「炎上させて終わりではない」……『週刊SPA!』に抗議した大学生が訴えたかったこと

「炎上させて終わりではない」……『週刊SPA!』に抗議した大学生が訴えたかったこと

新しいインターネットの世代を象徴する「Voice up Japan」のメンバー ©NHK

 いまでは、それ以前を想像するのが困難なほど、「平成の30年」とは、誰もが自由に情報を発信できるようになった時代だった。

 インターネットを普及させる原動力となったワールドワイドウェブ(WWW)の誕生が、平成元年(1989年)。それから、Windows95の発売によって、インターネットは私たちの暮らしに浸透し、平成半ばを過ぎると、人々はスマートフォンを手に、24時間情報を送受信するようになった。対照的に、これまで情報を独占してきたテレビや新聞といったマスメディアは、「マスゴミ」「印象操作」などと批判され、その地位は大きく揺らいだ。

 新たな証言や新発見の資料から激動の30年を見つめるNHKスペシャル「平成史スクープドキュメント」。昨年夏から、「平成」を7回にわたって描いてきたシリーズは、その最終回に満を持して、インターネットによって果てしなく膨張を続けた“情報空間”を捉えた。

■放送時間が足りないほど

 この果てしなき情報空間を手繰り寄せるために、番組のターゲットにしたのは、日本のインターネット文化に圧倒的な影響力をもった二人の先駆者だった。近年相次いで亡くなった「Yahoo! JAPAN」の元社長・井上雅博、そして、ファイル共有ソフト「Winny」を開発した金子勇である。

 二人は別々の道で、新聞やテレビ、映画やゲームといった一部の“既得権益”に独占されていた情報を、よりオープンに、より自由に送受信できるよう、情報社会の理想を追い求めた。その足跡は、まるで新しい国を作るかのような興奮に満ちた挑戦と困難の連続で、放送時間がまったくもって足りないほどであった。

 にもかかわらず、そんな二人の先駆者のシーンに加えて、平成の“情報空間”を描くために、どうしても構成に入れたい被写体がいた。それは、「誰もが自由に情報を発信出来るようになった時代」と評する際の、その“誰も”をはっきりと映像化することだった。エンパワーメントされた“個人”を捉えることは、井上や金子が推し進めた情報革命の結実を描くことであり、これからの“情報空間”を展望することができるかもしれないという期待があった。

■インターネットの光と影

“個人”を描くために、まずはネット上の書き込みが世間を賑わせた事例を洗った。2000年、匿名掲示板「2ちゃんねる」に犯行予告を書き込んだ末に、西鉄バスジャック事件を起こした当時17歳の少年や、2016年に「保育園落ちた、日本死ね」と記された匿名ブログの投稿で、国会を巻き込むムーブメントを起こした火付け役の特定など、取材を進めた。いずれもインターネットの光と影が色濃く反映された現象だったが、過去の事例では、日々刻々と変化した平成の“情報空間”を捉えきれないと感じた。

 例えば、見たい情報だけが表示される機能が当たり前となったいまでは、人々が自分にとって都合の良い情報しか信じない「フィルターバブル」という現象が生まれている。マスメディアが発信する情報は、異なるそれぞれの立場から「フェイクニュース」と指摘され、社会の溝は深まるばかりで為す術もない。これから先、私たちはどんな世界に足を踏み入れてしまうのか、その解を探りたかった。

■『新潮45』とはまったく異なる、堂々たる幕引き

 そんな中、ひとりの若者が現れた。今年1月、『週刊SPA!』が掲載した「ヤレる女子大学生RAKING」という記事を巡って、実名で声を上げた国際基督教大学(当時)の山本和奈である。抗議の意志を届けようと「Change.org」というサイトで、10日間で5万を超える署名を集めていた。

 ここまではSNSが普及したいまでは、よくある話かも知れない。しかし、山本が違ったのは、週刊誌を敵視するのではなく、編集部に直接対話を求め、議論を深めたことだった。SNS上には「『週刊SPA!』を廃刊にすべきだ!」という声が溢れていたが、山本は、昨年秋にLGBTの記事を巡って廃刊した『新潮45』を意識して、「炎上させて終わらせるのではなく、なんとか形にしたい」と考えたという。

 山本は、その過程をすべてインターネット上に公開。対話に臨むためのミーティングの映像や、編集部との対話の速記録まで、SNSにアップしていた。内容を確認すると、編集部を追及するのではなく、なぜ該当の記事を掲載するに至ったのか、異論は出なかったのか、など編集部内の構造的な問題を明らかにすることに時間を割いていた。最後に、山本はこの異例の対話について、週刊誌上で自由に特集を組んで欲しいと編集部に依頼し、編集部も検証記事を掲載して問題を掘り下げたのだ。

 それは、山本が望んだように、廃刊した『新潮45』とはまったく異なる、堂々たる幕引きだった。タイムリーな問題提起や、相手を煽ることなく本質を掘り下げたアプローチ、そして対話内容の公開など一連の行動は、本来であれば、私たちマスメディアが担う役割ではなかったか、と改めて気づかされた。

■SNSを使うための“筋肉”

 自らの無為を恥じるともに、山本とインターネットの関わり方に、興味を抱いた。山本に取材を申し込むと、同じ大学に通う高橋亜咲、辻岡涼、金子理らとともに集まってくれた。実は、山本は「Change.org」に抗議の意志を書き込む前に、高橋たちにその内容を見せて、これで自分の思いが伝わるのか、どんな反応が予想できるのか、相談していたという。

 日頃から共感した出来事や、「おかしい」と思うニュースをSNSでシェアしているという彼らは、なぜ「おかしい」と思うのか、友人の意見をフィードバックしてもらうことで、自分の感触を確かめてきた。そんな友人同士の狭い世界で、意見を交換し合っても視野は広がらないと、大人は感じるかも知れないが、例えば、山本がFacebookで繋がった友人は世界中に広がり、その数は2200人を超えている。Twitterでも不特定多数のユーザーと自由に議論を交わし、論戦にも応じている。

 彼らはSNSを使いこなしているというレベルではなく、SNSを使うための“筋肉”が鍛えられているように感じられた。

 山本とSNSの出会いは中学生の時。Facebookに毎日のように日々の出来事を写真付きでアップして、新たなコミュニケーションツールを楽しんでいた。他人の生活がありありと表示されるSNSを気にしすぎてしまい、他人の目を意識し過ぎて、自分を見失うこともあったという。

■ネット上に蔓延る匿名には信憑性がない

 高校では、インターネット上で行われるいじめ、「サイバーブリング」に直面する。Ask.fm(アスク・エフエム)というQ&Aサイトを巡って、山本が通っていたアメリカンスクールの生徒が自殺未遂に及んだのだ。自らのページを作成すると、ユーザーから質問やコメントが届くサービスだが、匿名でも書き込みができるため、それが誹謗中傷を誘発させていったという。

 欧米の10代の若者に人気を博していたAsk.fmでは、誹謗中傷を苦にして自殺するケースが相次ぎ、利用を禁止する高校もあったが、山本の高校では、「サイバーブリング」について学ぶための多くの機会が与えられた。ネット上に蔓延る匿名の怖さを体験した山本は、同時に匿名には信憑性がないことも痛感したという。

「匿名の誹謗中傷ならば、恐くて対面じゃ言えないんだから、真面目に受け止めなくていいって思えたんです」

 大切なことは実名で、Face to Faceでなければ伝わらない。こうした体験が編集部との対話を後押ししていた。週刊誌の記事に抗議の声を上げたときにも、匿名の誹謗中傷は止まらなかったが、山本は意に介さなかった。例えば、山本はノースリーブのトップスを着て、編集部との対談に臨んだが、「そんな肌を露出して性の問題を語っても説得力がない」などと見た目に関する批判が相次いだ。しかし、山本は冷静にこう分析していた。

「着ている服によってしかその人を判断できないのは、女性を“道具”として見ている証だし、日本の社会では、そういう感覚が無意識に刷り込まれている」

■SNSに疲労したときは「インスタブレイク」

 山本たちは、「フィルターバブル」や「フェイクニュース」など、インターネットの負の側面に対しても免疫があるようだった。彼らは、フィルターバブルによって、間違った情報が自分の考えを変えてしまうことを認識し、その間違った情報を拡散してしまう怖さを感覚的に理解していた。そのため、SNSでシェアされたニュースを読むときには、「PolitiFact」という政治にまつわる発言・声明の信憑性をファクトチェックするアメリカのサイトなどを利用して、確認するという。「インターネットから情報を得る際には、自分でチェックする責任がある」と教えてくれた。

 ときどきインターネットから離れることも大切なのだという。食事中にもスマートフォンを手放せなかったり、友人への返信に追われたりして、SNSに疲労したと感じるときには、「インスタブレイク」などと宣言して、2、3日、インターネットから完全に離脱する。そうやって現実とネット空間との間で、自己のバランスを保つことで、Face to Faceで対話する価値を見いだしてきたのだ。

■どんな社会にしていきたいか

 山本は、社会で声を上げることができない人々と連携していきたいと、仲間たちとともに「Voice Up Japan」というNPOを立ち上げた。性的暴行で5回逮捕されるも不起訴になった慶応大生のケースを問題視したり、同意のない性的行為はすべて性暴力だと「性的同意」の必要性を訴えたりしている。

 こうした「性暴力」やセクハラは、マスメディアの内部にも蔓延する問題で、取り上げることを躊躇してきた面がある。変貌する情報空間の中で生き残りをかけて頑なになるマスメディアを余所に、山本たちは“個人”として、しなやかに発信を続けていた。

 取材の終わりに、マスメディアについてどう思うのか、聞いた。

「期待できないと思ったことはないです。もっと報道したりフォーカスしたりする力があるはずだから。逆に、それをしてないと少し悲しくなります」

 新元号が発表された日、渋谷の街では、新しい時代が訪れると大騒ぎしながら情報発信する人々であふれかえっていた。そのとき、山本は中南米のペルーにいた。教育格差の是正に取り組むNGO「Educate For」の活動について、支援の輪を広げようと情報発信を続けていた。

 これからどんな社会にしていきたいかと尋ねると、具体的な社会のあり方には触れずに、「どのような社会にしていくのか個人個人が考えて、それを実現させられるような社会になったらいい」と語った。それはまさしく、“個人”が主役となったインターネットの理想的な着眼だった。

(文中敬称略)

(小口 拓朗)

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