あなたにも「老人地獄」が待っている

あなたにも「老人地獄」が待っている

介護デイサービスの「おまけ」である「お泊まりデイ」は介護に悩む家族の“救いの施設” ©iStock.com

 高齢化社会が急速に進み、介護が社会問題化している。そんな中、負担の大きい有料老人ホームに代わって、“救いの施設”と化しているのが「無届け有料老人ホーム」だ。しかしそこには劣悪な環境下で暮らす、貧困に喘ぐ老人達の実態があった。朝日新聞経済部記者の松浦新氏が、決して他人事ではない「老人地獄」を語る。
(出典:文藝春秋オピニオン 2017年の論点100)

■介護に悩む家族の“救いの施設”「お泊まりデイ」の実態

 埼玉県東部の住宅街に築40年近い2階建ての一軒家がある。2月の寒い夜、その1階の部屋に入れてもらった。

 そこでは、60歳代から100歳近い男女10人が雑魚寝をしていた。3部屋のふすまを取り払ってつなげた20畳の部屋を取り巻くように眠る。通路になる中央部分の畳には、汚物を吐いた痕が大きな染みになっていた。畳はあちこちがすりきれて、ガムテープがはってある。

 ここは介護が必要な老人を昼間にあずかるデイサービス事業所なのだが、夜になっても自宅に帰さない「お泊まりデイ」と呼ばれる類の施設だった。私たちは多くのお泊まりデイを取材したが、何年も家に帰っていない老人がたくさんいた。

 デイサービスを提供する事業者には、利用者が昼間に利用すれば、要介護度によって介護保険から1人1日1万円前後が入る。お泊まりを夕食と朝食つきで1泊2000円程度で提供しても、介護保険サービスを確保できれば安定した事業ができる可能性がある。お泊まりは昼間のサービスの「おまけ」なのだ。

 一方、介護に悩む家族には、おまけのほうが魅力になっている。都市部の有料老人ホームなら月20万円はかかる。お泊まりデイなら月10万円程度の自己負担で暮らせるため、「格安」の費用で老人をあずけられる救いの施設なのだ。

 こうした需要を見込んで、お泊まりサービスのノウハウを提供するチェーンもある。そのひとつ「だんらんの家」の研修資料には、1カ月の売上高が約400万円になる事例が紹介されている。家族数人で住んでいた民家を借りてほとんど改装せずにこれだけの売上高が確保できると聞けば、やりたくなる人もいるだろう。

■格安だが劣悪な無届けホームが急増

 一戸建てを転用しやすいデイサービスは定員10人までの「小規模型」で、2016年3月時点で全国に約2万4000ある。デイサービス全体の数は約4万3000なので半数を超える。厚労省の統計がある06年度末には約8000事業所で全体の4割程度だったが、他業種から参入しやすいこともあって急激に伸びた。厚労省の13年度の調査によると、小規模型の24%がお泊まりサービスを提供していた。

 こうして、空き家になっていたかもしれない一戸建てが、即席の「介護施設」に変わる。同様に、民家が使われるのが「無届け有料老人ホーム」だ。

 私が取材した愛知県の施設は築40年のどこにでもある一戸建てだが、正面に「入居者募集」と書かれた看板があった。パンフレットには1階に3部屋と2階に2部屋があり、それぞれベッドが2つずつ描かれている。実際に見学した人によると、部屋は6畳程度で、入居者の荷物が段ボール箱やビニール袋に入れられて床に置かれ、足の踏み場も無かった。入居者には末期ガンの人もおり、ベッドで点滴を受けていたという。

 こんな施設でも有料老人ホームとして届け出ていないため、建前は普通のアパートと変わらない。地元市役所はことあるごとに立ち入り調査を求めているが、施設側はなかなか応じないという。

 厚労省も、こうした無届けホームの調査はしている。16年4月に公表した無届けホームは14年10月時点より約700カ所も増えて1650施設になった。無届けホームが問題になり、例年の調査に追加調査をした結果だが、同年9月、総務省行政評価局はさらに届け出を促進するよう厚労省に勧告した。

 実は、行政は無届けホームを把握している。生活保護などを扱う福祉部局が、これを必要としている面があるためだ。

 正式な有料老人ホームには、部屋や廊下の広さ、消防設備などで様々な規制があるため、地価が高い都市部を中心に、料金設定を高くしないと経営が成り立たない面がある。生活保護には支給の限度額があるため、都市部では10万円程度で入ることができる無届けホームが「必要悪」になっている。

■貧困層でなくても老後は危ない

 このため、きちんとした有料老人ホームに安く入るため、住み慣れた町や家族と離れて住む老人も増えている。

 09年、群馬県渋川市の無届け施設「たまゆら」で、入所者10人が死亡した火事をきっかけに、東京都は2年ごとに生活保護受給者の施設の利用実態を調べている。14年の調査によると、有料老人ホームなどの利用者は5000人を超え、09年の5倍近くに増えた。このうち3820人は茨城県、群馬県など都外の施設で暮らしている。

 生活保護受給者でなくても、月10万円を出すことは難しい。国の年金は、厚生年金がある人でも平均受給額は月約10万6000円しかない。ここから医療と介護の保険料が天引きされる。施設に10万円を払うと何もできなくなる。国民年金の人は満額でも6万4000円程度しかないので、無届け施設にも入れない。

 ぎりぎりで生活しても、病気になると医療費で追い詰められる。都内に住んでいた老夫婦は、夫が厚生年金で約14万円を受け取り、仕事の収入も約15万円あった。13年に夫婦で大病を患い、夫が働けなくなったとたんに、貯金していた退職金の500万円はなくなった。医療費の自己負担に加えて、食事代、タオルやシーツの洗濯代、おむつ代などの「実費」を求められたためだ。

 生活保護を受ける人のうち、現役世代は減っているが、65歳以上の高齢者は増え続けている。16年3月には生活保護を受けている約164万世帯のうち高齢者世帯が半数を超えた。核家族化が進んで、1人暮らしの老人は600万人を超え、その予備軍の高齢夫婦世帯は約750万世帯もある。ところが、財政の都合で介護保険は対象者を要介護3以上に絞る議論があり、国の年金は少しずつ減ることが決まっている。自立できない老人はまだまだ増える。老人地獄の口はまだ開き始めたばかりなのだ。

出典:文藝春秋オピニオン 2017年の論点100

松浦新(朝日新聞経済部記者)

(松浦 新)

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