「んも〜かわいい!」がなぜ「虐待」に……札幌2歳女児衰弱死の闇

「んも〜かわいい!」がなぜ「虐待」に……札幌2歳女児衰弱死の闇

池田莉菜容疑者(SNSより)

 児童虐待が大きな社会問題となる中、またも札幌で幼い命が奪われた。ネグレクト母と刺青男の罪が深いのは言うまでもないが、行政の適切な対応があれば救えた命ではなかったか。そこには児童相談所と警察の怠慢、認識の甘さ、そして責任のなすり合いがあった。

◆ ◆ ◆

■詩梨ちゃんの体重は平均の半分しかなかった

「風呂から上がったら、娘がうつ伏せで倒れていて意識がないんです」

 札幌市中央区のマンションから、池田莉菜(21)が119番通報したのは、6月5日午前5時頃のこと。救急隊員が駆け付けた時、オムツだけの状態だった詩梨(ことり)ちゃん(2)は、すでに息をしていなかった。

「詩梨ちゃんの体に暴行を思わせる痣や、タバコを押しつけたような痕があったため、搬送先の病院が北海道警に連絡しています。解剖の結果、死因は衰弱死。2歳児の平均体重は約12キロですが、詩梨ちゃんは半分の6キロ台しかなかったそうです」(社会部記者)

 同日の夜中、道警はまず莉菜の交際相手である藤原一弥(24)を、傷害の容疑で逮捕。全国有数の歓楽街ススキノで出会い系の相席居酒屋を経営する、全身にタトゥーが入った男だ。

 翌朝、ススキノのキャバクラ嬢だった母の莉菜も、同容疑で逮捕された。

「調べに対し、莉菜は容疑を否認。藤原の方は『俺はやっていない』と莉菜に容疑を押しつけている。藤原には傷害と道の青少年健全育成条例違反の前科がある」(道警関係者)

 詩梨ちゃんは、力の限り泣き叫び、何度もSOSを発信していた。なのになぜ札幌市児童相談所(以下、札幌児相)や道警は2歳の命を救えなかったのか。悲劇の軌跡を辿っていく。

■「スタイリッシュなワルが好み」「親は放任」

 莉菜と交友のあった地元札幌市東区の女性が語る。

「莉菜は昔からスタイリッシュなワルが好みで、中学生の頃から街で飲み歩いていました。親は放任だったみたいです」

 東区にある莉菜の実家には現在、母と高校生の弟が住んでいるが、莉菜がSNSで「クズ」と呼んでいた父親の影はない。

「十数年前までは東区の別のアパートで、家族4人で暮らしてましたよ。父親は職人系で、内装関係の仕事をしていたと聞きます。作業着を来た仲間がよくアパート前に集まっていました」(当時の近隣住民)

 莉菜は中学卒業後、通信制高校に進んだが、まともに通学した様子はない。詩梨ちゃんを生んで未婚の母になったのは2016年12月3日、18歳の時だ。

「身籠った時にはもう、父親にあたる男は莉菜のもとを離れていました」(知人)

 父親は夜の街の住人とされ、「売れっ子ホストだった」と証言する者もいる。

■〈んも〜かわいい!かわいすぎる!〉とツイート

 莉菜は17歳の時にツイッターを始め、頻繁に投稿していた。女友達との友情を喜ぶ様子もあれば、異性関係のトラブルで〈死ね死ね〉と繰り返し書き込むなど、情緒の不安定さが垣間見える。ただ、詩梨ちゃんについての投稿だけは、未熟ながらも母としての愛情と覚悟に満ちていた。

 35時間以上の陣痛を乗り切り、詩梨ちゃんを出産すると、〈産まれた子供が天使すぎてもう辛さ忘れたよね〉(同年12月3日)

 その後も、目線を隠して詩梨ちゃんの画像をアップしつつ、お腹を痛めた我が子を手放しで愛おしんだ。

〈んも〜かわいい!かわいすぎる! おっきくなるの早いなぁ もうことりが大人になって旅立つこと考えちゃって1日一回は悲しくなってる(笑)〉(17年1月4日)

■酔ったままお迎えに来る母

 だが、17年4月1日を最後に、愛児に関する投稿は途絶える。詩梨ちゃんを24時間営業の託児所に預け、莉菜は水商売に復帰していた。

 詩梨ちゃんを満1歳の頃から半年ほど預かっていた、無認可保育施設の元保育士が明かす。

「詩梨ちゃんは冬でも薄着で、その頃からガリガリでした。『絶対、ごはんあげてないよね』と同僚の間で話題になったくらい。それを裏付けるように、ミルクをあげると勢いよく飲んでいました。詩梨ちゃんは普段から笑わない子で、お母さんが来ても喜ぶ感じがないというか、抱っこされても無反応。迎えに来るのは夜が明けて朝から昼にかけてです。酔った状態の時もあった。一度、こちらの不注意で詩梨ちゃんが唇を切ってしまったことがあり、私たちがお母さんに平謝りすると、『あ、ぜんぜんいいですよ』って。あの無関心さには驚かされました」

■「攻撃的な印象は全くありませんでした」

 少なくともこの頃はまだ、事件を彷彿とさせる粗暴さは見受けられない。同施設の元経営者が証言する。

「何の連絡も寄越さないまま2、3日、子供を預けることが何度かあったので、子供をもっと大事にするようにと、母親に説教をしました。『お客さんに無理矢理誘われて……』と言い訳したこともありましたけど、いつも『ハイ、ハイ』と素直に聞いていました。詩梨ちゃんは、衣類が清潔でない点は気にはなったのですが、虐待を疑うような痣や傷はなかった。大人しい母親でしたし、攻撃的な印象は全くありませんでした」

 緊急連絡先に登録してあったのが、詩梨ちゃんの祖母にあたる莉菜の実母だ。

「やむを得ず、祖母にお迎えを頼んだことがありました。電話越しに『あんまり孫に関わるのは、自分の生活に差し障りがある』と、後ろ向きの発言をされた覚えがあります。実際には迎えに来てくれましたが、祖母といっても、40代くらいの若い方でした」(同前)

■1回目の“通報”で児相は「問題なし」と判断

 やがて莉菜は料金の未払いを残したまま、この施設の利用をやめてしまう。その約4カ月後の18年9月28日、札幌児相に1回目の“通報”がなされる。「子供を託児所に預けっぱなしで、育児放棄が疑われる」といった内容だ。

 虐待通告として受理した札幌児相は同日、莉菜の家を家庭訪問したが、問題なしと判断。結果的に、児相が池田母子と面会できたのはこの一度のみである。

 そして今年の春先、莉菜は詩梨ちゃんを連れ、東区から中央区の現場マンションに移り住んだ。藤原との交際が始まったのは、この前後とされる。莉菜を知るススキノ関係者が語る。

「あいつは付き合う男に影響されやすいタイプ。付き合った彼氏も5、6人は知ってる。前は勤めてるお店の寮に入っていて、確かにその頃から育児放棄気味ではあったけど、虐待とか暴行みたいなことはなかったんだ。藤原って奴の影響だと思うよ」

■「やたら金回りはよかった」藤原の存在

 室蘭出身の藤原が札幌にやってきたのは16年。ススキノの街に溶け込み、「やたら金回りはよかった」と知人の一人は振り返る。

「若いのに高級ファッションブランドのモンクレールを着こなし、高級車キャデラックのエスカレードを乗り回してた。ラップミュージシャンのAK-69やt-Aceが好きだったみたい。タトゥーをどんどん体に増やしていって、イキがってはいたけど、弱さを隠しているような気もした」

■「48時間ルール」が守られなかった2度目の通報

 だが、歓楽街に身を置く関係者はこう明かす。

「奴はかなり評判の悪い男でしたよ。自分の店で、10代の子を最低賃金以下で働かせたり、辞めようとしたバイトを脅したり。室蘭にいた頃は、集団リンチ事件を起こしたと聞いた」

 しかも、藤原は周囲に「子供が嫌いだ」と話していた。母親としての能力が低い莉菜が藤原に搦め捕られ、事態は切迫していく。

 札幌児相に現場マンションの近隣住民から2度目の通報がもたらされたのは、今年4月5日午前のことだ。

「先々月から昼夜を問わず子供の泣き叫ぶ声が聞こえて心配。今日は午前9時から11時の間に聞こえた」

 再び虐待通告として受理した札幌児相は、周辺世帯を調査して、莉菜と詩梨ちゃんの存在に辿り着く。だが、莉菜は児相職員に電話で「その期間は交際相手の家にいたので不在だった」と弁明。札幌児相の目視による詩梨ちゃんの安全確認には了承したものの、莉菜はその後、児相の連絡に応じなくなり、時間だけが経過していった。

 この時点で、通称「48時間ルール」は守られていない。昨年7月、東京都目黒区で起きた女児虐待死事件を機に、「虐待通告から48時間以内に安全確認ができなかった場合、立ち入り調査をする」と、政府が定めた緊急対策である。

■詩梨ちゃんの3度目のSOSで、道警にも通報が

「頻繁に子供の泣き声が聞こえる」

 5月12日、遂に道警にまで通報が入る。これが、詩梨ちゃんが声を振り絞った3度目のSOSである。翌日の21時56分、南警察署が札幌児相に協力を要請したが、児相は「夜間帯で職員態勢が整わない」と、同行を断った。

 ここから先の展開を社会部デスクが解説する。

「15日に南署員が母子と単独で接触した。児相は同行しなかったが、その理由については、警察から『母親の機嫌を損ねる恐れがある。同行は遠慮して欲しい』と言われたと主張している。母子と面会後、南署が児相に虐待と疑う状況はないと伝えると、児相は虐待なしと判断した。捜査のプロの警察が言うんだから間違いないというわけです。また、母が子供の自閉症を心配していたと聞き、この母子については発達障害の事案だと方針転換しています」

※6月13日、児童相談所の高橋誠所長は記者会見で、母親らによる虐待を疑う北海道警から母子の面会への同行を断られていたという説明について、「(当初の説明時は)私が職員に確認していなかった。職員に確認したところ、道警との間にずれはなかった」と発言を撤回している。

■児相と道警の主張は真っ向から対立

 事件後、児相は会見を開き、「警察によって安否確認ができた。我々が油断し、判断が鈍った」と釈明。「一人の職員が百数十件の事案を担当している」と人員的な限界も訴えたが、優先順位や緊急性を見抜けなかった落ち度は致命的だ。

 一方、道警の主張は札幌児相と真っ向から対立。南署員が母子と面会した時、詩梨ちゃんの体には複数の痣があり、足の裏に絆創膏が貼られていた。莉菜は「台所の台から落ちた」、「ヘアアイロンを踏んだ」などと弁明したという。

「道警は児相の主張に激怒。そもそも15日は、莉菜が嫌がっているとは伝えたが、同行は求めたと。児相の都合がつかず、単独面会した後も、虐待を想定した強制的な立ち入り検査を提案したそうです」(同前)

 いずれにせよ、連携の不備から見えてくるのは、児相の危機感のなさだ。

 その間にも、詩梨ちゃんを取り巻く状況は、加速度的に悪化していく。

「詩梨ちゃんが亡くなったのは、南署の面会から約3週間後。この面会以降、ほとんど食事を与えられた形跡がなく、暴行の激しさも増していったとみられています。虐待なしと判断した児相は、その後、池田母子を気にかけていた様子もありませんでした」(同前)

 皮肉にも、市が発行する「広報さっぽろ」の最新号(6月号)は、児童虐待を特集していた。

 救出の機会をふいにし続けた札幌児相には、今もなお批判が殺到している。昨年4月から児相を束ねる高橋誠所長は、市の緊急対応担当課長、児相の相談判定課長などを歴任。児童福祉畑を歩んできた人物だ。

■児相の高橋所長を直撃すると……

 6月10日の記者会見後、高橋所長を直撃した。

――児相が詩梨ちゃんを見殺しにしたようにしか見えない。どう受け止めるか。

「我々は、世間の皆さんからすれば、断片的な情報を活かせずに見逃して、大切な命を失った、そういう怒りがあると思います。結果がこうですから、何も抗弁できません。(批判は)甘んじざるを得ません。申し訳ございません」

 どれだけ言葉を尽くしても、詩梨ちゃんは戻らない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年6月20日号)

関連記事(外部サイト)