「年金2,000万円不足問題」の火付け役になった朝日新聞の自殺行為

「年金2,000万円不足問題」の火付け役になった朝日新聞の自殺行為

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 さっきスポーツ報知を見ていたら、ラサール石井が年金問題で与太話を飛ばす堀江貴文に文句を言っているという素敵なニュースに接し、素晴らしい昼下がりのひとときを送りました。

 こういうときほど「あっ、共倒れしないかな」って思っちゃいますよね。

■本当のことを言うにもタイミングがあるだろう

 それにしても、どうも例の「年金2,000万円不足問題」は将来に不安を覚える多数の日本人の琴線に触れ、年金デモが打たれるなど騒ぎが広がっておるようで、安倍政権も火消しに必死です。何だか大変ですね、ご苦労様であります。

 私も本件については先日本稿で記事にしましたが、いまなお年金についてはテレビ番組でも取り上げられ続け、綺麗に煽られた人々が集まって日比谷公園で年金返せデモをやってまして、まだまだ話は尽きない模様です。将来への不安そのものですからねえ、本件年金の問題は。

 この問題の事実関係や真実についてはさんざん報じられていますし、別段本件報告書で金融庁が何か大変な嘘をついたわけでもありません。単に報告書での試算がほんのり変だぞということと、参議院選挙前に国民が不安に思うであろう老後資金についてこの時期に報告書を書いたことが「不適切だ」として、麻生太郎財務大臣が「報告書は受け取らない」という話にまで発展してしまったわけであります。まあ、何事も本当のことを言うにもタイミングがあるだろうということなんでしょうか。

「人生100年時代」に見るアリとキリギリス問題
文字通り命を削って子孫を残そうと頑張っておるわけです
https://bunshun.jp/articles/-/12113

■高齢顧客に金融商品の購入を推進するための報告書

 まとめとしては、千葉市議の櫻井秀夫さんが記事にしているのが一番コンパクトで正鵠を射ていました。逆に言えば、本件はこれ以上でもこれ以下でもないのです。

話題の報告書
http://www.komei.or.jp/km/chibacity-sakurai-hideo/2019/06/16/話題の報告書-2/

 かいつまんで言えば「この報告書は、(年金関連政策の担当省庁である)厚労省が年金生活者の現実について書いた報告書ではなく、金融庁が高齢の顧客に金融商品の購入を推進するための報告書」です。

 そして「モデルとなっているのは夫65歳以上・妻60歳以上の無職で『平均2,484万円の貯蓄』をしている世帯で」あり、「リタイアして旅行や次の新しいスキル・趣味や時間の使い方に挑戦する世代」の「老後の30年間を65歳の時の支出額で単純に掛け算して算出」しているもので、「支出額、そしてそこから算出された『2,000万円』は、明らかに、意図的に水増しした数値と言わざるを得」ないのは、報告書を読めば分かります。櫻井さんの話はごもっともです。

■稼いだ金を全部使っちゃう奴は……

 実際、『全国消費実態調査』(2014年)でいえば、高齢無職世帯の毎月の赤字額は約3.2万円から3.4万円で、必要な積立額は65歳から95歳までの30年間で約1,100万円となり、今回話題になった2,000万円からは大幅に減少します。それでも、貯蓄も満足にできない国民からすれば「そんなに足りないのか」という議論になるわけですが、いまの30代、40代で、自分らが高齢者になったあとで公的年金だけで充分に暮らしていけるという前提で将来を考えている人がどれだけいるでしょう。実際には「貯蓄は必要だ」と分かっていても、「目の前の生活と稼ぎを考えるとなかなか貯蓄に回せない」という若者がほとんどなのではないでしょうか。

 老後も安心して面倒を見てもらえると、稼いだ金を全部使っちゃう奴は、頭か稼ぎかいずれかが足りないということになります。冒頭で堀江貴文が叩かれているのも彼自身が「稼いだ金は全部使え」と、寓話『アリとキリギリス』におけるキリギリス2.0みたいな生き方を奨励しているからで、病気をしたり結婚をしたり子どもができたりして、まとまった金が必要になって立ち往生する人生を送りたくないならば、ある程度の貯蓄なしには詰んでしまうのは仕方のないことです。

 また、もらえる年金で遊ぶ金が出ないのならば個人や世帯の貯金から取り崩すのは当然であり、それでもなお足りなくて生活が困窮するようであれば生活保護もあり得るわけですから、その「将来2,000万円足りない」と言って煽るほうがおかしいのではないかと思うわけです。

 ところが、火付け役となった朝日新聞の山口博敬さん、柴田秀並さんの記者署名つきで報じられているこの記事においては「人生100年時代の蓄えは?」と題したうえで、この報告書が「政府が年金などの公助の限界を認め、国民の『自助』を呼びかける内容になっている」と報じています。

人生100年時代の蓄えは? 年代別心構え、国が指針案:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASM5Q53LGM5QULFA026.html

■これがまた煽るようなひどい内容に

 記事本文は、中盤から「平均寿命が延びる一方、少子化や非正規雇用の増加で、政府は年金支給額の維持が難しくなり、会社は退職金額を維持することが難しい。老後の生活費について、『かつてのモデルは成り立たなくなってきている』と報告書案は指摘。国民には自助を呼びかけ、金融機関に対しても、国民のニーズに合うような金融サービス提供を求めている」として、金融庁は老後の資金不足に対応するために現役時代からの資産運用が必要だ、というレベルの内容しか報告書では踏み込んでいないことは明確に示しているわけですよね。

 なのに、金融庁のこの報告書があたかも「政府が年金などの控除の限界を認めて国民の老後資金確保などの自助を呼び掛けている」ような内容になっているわけですから、そりゃ勘違いした読者が朝日新聞の記事冒頭を鵜呑みにして、「国は年金制度を放り投げた」「ふざけるな」と誤読するのも当然と言えます。

 さらには、朝日新聞がアベノミクスの検証記事的なものまで追撃で出していて、これがまた煽るようなひどい内容になっております。

【画像】年収200万円未満が75% 非正規のリアルに政治は:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190613002833.html

 第二次安倍内閣の発足した2012年度は、日本のまさに人口のボリュームゾーンである団塊の世代が65歳に達して次々と定年退職をする年です。そもそも60歳、65歳を超えて正社員で待遇し続けるのは、これから定職に就きたい若者世代からすると正社員の椅子が空かないことを意味しますから、本来ならば非正社員化は歓迎のはずです。

■有効求人倍率も人手不足でかつてないほど高まる

 高齢社会白書を見ても、男性は60歳から64歳までは正規雇用がまだ約半分残っているのに対し、65歳以上は非正規雇用が70.5%になりました。順調に高齢者が現役世代を卒業していることを意味します。それを見て、朝日新聞がアベちゃんの政権になって「非正社員が306万人増えた!」と言っても、その半分以上の160万人ぐらいは65歳以上の高齢者が定年退職後に嘱託再雇用されたり地域の不定期雇用に吸収されて、駅前の放置自転車を回収したり配送などの軽作業をやったりして楽しく現役やっとるわけですよ。

 残りの非正社員の部分も、もちろんワープアや正社員になりたくてもなれない若者の割合は少なくないでしょうが、そもそものところで失業率は過去最低水準となり、有効求人倍率も人手不足でかつてないほど高まっていて、つまりは「仕事を選ばなければ仕事が得られる状態」です。非正社員が増えたのではなく、それまでは失業状態だった人でも仕事が得られる社会状況にはなっている、とむしろアベノミクスを絶賛するべき内容になっちゃっているんですよね。

 人口構成の問題はあるけれど、少子高齢化になって人手不足でまあまあ景気もいいからほぼ完全雇用は達成されている、あとは働き方の「質」の問題をアベちゃんはもっと取り組め、というのが本来報道する側の使命じゃないかと思うんですよ。

■安い給料しか払えない企業を温存している

 完全雇用の状態なのに、東京の最低賃金が時給985円で、この時給で週5日8時間フルタイムで働いても額面の月給16万円に届きません。地方都市ではより安い月給しか出ないことになりますが、いまではこんな時給では働き手は来ませんから、各社各々お財布の中身を見ながら賃金を引き上げる方向に本来は考えなければなりません。

 しかしながら、実際には最低賃金で雇用する前提で事業を経営しなければ利益が出ないという低利益率の業態がたくさんあり、社員の給料を上げてしまっては潰れてしまう会社が続出します。そういう会社は本来競争に負けて倒産して市場から退出してもらうべきところなのですが、なぜか廃業しないような圧力が働くため、地方経済においてはこれらの不採算企業に対する助成金が出てしまいます。

 アベノミクスがおかしいところは、経済原理だトリクルダウンだと言いながら、安い給料しか払えない企業を温存して社会全体の生産性が低くなるようわざと誘導しているんじゃないのかと思うほど非効率が改められない点です。給料が低く抑えられ、転職や仕事探しは大変で、さらに企業は不採算になっても社員を整理することが困難です。

 もちろん、最低賃金の引き上げだけでなく、社会保障改革の面などではアベノミクスはどうしようもない状況にあり、また、国内の労働力が足りないからと入管法を改正してしまい、海外から安い給料でも頑張る働き手がいっぱい入ってきた結果、外国人の給料の安さに引っ張られて国内で働きたいがスキルのない日本人の給料がむしろ上がらないという問題を起こしてしまっています。アベノミクスの問題点は、構造的な諸問題に対する脊髄反射的で場当たり的な政策を垂れ流しており、日本の国内経済や社会をどのように導いていくのかというグランドデザインが致命的に欠けていることにあると思うんですよね。

■「年金を受け取らなくても元気で働けますよね? ね?」

 当然、歳を取ってリタイアされてしまうと、富を生まず所得もなくなり年金を含めた社会保障のお世話にならざるを得なくなりますので、政策としては「人生100年時代」とか適当なことをいって現役世代を70歳以上にまで延ばし、「年金を受け取らなくても元気で働けますよね? ね?」という政策に転換していかなければなりません。

 当然、昔は55歳、いまでは65歳が定年だと思って生きてきた日本人にとっては、もう年金がもらえる世代だ、ゴールだと思ったら貰える年代がさらに先になりそうだという話になって「年金制度は国家的な詐欺だ」と怒り始めるのもまあ仕方のないところかなと思うんですよ。

 国や社会としては就労できなくなった世代は社会に利益を与えないので良きところで天寿を全うしてほしいと思いつつも、現代を生きる私たちは身近な爺さん婆さんには末永く元気でいて欲しいと願うのは当たり前のことです。そういう国の財政・社会と、社会保障制度で守られた国民との間では深刻な利益相反があり、国民が楽しく暮らせると思うだけのお金を充分にばら撒くことなど不可能だとなったところから、本来は国家戦略を考えなければならないわけですけれども、選挙を前にするとなかなかそういう正論も言い尽くせないんだろうなあと思うのです。

■より煽動的で叙述的に報じようとする

 でも、それと今回の年金問題の議論とは趣が違います。安倍政権を批判的に取り上げたいがため、本来であればもっと正面から捉えなければならない年金問題やアベノミクスへの評価をより煽動的で叙述的に報じようとするから、朝日新聞はメディアとしての信頼度が産経新聞以下の状況に陥ってしまうのでしょう。文春より上なのがムカつくけど。

高齢社会白書(平成30年度版)
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_2_1.html

Reuters Institute Digital News Report 2019 p137
https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2019-06/DNR_2019_FINAL_0.pdf

 メディアの機能は権力の監視であり、朝日新聞がその役割をきちんと自認、自負し、良識をもって新聞を刊行し続けてきた点は評価されるべきだと思うのです。ただし、実際に一連の年金2,000万円不足問題で問われるべきことは、一見して金融庁はそんなこと書いていないはずの報告書の、本文にも入らない冒頭のところを切り出して、あたかも「政府が年金など公助の限界を認め、国民の『自助』を呼びかけ」たように報じてしまうことのほうに問題があるように思います。よりによって、そこを切り出すのかね。

 政治家の発言を切り貼りして問題発言であるかのように報じて批判を誘発するのと同じぐらい、報告書の趣旨、本文と違った内容を切り取ってフェイクニュース同然の報道をするというのは、品質の高い報道を志す朝日新聞にとって自殺行為じゃないかと思うんですが。

(山本 一郎)

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