辺境作家がバグダード「ふれあい散歩旅」で出会った素顔のイラク人たち

辺境作家がバグダード「ふれあい散歩旅」で出会った素顔のイラク人たち

車の左に立っているのがハイダル君。ここが「民泊」の拠点となった

 メソポタミア文明が誕生した巨大湿地帯に、豪傑たちが逃げ込んで暮らした“梁山泊”があった! 辺境作家・高野秀行氏は、ティグリス川とユーフラテス川の合流地点にあるこの湿地帯(アフワール)を次なる旅の目的地と定め、混沌としたイラクの地へと向かった。

 現在、「オール讀物」で連載中の「 イラク水滸伝 」では書き切れなかった「もう一つの物語」を写真と動画を交えて伝えていきたい。

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 バグダードを訪れて滞在する先進国の人間はひじょうに少ない。そして、その限られた人たちのほぼ全てが、「グリーンゾーン」という米軍が作った外国人向けの特別安全地帯か警備のしっかりした高級ホテルに滞在する。だが、私たちは在日イラク人の友人・ハイダル君の実家に泊めてもらい、彼のお兄さんや友だちと町を歩いた。

 貴重なバグダードふれあい散歩旅をご紹介しよう。

■バグダード南西の外れ、ハイダル君の自宅前

 バグダードの南西の外れにあるハイダル君の自宅前。一見閑静な住宅街だが、2003年の米軍侵攻後、スンナ派とシーア派住民が武装闘争を始め、モスクを爆破したり、相手を殺害したりした結果、スンナ派が敗れて出て行った。現在住んでいるのはすべてシーア派の人々だという。

 私たちはハイダル君のお兄さん宅の居間に寝泊まりした。

 イラク人の生活スタイルは意外なほど日本人に似ている。家は靴を脱いであがり、基本は床に直接座る(町に住む人たちはリビングや応接間は洋風にして、ソファを置いていることが多い)。しかもイラクの人たちはあらたまったときには正座をする。しばらくすると、膝を崩してあぐらをかくのも同じ。ただし、食事はテーブルを使わず、床にビニールを敷き、その上に料理を載せて食べる。

 夜は絨毯の上に布団を敷いて寝た。

■結婚式場みたいに豪勢なシェイフ(部族長)宅

 ハイダル君のお兄さんに彼らのシェイフ(部族長)のうちに連れて行かれた。客が来ると、自分のシェイフのところへ連れて行くのが定番らしい。

 その家の応接間は結婚式場もびっくりの豪華さ。イラクの金持ちは日本人の比ではない。

■ゲスト用のコーヒーのポットと水煙草のパイプ

 大富豪シェイフが留守だったため、もう少し低いランクのシェイフ宅を訪ねる。シェイフは絵に描いたような伝統的なアラブの首長だった。

 シェイフ宅では彼らの部族の「系統樹」を見せてもらった。上のこんもりした部分が最近の人たちで、幹をおりて根本へ行けば行くほど昔の先祖になる。最後は「ノアの方舟」のノアの息子のセムまで行き着くとか。これでも簡略化された系統図なんだそうだ。

■バグダードには鉄筋コンクリートのビルは少ない

 バグダードでも有名な古い繁華街カラーデ地区。日本で言えば、新宿東口のような雰囲気。かつては爆弾テロが頻発したが、私たちが行った頃はわりと落ち着いていた。遠くにティグリス川が見える。

■盃を持った酔いどれ詩人の銅像

 8〜9世紀に活躍した酔いどれ詩人アブー・ヌワースの銅像。「1980年代はこの銅像のある広場でカップルが一緒に酒を飲んだりエッチしてたりした」と私と親しい別の在日イラク人の人が言っていた。飲酒に厳しい現代のイラクでは極めて例外的に、今でもここでは昼間から酒を飲んでいる輩がいる。

■街角の茶屋は「普段着のイラク」の象徴

 イラクでは「家庭や気さくな場所ではお茶」、「あらたまった場所や特別なゲストにはコーヒー」という使い分け(飲み分け?)がある。これはカラーデ地区の道端にあった茶屋。太い薪を燃やして濃いお茶を入れてくれた。

 相席になった若者たちは日本の空手が好きだと言ったが、私たちは防犯上、「カネをもっていない中国人」を装っていたので、話が弾まなかった。残念!

(「イラク水滸伝」本編は 『オール讀物』2019年5月号 で連載中)

写真=高野秀行

(高野 秀行)

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