「サラリーマン」を馬鹿にして駄目な知識を吹き込む、オンラインサロンとかいう魔境

「サラリーマン」を馬鹿にして駄目な知識を吹き込む、オンラインサロンとかいう魔境

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 頑張っても報われない仕事ってあるじゃないですか。

 例えば、先日阪急電鉄の広告が炎上してましたけど、現実離れしていて、みんなの実感がないフレーズってほんと軽やかに燃え上がるんですよね。

「月50万円で生きがいない生活か、30万円で仕事が楽しい生活か」 物議醸した阪急電鉄の広告が中止に
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1906/10/news130.html

■働き甲斐とはやや無縁だけれども……

 で、その阪急も含めてインフラ系の事業者というのは、頑張ってどうこうという仕事ではなく、決まったことを決まった通りしっかりやることが求められているわけです。電車の運転手にしても「僕は頑張って運転して、この区間は3分時間を縮めました!」みたいな努力は求められていないという。いや、そういう努力はしなくていいから。

 私たちが暮らしている社会を支える仕事というのはいろんな種類があります。働き甲斐がなければ死んじゃうようなクリエイティブな仕事をしていて、他の会社と猛烈な競争をしながらアイデアを出し続けて頑張っている人もいます。一方、電車を運行したり電気やガスを安定供給したり清掃したりといった働き甲斐とはやや無縁だけれども取り組む価値のある大事な仕事も沢山あります。

「やりたい仕事をやれ」と国民全員に言ったら、好きでやっているわけではないゴミ収集とか、危険な鉄柱に登る仕事とか、ドモホルンリンクルが一滴一滴落ちてくるのを眺めている仕事とかはなり手がいなくなってしまうわけですよ。

■オシャレ男女がキャッキャウフフして働く光景だけじゃない

 煽っていいことと悪いことってあると思うんですよね。

 なのに「これからは『働き方改革』だ」と政府がいい、勢いのあるベンチャー界隈では綺麗なオフィスでオシャレな男女がキャッキャウフフしながらフレックスで働いている光景が喧伝されます。メディアで持て囃されるのは、そういうキラキラした人たちばかりなんですよねえ。でも、実際にほとんどの国民は満員電車に揺られ泥臭い仕事をして上司に怒られ部下を罵りながら月々の給料をもらい、わずかな小遣いで週末をテレビ観ながらのんびり暮らすだけという生活を送っているのかもしれません。

 やりたいことをやれって言われたら、そりゃみんな高給の取れる仕事をやりたいし、俳優や政治家など才能で選ばれる仕事をしたいって希望を持つのは当然です。でも、そういうやりたい仕事は競争が厳しく、なれる人が少ないからこそ、みんなある程度妥協して勤め人をやり、好きでもない仕事だけどやっているうちに存在意義を感じたりやり甲斐をもったりして、人生を立派に歩んでいくのです。

■ちくしょう、雑用面倒くせえよ

 誰かと一緒に働き、組織として大きい仕事を手がけるのはプロフェッショナルとして夢があることですけど、実際には組織の歯車となり、会社の規律を守り、与えられた勤務時間の中で可能な仕事をできるだけやってお給料をもらう、という人生もまた尊いわけですよ。いまや転職も当たり前になり、したい仕事を選べる範囲は広がってきているとはいえ、独立して会社を始めたり、フリーランスで自分の腕だけふるって生きていくというのはなかなか大変なことです。

 組織人からフリーランスになる人の大半は、意外に面倒くさい雑務の山の前で立ち往生し、いままで人事や経理がやってくれていた仕事のありがたみを感じることになります。

 面倒くせえんだよ、納税とか社会保険とか年末調整とか売掛金管理とか出張手配とか出入国手続きとか。やりたい仕事があれば、その10倍ぐらい雑用が発生するのがフリーランスです。ちくしょう、雑用面倒くせえよ。仕事をするのは大好きでも、また、請求書を送ることが大事だと頭では分かっていつつも、とにかく死ぬほど面倒くさくて請求書を出す気力が湧かない人は、フリーランスでは常識人の部類に入ります。なんて面倒くさいんだ、請求書だしたり領収書もらって整理する作業。

 とってあるレシートで財布はパンパンになるし、そのレシートを月ごとにまとめ直して入力する作業すらも面倒くさい。仕事がうまくいったらいったで、経理にお願いするのも雑用押し付けてるみたいで申し訳ないし、組織になり人が増えると人間関係がややこしくなるのでさらに面倒くさい。仕事ってね、生き甲斐以前にこういう面倒くささとの闘いなんだと思うのです。

■死んだ目をした疲れた起業家が増えていく

 事業を始めたら始めたで、いずれは株式上場、素晴らしい経営者として持て囃されたいという逸る気持ちをよそに実際に起きるのは、試算表作って事業単体の収支から資金繰りを計算する作業ですよ。これがまた最高に面倒くせえんだよ。

 みんな起業家精神は必要だとか、ハングリー精神だとか、好き勝手なこと言いますよね。でも起業家精神で可能になるのは、徹夜してやりたくないクソみたいな書類仕事を黙々とやる働き甲斐とかいうレベルの話とは異なる残念な作業の山です。スタートアップの会社で経営陣がみんなして疲弊しているのは、営業でも企画書づくりでも契約書の精査でもなく、出納管理であって、つまりは帳簿をつける作業です。

 そして、起業したばかりだとどうしても経理なんて雇える状況にないから全部創業者自らがやる。面倒くさい。このようにして、死んだ目をした疲れた起業家が増えていくことになるのです。

■「起業家精神とは」と喧伝する海千山千のサロンオーナー

 もちろん、キラキラした輝く瞳で未来を熱く語る優れた若者が起業するのは素晴らしいことだと思いますよ。そういう将来有望な人は心から応援したい。しかしながら、実際にこの世の中で起きていることは、そういう嘴の黄色い、社会経験の乏しい起業家を食い物にする海千山千のサロンオーナーであって、起業塾をやったりスキルアップサロンとかを開いてカモが流れてくるのを待っているわけですよ。

 ある程度、社会経験のある人同士が情報交換を目的にサロンをやるのは分かるんですけど、起業家として成功したわけでもない人や、場合によっては金商法違反で逮捕されたような奴が前に出てきて「ベンチャーとは」とか喋っているのは鼻水が出るぐらい滑稽なことだと思うんですよね。特に、起業した直後は誰もが不安だから、みんなどうしても物事を断定的に言い切ってくれる人にすがりたくなるし、いざというとき支えてくれる人脈が欲しくて、ついお金を払っちゃう。情報商材を買えば人生が拓けるのではないかと思い込みたくなる。

 でも、人生に特効薬なんて、ないのです。

 そこで起きていることはスキルのない人がスキルのない人の愚痴を聞いているだけだったり、サロンの主宰者が思いつきで始めたことを無給で手伝わされたり、出した本を無理矢理買わされてAmazonで☆5つけたレビューを書くことなんですよ。それでいて、外向けには偉そうに「起業家精神とは」とか喧伝するものだから、うっかり煽られると、つい「そんな会社に俺はいていいのか」「私にはもっと羽ばたける場所があるはずだ」と感情を揺さぶるようなことを思い込まされてしまう。

■騙されていることに気づかず、喰い尽くされた後で呆然とする

 目の前に成功者だと自己演出する人がいて、周りもチヤホヤおだてているものだから、何も持っていない、これから頑張ろうという人は自称成功者を前にして焦る。俺はこのままでいいのか、会社勤めで消耗していないかと。そりゃそうですよね、カモが会社に居続けられたら困るわけですから。

 結果として、起業家を育てるとか、オンラインサロンだとか、新しい教育機関だとか、情報商材だとか、スキルアップだとか騒ぐのは、普通に働いているまともな人に「俺の人生はこのままでは駄目だ」という疑念を吹き込み、お金は要らない、新しい働き方だ、などと景気よくもっともらしいことを教典にする新興宗教をやっとるだけなんですよ。

 そして、小さな新興宗教で集めたカモを信者にして取り巻きを作り、新興宗教の他の宗派とぐるぐるカモを回し合って、何度でもセミナーに来させ、本を売り、タダみたいな経費で成り立ってるオンラインサロンで月額課金する。

 挙句には、たいした仕事にもならないMBAを取らせて適当にOB会をやり、偉そうな人を集めてきていかにも自分はそういうところの仲間入りをしたのだという勘違いをさせる。選ばれた人だけが集まれるイベントだと題されたところに招待状がくれば、みんな舞い上がると分かっていて騙しているわけですよ。

 そして、使い捨てるべきタイミングになると「お前が成功できなかったのは、俺の言うことをきちんと最後まで理解できなかったからだ」と突き放す。そこまでやられて、騙されていたことにようやく気付くんですよね。

 騙されて会社を辞めてしまった、思い込んでお金を払ってしまった、安心してやっていけるコミュニティに入って人脈が得られると思ったら無給で使い走りをさせられた、役に立たないMBAを取らされた。だいたいそういうことに気づくまで、お金、というより大事な人生の時間を無駄にして、目的も見定められないままに遠回りをし、喰い尽くされた後で呆然とすることになるのです。

■いつしか自身のTwitterアカウントは宣伝ばかりに……

 たいていの場合、やらかしたことに気づいた後も「彼の言っていることは正しかったのだ。お金を使ってしまったのは間違いではなかった」と自分を慰め、無理やりにでも納得させるモードに入るんですけど、左翼かぶれの金髪であれ地方で消耗している変人であれ、自分ひとりで何かを作る能力がないので、自分よりも優れた地位のある人を自分のメディアに呼んできて話したり書かせたりイベントをしたりして、自分の箔付けに利用しているだけなんじゃないかと思うんですよね。

 そこに熱量さえあれば集まってきた人はいっとき満足してくれるかもしれませんが、いつしか自身のTwitterアカウントは宣伝ばかりになり、一生懸命オールを漕いでいるような状況になるわけですよ。

 そりゃ人と人とが集まる組織で働いていればストレスもあるだろうし、自分はこんなものじゃないという自負もある人たちはたくさんいるでしょう。いずれ組織を出て自分の会社を持ちたいとか、キラキラ輝く人たちとお近づきになり千万、億円単位の出資を貰って華々しくテッククランチとかに「増資しました」とドヤ顔腕組みで写真に納まりたいと思うでしょう。

■「常識を疑え」と洗脳しようとする人こそ、程度の低い教祖

 そういう華やかなことができる世界に入るためには、社畜を否定したりそれっぽいことを言う人のオンラインサロンに入らなければ人脈が得られないと思い込むのは、仕方のないことなのかもしれません。

 でも、思い返してください。「会社なんて辞めろ」とか「働き甲斐を考えろ」とか「常識を疑え」などと洗脳しようとする人こそ、程度の低い教祖でしかないかもしれないということを。そして、煽られて舞い上がり、浮かれて会社を辞めてみてはじめて「こんなはずじゃなかった」とならないといいな、と強く思います。

 つまりは、自分自身の人生なのに、自分で何をしたいのかがよく分からないから誰かに何かを断定的に言われて不安に思ったり、焦ったり、動揺する人こそ、オンラインサロンによる新興宗教のカモになるんですよね。身分不相応の高級腕時計つけた人がマルチ商法まがいで都会に出てきたばかりの田舎者を引っ掛けるのと同じぐらい、ネット慣れしていない人が煽られている魔境が辛いです。

(山本 一郎)

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