親にカミングアウトするのは“自己中”なのか? 僕の背中を押してくれた一言とは

親にカミングアウトするのは“自己中”なのか? 僕の背中を押してくれた一言とは

(c)平松市聖/文藝春秋

連載「僕が夫に出会うまで」

?

2016年10月10日に、夫と結婚式を挙げた七崎良輔さん。幼少期のイジメ、中学時代の初恋、高校時代の失恋と上京……七崎さんが夫に出会うまで、何を考え、何を感じて生きてきたのかを綴ったエッセイが、待望の 書籍化 決定。

?

5月14日(火)の 電子書籍 版先行リリースと、5月28日(火)の 書籍発売 を記念して、本編中の、エピソードを公開します。

?

 友人、そして好きだった高校時代の同級生にカミングアウトを果たした七崎さんは、いよいよ親へのカミングアウトを考えるようになった。そして……。

?

(前回の記事「 ゲイの僕が悩みに悩んで、母にカミングアウトを決意するまで 」を読む)

この連載を 最初から読む

 だが、悩みぬいたはずのその決心は、周りの意見に簡単に振り回されてしまうこととなった。次の帰省で親にカミングアウトをする事を周囲の人に話すと、反対する人が多くいたのだ。

「なんのために親にカミングアウトするの? 親を傷つけるだけじゃないか」

「自分を偽らなくて済むためだけに、親を悲しませるなんて自己中じゃないか」

「いい人ができて、日本で同性婚が認められてからカミングアウトした方がいいんじゃないか」

「私が息子からカミングアウトされたら、ショックすぎる。ななぴぃは友達だからいいけど、それが息子だと考えたら知りたくはない」……。

 みんな僕を想って言ってくれているのはわかっている。だけど、そんな話を聞いていると、まるで自分の親を傷つけてでも、自分の生きやすさや、自分の幸せを優先させる悪人のように、自分が思えてきてならなかった。ただ、ゲイに生まれたことを、親にも知ってもらいたいだけなのに。

 親にカミングアウトしようと思った僕は、自己中なのか。たしかに、自分の理想の未来のために、親を傷つけるなんて、自己中としか言いようがないのかもしれない。

■年上のゲイの人にも話を聞いてみることにした

 一度は母親へのカミングアウトを決意した僕だったが、またもや何が正しいのかわからなくなってしまった。僕はもっとたくさんの人の情報が必要だと思い、ネットで見つけたゲイ向けのイベントに参加をして、年上のゲイの人にも話を聞いてみることにした。ありがたいことに、そういったコミュニティが多くある時代に僕は生きているし、この頃の僕はそういった集まりに、抵抗なく参加することができるようになっていた。

「そんなの親に言って、理解してもらおうなんて、甘い考えだ。親も所詮は他人、自分は自分でいいだろう。だからそもそも、言う必要がないじゃないか」

「僕は、親には一生黙っていようと誓った。だけど親は、最期まで僕が独りでいる事を心配しながら死んでいきました。本当はパートナーがいるのに。若いうちに言えば良かったと後悔しています」

こんな人もいた。

「私こんなんだしさ! 親も気づいているだろうと思って、ペロペロ〜ってカミングアウトしちゃったわけ! そしたら全く気づいてなかったみたいで、縁、切られたわよ〜」

 世の中には、親にカミングアウトをして後悔をしている人もいれば、カミングアウトをせずに後悔をしている人もいるのだ。ますますどうしたら良いのかわからなくなってしまったまま、北海道に帰省する日が訪れた。僕の心は迷ったままだった。

■友人宅で松茸をご馳走になっていたら……

 帰省1日目、僕は高校時代の友達の家に招待されていた。恋のライバルだった愛の家だ。高校時代の友達も、愛の家族も「ななぴぃお帰り!」と言って出迎えてくれた。この日は串カツパーティだ。

 愛の家族が、好きな具の串をその場で揚げて食べられるように準備をしてくれていて、それぞれの具には丁寧にプレートが置いてある。

「おくら」「うずらの卵」「豚串」……。具が書かれているプレートの一枚に僕の目は奪われた。「松茸」と書かれたプレートだった。

 由貴や翔らも、それに気づいているようだが、串揚げにするにはあまりにも高価な食材すぎて手を出せずにいたのだ。それに気付いた愛のお父さんが言った。

「みんな、松茸食べないの? 美味しいから食べてごらん」

「良いんですか!」とみんな大喜びで松茸串に手を伸ばす。僕も一つ揚げて食べてみた。外はカリカリの衣で、中からジューシーなキノコ汁が口の中に広がった。

「どうだ、松茸、うまいだろ?」

「美味しいです!」とみんながありがたそうに食べているのを、愛のお父さんは嬉しそうに見ながら、こう言った。

「でもな、それは『エリンギ』だぞ! はっはっはー! みんな騙されたな!」

 松茸なんて普段口にできない僕らは、お茶目な愛のお父さんにすっかり騙されてしまったのだった。

「人生そんなもんだぞ! あるもので、いかに幸せに生きるかだ! はっはっはー」

 愛のお父さんは、会社の経営者で社会的に成功している人だが、嫌味がなく、僕らのような子供にも目線を合わせて会話をしてくれる人だ。昔からそうだった。高校の同級生がよく、愛のお父さんに、悩みを相談していたのを思い出した。

 僕は、今回の帰省で親にカミングアウトをしようか悩んでいることを、愛のお父さんに話した。

「昔、ななぴぃに聞いたら、違うって言ったの、覚えてる? 高校生のとき」

 愛のお父さんは言った。

「え、僕、覚えてない!」

「ななぴぃは男が好きなの? って聞いたら、ななぴぃは、違うって言ってたんだよ、昔は」

「言ってた言ってた。私たち、ななぴぃはまだ隠したいんだね、って話してたのよね」

 愛のお母さんが言った。

「僕自身、気づいていたけど、認めたくなかったんだと思います。あの頃はね……」

「そうだよな、そう思ってたよ。それが、今ではここまで堂々と生きてて! おじさん、嬉しいんだよ!」

「ありがとうございます。でも親に言ったら悩ませてしまうと思うんです。だから、どうしたらいいかわからない!」

■「子供の事で悩むのが親の趣味みたいなモン」

「親が悩むのは当たり前、それでいいんだよ。子供の事で悩むのが親の務めだし、趣味みたいなモンなんだよ。子供がどうなっても悩む人は悩むんだよ」

「でも、言わなければ、親が悩まなくて済むでしょ? 言いたいけど、言いたいからって親を傷つけて良い訳じゃない。そんなの自己中でしょ? 親が死ぬまで、黙っていた方がいいのかもしれない。所詮、親だって他人なんだし……」

 僕は自分が言われてきたことを、そのまま自分の意見のように愛のお父さんに話した。愛のお父さんは、少しショックを受けたようだった。

「俺がななぴぃの親だったら、絶対言って欲しいよ。親は他人じゃない、親だよ!」

 愛のお父さんは、どうにか親の気持ちを伝えたいようだった。

「悩んだって苦しくても構わない、子供のことなら、なんでも理解してやりたいんだよ。もし、そんな大切なことを、俺が死ぬまで隠されていたなら、俺は、死んでも死に切れないよ! 自分を責めるね、なんで気づいてやれなかったんだって」

 言ってもらいたい言葉を、愛のお父さんが全て言ってくれたような気がした。やっぱり親へのカミングアウトは僕の自己中な行為なんかではない。自分のため、親のため、明るい未来のために、僕は進まなくてはならないのだ。

■カミングアウトされた親が、喜ぶ時代が来るかもしれない

 この社会では僕のような同性愛者に対しての知識がまだまだ足りない。知識がないから理解ができない。理解が足りないから偏見があって、偏見から差別が生まれる。そんな社会なのは本当に仕方がないことなのだろうか。そんな社会だってことをいつまでも前提にして行動を制限していたら、世の中いつまで経っても変わらないじゃないか。

「親へのカミングアウト」=「親を悲しませる」と決めつけるのはやめよう。もしかしたら、息子にカミングアウトされた親が、喜ぶ時代が来るかもしれない。僕の親はそのタイプかもしれない。だってゲイである事は不幸な事ではないのだから。母へのカミングアウトをする決意が固まった。

写真=平松市聖/文藝春秋

(続き「 母は『私は、まともな子を産んだんだ』と言った 」を読む)
(この連載を 最初 から読む)

(七崎 良輔)

関連記事(外部サイト)