BGMは藤間仁作曲 尾道へ向かう「ラ・マル・しまなみ」はアートな観光列車だ

BGMは藤間仁作曲 尾道へ向かう「ラ・マル・しまなみ」はアートな観光列車だ

©杉山秀樹/文藝春秋

 広島県の尾道といえば坂の街、映画の街、文学の街。近年はしまなみ海道サイクリングの本州側拠点。B級グルメの尾道ラーメン、尾道焼きもある。瀬戸内海、尾道水道の景色も良く、観光の要素がギッシリ詰まったところだ。

■フランス語で「木製の旅行鞄」

 その尾道への鉄道アクセスで、オススメしたい列車が「ラ・マル・しまなみ」だ。毎週日曜日、岡山〜尾道間を1往復する。下り列車は岡山駅10時11分発、尾道着11時42分。所要時間は約1時間半だ。

 観光拠点としてリニューアルされた尾道駅とその周辺は華やかだ。それに比べると山陽新幹線の新尾道駅は落ち着いている。山陽新幹線の岡山〜新尾道間は最短で約30分だけど、新尾道駅と尾道駅は3キロほど離れ、タクシーで10分、バスで15分ほどかかる。だから新幹線で新尾道駅に降り立つよりは、「ラ・マル・しまなみ」で尾道駅に降り立つほうが楽しい。旅の気分が盛り上がる。

「ラ・マル・しまなみ」に使われている電車は、「ラ・マル・ド・ボァ」と名づけられた観光車両だ。フランス語で「木製の旅行鞄」という意味だそうで、白い車体に旅行鞄をイメージした模様をあしらっている。通勤電車を観光車両に改造した2両編成で、全車グリーン車指定席。グリーン車は贅沢かな、と思うかもしれないけれど、内装を見れば納得。窓に向かったカウンター席と2人用リクライニングシートの組み合わせ。景色を楽しみ、連れ合いとの会話を盛り上げるつくりになっている。

■走るカフェでスイーツや地ビールを

 列車が走り出せば、景色が動くオシャレなカフェ、という趣だ。車内に飾られたアート作品も楽しいし、カウンター席の窓上の本棚は旅やデザイン、猫の写真集などが並ぶ。ブックエンドは自転車や猫をモチーフにしたアート作品だ。帆船や自転車の模型もある。調度品のひとつひとつを、ゆったりと眺める。車内販売は地ビール「独歩」や柚子リキュールのロック、岡山産のももを使ったネクターやサイダー、プリンなどがある。

 予約制の「旅するせとうちスイーツBOX(1,500円)」は新鮮なフルーツを載せた5種類のタルト。これとホットコーヒー(280円)で、とても贅沢なカフェタイムを楽しめる。列車に乗ったら駅弁を食べなきゃ死んじゃうという病をお持ちなら、「岡山ばら寿司 旅の小箱(1,200円)」が特効薬。これと瀬戸内茶(160円)で幸せになれる。

 この列車は普通列車扱いの快速列車だから特急券は不要。岡山〜尾道間の料金は乗車券が1,320円、グリーン券が980円で、合計2,300円だ。山陽新幹線の岡山〜新尾道間は自由席で3,050円。30〜40分で3,050円の新幹線の座席と、1時間半で2,300円のカフェ列車。どっちがいいかなんて悩むまでもない。1時間半も楽しめて料金も安い「ラ・マル・しまなみ」の勝ち。尾道へ行こうと思ったら「ラ・マル・しまなみ」を忘れないで。日曜日しか走らないから、尾道で泊まるなら、行きまたは帰りに是非乗ってみよう。

■尾道大橋を望むあたりが景色のハイライト

 お手頃価格で楽しい「ラ・マル・しまなみ」だけど、じつはちょっと残念なところもある。それは車窓。地味。とても地味。でもこれは仕方ない。山陽本線は京阪神と九州を結ぶ鉄路の大動脈。海運が中心だった輸送を鉄道に置き換えるべく作られた路線だ。主要都市を、なるべく平坦なルートで直行する線路で、風光明媚なルートではない。

 沿線の近景は民家と工場と田畑が続く。遠くに連なる中国山地が目の保養。瀬戸内を走る路線にしては海が遠く、平凡な景色といえる。観光列車にとって車窓は重要で、その点は少し残念。「ラ・マル・しまなみ」は尾道大橋を望むあたりで、やっと尾道水道のそばを通る。ここが景色のハイライトで、「ラ・マル・しまなみ」は徐行してくれる。

■音楽が旅を盛り上げる

 しかし、この列車の素晴らしさは控えめな音量のBGMだ。とても心地よく響き、車内を居心地良くしてくれる。この列車のコンセプトに合わせて作られたオリジナル曲で、作曲はアニメやゲームの分野で活躍する藤間仁氏。アニメソング歌手の女王、水樹奈々さんへの曲提供でも知られている人だ。作風は電子音を使わないアコースティックサウンドで、「ラ・マル・ド・ボア」の木材を多用するインテリアにピッタリ。ストーリー作品を盛り上げるセンスが、列車の響きに重なっている。

 このオリジナル曲の演奏は、日本を代表するアルパ(ラテンハープ)奏者の上松美香氏が手がけている。藤間仁氏の奥様だ。通勤電車を改造した車両は雑音も多く、もっとBGMの音量を上げて欲しいな、車内でCDを売ってくれたらいいのに、と思うけれど、そうしないところがBGMの奥ゆかしさかもしれない。

 この曲は「ラ・マル・ド・ボァ」のプロモーションビデオのBGMにも採用されており、YouTubeにアップされている。しかし車内で聴いたときの方がずっといい。きっと聴く側の旅への期待や臨場感がシンクロするからだろう。

アートな観光列車「ラ・マル・ド・ボァ」のプロモーションビデオ

 JR九州の「A列車で行こう」のBGMはジャズ。JR東日本の「伊豆クレイル」やしなの鉄道の「ろくもん」はライブ演奏が行われている。「ラ・マル・ド・ボァ」はBGMとインテリアと車内販売が調和した列車だ。観光列車にとって音楽の演出はとても大切だとあらためて気づかされた。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

(杉山 淳一)

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