なぜ2019年の日本で、トランスジェンダー女性たちが攻撃されているのか

なぜ2019年の日本で、トランスジェンダー女性たちが攻撃されているのか

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 この数カ月、Twitter上で、フェミニストを自称する女性たちによるトランスジェンダー女性(男性として生まれ、女性として社会生活を送っている人。以下、トランス女性と略称)への排除的・差別的な書き込み(ツイート)が大量になされています。ご存じない方は、試しに「トランス 差別」というキーワードで検索をかけてみてください。膨大な数のトランス女性排除派のツイート(もちろん反排除派のツイートも)が出てきて驚かれるでしょう。

 トランス女性が何か大きなトラブルを起こしたというのなら、批判的な意見が集中するのもわからなくもありません。しかし、そういうきっかけになる事件は起こっていません。

 なぜ、今、日本で、トランス女性たちが攻撃されるのでしょうか?

 これは、私たちの安全にとって見過ごすことができない事態です。なぜなら、私は生まれた時の性別は男性ですが、現在は女性として社会生活(仕事と日常)をしているトランス女性だからです。身に降りかかる火の粉は払わなければなりません。

 まず、経緯をたどってみましょう。

■「女子大に男子を入れたら女子大の意義が損なわれる」

 第1段階は2018年7月でした。お茶の水女子大学が(2020年度から)トランスジェンダー女子の受験を認めるというニュースが流れました。新聞各紙が大きく取り上げ、その論調はほぼすべて好意的なものでした。ところが、Twitter上ではフェミニストを自称する女性たちの反対意見が展開されました。

「女子大に男子を入れたら女子大の意義が損なわれる」「トイレ、更衣室はどうするんだ?!」

 お茶大は男子を受け入れるとは言っていません。あくまでも受け入れるのは「トランス女子」です。「女子」として受け入れる以上、トイレや更衣室をことさら分けるのは論理的におかしな話です。

「トランスジェンダーを装った男性が入学したらどうするんだ?!」という批判もありました。お茶大を甘く見ないでください。そういう事態を防ぐための備え(トランスジェンダーに詳しい臨床心理学の専門家を専任教員に採用)はなされています。それに、性別の移行はそんな簡単なことではありません。

 いちばん驚いたのは「ペニスを持ったトランスジェンダーが入学することで、在学生の女子が性暴力の被害にあう」という、トランス女性を性暴力の加害者とみる意見です。

■そもそも女子大は「女の園」ではない

 そもそも、お茶大をはじめとする女子大は男性が立ち入れない「女の園」ではありません。男性教員はたくさんいますし、事務や守衛など男性職員も数多く働いています。単位互換制度やいろいろな学術的な催しで他学の男子学生が来校することは日常です。2005年度「トランスジェンダー論」の講師として半年間、お茶大に通った私が言うのですから間違いありません。そこに少数(おそらく数人)のトランス女性が加わったとしても、性暴力の可能性が高まることはほとんどありません。

 つまり、こうした批判は実態を知らずになされている批判のための批判なのです。

 夏が終わる頃、ようやく沈静化し、やれやれと思ったのですが……。

■「よるバズ!」で再度トランス女性排除に火がついた

 第2段階は今年(2019年)の1月からです。

 1月5日放送のAbema News「みのもんたのよるバズ!」で元参議院議員の松浦大悟氏がこう語りました。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認が女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。」

 この発言がTwitterで拡散されて、一気にトランス女性排除の炎が大きくなりました。

「女性の専有空間への侵略だ!」「性暴力が怖い」

 松浦氏は、野党が提出しているLGBT差別禁止法案への批判として述べていますが、法案には当然のことながら性別区分の変更は含まれていません。自らの主張のためにトランス女性を生贄にする論理展開は非道であり、明らかなミスリードです。

「外見が男性のトランス女性が女性トイレに入ってくる」「男性器つきのトランス女性が男性器を見せながら女湯に入ってくる」

 どちらもあり得ないです。なぜならトランスジェンダーの定義は「生まれた時に指定された性別と違う性別で生活している人」です。「外見が男性」では、実際問題、女性として生活できません。またトランス女性にとって男性器の存在は最も他人に見られたくないものです。それを隠さず女湯に入ってくるとしたら、それはトランスジェンダーではなく別物(露出症など)でしょう。

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■どの差別にもある、特定のカテゴリ−を排除するための虚偽

 そもそも、排除派は、あたかもトランス女性が女性トイレや女湯の使用を権利として求めているかのような前提で批判を展開していますが、私が知る限り、公の場でそうした要求はありません(個人で主張している人は絶無ではないでしょうが)。ほぼ今まで通りでいいのです。多目的トイレや温泉の貸切風呂は増やしてほしいですが。

 排除派は「トランスジェンダーを装って女湯や女性トイレに侵入する犯罪者がいる。そういう連中とトランスジェンダーと見分けがつかないから、女性の安全のためにトランスジェンダーを排除すべきだ」という言説を展開しますが、これは屁理屈です。たとえば、「火星人が攻めてくるかもしれないから、火星人に似た容貌の禿頭の人は排除すべし」と主張する人がいたら、「なにを言ってるんだ、悪いのは火星人だろう。禿頭の人はむしろとばっちりの被害者ではないか」と思うのではありませんか。

 現実にありもしない事態を想定して、人の恐怖感を煽り、特定のカテゴリーを排除するのは、差別扇動の典型的な手口です。

■「フェミニストなのに、トランス女性の味方をするのはけしからん」

 第3段階は、3月以降です。Twitterでトランス女性排除の動きが高まる中、3月8日のウィメンズ・マーチが近づいてきました。

 3日夜、実行委員会は「トランスジェンダーに対する差別の煽動や排除する言動は禁止」という声明を出します。「♂」印の付いた赤いハイヒール(トランス女性を意味している)が女性たちを踏みつけにする図案など、トランス女性への憎悪を掻き立てるプラカード案が作られTwitter上で流布されましたが、実際には実行委員会の声明が徹底され、私が観察した範囲では、トランス女性を排除・差別するようなプラカードはなく、逆に、トランスジェンダーとの連帯を主張するプラカードがいくつも見られました。

 それに先立つ2月末には「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」が出され、賛同の署名運動が始まります(私も呼びかけ人です)。結果はまだ発表されていませんが、おそらく数1千人の署名が集まったと思われます(最終的に有効署名2715名)。

 驚くべきは、こうした反トランスジェンダー差別の動きに対して、トランスジェンダー排除派の人たちがTwitter上で激しく反発していることです。

「フェミニストなのに、女性をないがしろにして、トランス女性の味方をするのはけしからん」

 排除派は女性の身体をもって生れて来た人だけを女性と考え、擁護派は女性ジェンダーで暮らしている人を女性と考える、つまり、フェミニズムが包摂する範囲が対立点として浮かび上がってきました。

■フェミニズムはあらゆる差別に反対していたのではないか

 フェミニズム運動では過去にトランス女性排除や、非白人女性の軽視などが問題視されてきましたが、フェミニズム運動はそれらを乗り越え、あらゆる差別に反対する方向に前進してきました。ところが、2019年にもなってフェミニズムを名乗る人の中から、特定のカテゴリー(トランス女性)は排除・差別してもいいという主張があからさまに出てきたわけです。第3段階に至って、この問題が日本のフェミニズムにとっても大きな危機であることがはっきりしてきました。

 これまでにもTwitter上で単発的なトランスジェンダー排除の言説はありましたが、これほど大量に、しかも長期にわたって、トランス女性への排除的・差別的なツィートが続けられることはありませんでした。私は「これは今までとは違う」と感じました。

■トランスジェンダー排斥の世界的動向の背景

 実は、最近のトランスジェンダー排斥の流れは、日本だけではありません。むしろ欧米が先行しています。トランプ政権下のアメリカで軍からトランスジェンダーが排除されました。イギリスでは昨年からTERF(trans-exclusionary radical feminist)と呼ばれるトランスジェンダーを社会的に排除する過激派フェミニストの活動が強まっています。先に述べた松浦氏の主張は、実はイギリスのTERFの言説の受け売りです。

 そうした世界的な動向の背後には、同性愛や異性装(女装・男装)を悪と見なし、同性愛者やトランスジェンダーを社会的に排除しようとするキリスト教右派(福音派)の団体がいると思われます。彼らは、いろいろな情報を捻じ曲げ、ありもしないことをでっち上げ(デマ)、人々の心にある同性愛嫌悪(homophobia)やトランスジェンダー嫌悪(transphobia)を煽る戦術をとります。まさに、今、日本のTwitterで行われている手口です。

 日本はキリスト教徒の数が少なく(人口の1%、少なくとも3%はいるLGBTより少ない)、福音派の組織的・直接的な影響はほとんどないと思われますが、一部のフェミニストにTERFの影響が及んでいるのは間違いないでしょう。

 4月初め、フランス・パリの街角で、トランス女性がアルジェリア移民の集団に因縁を付けられ、侮辱され、暴力をふるわれる様子を撮影した動画が流れました。

Agression transphobe.
Nous sommes bien en plein @Paris , ? R?publique. ?

Une honte pour notre pays. ??
Une honte pour le drapeau auquel vous pensiez faire honneur. ??

#Transphobies

@stop_homophobie
@FVauglin @ACORDEBARD @Prefet75_IDF pic.twitter.com/GbD6bBG5dt

? Lyes Alouane???? (@Lyes_Alouane) 2019年4月2日

?

 日本では、路上におけるトランス女性への暴力はほとんどありません。日本はトランスジェンダーにとって世界で最も安全な国です。これは誇っていいことです。そうした事態は外国の話だと思っていました。しかし、今後、トランス女性排除が強まっていくならば、「他人事ではなくなるな」と思いました。

 私のような「この道30年」の擦れっからしでさえ、大量の差別的なツイートに接すると、心が削られる思いがします。まして若いナイーブなトランス女性の心理的ダメージはいかばかりでしょう。差別は人を殺します。私はもう自分より若い仲間が死を選ぶのを見たくありません。

■性別越境の芸能が愛される、日本社会の伝統が守ってきたもの

『旧約聖書』で異性装(女装・男装)を厳しく禁じている欧米のキリスト教社会と違って、日本には女装・男装を禁じる宗教規範はありません。建国神話の英雄ヤマトタケルは少女の姿でクマソタケル兄弟を倒しました。観音様は男性ですがしばしば女性に変身します。歌舞伎の女形、宝塚の男役など性別越境の芸能をこれほど愛し、女装の演劇者を「人間国宝」として礼遇する国は世界で日本だけです。

 そうした異性装の豊かな文化・寛容な社会の伝統をTERFのような外来の差別的な思想によって損なうとしたら、大きな社会的損失です。私たち日本のトランスジェンダーは、そうした伝統文化に支えられて、2000年に近い長い歳月を生き抜いてきました。これからも日本社会の一員として生きていきます。

 最後にそれでも「俺は男が女になるなんて気持ち悪いなぁ。そんな奴ら世の中から消しちゃった方がいいんじゃね」と思っている人もいるかもしれません。しかし、マイノリティの人権をないがしろにする社会では、あらゆる人の人権がないがしろにされます。

 あなたは「肉屋を支持する豚」ですか?

(付記)排除派のツィートは、これを読む当事者(トランス女性)の心理を考慮して、そのままではなく表現を和らげています。

(三橋 順子)

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