東大に女子が入らない理由 #1

東大に女子が入らない理由 #1

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終戦直後の1946年から女子学生を受け入れている東京大学(当時は東京帝国大学)。それから71年経ち、女子学生の比率は増えたものの、海外の有力大学と比較するとその比率は著しく低い。また、進学する女子学生は関東出身者の割合が高く、地域の偏りも問題となっている。現在も東大に女子学生が集まらない理由とは何か。ライターの松本博文氏がその謎に迫る。(出典:文藝春秋2017年6月号「50年後のずばり東京」・全3回)

 2017年4月12日。年によっては散っていることもある桜の花が、今年の東京ではまだ咲いていた。九段下の駅を降りて、桜の名所である皇居のお堀を見ながら、坂道を上っていくと、右手には靖国神社が見える。左手の日本武道館では例年通り、これから東京大学の入学式が始まるところだった。

 武道館の前では一様に、コンサーバティブな、地味な色合いのスーツを着た新入生たちが、開場を待っていた。その中にひとり、淡い桜色のスプリングコートを着た女子の姿が目をひく。

 遡ること71年。終戦直後の1946年に、東京帝国大学(ほどなく東京大学に改称)は、その歴史上初めて、女子学生を受け入れることになった。当時の「帝国大学新聞」(1946年5月11日)には入学式に臨む彼女たちを「色とりどり華やかなただしあまり美しくはない女子学徒」と記している。その年の女子入学者は、898名中、わずかに19名を数えるのみ。比率にすれば、2.1%である。

 そこから女子学生はどこまで増えたのか。今年2月に行われた入学試験では、合格者3012人中、609人。率にして約20%。16年に発表された在学生全体に占める女子の割合も19%とずいぶん増えたように思えるのだが、たとえばハーヴァードは48%で、オックスフォードは46%。グローバルな視点からすれば、東大の男女共同参画室が分析して述べている通り、いまもなお、「海外の有力大学と比較しても、女子比率は著しく低い」ことは明らかである。

 現在も東大に女子が少ない理由は何か。そして現在の東大女子たちは、何を思い、どのような生活を送っているのだろうか。

■地方出身者の疎外感

「東大に来て驚いたのは、東京出身の人ばかりだということでした。もっと日本中から学生が集っていると思っていたので……。もし事前に知っていたら、東大は受けず、地元に近い京大を選んだかもしれません」

 そう話したのは、岡山県出身のYさん(文I・2年)。

「地方出身の友達とは、たまにそういう話をします。東京にはずいぶん慣れたけど、ここでずっと働くイメージが湧いてこない。やっぱり将来は、空が広いところに帰りたいなって思います(笑)」

 男子、女子を問わず、都心の成績優秀な生徒は、早い段階から塾などに通って多くの知人を持ち、自然にネットワークができていく。東大に入った後でも、試験対策などでその繋がりが役に立つことは多いが、地方出身者からすれば、疎外感を覚えることも多い。

 筆者や編集者がつてをたどって話を聞いた東大女子たちも、東京や関東の有名進学校出身者が多かった。現代の東大女子の雰囲気を作っているのは、彼女たちなのだろう。

 桜蔭学園出身のAさん(理II・2年)は語る。

「桜蔭は理系が6割で、東大志望者や医学部志望者が多い。私もはっきりとした将来の目標はなかったけれど、医者になりたいとは思わなかったので、自然と東大を目指しました。卒業後は、みんな医師や弁護士などになってバリバリ働いています。桜蔭から東大に進むと『結婚率が低く、離婚率が高い』という噂もあるけれど、先輩たちを見ていると、みんな学生時代に恋愛して、その後はちゃんと結婚をして、家庭生活も充実しているようです」

■“関東のローカル大学”になりつつある東大

 桜蔭は、17年度は現役・浪人生を合わせて63人が合格、前年度も59人合格と、女子校ながら東大合格者数ランキングではトップテンの座を維持し続けている進学校だ。1学年あたり、約4人に1人は東大に進学している計算になる。15年には、定員100人の最難関・理科III類(医学部進学コース)に桜蔭だけで9人の合格者がいたと話題になった。

「構内を歩いていると、同級生にしょっちゅう会います。なかには、ちょっと派手になって“大学デビュー”した子も結構いるけど、突っ込めない(笑)」(文II・2年、Oさん)

 自らも東大出身で、現在も趣味のテニスを通して現役学生たちとほぼ毎週のように接しているという、作家・心理カウンセラーの五百田達成(いおたたつなり)さん(43)はこう語る。

「桜蔭生は真面目な子が多い。それに比べて、桜蔭と同じ女子御三家で東大合格者も多いJG(女子学院)は、軽やかな東大女子の象徴だと思います。自由な雰囲気がある一方で、将来は自立して、自分の税金は自分で払えるように、という教育をしている。最近東大合格者が急増している渋幕(渋谷教育学園幕張)はより自由で、校訓は『自調自考』。修学旅行も現地集合、現地解散です」

 東大が定期的に行う「学生生活実態調査」(2014)によると、学生のうち、家庭が都内にある割合は、男子が約27%、女子が約34%。関東まで広げると、いずれも60%以上を占めている。

「東大は、関東のローカル大学になってきている。しかも女子が少ない。受験生そのものが偏っているんです」

 そう指摘するのは、教養学部の瀬地山角(せちやまかく)教授だ。

「私たちが増やしたいのは、地方出身で、浪人はダメと言われているような女子。なかでも公立ですね。このカテゴリーには、親に東大受験を許されず、悲鳴をあげている高校生が今もいる。構造的性差別とも言えます」

 この分析は、実体験とも重なる。筆者は山口県で生まれ、地元の公立校から1年の浪人生活を経て東大に進学した。高校時代、女子はとにかく優秀だった。定期テストをすれば、必ず女子の方が平均点が高い。しかしながら、当時はさほど不思議には思わなかったが、東大や京大に進学するのは、男子の方が多く、女子は手堅く現役で地方の医学部などに行った。背伸びをして、浪人をしてまでも有名大をねらう傾向は、男子に強かった。

 24年前の入学式の日は、キャンパス内の今はなき駒場寮で、やはり地方出身の同居者と新生活を始めるため、部屋の壁にペンキを塗る作業が忙しく、武道館には行かなかった。出席した友人たちは、教養学部長(後に総長)の蓮實重?が何を言っているのかさっぱりわからなかった、と苦笑していた。入学後、授業にほとんど出席しないダメ男子が増えていくのに比べ、真面目で優秀なのは女子だった。「フリッパーズ・ギター」を解散して、ソロ活動を始めていたミュージシャンの小沢健二(93年文卒)が東大卒のアイコンであり、また、外交官から皇太子妃となった小和田雅子さんが、東大法学部出身で、キラキラ輝く優秀な女性の代表だった頃のことである。

■家から近いので東大へ

 当時、駒場寮に遊びに来た友人たちと、なぜ東大を志望したのか、という話になったときに驚いたのが、女子のひとりが自然と口にした「家から近いから」という回答である。そういうものかと、地方出身者の1人として、うならざるをえなかった。

 ちなみに本稿では、「地方」という言葉を「東京とそのごく近郊以外の場所」と定義している。取材を通して、それが東大生の一般的な意識に合致し、簡明だと感じたからだ。

 静岡県のごく普通の家庭から公立校に進学したFさん(経済4年)は、そもそも特に東大を目指していたわけではない。

「神戸大がおしゃれそうでいいかな、と思っていました。両親も『東大まで突き抜けなくてもいいのでは?』という考えだったようです」

 高1の時に教師に薦められて、初めて東大受験を意識したという。その年、同じ高校からは6人ほどが合格した。大学生活は、余裕があったわけではない。両親からもらう月8万3000円の仕送りは、家賃と光熱費で消える。あとは奨学金の5万円と、アルバイトでまかなった。

 香川県出身のMさん(文III・2年)は、小さな頃から成績がよかったので、親戚の1人から「お前が男だったらなあ」と言われたことを、今も覚えているという。女子が大学に行ってどうする、という有形無形のプレッシャーは、地方を中心にいまだに存在しているのだ。東大に決めた理由は、「東京に来れば世界とつながる感じがした」から。文学部進学後は、海外留学を目指している。高校の同級生の理系女子には、東大の理Iと同程度の偏差値である香川大や岡山大の医学部を選んだケースが多かった。

「なるべく実家から近いところに、という感覚は、女子のほうが強い気がしますね。親も心配するし」

 東大側も、手をこまねいているわけではない。たとえば地方出身の女子学生を母校へ派遣し、生の声を聞いてもらうプロジェクトは好評だ。しかし、決定打となって地方出身の女子学生が劇的に増える結果にはつながっていない。そうしたなか、昨年発表されたのが、「3万円の家賃補助」である。大学が女子学生でも安心して住めるような民間のマンションなど約100部屋を用意し、月3万円、最大で2年間(合計72万円)の家賃を、通学時間90分以上の女子に限り補助するというものだ。東大を受験する機会に恵まれにくい女子をターゲットに、チャンスを与えたいという願いが込められている。発表直後から、大学には受験生だけでなく親からも問い合わせがあり、300を超える応募があったという。

 ニュースなどでも大きく報道され、適切なアファーマティブアクション(弱者に対する是正措置)という賛成意見もあれば、「逆差別だ」という反対意見も起こった。在学中の女子学生の間でも、その意見は分かれていた。

「実家だと実感がわきませんが、それで女子が増えるとは思えません」(東京都出身、理II・2年)

「地方では、模試の東大C判定(合格率40〜60%)でも、男子と女子では意味が違います。男子は浪人するつもりで受験できても、女子は、より合格可能性が高い地元の国立大学へ希望を変更する。経済的な問題が東大受験のネックになる場合があるので、いいことだと思います」(香川県出身、理I・1年)

 どちらかといえば、自宅通学者はあまりピンと来ない一方、地方出身者からは「私ももらいたかった」と歓迎する声が聞かれた。

(「東大に女子が入らない理由 #2」に続く)

(松本 博文)

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