カミングアウトした僕に、母は「私は、まともな子を産んだんだ」と言った

カミングアウトした僕に、母は「私は、まともな子を産んだんだ」と言った

(c)平松市聖/文藝春秋

連載「僕が夫に出会うまで」

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2016年10月10日に、夫と結婚式を挙げた七崎良輔さん。幼少期のイジメ、中学時代の初恋、高校時代の失恋と上京……七崎さんが夫に出会うまで、何を考え、何を感じて生きてきたのかを綴ったエッセイが、待望の 書籍化 決定。

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5月14日(火)の 電子書籍 版先行リリースと、5月28日(火)の 書籍発売 を記念して、本編中の、エピソードを公開します。

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 友人、そして好きだったクラスメイトの男性にカミングアウトを果たした七崎さんは、親へのカミングアウトを決意して、北海道に帰省。友人の親にも励まされ、いよいよ、そのときを迎えることになった……。衝撃の、連載最終回。

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(前回の記事「 親にカミングアウトするのは自己中≠ネのか? 僕の背中を押してくれた一言とは? 」を読む)

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 北海道に帰省して二日目の早朝、家族はまだ夢の中だが、僕は一睡もせずにお酒を飲んで、気合いを入れていた。飲んでも飲んでも酔いが回ることはなかった。ついにその時がきた。僕は寝ている母を少し早めに起こした。

「お母さん、起きて。話があるんだ」

「なにー? 後にしてよー」

 母はまだ寝ていたいと言った。でも二人きりで話せるのは今しかないかもしれない。

「大事な話なの」

 母は何か嫌な予感がしたのだろう。むくっと起き上がり、怪訝そうな顔で僕を見つめた。

「なに? なんか怖いんだけど」

 母と二人でリビングの食卓の椅子に向い合わせで座った。

■「頭を抱える」とはまさにこの事だと思った

「あまりショックを受けないで欲しいんだけど……」

「え、なに。学校辞めたの?」

「ううん、辞めてないよ」

「じゃあなに? 誰か妊娠させた?」

「誰も妊娠させてないよ!」

「じゃあなによ。早く言って。こっちはドキドキするんだから」

「あのー……、僕は、男の人が好きなの、昔からなんだけど。それをちゃんと伝えておきたくて。僕はいわゆる……ゲイなの。男の人しか好きになれない。だからって、病院に連れてっても無駄だよ、治るものじゃないし、治すものでもないんだからね。でも僕はそれでいいと、最近やっと思えてきたの。自分を受け入れることができて、今は幸せ。それを伝えておこうと思って……」

 母は大きなため息をついた。両ひじをテーブルに突き、両手で顔を覆った。「頭を抱える」とはまさにこの事だと思った。長い沈黙が続き、その間、母は何度も大きなため息をついていた。

 僕からは何も言えなかった。とりあえず母の出方を待つしかないように思えたからだ。

 母はうつむいたまま、僕と目を合わせようとはせずに口を開いた。

「それって、本当に治らないの」

「治すものではないし、治らないよ」

 また、ため息をつく母。母は普段、滅多にため息をつかない。うつむいたまま、感情を整理しているように見えた。

「でも、エイズになるんじゃないの? 男同士で……ほら、そういうことをすると」

 母はエイズという病が、感染症ではなく、男同士の性行為が原因の病だということを信じていた。

「男同士っていうだけで、HIVに感染するわけじゃないよ」

「そう……」

 また沈黙が流れた。母が、何か昔の事を思い出している様に思えた。

■「私は、まともな子を産んだんだ」

「お母さんの育て方で、僕がゲイになった訳じゃないよ」

「そんなこと思ってない。私のせいだなんて思わない。ただ……今思い出した。あんたの婆ちゃん。私の死んだ母さんが、あんたのこと、そうだと言ってたわ……あんたがまだ小さい時にね……。母さんはわかってたんだわ、あんたのこと……。でも私は、母さんに腹が立った。だから『何でそんな事いうの! 私は、まともな子を産んだんだ!』って母さんに言ったの……まともな子を……」

 母は泣き出してしまった。苦しそうで、悔しいような泣き方だ。僕だって悔しい。生まれながらにして、親を泣かせてしまうセクシュアリティに生まれてしまった。誰も悪くないはずだ。母も。僕も。だけど、母も、僕も、涙が止まらなかった。

「私はちゃんとまともな子を産んで、まともに育てた! だから私のせいだなんて言われたくない!」

「お母さんのせいじゃないって言ってるの! 誰のせいでもないんだよ。僕はまともだし、ただ、僕は同性しか好きになれないってだけ。それだけ! それを分かってほしいし、認めてもらいたかったから言ったの」

「認められるわけがないじゃない、そんなこと! 甘えないで! 無理よ! 私だって、親に自分の性癖なんて話したことはない!」

「これは性癖なんかじゃない! なんで認めてくれないの!」

「それは無理よ。私は認めたくないし、この世の中だって認めてない」

「世の中は認めてくれない! だからこそ、まずはお母さんが認めてくれたら、僕はすごく楽になれる!」

「悪いけど、諦めて。それに、あんたみたいな人に対して、社会は厳しいに決まってる。だからそのことは、誰にも言わずに生きていきなさい。墓場まで隠し通すの。わかった?」

「それは無理だね! なんで、社会のせいで、僕が隠れて生きなきゃならないの!」

「あんたが傷つかないようにと思って言ってるの! 社会からどんな目で見られるか、あんたはその怖さがわかってない! 傷つくのはあんたなの!」

「僕はこれまでも、お母さんの知らないところでイヤと言うほど傷つけられてきた! 今までずっと耐えてきたの! でも僕が一番辛かったのは、暴言や暴力を受けた事じゃない! 自分で自分を殺したいほど、自分のことが大嫌いだったこと。それが一番辛かった! でもやっと、この歳で自分を受け入れられるようになってきたの! だからお母さんにも受け入れてもらいたいだけ! 社会に受け入れられる前に、まずはお母さんに受け入れてもらいたいの!」

「受け入れられるわけがないよ、それは無理。そんなこと、なんで私に言ったの。嫌な気持ちになる! そんな話をされて、喜ぶ人はいないでしょ。あんたの友達だってそんなこと言われたら、みんな嫌な気持ちになる! 少しは相手の気持ちを考えなさいよ!」

「今まで誰にも言えずに一人で抱えて生きてきたよ。20年間も! またそう生きろと言うの!」

「みんなイヤな気持ちになるだけでしょ! 私だって今すごく辛い! 一人で抱えろとは言わないけど、誰にでも話して良いことではないでしょ!」

「本当の自分の事を話したら、みんながイヤな気持ちになるなんて、僕は一体なんなの! 人を化け物扱いしないで!」

「大人になりなさい。自分のことばかり考えないで! もう話は終わり」

空が明るくなっていた。母は朝ごはんの仕度を始め、僕は自分の部屋に戻り布団に入った。

 何時間寝ただろう。お母さんが部屋に入ってきた音で目を覚ました僕は、うまく目が開かないことから、顔が腫れてしまっているのだと察しがついたが、母も同じように泣き腫らした顔をしていた。父と妹はどこかに出かけたようだ。

「あんたが……良輔が、辛かったね」

 母の腫れた目からまた涙が溢れた。どうやら僕の涙も枯れてはいないようだ。

「辛かったよ。でも、僕はもう大丈夫だから。お母さんにまで辛い思いをさせて、ごめんね」

「私よりもあんたが……良輔が辛かっただろうなって、思ってさ」

「僕は今、幸せだよ。だけど、こんな風に、自分を認められるようになるまで20年かかったんだ。だからお母さんもきっと、僕がゲイだということを認めるのには、時間がかかるよね」

「そうだね、わかってやりたいけど、難しいわ。何年もかかるかもしれないし、一生わかってやれないかもしれない。だけど、あんたに対する想いは変わらないから」

「ありがとう。安心した。巻き込んでごめんね。でもあまり悩まないでね。悩まれると僕も辛いから」

「悩むさそりゃ。でも北海道と東京で、離れて住んでるんだから、あんたは自由にやりなさい。でも、申し訳ないけど、あんたの、そのことに関しては、もう言ってこないで。あんたが、どんな人と付き合おうと、なにがあろうと、私には言わないで。私とあんたは、母と息子、それだけ。それ以外のことは知りたくないから」

「わかった」

「でも、いつでも応援してるからね」

■母との間に空いた“穴”は、7年間埋まらなかった

 母はこう言ってくれたのだけど、母へのカミングアウトは、失敗だったように思えてならなかった。言えばスッキリするものだと思っていたが、そうはならないどころか、カミングアウトしたことを後悔すらした。

 なんだか気まずい距離ができたように感じたし、母に説得され、父へのカミングアウトは断念せざるを得なかった。

 母曰く、父は絶対、縁を切ると言い出すと言うのだ。僕自身は縁を切られるのも覚悟の上で父に話したかったが、それでは間に立たされる母がまた辛い想いをする羽目になる。それならばと、僕は父へのカミングアウトを断念したのだ。

 母と僕の間に、なんとなく空いてしまった穴は、この後7年もの間、埋まる事はなかった。

写真=平松市聖/文藝春秋
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 2月14日から配信の始まった七崎さんの「僕が夫に出会うまで」、文春オンラインでの連載は今回が最終回となりますが、物語は続きます。

 母へのカミングアウトを果たした七崎さんの人生は、ここから大きく動いていきます。初めての彼氏、初めての同棲……さまざまな人と出会う中で、人を愛する喜びや苦しみを知り、成長していきます。ある事件≠ナ刑事から浴びせられた信じられない一言など、これまで以上の困難を乗り越え、めぐりあえた運命の人と、大きな一歩を踏み出すまで──。

 オンラインに連載された原稿だけでなく、その後の人生について大幅な新規書き下ろしを加えた「僕が夫に出会うまで」完全版は、 電子書籍版 と5/28刊行の 単行本版 で是非お楽しみください。

(七崎 良輔)

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