飲んでもムダな薬リスト #1

飲んでもムダな薬リスト #1

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風邪を引いたら抗生物質、年に一度は健康診断を受けるべき――このような医療の常識が、近年見直されつつある。きっかけは、本当に必要十分な医療を提供しようという運動「チュージング・ワイズリー(=賢い選択)」。この運動が始まった経緯とともに、日本で行われている過剰な投薬・治療・検査を検証する。
(出典:文藝春秋2017年5月号・全3回)

■1年がかりの「念のため」の検査

 ある80代女性の実話である。

 風邪をこじらせて、かかりつけの開業医にかかった女性は、胸のレントゲン写真を撮ることになった。その結果、肺炎ではなかったが、肺に何か気になる異変が見つかった。それを見た開業医は、「念のためCTを撮って、詳しく調べたほうがいい」と伝えた。そこで女性は、紹介状をもらって、大学病院で追加の検査を受けることになった。

 大学病院でCTを撮ると、やはりいくつか正常と異なる変化が見られた。医師は彼女に、「3〜4カ月ごとにCTを撮り、経過観察が必要です」と伝えた。さらに、「念のため」と言われ、エコー検査も受けることになった。すると甲状腺に小さな異変が見つかったので、女性は針を刺して組織を採り、細胞を調べる生検も行うことになった。

 こうして女性は、高齢であるにもかかわらず、何度も大学病院に通うことになった。最後には「どちらも心配ありません」と診断されたのだが、その検査結果をもらうのに、丸1年かかったのだ。

 肺炎かどうかを確認するのに、最初のX線検査は必要だったかもしれない。だが、その後の検査はどこまで必要だったのだろうか。最終的に「異常なし」のお墨付きはもらえたが、女性は1年にわたり「重い病気かもしれない」と不安な日々を過ごすことになった。それだけでなく、度重なる「念のため」の検査によって、決して安くない医療費を本人と国民が負担することになったのだ。

 佐賀大学名誉教授で、現在、京都にある七条診療所の所長を務める小泉俊三医師(総合診療医)はこう話す。

「病気を見逃すと責められるかもしれないので、医師には『念のために検査をして、病気を否定しておきたい』という心理が働きます。また、女性の病歴を把握できていれば、追加の検査はしないという判断ができたかもしれませんが、大学病院の医師は忙しくて、ゆっくり問診をする時間が取れません。そのため情報不足を補おうと、つい検査をオーダーしてしまうのです」

 検査が無暗に増えてしまう背景には、そんな医師側の事情があるという。

 こうした検査が、過剰な投薬や手術につながることも少なくない。たとえば、別の目的で行った血液検査で、ついでに調べた項目に異常値が見つかり、中性脂肪値やコレステロール値を下げる薬を飲むようになった人もいるはずだ。また、この女性のケースでは、CTで見つかった異変が「早期の肺がんの恐れあり」と診断されていたら、「念のために」肺の一部を切り取る手術を受けていた可能性すらあった。

■「賢い選択」という運動

 実は、世界中の医療界で、こうした過剰な検査や治療が必ずしも患者の幸せにつながっていないとして、見直しの機運が高まりつつある。なぜなら様々な研究で、検査や治療の効果が期待ほどではなく、極めて限定的であることを示すエビデンス(科学的証拠)が積み重なってきたからだ。つまり、検査をたくさん受けて、薬をたくさん飲んだからといって、健康寿命(健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のこと)がのびるわけではないのだ。

 そうした新しい知見にもとづき、意識の高い医師たちが、現在行われている検査や治療が過剰になっていないかを検証し、本当に必要十分な医療を提供しようという運動をはじめた。それが、「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely=賢い選択)」運動だ。日本でも昨年10月、東京で医療関係者を集めたキックオフセミナーが開催され、小泉医師を発起人代表として任意団体「チュージング・ワイズリー・ジャパン(Choosing Wisely Japan)」が正式に発足した。

 この運動が最初に始まったのはアメリカだ。チュージング・ワイズリーのホームページ(http://www.choosingwisely.org/)によると、テキサス大学医学部ガルベストン校医療人間学研究所のハワード・ブロディ医師が、2010年に「ヘルスケア改革のための医師の倫理的責任」という論説を医学専門誌に発表したのがきっかけだった。その中でブロディ医師は各専門医学会に、その分野で日常的に行われているが、患者に意義ある恩恵をもたらしていない検査や治療を5つずつリストアップするよう呼びかけた。

 そして2012年4月、「米国内科認定機構(ABIM)財団」と米国の消費者団体「コンシューマー・リポート」が、9つの学会が出した「5つのリスト」を公表。本格的にチュージング・ワイズリーの運動をスタートさせた。

 2017年3月現在、参加学会は76まで増え、リストの数は全部で約450項目にも及んでいる。また、各学会とコンシューマー・リポートによる患者向けのリスト約120項目も公表されている。その中から、日本の医療でもよく行われている項目をピックアップしたのが、次ページの表だ。

■風邪で抗生物質を飲んでも意味がない

 まず、投薬・治療に関する項目を見てみよう。いくつもの学会が取り上げているのが、「抗生物質(抗菌薬)」だ。「風邪やインフルエンザなどの呼吸器疾患」「子どもの耳の感染症」「結膜炎」「尿道カテーテル」などに対して、その使い過ぎが戒められている。

 読者の中にも風邪の症状で医療機関にかかり、抗生物質を処方された経験のある人が多いのではないだろうか。あるいは自ら抗生物質を求めて医師にかかる人も多いだろう。だが、米国感染症学会による「大人の風邪、インフルエンザ、その他の呼吸器疾患」の項目には、次のように書かれている。

〈のどの痛み、せき、副鼻腔の痛みなどがあった場合、抗生物質を飲みたいと思うかもしれません。気分が悪いのですから、早く良くなりたいのはわかります。しかし、抗生物質はほとんどの呼吸器感染症には役立ちません。それどころか、害になることすらあるのです〉

 その理由はこうだ。

〈抗生物質は細菌によって引き起こされた感染症と戦う薬です。しかし、ほとんどの呼吸器疾患はウイルスによって引き起こされます。抗生物質は、ウイルスには効きません〉

 効果がないだけでなく、抗生物質は体内を殺菌してしまうため、善玉菌と悪玉菌のバランスを崩してしまう。そして、吐き気、嘔吐、重度の下痢、膣感染症、神経損傷、靱帯断裂、生命を脅かすアレルギー反応などを引き起こす。こうした抗生物質の副作用のために、たくさんの人が救急外来を訪れている。さらには、抗生物質を多用することによって、抗生物質が効かない耐性菌が家族や友人にも広がってしまうと警鐘を鳴らしている。

(「飲んでもムダな薬リスト #2」に続く)

日本でも行われている「過剰な投薬・治療・検査」リスト

(鳥集 徹)

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