被災地にこそタワマンが必要なのだ

被災地にこそタワマンが必要なのだ

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 東日本大震災が発生してからすでに6年の時間が経過した。「被災地への想いを忘れない」といった観念的なイベントや報道は続いているものの、実際の復興にあたって、人々の生活の基盤となる住宅については、どのような状況にあるか、復興が被災地にどの程度役に立っているかといった冷静な視点での分析が少ないような気がしてならない。

 国は住宅の再建にあたって、津波の危険性の高い沿岸部の地域については、住宅を建設できないようにして、津波が襲ってきても危険性の少ない高台に新たに住宅を設けるように誘導している。

 国の計画では2018年度までに約2万戸の、高台移転のための住宅用地を整備するとしており、すでに約7割の進捗率で用地の確保が進んでいる。

 ところが、用地は確保したものの、多くの計画地で実際には用地に住宅を建設して移転する動きが鈍いという。

■漁業で生活するためには究極の「職住近接」が必要

 津波被害の大きかった地域の住民の多くは、何らかの形で海と関わる仕事をして生計を立てている。ところが、国の施策は、住民の暮らしの中身とは無関係に、とにかく家を確保しようというハード優先の考えで、高台に用地を確保し続けているというのが現状だ。

 被災地の住民の生活は海と密接につながっている。漁業で生活するためには海と直に接して、海と会話して生きていかなければならないのだ。究極の「職住近接」が求められる。海のそばに居ることで、海の微妙な変化、風の方向や吹き方、潮の香りなどから行動を起こす、そんな漁師としてのあたりまえの行動が、高台に登ってしまったのでは実行できなくなってしまう。

 高台住宅と港との間は車での移動が必須となる。しかし、多くの住民が高齢化し後継者がいない中で、いつまでも車に頼るわけにもいかない。今回の措置によって結局、漁を続けることをあきらめてしまった住民も多いと聞く。

 理屈として高台居住の必要性を理解させることができても、実態が伴わない住宅の整備は結局住民の理解を得ることはできないのだ。

■「安全」のための高台移転で切り捨てられたコミュニティ

 このように考えてくると、復興にあたって高台移転のための住宅地の開発に、マイホームで暮らす家族の中身を本当に考えたものであったのか疑問に思えてくる。被災地は、震災前からすでに過疎化が進んだ地域が多く、高齢者が港の前で肩を寄せ合って、海とかかわりながらなんとか保ってきたコミュニティーを、「安心・安全」という旗印のもとであっさりと切り捨ててしまい、家があれば解決する、元の通りの生活に戻れるという、日本人のマイホーム信仰に根差したステレオタイプの施策であったといわざるを得ない。

 復興のための予算は、集中復興期間に該当する2011年度から15年度にかけての5年間でその額は26兆3千億円にものぼる。

 そしてそのうちの約4割にあたる10兆円が住宅の再建、復興まちづくりに関わる予算として消化されている。

 こうした予算の在り方の根本的発想は、とにかく地域を「元通り」にすればよい、そして災害を防ぐという意味で、思いつきとしか思えないような巨大な防潮堤を作って二度と同じような災害が生じないようにしよう、という土木、建築的な側面だけからの価値観で構成されているような気がする。

■被災した港に役所や学校を備えた高層住宅を

 たとえば、私なら被災した港に強固な人工地盤を作り、この地盤の上に巨大な高層建物を建設する。建物の低層部は吹き抜けにして、中層部に役所や学校、病院、老健施設、商業施設、公共施設などを、そして高層部には住宅を設ける。これならば人々は間近に海を感じ、海を眺めながら生活ができる。

 高層住宅に住むおばあちゃんもエレベーターひとつで大好きな海まで降りていける。港の前は住民が集まる広場にしてフリーマーケットにしてもよい。

■吹き抜けの低層部で津波を受け流し、緊急時の非難場所に

 不幸にも再度津波が襲ってきても、高層建築物は、吹き抜けの低層部で津波を受け流し、津波の勢いに負けることはないだろう。建物内には防災グッズ、非常用発電機を完備し、ひとたび地震がおこれば、地域住民は安全な建物内にすぐに避難することができる。

 高層部には別にホテルやレストランを設けてもよい。多数の観光客が訪れて、見晴るかす海に歓声をあげ、被災地の復興を実感できることだろう。平面に展開してきた住宅を立体化して災害に対する耐性を強めるのだ。

 他にもいろいろなアイデアがあるだろうが、これが、大震災を受けての人間としての生きる知恵なのではないだろうか。ただ、高台に逃れ、今まで通りの家をこしらえるだけでは、高齢化が進み、人口減少に悩む地域の将来を見通す「解」にはならないのだ。

■立派な施設が建っても地元に戻ってこない子どもや孫たち

 被災地の復興は「元通り」にするためにすでに何年もの歳月を費やしてきた。ハードという側面ではたしかに、道路や橋は元通りになり、高台住宅の用地は確保され、新しい学校や公民館は驚くほど立派な施設として蘇った。

 しかし、多くの漁民は高齢化なども相まって廃業する、子供や孫は震災を契機に都会に行ったまま地元には戻ってこない、というのがまごうことなき実態だ。

 ものすごくきれいになった新しい校舎完成のニュースは、画像としては美しく、あんなに悲惨な目にあった地域住民の方々にとってさぞや喜びもひとしおだろうと思う反面、カメラに収まっている小学生の数は、驚くほど少なく、せっかくできあがった高台住宅に住むのも足腰の具合が良くないお年寄りばかりであることに、こうした復興事業の多くが、ハード優先の理念に基づいた、形だけのものになっている姿をみることができる。

 復興という名のもとのハコにもソフトウェアが必要だ。それは人集めのためだけのゆるキャラやB級グルメではなく、生きるための知恵なのだ。

(牧野 知弘)

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