「これ毎日やってるの……?」子連れママがマジギレしている理由が少しだけ理解できた

「これ毎日やってるの……?」子連れママがマジギレしている理由が少しだけ理解できた

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 最近子連れのお母さんが、3〜5歳くらいの子どもにマジギレしている現場によく出くわします。

 よっぽどのことがあったのだろうか、と心配しながら見守っていると、どのお母さんも例外なく、ひどく疲れた表情をしていることに気が付きました。

■「そんなに怒ることでもないのでは……?」

 彼女らが子どもに対して怒っている内容は「さっき聞いたときは『トイレに行きたい』と言わなかったのに、突然『トイレに行きたい』と言い始めた」とか「歩くのが遅い」とか、はたから見ていると「そんなに怒ることでもないのでは……?」と思ってしまうようなものです。

 突然お腹が痛くなることがよくある私は、今まさに腹痛や強烈な尿意で苦しんでいるかもしれない子どもに同情してしまい、お母さんに「すぐ近くにトイレがあるので連れて行ってあげてください」と話しかけようと思い立ちました。しかしその直後、鬼の形相で「さっき聞いたときに何で言わなかったの!? もう知らないよ、トイレないからね!!!」と子どもの手を引っ張ってズンズン歩きだしたお母さんの気迫に負けてしまい、とうとう何も言えなかったのでした。

■自分のトイレもごはんもままならない……

 子どものいない私からすると「どうしてそこまで……」と不思議に思うような出来事でしたが、つい先日、子どものいる友人宅にお邪魔したときに、その理由が少しながら分かったような気がしました。

 赤ちゃんを抱く友人はすっかりお母さんの顔になっていましたが、私が家に上がると早々に「ごめん、少しの間抱いててあげてくれない?」と言い出すのでどうしたものかと聞くと、「抱っこしてないと泣いちゃうから、自分のトイレもごはんもままならなくて……」と言い、トイレに走って行きました。

 幸い人見知りをしない子だったので、私が抱っこをしてもぐずることはありませんでした。そこで、友人に昼食をゆっくり食べてもらい、食器の片付けややり残していた家事などすべてを終えるまでのあいだ、数時間ほど子守をさせてもらうことにしたのですが、これが予想以上に大変なことの連続だったのです。

 まず、常に抱っこをしていなければ機嫌を損ねてしまうので、腕と腰が死にます。うとうとしてくるまでは座ることも許されず、1時間か2時間は抱っこし続けます。その間、オムツが濡れていないかどうかもチェックをしなければなりません。オムツ確認の際は仰向けに寝かせられるので、束の間の抱っこからの解放です。しかし、オムツが濡れているとなれば、今度はすばやくオムツの交換をする必要があります。初めてのオムツ交換だったので友人に手伝ってもらいましたが、1人でやるとなると、いかにご機嫌を損ねてしまう前にスムーズに終わらせられるかが肝だと言えるでしょう。

■私の体力は限界を迎えつつありました

 オムツ替えが終われば、再び抱っこです。すでに腕と腰が瀕死状態だったので、ベッドに寝かせた状態で様々なおもちゃであやそうとしましたが、早く抱っこせんかい、と言わんばかりに「ふにゃあぁ……」と泣かれてしまい、作戦は失敗に終わりました。ようやく熟睡してくれたのでベッドに寝かせようとするとまた泣き始めてしまい、再び抱っこでゆらゆら……を繰り返しているうちに、気がつけば数時間が経過。情けないことに、私の体力は限界を迎えつつありました。

「これ毎日やってるの……?」と恐る恐る聞く私に、友人は「毎日だよ〜。少し寝て起きてを繰り返すのが夜中まで続いて、朝5時か6時にはこの子がしっかり目覚めるから、私はほとんど寝られてないのよね」と苦笑いしました。

 もちろん個人差はあるとは思いますが、この状況が子どもがある程度大きくなるまで数年間続くと考えると、心身が追い込まれてノイローゼになってしまったり、ついカッとなってしまったり、私が見たように「そんなことで?」と思うようなことでも子どもに強く当たってしまう親たちが出てくるのは、避けられない深刻な事態であるように思えます。

■虐待のニュースを見て「人ごとではない」と思うように

 友人の夫は東京で仕事をしており、友人は里帰り出産後、一時的に実家で育児をしています。しかし両親と弟は仕事をしているため夜になるまでは帰ってこず、日中は子どもと2人きり。平日の夜と土日には家族が育児を助けてくれますが、間もなく夫のいる東京へ帰らなくてはなりません。

 そうなると育児に加えてやらなければならないことも多いでしょうし、仕事を終えて帰ってきた夫が育児と家事に参加してくれるとしても、おそらく両親と弟が3人で支えてくれている今よりは、彼女の負担は増えるでしょう。

「子どもが生後1年になったら産休が終わるから会社に戻らないといけないけど、保育所に入れる保証もないし、そうなると会社を辞めなきゃいけない。でも夫1人の稼ぎでは生活できないから私も働かないと……」と不安そうに話す友人は、続けてこう言いました。

「ニュースで子どもを虐待して逮捕されたお母さんを見ると、『人ごとじゃないな』って思うようになった。私も育児でろくに眠れてない状態のときに、この子の泣き声を聞くと『何で泣き止んでくれないの。早く静かにしなきゃ』って気持ちで頭がいっぱいになって、抱いている自分の子を床に落としてしまいそうになったことがある。冷静になったときに『自分が怖い』と思ったし、誰にでも起こりうることなんだな、と思ったよ」

■高すぎる「子育て」のハードル

 核家族化が進んでいる現在の日本では、今まさに子育てをしている当事者以外が想像するよりもはるかに、育児が厳しいものになっているように思えます。低賃金で、収入がなかなか上がらない環境で働く若者も多い。夫婦共働きでようやく生活ができるとはいえ、現行の出産後の産休期間や保育所が不足している状況、社会保障のシステムを鑑みると、まだまだ女性が早期に職場復帰をすることは難しいと言えるでしょう。

 会社を辞めざるを得なかった女性が、また働けるようになったタイミングですぐに就職口が見つかるかというと、それすら定かではありません。人事部で面接を担当する知人は、「1人の採用枠に子どもがいる女性を含む複数人が面接を受けにきた場合、申し訳ないながら、どうしても他の人と比べて不利になってしまう」と話してくれました。

■「実家が太い」パターンであれば別だけど

 その女性本人がどれだけ優秀でやる気があったとしても、会社側からすると「子どもが熱を出すたびに休むのではないか」「定時前に帰らないといけないのではないか」という不安から、他の男性選考者の方が条件的に有利だと言わざるを得ない、と言うのです。

 この言葉を聞いたとき、私にはこの知人の言っていることが間違っている、とは思えませんでした。会社にはより利益を生み出せるであろう人間を面接で選別し、雇用しようとする動機があります。国や政府がどれだけ「女性の社会進出を応援します!」と掲げようとも、こうした現状を無視し続けていては、決して少子化問題を解決することはできないでしょう。

 子どもが中学校を卒業するまで支給が受けられる「児童手当」は、毎月1万円から1.5万円ほど。生活の多少の足しになるとはいえ、「十分な保障額である」とも言い難い金額です。

 例えば両親から経済的な支援が受けられるとか、子どもを預かってもらえるような「実家が太い」パターンであれば、そこまでの苦労はかからないかもしれません。しかし実家も頼れない、自分たちだけで子育てと仕事をすべてこなさなければならない若者たちにとっては、子育ては非常にハードルが高く、子作りも慎重に行わなくてはならないものになっているのではないでしょうか。

■私は「子どもがほしい」と思っていますが……

 事実、私は「子どもがほしい」と思っていますが、今の自分の収入やキャリア設計などを考えると、今すぐに子どもを作るわけにはいきません。貯金も多いわけではありませんし、実家に頼ることもできないため、夫婦で、もしくは1人で子どもを育てていくには、まだまだ準備ができているとは言えないためです。

 また、私の友人が「ほとんど寝られていない」と話していたように、そうした状況で仕事と育児を両立できるか、という自信がまだ自分にないことも、今すぐ子どもを作るわけにはいかない理由の一つです。

 昔と比べると、今は「子育てをする家庭」に対しての支援の必要性がある程度注目を浴びていますし、2017年の介護休業法改正により育休期間が延長できるようになるなど、少しずつではあるものの、状況改善しようとする動きも見え始めています。

■「女性の社会進出」と「育児は女性のもの」論

 少しでも子育てがしやすい社会づくりが進むように、当事者世代である私たちが声を上げ続けることは必要不可欠です。政府が「女性の社会進出」や「少子化対策」を謳うのであれば「子育ては女性がメインで行うべきものである」という日本の古い悪習も、ここで断ち切るべきでしょう。「女性の社会進出」と「育児は女性のもの」論は、令和を迎えた今でも矛盾が解消されることなく、子どもを持つ女性たちの首を締め続けています。

「残業こそが正義! 残業代は出ないし特にやることもないけどみんな残ってるし、評価アップのために残業しろよ」みたいなことをいまだに地でやっている会社は多くありますが、そういう同調圧力をなくし、「定時後は家庭で過ごす時間」であることを世間が許容することで、どれだけの子育て家庭が救われることだろう、と思います。男性だって、子どもの親です。無駄な残業をさせるのではなく、家族のためにも早く家に帰してあげなくてはなりません。

 それこそ先に書いた「余裕がなくて子どもにマジギレしてしまうお母さん」は、決して「本人の責任」でそうなったのではなく、ある意味「対極」にあるはずの「女性の社会進出」と「育児は女性のもの」の、2つの論に挟まれて行き場を奪われてしまった人たちなのではないでしょうか。

(吉川 ばんび)

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