ストーカーに豹変した恋人は前科があり、偽名を名乗っていた――内澤旬子「ストーカーとの七〇〇日戦争」

ストーカーに豹変した恋人は前科があり、偽名を名乗っていた――内澤旬子「ストーカーとの七〇〇日戦争」

※写真はイメージです ©iStock.com

 文筆家の内澤旬子氏が自らのストーカー体験を「週刊文春」に赤裸々に描き、大反響を呼んだ恐怖のリアルドキュメントの2回目。連載をまとめた『 ストーカーとの七〇〇日戦争 』(文藝春秋)が5月24日に発売されるにあたり、特別公開する。 ストーカーにまつわる疑問・相談も募集中 。

(「 #1 別れ話 」より続く)

◆◆◆ ?

 貧弱な私の脳の状況処理能力は、ピシピシとヒビ割れ、そろそろ限界を迎えようとしていた。インターネットで知り合い交際8カ月、なんかダメかもと思っていたところに、家に来たいと言われて断った途端、電話が鳴り止まなくなった。メッセンジャーでの別れ話のやりとりの途中で、懇願からいきなり逆上、怖いメッセージが止まらなくなってしまった。しまいには友人の病気を「週刊文春」に垂れ込むだの、島に来て警察やら友達知り合いの家に押しかけて嫌がらせするだのと言うから、警察に一応“相談”に赴いただけだ。

 それなのに。私が交際していた男は、偽名を使っていて、しかも前科があるらしいことが判明!? なのに本名すら教えてもらえないとは、どういうこと?? いや、落ち着け私。たしかマグショットって逮捕された段階で撮影されるんじゃなかったっけ。ということは、Aは勾留されただけなのかもしれない。えーと、ほら確か、デモとか座り込みとかでも警察官ともみ合いになれば逮捕されたりするんじゃなかったっけ?

「それで内澤さん、銃は現在ご自宅にありますか?」

 じゅう……ですか。生身の人間よりまず銃の心配か! なんて思ったわけではない(今になって思い返すと、ちょっと思うけど)。そりゃ当然だ。もしAが私の家に来てガンロッカーを開けて……なんてことになったら、大変なことになる。これまでも、もしどこかで猟銃による凶悪犯罪が起きたら、それから1年くらいは全国で所持許可が下りなくなると聞かされてきた。集団責任なのだ。何度も何度も本当に厳重な審査を経て、やっとのことで下りた許可なのだ。

 自分が撃てなくなるのももちろん嫌だが、有害鳥獣駆除のために頑張ろうとしている全国の人たちの許可にまで波紋が及んだら、申し訳なくて、殺されても成仏できない。幽霊になっても謝り続けなきゃならない。絶対に嫌。

■私の猟銃が中折れ式なのは幸運だった

 とりあえず、私の猟銃が、中折れ式なのは幸運であった。自動式に比べて組み立て方が複雑なのだ。恥ずかしながら私自身、組み立てが、いまだおぼつかないでいる。あんなの、教わったこともない奴にできるわけがない。それにすぐ使えないように、ガンロッカーの中にはバラバラにばらした状態にして置いている。引き金にチェーンも通して固定してある。Aが最後に私の家に来たのは3カ月前だったろうか。弾薬を入れる装薬庫はおろか、ガンロッカーをどこに設置したかも知らないはずだ。

 それよりなにより、実は私は東京出張から帰宅したばかり。家を空けて出張するときには、単身世帯の場合、銃を銃砲店に預けて行かねばならないと言われている。出張から帰島すると同時に小豆警察署に駆け込んだので、銃はそのまま。島外の某銃砲店に預けたままです。

「絶対に、絶対に持ち帰らないでください」

 も、もちろんです! と頷きながら、不安が真夏の積乱雲のごとくむくむくと湧き上がる。Aは、やっぱり相当な罪を犯して服役していたのではないだろうか。警察署は、Aの本名すら教えてくれないのであるから、もちろん前科前歴の有無を、教えてくださるわけがない。

「それでですね、援助申出書を提出してもらいます。110番登録ができます。それから、警察署直通のキッズ携帯の貸し出しもできますが、どうしますか」

 110番登録、正確には110番緊急通報登録システムという。ストーカー規制法に基づき、あらかじめ登録した電話番号から110番通報があった場合、所轄の警察署や現場急行中の警察官に対して登録者からの相談内容等、必要な情報を円滑に指令、共有することが可能となる。

■キッズ携帯の操作、私に全部覚えられるだろうか

 町を歩いていて尾行されていると気づいたときに、110番をかけたとする。かけたことがないけれど、おそらく登録なしで110番をダイヤルしたら、自分の置かれている状況を、一から説明しなければならないのだろう。ありがち。アワアワしながら説明してるうちに危険な状態になったりするかもしれず。最悪の場合には殺されるのかもしれないし。

 これまで現場で起きたことを踏まえて、できた制度なのだろう。前もって番号を登録していれば、電話を受け取った係官が、これまでの相談内容や、加害者情報などにすぐアクセスできる。こちらがいかにアワアワしていようが、ある程度は察してくれる。現場に来てくださる警察官にも、被害者および加害者の情報が入る。たいへんありがたく心強いシステムだ。ぜひよろしくお願いします。

 ついでに被害者通報端末、キッズ携帯の貸し出しもお願いしたいです。1+決定ボタンで、110番につながるだけでなく、紐を引っ張れば防犯ブザーが鳴る。さらに通信指令室の110番システム端末画面上に「被害者通報端末発報中」とポップアップ表示。通信指令室員が「解決ボタン」を押すまで、通報者の位置情報が指令室に送信され続ける。

 また、「もどる」ボタンを2秒以上長押しすると、音は鳴らない、つまり接近してきた加害者に気づかれないまま通信指令室の110番システム端末画面上にポップアップ表示され、「解決ボタン」を押すまで以下同、だそうだ。

 ううむ。このキッズ携帯の操作、私に全部覚えられるだろうか。簡単なようだが、いざというときに直面しない限り、どのボタンも決して押せないのだ。押したらつながっちゃうんだもん。自信がないけれど、心強いことは確かなので、こちらも充電器とともにお借りする手続きをした。

 さらに、相談内容を記録するということで、これまでAから私に送られてきたメッセージの内容を控えたいという。けれどもスマホの画面を印刷する方法が、誰にも分からない。スクリーンショットを警察のどなたかにメールで送れば済む話なのだが、警察署にメール送信することはできないのだった。サイバーテロなどの対策で、そうなっているとのこと。仕方ないので、鑑識課にいくつかの画面を撮影してもらった。ああ、気色悪いメッセージがどんどん他者の目に晒(さら)されていく。仕方ないとはいえ、そこまでの心の準備をしてきたわけではない。脳をおろし金で摺(す)られているような気分だ。

 今後は加害者と接触はしない。SNSでの交流も、避ける。そして「今から行く」「ぶち殺す」など、身の危険を感じるメールが来たらすぐに生活安全課に電話をする。姿や車が見えたら、110番。そしてもし島に来たらすぐに生活安全課に電話してくださいと言われ、放免となった。

■何時間、警察にいたのだろう

 手元に残る書類によれば、このほかに「ストーカー・DV等への対応について」という警察への要望書を提出したはずだ。これは警察に相談に行ったら必ず記入し署名を入れて提出するもの。要望というのは、この相談案件にたいして、刑事手続きをとるのか、行政手続き(ストーカー規制法に基づく警告書)をしてほしいのか、それとも今は決心できないのかなどが選択肢として示され、該当する項目に丸をつけるというものだ。何か質問票のようなものに○をつけさせられたのは覚えているが、自分がどこに丸をつけたのか、さっぱり覚えていない。マグショットを突き付けられた上に偽名を使われていたショックが大きすぎた。そもそも逮捕してもらおうと相談に来たわけではないのだ。島で変なことを触れ回って騒ぎになる前に一言報告しておこう、くらいの気持ちで、Aに注意してくだされば、ラッキーくらいに考えていたのだ。

 外に出たら真っ暗闇だった。何時間、警察にいたのだろう。

 えらいことになってしまった。家に帰る前に、寄らねばならないところがあった。Bさんの家である。小豆島に引っ越して以来、親戚のような付き合いをしている。彼女には、実に不思議な魅力があり、彼女自身も島に移住してきてまだ間もないのに、何人もの若者たち(主に移住者)に慕われていた。小豆島には彼女だけでなく実行力や交渉力のある30代、40代の移住者たちがネットワークをつくっていて、音楽祭などさまざまなイベントを起こしていた。

 付き合い始めたとき、Aにはそんな話もしていたし、Bさんをはじめとする島の友人たちを何度か紹介しようとしたのだが、Aにはそのたびに頑(かたく)なに拒否された。じゃあもういいよ、と思って誘うのをやめたのだが、今になって、Bさんの家に行くと何度も言ってきているのだ。私がいかに酷い人間かをBさんに曝露してやると。私の人間関係やキャリアを壊したいのだろう。なぜそんなに卑怯なことを考えるのだろう。

 もし島に来たとして、奴の言葉を信じるならば、Aは私の家でなくBさんの家と、例の知り合いの知り合いですらない、浮気相手だと思い込んでいるどなたか知らない人の家を目指すことになる。私のところに来られるのも嫌だが、他人の家で何かしでかしたらと思うと、さらに胃が痛い。Bさんにかいつまんで事情を話した。

「うん。いいよ。A君がうちに来たら会ってみるよ。大丈夫」

 いや、話をしてくださるのはありがたいけど、避難したほうが良くないですか。

「だって避難するところもないもん。全然気にしなくていいよ。A君に会ってみる。これまで、いろんな子たちの相談にのって面倒見てきた。危ないのも、精神的におかしくなっちゃってた子もいたよ。」

 Bさんがそういう人なのは分かっています。私だってこれまでの人生で、Bさんにはたくさん助けられたし、励ましてきてもらいました。でも今回のケースはあまりにも酷い。これまでBさんと一度も会ったことすらない男ですよ?

「まあ、とりあえず、様子を見るしかないよ。ジュンコちゃんはどっかに避難した方がいいよね」

 はい。メッセージでは明日来るって書いているから、たぶん今晩やって来ることはないと思うんです。あ、来ようにも、もう最終フェリーが出たあとか。そうそう。高速艇は夜行便がまだあるけど、車ごと上陸しないと島内移動できないからね。こういうとき島ってのはいいもんだ。私は明日早めに避難するようにします。

■Aが愛ヤギのカヨに何かするのではないか

 家に戻ってすぐ、ヤギのカヨを預かってもらっている友人に電話をするためにスマホを開いた。出張から戻ったら迎えに行くはずだったのだが、しばらくそのまま預かってもらわねばならない。気がかりなのは、その友人によくヤギを預けていることを、Aが知っているということだ。もし私の家に来て、ヤギがいないとなったら、友人の家を探しに行くのではないだろうか。心配し始めると止まらない。

「いやー、内澤さん、惚れられちゃいましたねえ(笑)。うちは全然大丈夫ですよ。で、もしうちに来ておかしなことしようとしたら、思いっきりやっちゃっても、いいってことですよね?」

 腕に自信のある友人が目を光らせているのが、声で分かる。いや、それはどうかな。私からはなんとも……。警察呼んでくださいね。ホントに申し訳ない。たぶん私を困らせたいだけだと思うので、そちらで暴れることは、ないとは思うんですけど。

 だけど。実は友人には伝えなかったが、私が一番心配なのは、Aが愛ヤギのカヨに何かするのではないかということだった。カヨを見張りに友人の家に行くわけにもいかないし、かといって避難先にヤギは連れていけないし。まあカヨが今繋がれている場所に行くには、かなりの傾斜地を登攀(とうはん)しなければならない。Aは普段運動もしていないし、体力もあまりないので、歩き回って探すということができるかどうか、微妙なところだ。

 カヨは、最初っからAを忌み嫌っていた。そもそも愛想のいいヤギではないのだが、はじめてAを家に連れてきて会わせたとき、頭を最大限に下げ、角先を真っすぐAに向けた。後ろ足で立ち上がって威嚇(いかく)するよりもさらに苛烈な、ヤギの戦闘態勢である。海外ではヤギに背後から襲われ、腎臓を刺し貫かれて死んだ例もあると聞いたことがある。近づいたら確実に刺すという意志表明に見えた。そんな姿勢、私だけでなく他の誰にも向けたことはない。人によってはとても従順に頭をなでさせることもあるのに。

 Aをカヨに会わせたあと家の中に入ったら、庭に面した窓からバリンという大きな音がした。驚いて行くと、カヨが網戸を破ってゆらりと廊下に立っていた。当時は嫉妬してるのかなあ、もうカヨったら甘えんぼなんだから、くらいに思っていたのだが。

「その男は危険だから家に入れるな」というカヨ渾身のメッセージだったのだ。カヨ……。カヨに会いたい。今すぐ会いたい。

 Aが少年時代に動物に危害を加えたというのは、本当なのだろうか。動物に危害を加えたくらいで少年院に入れられるだろうか。あ、メッセージでは少年院でなくて教護院か。教護院って、生活安全課と同じく、普段耳慣れないし実際に関わった人でないとなかなか出てこない言葉ではある。ハッタリならば、少年院か鑑別所という言葉を使う確率のほうが高そうではある。やんちゃしていたとは聞いていたけれど、その「やんちゃ加減」が、なあ。すべて私を怖がらせるためのハッタリならば、どんなにいいだろう。

 Aはカヨのことをかわいくないヤギだと言って、それ以降近づこうともしなかった。当時の私の日常はカヨと過ごす時間が長かったので、カヨと仲良くしてくれないんじゃ仕方ないなとAを家に招くのを控える理由にもなっていった。

 翌朝。仕事道具と着替えを持って、避難先に向かった。荷物を落ち着けてからすぐにパソコンを開き、メールを手繰った。書評依頼……これだ。過去に「週刊文春」編集部から書評の依頼を頂いたことがある。気が重いけれど、編集部に電話をかけた。Aからの垂れ込みが本当にあったかどうか。とはいえ具体的な内容を話すわけにもいかず、なんだか自分でも話がよく分からないものとなり、そういう問い合わせには答えられないんですと言われてしまった。まあそうだよね。これ以上粘ったら私が変な人と思われる。ていうかもう思われたな。Aのメール攻撃で、私もメンタルがおかしくなりかけているようだ。

 仕方ない。次に内田春菊さんにツイッターのダイレクトメッセージを打った。本当にごめんなさい。実はこんなことがありまして……と。闘病中の友人とは、内田春菊さんのことだった。すでに2018年の1月、内田さんはぶんか社から『がんまんが』を刊行し、病気との闘いを公表しているが、このときはまだ手術前後の落ち着かない時期。体力の回復はおろか、気持ちだってきっと落ち着かれていなかったはず。面倒に巻き込まれたらなんとお詫びしてよいやら。それに病気のことは自分からカムアウトするのと、誰かから一方的に暴かれたり揶揄されたりするのでは、天と地どころか天と海底ほどの差がある。

 内田さんからのお返事の第一声は、「内澤さんの身体は無事??」だった。

 なんて優しい方なのだろう。涙が出そうになる。

「私ら出版の人間じゃないですか。取材もしないで書く人なんていませんよ」

 でも万一春菊さんに取材が来たりしたら、ご迷惑おかけするかもしれない。闘病中の大変なときに本当にごめんなさい。Aのこと、絶対に許せないです。

「編集部からはまっとうに連絡が来るはずです。悪いことしてるんじゃないんだし。よっぽど振られたのが悔しいんだね。かわいそうな人。警察にがんばってもらいましょう」

 しかしいくら警察に頑張ってもらっても、違法行為は取り締まってくださるだろうけれど、Aの私への執着と憎しみを、消すことはできない。それをなんとかしないかぎり、ずっと嫌がらせが続くのではないだろうか。憂鬱だ。警察に相談したことも、あとで分かれば逆恨みするかもしれない。しかしあの写真を見て、私に偽名を使って過去を隠していることも分かってしまった今となっては、警察の関与を断つことは、難しい。Aが何もしないという保証が、信頼が、これまでも恥ずかしながらあんまりなかったけれど、一気に失せてしまった。それでもせめて私が要望した通りに、突然友人たちのところに押しかけたりせずに、事前のアポをとって、話をしてくれたら……。

 午後、Aからメッセージが入った。Aは既に島に来ていた。

〈○○(Aが私の浮気相手と思い込んだ人物。実際は同姓同名の別人)の家まできたんだけど。地図の住所が、よくわからない。どこにあるのか教えろ。〉

( 第1回 を読む)

※続きは5月24日発売の『 ストーカーとの七〇〇日戦争 』(文藝春秋)でお読みください。

■内澤旬子さんからのメッセージ
本書は著者が実際に被害に遭ったストーカー事件(脅迫罪で逮捕、示談成立後不起訴処分の数カ月後にインターネット掲示板への書き込みあり、IPアドレス特定後に刑事告訴、名誉毀損等で懲役10カ月の実刑判決)の詳細です。ストーキングが依存的病態の一種であり、精神科医やカウンセラーによる専門的な治療で再犯の危険性が下がるにもかかわらず、治療につながらない現状を変えたい一心で、筆を執っています。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

(「週刊文春」編集部)

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