特急ひとすじ80年、長崎新幹線に命運がかかる「白いかもめ」の軌跡

特急ひとすじ80年、長崎新幹線に命運がかかる「白いかもめ」の軌跡

博多〜長崎間を約2時間でむすぶ特急「かもめ」(885系)

 特急列車の愛称に鳥の名前がいくつかある。東北新幹線は「はやぶさ」、上越新幹線は「とき」、北陸新幹線は「はくたか」、九州新幹線は「つばめ」など。空を飛ぶ鳥は速さのイメージにピッタリだし、飛ぶために進化した姿は美しい。特急列車、看板列車のイメージにピッタリだ。

■海岸を「かもめ」が走り、沖に「かもめ」が舞う

 長崎本線を行く「かもめ」も速く、美しい。とくに「かもめ」のために製造された「白いかもめ」こと885系電車のカッコ良さ。まるでロケットのような先頭車両。振り子式車体を傾け、6両編成でカーブを走り抜ける姿は幸福の白い蛇か。いやいや、白い編成美は「かもめ」のイメージにピッタリだ。長崎本線の肥前七浦〜長里間は有明海の海岸に沿って走る。青空と青い海を背景に、海岸を「かもめ」が走り、沖に「かもめ」が舞う。

「かもめ」は博多〜長崎間の特急列車として40年以上の歴史がある。現在は博多〜長崎間を定期列車が24往復。ほかに博多〜佐賀間の区間列車や臨時列車も多数。しかし、「かもめ」という列車名の歴史はもっと古い。初登場は戦前の1937(昭和12)年7月だ。東京〜神戸間の特急列車として「?(かもめ)」が生まれた。もう80年以上も前になる。

■「燕」と「?」は姉妹列車だった

 鉄道ファンのバイブル『列車名大事典』(寺本光照著)によると、「?」の下り列車は東京発13時。大阪着21時20分。神戸着21時57分。上り列車は神戸発8時23分。大阪発9時。東京着17時20分だった。このダイヤは東京発9時、大阪発13時の「燕(東京〜神戸)」と対になっている。当時、「燕」のほか「富士(東京〜下関)」と「櫻(東京〜下関)」の東海道本線特急は大人気で、その混雑を解消するために追加された特急が「?」だ。「燕」と「?」は姉妹列車だった。

 ただし「?」は「燕」に連結された展望客車がなく、所要時間もすこし長かった。先輩特急列車の「燕」「富士」「櫻」に比べて日陰者のような扱いに見えたという。そんな「?」にも1940(昭和15)年に展望車が連結され、やっと一人前扱いされた。と、思ったら、1943(昭和18)年2月に廃止されてしまう。戦時ダイヤの始まりだった。

■最新鋭の気動車で「かもめ」は長崎へ乗り入れる

 戦後「かもめ」の復活は1953(昭和28)年3月だ。列車名はひらがなに変わる。山陽・九州地方の特急復活の要望に応えて登場する。運行区間は京都〜博多間。関門トンネルを走る最初の特急列車となった。東海道本線の特急復活に遅れること約4年。「つばめ」は東京〜大阪間で復活していたけれど、その対となる列車は平和の象徴の鳥から「はと」と名づけられていた。「かもめ」は相変わらず日陰者だった。展望車はなく、客車の設備も格下だった。

 1961(昭和36)年10月、「かもめ」はいよいよ長崎へ乗り入れる。しかも最新鋭の気動車が導入された。二等車1両、三等車4両、食堂車1両の6両編成で、京都〜小倉間は2編成を連結した12両編成という立派な姿。小倉からは長崎行きと宮崎行きに分割した。この列車は好評で、のちにそれぞれの編成に三等車1両ずつを追加して、最大14両編成となった。

■「白いかもめ」こと885系電車は、2000年に登場した

 気動車特急の「かもめ」はその後、京都〜長崎、京都〜西鹿児島の列車となり、後に京都〜長崎、京都〜佐世保の列車となった。そして1975(昭和50)年に廃止された。山陽新幹線が博多まで延伸し、山陽本線内の在来線特急が大幅に整理されたためだ。

「かもめ」の2度目の復活は約1年後。1976(昭和51)年7月だ。長崎本線と佐世保線が電化され、これをきっかけに小倉〜長崎間に特急「かもめ」7往復が設定された。以降、「かもめ」は長崎特急の看板列車として増発していく。一部の「かもめ」は小倉〜肥前山口間で佐世保行きの特急「みどり」を併結した。その後、特急「ハウステンボス」も連結するなど柔軟な運用もみられた。「かもめ」ファミリーの誕生だ。

「白いかもめ」こと885系電車は、2000年に登場した。26往復の「かもめ」のうち、単独運転の16往復と博多〜佐賀間の1往復で運用開始。「みどり」を併結する列車は783系電車とし、初代電車特急として走ってきた485系電車は引退する。また、2011年に「みどり」との併結運転は終了。「かもめ」は単独運転の列車となる。

■「黒いかもめ」というとなんだか悪役っぽいけれど……

 現在の「かもめ」は、「白いかもめ」こと885系と、かつて鹿児島本線の在来線特急「つばめ」として活躍した787系電車で運行されている。787系はダークシルバーの直線的なデザインの車体で、「白いかもめ」に対して「黒いかもめ」「銀のかもめ」だ。783系は定期列車として佐賀発博多経由吉塚行きに残るほか、臨時列車として助人に来る。

 博多〜長崎間の「白いかもめ」は17往復。「黒いかもめ」は7往復。「黒いかもめ」というとなんだか悪役っぽいけれど、こちらはグリーン車にワンランク上の「DXグリーン」という座席がある。1つの列車に3席だけ。最大144度の電動リクライニングシートとレッグレストによって、ほぼ水平の姿勢になる。ほかに定員4名の個室もあり、リクライニングシートと3名分のL字型ソファでくつろげる。ビジネスマンに人気の車両だ。

「白いかもめ」の885系は普通車の一部も革張りシート、ほかは高級布張りシートがある。グリーン車はもちろん革張りのハイバックシート。デッキも広くて快適だ。全体的に快適性を向上した車両といえる。

■次の試練は長崎新幹線の開業

 日陰者の時代は遠い昔。「白いかもめ」と「黒いかもめ」のコンビは長崎特急の代表格になった。しかし「かもめ」には次の試練が待っている。長崎新幹線の開業だ。長崎新幹線はいまのところ、武雄温泉〜長崎間をフル規格で建設し、新鳥栖〜武雄温泉間は在来線を使う。フリーゲージ車両を使って博多〜長崎間を直通運転する構想だったけれども、フリーゲージは技術面で問題があると見合わせになった。

 新鳥栖〜武雄温泉間をフル規格新幹線またはミニ新幹線にする方向で調整しているが、決着しなければ武雄温泉駅で在来線特急と新幹線の同一プラットホーム対面乗換となる。博多〜長崎間を直通運転すれば列車名は「かもめ」で異存はなかろう。しかし、武雄温泉を境に2つの列車を乗り継ぐとなれば、どちらが「かもめ」になるだろうか。

 歴史のある列車名「かもめ」を、ぜひ新幹線の列車に昇格したい。かつての姉妹列車で、現在は九州新幹線鹿児島ルートを走る「つばめ」と並ばせてあげたい。

 さてさて、「かもめ」の運命は如何に……。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

※「特急かもめ」の旅の模様は、現在発売中の 『文藝春秋』4月号 のカラー連載「乗り鉄うまい旅」にて、計4ページにわたって掲載しています。

(杉山 淳一)

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