〈ママ友に懲役15年の高裁判決〉福岡5歳児餓死 皮下脂肪1ミリに追い込んだ"洗脳LINE"

〈ママ友に懲役15年の高裁判決〉福岡5歳児餓死 皮下脂肪1ミリに追い込んだ"洗脳LINE"

碇利恵被告

 2020年4月、福岡県篠栗町のマンションで碇利恵被告(41)の三男・翔士郎ちゃん(当時5)が餓死した事件。3月9日、保護責任者遺棄致死や詐欺などの罪に問われた“ママ友”・赤堀恵美子被告側(50)の控訴審が福岡高裁であった。福岡高裁は懲役15年とした一審の判決を支持し、控訴を棄却した。

 一審に続き、碇被告への洗脳や、生活保護費を騙し取ったとされる一連の容疑を否認した赤堀被告。なぜ、翔士郎ちゃんは短い命を閉じなければならなかったのか。事件を報じた「 週刊文春 」の記事を公開する。(初出:週刊文春 2022年6月23日掲載 年齢・肩書き等は公開時のまま)

◆◆◆

 碇利恵の三男・翔士郎ちゃんは、痩せ衰えた体を前屈みによろめかせると、リビングの床に頭をぶつけてうずくまった。

 

「ママ、ごめんね……」

 

 5歳児がか細く絞り出した、最期の言葉だった。

 2020年4月18日、福岡県篠栗町のマンションで翔士郎ちゃんが餓死した事件。保護責任者遺棄致死の罪に問われた母・碇被告の裁判員裁判が、6月14日、福岡地裁で結審した。凄惨な事件を紐解く上で欠かせないのが、同罪で起訴された“ママ友”赤堀恵美子被告の存在だ。

「碇の裁判では起訴内容に争いはなく、赤堀の“洗脳支配”による影響が判決にどれだけ反映されるかが焦点です」(司法担当記者)

 16年4月。三児を育てる碇が、同じ幼稚園に子供を転入させてきた赤堀に声をかけたのが、全ての始まりだった。碇は「30代前半の赤堀優菜」を騙るその巨躯のママと意気投合。二人が交わしたLINEのやりとりは、起きてから寝るまで1日に1000回を数えた。

 だが、やがて赤堀は「他のママ友があんたの悪口を言っている」「ママ友たちのグループLINEから仲間外れにされている」などと虚言を駆使し、碇を孤立させていく。一人味方を装った赤堀を、碇は「真の友達」とますます信頼した。

■碇被告を離婚に導いた赤堀被告の一言

「あんたの夫は浮気をしている。母子手当がもらえるから離婚した方がいい」

 そう唆された碇は18年12月、小学生の長男と次男、幼稚園児の翔士郎ちゃんを連れ、会社員の夫と暮らす新築の一軒家を飛び出してしまう。約半年後には離婚が成立した。

「次に赤堀は、碇に架空のママ友トラブルや夫との訴訟を吹き込み、それを解決してくれるボスの存在をでっち上げた。ボスは暴力団に繋がりがあると碇に恐怖心を植え付けた上で、彼女に渡す和解金や裁判費用として碇から金を巻き上げ始めた」(前出・記者)

 気づけば二人の結びつきは、対等なママ友から歪な主従関係に形を変え、碇は赤堀に全ての生活費を管理されるようになった。車や婚約指輪も売り払い、生活保護費も取り上げられ、碇が搾取された金の総額は消費者金融の借金も含めて1300万円を超えた。

「自宅の全ての部屋に小指の爪の先ほどのカメラがあって見張られている。ボスにすぐバレるよ」

「ボスに迷惑がかかるから警察には言わないで。親族もスパイだから」

 ひっきりなしの“洗脳LINE”は続き、碇が盲従するようになると、赤堀は対面でも正座させた碇を罵倒しながら、正常な判断能力を奪っていく。

「あんたは子供に甘い。子供から動かされている。恩を仇で返すな。何のために生まれてきたのか。死ね、海に沈めるぞ」

 さらに赤堀は「子供に笑いかけない」「抱っこしてもいけない」などのルールを設定。時には翔士郎ちゃんを掴んでクローゼットに投げつけることもあった。母一人、息子3人の生活は困窮を極めた。財布も持たされていなかった碇は、トイレットペーパーすら買えず新聞紙で代用。風呂では、車の洗浄液を薄めて体を洗った。食事は赤堀が数日おきに持ってくるわずかな食料のみ。小学生の長男と次男は給食で飢えを凌ぐことができた。しかし、翔士郎ちゃんは赤堀の指示で幼稚園を退園。お腹を空かせて無断でパンを食べた際、激高した赤堀は、幼子を大きな買い物バッグに入れ、真っ暗なトイレに監禁した。

「ママー!」

 叫び続けた翔士郎ちゃんは失禁。赤堀の許可を得てようやく碇が痩せた体を拭いてあげると、そんな時も翔士郎ちゃんは「ママ、ありがとう」とお礼を言った。

「碇は虐待がエスカレートすることを怖れ、『赤堀に逆らわないことが子供たちを守る方法だった』と証言している」(前出・記者)

 法廷では、当時の碇がスマホに綴っていたメモの内容も明かされた。

〈翔、きょうは食べれたね。痩せすぎて、人相変わってしまったやん。引っ越ししたけど、押し入れの中だね。ごはん食べれてないね。ごめんね、翔〉

 赤堀に対しては反発心も。

〈あぁ、本当にうっとうしい。私もムカつくけど、一方的に言われるけん、何も言えん。きょうも、昼から罵声、罵声。いつまで、奴隷のような扱いなん〉

 だが一方で、赤堀へのLINEでは、翔士郎ちゃんにパンを与えた時の様子をこう報告し、迎合していた。

■〈イヌみたいに…〉

〈イヌみたいに、パンにかぶりつきよったんよ 笑〉

 20年4月以降、赤堀から食事の提供が打ち切られると、事態は切迫していく。残された食料を4人で分け合い、醤油を薄めたスープで空腹を誤魔化したが、やがて翔士郎ちゃんが頭痛を訴え始める。碇が赤堀に報告するも「頭痛いは嘘やもんね」と一蹴された。

 迎えた4月18日。冒頭の通り翔士郎ちゃんは最後まで母を気遣い、数時間後、息をしなくなった。兄たちは泣き叫んだという。

 だが、碇が真っ先に連絡したのは、119番ではなく赤堀だった。

 法廷では、赤堀の夫による通報で駆け付けた救急隊員の証言から、5歳児の壮絶な最期が詳らかになった。

「注射をしようにも、男児は骨と皮だけで、血管が見つからなかった。肋骨が浮き、末期ガン患者のようにガリガリで異常だった」

 死亡時、翔士郎ちゃんの体重は、5歳児平均の約半分の10.2キロ。司法解剖医の鑑定書には、通常1センチ前後ある腹部の皮下脂肪がたったの1ミリだった事実も報告されていた。

「検察によれば、20年3月2日から4月18日までの48日間で、翔士郎ちゃんの食事が抜かれた日は、20日以上もあった」(別の司法担当記者)

 食事にありつけた日でさえ、「食パン2枚」「つくね1個半、みそ大さじ4分の1杯」など苛烈を極めた。

■兄たちは「ママは悪くない」

 一方、法廷には碇の元夫も証人として出廷した。

「親として子供を守ることは最低限のルール。そこは許せない」

 その上で、元夫はこうも証言している。

「本来、(碇は)子供を大切にする母親だということは伝えたい。長男と次男は、今でも母親のことが大好きだと思う。今回のことを受け入れ、償ってほしい」

 元夫が引き取って育てる長男と次男は、碇に宛てた手紙の中で「ママは悪くない」と書いていたという。

■「人生で最大の失敗でした」

 この事件の異例さは、死亡した翔士郎ちゃんと生活を共にしていない赤堀が、碇と同等の保護責任を問われた点にある。その赤堀は、白髪が目立つ髪を束ね、逮捕前よりも少し痩せた身体のTシャツ姿で、6月10日の第5回公判に証人出廷。だが私選で弁護士を雇った赤堀は、「私の裁判がある」として「答えません」を連発、ふてぶてしく証言を拒み続けた。

「これ以上、質問しても続かなさそうなので……」

 裁判長もこう言い、尋問は約20分で終了した。

「赤堀は捜査段階から碇への洗脳を否定。起訴された罪も、全面的に否認している。『餓死したのは母親だけの責任』と無罪を主張する方針のようです」(前出・記者)

 6月14日、検察は「赤堀に騙されていたとはいえ子供を守る行動を放棄した責任は重い」として、碇に懲役10年を求刑。一方、弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。そして、痩身を白いブラウスと黒のパンツで包んだ碇の最終意見陳述。

「あの日、赤堀に声をかけたことを後悔している。人生で最大の失敗でした」

 最後、嗚咽しながら亡き愛児にこう呼びかけた。

「翔、ごめんね……」

〈ママ友に懲役15年の高裁判決〉福岡5歳児餓死 洗脳された母は拘置所で「息子が夢に出る」 へ続く

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年6月23日号)

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