサイル発射試験場が復旧された証拠となる衛星写真が公開になるなど、分かりやすくて素敵です。

■米朝会談決裂は日本の安倍晋三が暗躍したから?

 北朝鮮を巡る動きや、朝鮮半島情勢は専門家に任せるとしても、近隣国の国民として北朝鮮の話題を把握し、理解し、自分なりに評価を下しておくことは大切です。間違っても韓国野党代表が「米朝会談決裂は日本の安倍晋三が暗躍したからだ」というような陰謀史観を信じ込んではいけないと思います。もし事実としてそれができるのなら、我らが総理のアベちゃんはどんな超能力を使っているのか知りたいですし、優秀な宰相であることが証明されてしまうのでみんな一生ついていってしまうでしょう。すごいぞ、うちのアベちゃん。

米朝会談決裂の原因は日本の妨害? 韓国野党代表がフェイスブックで主張 米華字メディア
https://www.recordchina.co.jp/b691972-s0-c10-d35.html

 報道では、トランプさんが金正恩さんとの会談の冒頭で核開発その他の懸案事項よりも先に日本拉致問題についての見解を投げかけて、金正恩さんが驚いたという内容が出ていました。おそらくは、北朝鮮にとっても、また韓国にとっても、朝鮮半島の問題における日本の重要性が低いのは間違いないのです。日本もまた、何か面倒が起きているから朝鮮半島問題や北朝鮮問題については報じられて興味を持つ程度で、別に発射実験をして核ミサイルが日本領土や領海に落ちて怪我人でも出ない限り、あんまり興味がないというのもまた事実であります。

■うっかり北朝鮮と韓国が本当に一体となると……

 一方で、トランプさんが言ったように拉致問題は引き続き残りますし、拉致被害者や家族にとっては一日でも早い安否の確認と帰国を促したいのは間違いない。

 また、うっかり北朝鮮と韓国が本当に一体となってしまい、米韓同盟がなくなって、朝鮮半島が「北朝鮮の核の傘」に入ると、とたんに「おい、日本はどうするの」って話になります。ヤバイ。なので、日本も核開発して核兵器を自前配備しよう、そのためにアメリカの諒解を得ながら頑張っていこうというリアクションになり、東アジアでも核拡散、核軍拡という軍靴の足音が鳴り響くことになるのでしょうか。

■不確定要素は残しておきたい

 複数のメディアで専門家が指摘していますが、朝鮮半島の緊張が緩和されて、韓国と北朝鮮が融合すると、米韓同盟が解消に至る可能性が高く、そうなれば中国・朝鮮半島と緩衝地帯なく直接対峙するのは日本ということになります。日本の一番の利益は北朝鮮問題が解決することなくグズグズと千年一日のごとくああでもないこうでもないとやっていてくれることでもあるので、不確定要素は残しておきたい、はっきりと解決してほしくないという意見もないでもありません。もちろん、千年一日問題が続くということは金王朝も千年続くということで、それはそれで面白世界史マターではあるわけですが。

 それにしても、金正恩さんというのは数奇な人物で、まあそりゃあ北朝鮮の経済はボロボロだと言いつつ建国の祖父・金日成、父・金正日と三代に渡る金王朝を堂々と継続、また「まさお」の愛称でも親しまれた実兄の金正男さんを毒殺してまで体制の維持、安定を進めているという、ある種のリアリズムの体現者でもあります。

■まあ、どうであれ日本は平和なわけですよ

 一歩間違えばクーデターや暗殺の恐怖と隣り合わせの生活を送る中で、平穏な日々を過ごすこともまたむつかしい状況ではないかと思うわけですよ。普通の神経の持ち主なら、不安とストレスとで精神的に潰れかねない状況の下、なんとなく血色良く小太りの状態をキープしてトランプさんと笑顔で飯を喰っているのを見ると「ああ、金正恩さんも必死なんだろうけど頑張って持ちこたえているんだな」と思うのです。

 翻って、私たち日本人の生活では、普通に暮らしていて明日部下に殺されるという危機に直面することはあまりありません。黒光り官邸のガースーこと菅義偉官房長官がアベちゃんに反旗を翻してクーデターが発生するということもないですし、自衛隊内で徒党を組んだ青年革命団がテレビ局を占拠して立て籠もるような事件も起きません。たまに溜池山王にある実家に帰るとデモ隊が官邸前にやってきて何か騒いでいるのを見かけますが、取り立てて近所迷惑以上のことはなく夜には静かになります。

 まあ、どうであれ日本は平和なわけですよ。

■日本人のイマジネーションでは届かない世界なんじゃないか

 国内ではどうでもいいプログラムのいたずらで兵庫県警が少女を補導するニュースがセキュリティ界隈でホットな話題となり、ジャニーズ事務所からタレントが脱退しそうだという芸能ニュースが大きく取り上げられたり、みんなヒマすぎて平和を謳歌しきっている状態なわけですよ。

 そういう平和な日本が、いつも危機的状況を生き抜きシビアな判断をし続けている金正恩さんの考えや気持ちを理解しろと言ってもまあなかなか無理なんじゃないか、と思うのです。幼少期はスイスに留学し、欧米人のご学友から「あいつはいい奴だったよ」と評される普通の神経の持ち主が、猜疑心を滾らせ粛清や暗殺も辞さぬ修羅の北朝鮮を世継ぎしているというのは、なかなか日本人のイマジネーションでは届かない世界なんじゃないかとすら感じます。

 もう随分前になりますが、極東ロシアのウラジオストクから北朝鮮国境に近いハサンという小さな集落に用事があって足を向けたとき、普通にしていたら日本人と見た目もほとんど変わらない北朝鮮人たちと、黒竜江省から来たという中国人などが混ざって1週間過ごしました。

■「金正恩ならどう考えるかな」と思いを巡らす

 みんな遺伝子的にもたいして変わらず、着ているものも雰囲気もそう大差ないのに、喋る言葉が違い、政治体制が異なり、生き抜く環境が変わるだけでこんなに生き様も違うものなのかと驚きます。腹いっぱい食べて酒を飲んでしまえばみんな友達、と日本人は思うことが多いと思いますけど、その食べたいだけ食べられる環境に育っていない人たちの意識や、ほとんど学識がなく自分の将来に展望を描けない人たちが吐露する人生や社会への絶望のような話を聞くとやはり北朝鮮への見方も変わってくるものです。

 ああ、金正恩さんってこういう人たちを束ねて国家を切り盛りしているんだ。そりゃミサイルの一つも配備して、諜報国家として国民を縛っておかないと安心できないんだろうなあと思っちゃうわけですよ。

「そういうのを日本人も理解しろ」とは言いませんが、飛行機で成田からたかだか3時間のところで暮らす人たちですら、ああもう全然違うんだな、こういう人たちの親分の必死な外交をアベちゃんは台無しにしたと韓国人から言われているんだな、という達観を是非、味わってほしいと思います。

 金正恩さんになりきったつもりで国際報道を眺めてみると、意外といろんな思いが去来するかもしれません。

 また、辛いときに「金正恩ならどう考えるかな」と思いを巡らすだけで、思わぬ解決策が出るかもしれませんし。

(山本 一郎)

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