千葉雅也×山口真由「なんで勉強するの?」ーー勉強を極めたふたりの白熱対談

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 勉強する「心」を持ち続けるには、どうすればいいのか? 『勉強の哲学』(文藝春秋)で「変身」するための勉強法を伝授する千葉雅也さんと「7回読み勉強法」(PHP)で東京大学法学部、司法試験、国家公務員I種を突破してきた山口真由さんが、その秘訣を語る。

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■勉強は手段か、目的か

山口 千葉さんの『勉強の哲学』では、すること自体に目的があるような勉強、それを通じて、自分が「変身」するような勉強が勧められていて、非常に新鮮に感じました。試験のための勉強というのは、「合格」という明確な目的に特化したものだったからです。司法試験なんて、受かればいいんです。逆に、受からなければ、どれだけ苦しい勉強も報われない。最短距離を、最速で行ける勉強が最も合理的ではないかと。

千葉 だからこそ、必要な水準になるべく早く到達するための効率的な勉強法として、山口さんは「七回読み勉強法」を編み出したのですね。山口さんにとって、勉強は手段だったとすると、法律を学ぶ目的は何だったのですか。

山口 実は最初は法律が嫌いだったんです。子供のころから好きだったのは、小説やファンタジーで、大学に入ってからも、面白いと思ったのは、アメリカ文学史や『平家物語』についての講義でした。でも、それを職業とすることが、具体的にイメージできなかった。それで、自立して生きていくために実学としての法律をしっかりと学ぼうと決意したんです。

千葉 ぼくは東大の教養学部にいたのですが、ぼくの考える「教養」とは、実学のベースにもなり、実学も大きく包み込んでしまうようなものです。決して実学の反対概念ではありません。さらにいえば、ぼくにとっての「勉強」は、周りに流されることなく、自分のやりたいことを引き延ばしていくための方法です。その目的は、自分を根本から揺さぶり、「変身」することです。それは「手段」ではなく、終わりのない「過程(プロセス)」だと考えています。

■キモくないのは勉強が足りない

山口 千葉さんがいう「勉強」は、私の言葉でいえば、「学問」ですね。今年、私は東大法学部の大学院博士課程に入ったのですが、入学式で総長が「自分の好奇心の赴くままに追究するのが学問だ」とおっしゃっていました。ですから、私も手段としての勉強から過程としての勉強に移行しつつあるのかもしれません。そのような「勉強」は素晴らしいと思うのですが、実学としての法学を修め、官僚、弁護士という実務家として働いてきた私は、その「勉強」は、高い能力と余裕を持った限られた人たちのための高尚な贅沢(ぜいたく)なのではないか、とも思うのです。というのも、私、「考える」ことをほとんどしたことがないんですよ。「悩んだ」こともほとんどない。

千葉 はっきり言いますね(笑)。

山口 財務省の最終面接で、司法試験、国家公務員I種の勉強をしてきて、死ぬほど悩んだことは何ですか、と訊(き)かれたのですが、自問してみて、何もないことに気づきました。考えることに時間を割けるのは、贅沢なのではないですか。

千葉 なるほど……。でも、ぼくは万人が勉強すべきとも思いませんが、限られた人にしか許されない贅沢にもしたくない。周りに合わせられない、今いる場所で楽しく生きられない、でも、勉強の方法がわからないために、イヤイヤ周りに合わせて、リア充を装っているような人たちに向けて、「ノリが悪くなって、周囲から浮いて、キモい人になってもいいから、勉強をしてみようよ」と呼びかけたくて、『勉強の哲学』を書いたんです。

山口 私は小さいころから、周囲から「浮く」のが、とにかく恐かった。幼少のときから本が好きで、図書館の本を片っぱしから読んでいたのですが、ある日、二宮金次郎って言われて、これでは浮いてしまうと思って、以来、本好きであることは、ひた隠しにしてきました。だから、図書館に行っても、知っている子に会わないようにしていました。札幌で通っていた公立中学は同調圧力が強かったから、友だちがいない人だと思われないために、トイレには絶対に一人で行きませんでした。

 高校は上京して、超秀才が集まる筑波大附属高校に祖母の家から通っていたのですが、ここでも変に目立って「田舎者」と言われたくない、と思っていました。そのくせ負けず嫌いだから、成績は良くなければ、自分が許せなかった。そんな思いが、「七回読み」のような無駄なことは一切やらない超合理的で超効率的な勉強法に向かわせたんだと思います。ですから、勉強を手段として割り切れずに、司法試験に何度も落ちているようなベテラン受験生が、点にならない法学の蘊蓄(うんちく)を語り出すのを見ると、まるで自分自身を見るようで恥ずかしくなってしまう。

千葉 それはまさに勉強をしはじめた人に必ず出る症状です。僕は『勉強の哲学』で、勉強を新しい言語の習得とも定義していますが、言葉を覚えはじめると、それを使うこと自体が楽しくなって、「不必要に細かい話」をついついしてしまう。すると、周囲から浮き、キモい人になってしまう。でも、勉強によって「変身」するためには、キモくなるという「第二形態」を通過しなければならないんです。キモくならないようでは、勉強が足りない。それを経て、「新しいノリ」を獲得すれば、意識的に周囲のノリに合わせ、キモい自分を晒(さら)さない術も身につけられるはずです、つまり「第三形態」になる……と熱く語ってしまったのは、ぼく自身がやはり、中学のころから自然に浮いちゃう、キモい人だったからですね。

 今でも、ご近所の飲み屋さんに行くときは、余計なことをいって浮かないように気を遣(つか)っているのですが、「勉強していない人」に擬態しても時々、尻尾が出て、ヘンな言葉遣いになって浮いてしまうことがあります。だから、山口さんが恥ずかしいといった司法試験オタクの人みたいに勉強してキモくなっちゃった人を見ると、むしろ、この人は愛らしい、かつてのぼくに似ている、とすごく共感するんです。『勉強の哲学』には、世の中すべてをそういう連中だらけにしてやれ、という秘かな思いも込められています。

 ところで、ぼくの勉強の根本には、コレクションしたい、という欲望があります。『勉強の哲学』にも書きましたが、幼少のころから、三六色のサインペンがずらっと並ぶセットや、人間のさまざまな種類の内臓が意味もなく好きでした。

山口 その欲望はすごくわかります。私は未知の知識が欲望の対象で、それを丸暗記することが、所有欲を満たす方法でした。それができると快感を覚えます。高校のときは、色々な古典を暗誦したり。たとえば、長恨歌。「漢皇色(いろ)を重んじて傾国を思ふ 御宇(ぎょう)多年求むれども得ず」。まだけっこう覚えてますね。法律を勉強するときも、ひたすら丸暗記でした。暗記するに足るストーリーがないと、私の体に入ってこないんです。

■勉強は裏切らない

千葉 ぼくはさっき勉強を手段としては割り切れない、といいましたが、思い返せば、ぼくも高校受験までは、受験勉強を完全にゲームとして捉え、合理的効率的に取り組む受験マニアの中学生でした。宇都宮に住んでいて、通えるあてもないのに、都内最難関の東京学芸大学附属高校を力試しで受けました。合格したんですが、自分の実力を確認したことで満足し、結局、公立の宇都宮高校に進学しました。でも、あのとき山口さんのように上京して、学芸大附属に通っていたら、どうなっていただろう、と今でも考えますね。

 学芸大附属には行きませんでしたが、合格したことは、その後のぼくの進路に大きな影響を与えました。ぼくの両親は二人とも美大出身だったこともあり、中学までは美術作品を作っていて、芸大に行きたかったのですが、学芸大附属に受かったことで、「東大行けるな」と思ってしまい、美術を創作する側から批評する側にどんどんシフトしていきました。美術館の展覧会について書いた批評が褒(ほ)められたりするようになり、読むものも、ロラン・バルトのようなフランス現代思想になっていきました。でも、それらを読んでいたおかげで、受験の現代文は楽勝でした。教養教育は、受験にも有用なんです。大人の勉強についても、「大は小を兼ねる」「教養は実学を包含する」と考えているのは、その個人的体験があるからかもしれません。

 それから、ぼくが高校二年になった一九九五年は、ウィンドウズ95、エヴァンゲリオン、オウム事件の年でもあります。インターネットに衝撃を受けたぼくは、「リアリティとヴァーチャルリアリティ」をテーマに勝手にボードリヤールなんかを読みながら、高校の卒業論文を書きはじめ、受験勉強そっちのけで、高三まで、ひたすらそれに没頭していました。それまで、ぼくの作ったものや書いたものに何らかの反応を示していた両親も、だんだんノらなくなってきた(笑)。

山口 親をドン引きさせるのは、大事かもしれませんね。私はまだその機会がないから、今でも親の期待にはちゃんと応えたいと思ってしまいます。でも、そう思う反面、今の東京で生活し、父が体現する「古き良き時代」の常識から脱皮したいと思う私もいて、引き裂かれています。

 千葉さんは受験勉強でも、横にズレていくというか、余計なことをやってしまうタイプだとしたら、私は余分なことは排除して、石を積み上げていくタイプですね。さらに言えば、その先に神を見てしまうんです。

千葉 神?

山口 私は人智を尽くしたんだから、人智を超えるものは必ず私に味方する、という感覚です。

千葉 なるほど。でも、ぼくにはその感覚を決定的に喪失させる苦い出来事がありました。ぼくは中学受験もしていて、宇都宮大学附属中学を受けたんですが、残酷なことに試験の後にクジがあるんです。それでぼくは試験には受かったのに、クジで落ちてしまった。一日中、大泣きしましたよ。いくら勉強しても、その努力が運ですべてがパーになる非情な現実を知ってしまった。

山口 人智を尽くしても、それが全部ダメになることが世の中にたくさんあることは私も認識しています。だから、正確にいうと、人智を尽くして神が味方しなかったとしても、私、勉強なら受け入れられるんです。勉強は、私を裏切らない。裏切られたとしたら、自分の努力が足りなかったからだ、と。でも、財務省で働いていたときも、弁護士になったときも、私は国家や法には絶対、神を見ないだろうと思いました。その神を大学院の「学問」には見られるんじゃないか、と期待しているんです。

■アメリカで見つけた「こだわり」

千葉 大学院は、山口さんがこれまで、ああなってはいけない、と思ってきたキモい人が集まっている場所ですから、「入院おめでとうございます」という言葉を贈りたいと思います(笑)。浮くことを恐れていた山口さんが、キモくなってもいい、と思ったきっかけは何だったんですか。

山口 2015年から1年間、ハーバード大学のロースクールに留学して、LLMというインターナショナルな学生のためのプログラムを卒業したことかもしれません。ハーバード大学の女の子たちって、一昔前の学生がマルクスにはまるみたいに、みんなアメリカのフェミニズム法学者の大御所であるキャサリン・マッキノンにはまるんです。彼女は早熟の天才で、イェール大学在学中に書いた論文は、セクシャル・ハラスメントに関する法律を刷新しました。性差別の概念を整えたのも彼女です。文章も、キレッキレッで、論理も明晰。だから、だいたいの人は一回ははまってしまう。その熱が収まると、クラスでは「マルクス主義が他の考えと並び立たないように、マッキノンもこの世は男に支配されている、という一つの論理で世界のすべてを説明しようとした。他の考えを受け入れる余地がなかったから、多数派になれなかったのよ」なんて議論が始まる。日本に帰ってきて、そんなことを飲み会で話したら、ドン引きじゃないですか。でも、日本でも大学院では、アメリカで出会ったのと同じノリで、みんなが話しているのが嬉しかった。

千葉 大学院では何を研究するつもりなんですか。

山口 総合法政という専攻で、家族についての法律を研究しようと思っています。ハーバードで私がこれまで異常にこだわってきたのは、「家族」だったんだ、と気づかされたからです。さっき少し話しましたが、私は高校進学のために札幌に両親と妹を残して上京し、祖母の家で暮らし始めました。すごく仲のいい家族なのですが、離れて暮らしているから、生々しさがない。だから、毎日、家族に電話をかけて、「元気?」と声を掛け合っていることが、かえって「家族」というフィクションを演じているように思えてきてしまった。と同時にフィクションではない、家族のリアルな生々しさや嫌な部分を置いてきてしまったのではないか、という後ろめたさを感じるようになりました。その負い目が、両親の持つ規範に、つまり、彼ら世代のあるべき家族像や結婚観に応えるべきだと私に促し、私の価値観を縛っています。本を書くときにも、両親が必ず読みますから、「親を悲しませるようなことは書きたくない」という思いにとらわれます。でも、ハーバードで勉強するうちに、私を縛ってきた、この規範から解放されたい、それを全部ばらばらに分解したい、と思うようになったんです。

 そんなとき、ハーバードの指導教授の「家族や結婚には、象徴的な意味は一切ない。全部、権利と義務の束で表せる」という言葉と出会いました。ですから、大学院では、家族や結婚、親子関係から象徴的意味をいったん剥ぎ取ってみて、法学の言葉で権利と義務の束として表現する試みに取り組むつもりです。たとえば、2015年にアメリカの連邦最高裁判所は同性婚を承認する判決を出しましたが、この判決には、結婚を崇高なものとするイデオロギーが満ちていて、私には違和感がありました。要は結婚は尊い、異性婚と同性婚は平等だ、ゆえに同性婚も尊い、という論法の判決です。でも、私は結婚に「人と人が互いに高め合う尊い関係」といった深遠な意味は不要だと思うんです。社会が結婚に与えている、そういう象徴的意味を剥ぎ取り、権利と義務からなる契約、つまり事実婚としたうえで、異性婚と同性婚に平等な権利を認めればいいと考えています。

■欲望年表で「こだわり」を探そう

千葉 精神分析めいたことをいうと、「七回読み」は、テクストからまず意味を字剥ぎ取り、自分に丸ごと転写することで、そのテクストへの理解を深めていく方法ですから、山口さんは家族や結婚、親子関係についても、同じ欲望に衝き動かされているのかもしれませんね。

 今、山口さんの口から「不必要に細かい話」が出てきたことに驚きました。山口さんが、ハーバードで発見した「こだわり」こそ、まさにぼくが『勉強の哲学』で、「自分ならではの享楽的こだわり」と名づけたものです。「勉強」とは新しい言葉の習得だと先にいいましたが、その言葉と出会う過程で、必ず「自分ならではの享楽的こだわり」が現れてきます。そして、それはひとがこれまでの人生で出会った他者との間に生起した「出来事」と深いかかわりを持っています。何が「こだわり」や「出来事」になるかは、勉強をはじめてみないことにはわからないし、常に変化しています。

 たとえば、ぼくは高校生のとき、親から弁護士になれと勧められました。まったくその気にはならなかったのですが、ぼくの哲学は、すごく相対主義的で、哲学でも社会学でも数学でも、それぞれの立場を行き来して、どの味方にもなりたいし、なれると思っています。それって実は、結局、どんな立場の人間でも弁護できる、という弁護士の理念型に一致しています。今なら「弁護士になったら」という親の勧めも、ぼくの人生の「出来事」の一つだと考えることができます。でも、それは親に勧められたから、そうなったという「必然」や「運命」ではありません。現在の「こだわり」を生み出している「出来事」として、何を見出すかは、今の自分次第で変えられるのです。でも、何が「こだわり」や「出来事」になるのかは、無意識に問い尋ねなければなりません。『勉強の哲学』では、それらを無意識から浮かび上がらせる方法として、「欲望年表」という自己分析法を紹介しています。読者のためにぼくの「欲望年表」のごく一部を『勉強の哲学』から引用しておきましょう。

1994 中学卒業、宇都宮高校入学
美術の課題で、地元の美術館の展覧会についてレポートを書く。
高校1年か2年で、ドゥルーズとガタリのことを知る。『コンサイス20世紀思想事典』を読んだ。
1995 阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、『新世紀エヴァンゲリオン』
高校2年のときに、自宅にインターネットが入り、深夜の匿名チャットにハマる

 といった具合です。この「欲望年表」から、「こだわり」やそれを生み出す「出来事」が何なのかを探っていくのです。たとえば、ぼくはドゥルーズというフランスの哲学者を研究していますが、美術からドゥルーズに興味が拡がったのは、高校2年のときに出会ったインターネットがきっかけです。また、この年表によって、ドゥルーズは自由に雑草のように広がる関係を「リゾーム」という概念で表現しましたが、ぼくのなかでは、それとチャットで見知らぬ人とつながる体験は、どうやらつながっていることがわかりました。

 長々と「自分ならではの享楽的こだわり」について語ってきましたが、なぜ、それが勉強にとって非常に重要かというと、それがないと勉強はきりがなくなってしまうからです。なぜ、そうなるか。それはあるテーマについて勉強を始めると、決して到達できない究極の真理を求めていったり、一つのテーマから他のテーマに際限なく目移りしてしまうことがよく起こるからです。このことに気づくと、勉強を成立させるには、その「有限化」が必要なことがわかります。「有限化」とは、勉強の範囲を絞り、仮の結論に至ったら、勉強を「中断」することです。でも、どこで「有限化」したらいいのか。そのとき頼りになるのが「自分ならではの享楽的こだわり」なのです。それが勉強を際限ないものとせず、仮に「中断」しながら進めていく助けになってくれます。そして、「欲望年表」による自己分析は、この「こだわり」を探る手がかりを与えてくれるでしょう。今日はお互いの勉強論を交わすうちに、期せずして互いの「欲望年表」を語ることになりましたね。

山口 それを通じて、それぞれの「こだわり」を再発見することができたように思います。

(「文藝春秋SPECIAL」編集部)

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