ノンフィクション作家・保阪正康が語る「『昭和史』からの教訓と、平成の天皇との私的な懇談」

ノンフィクション作家・保阪正康が語る「『昭和史』からの教訓と、平成の天皇との私的な懇談」

保阪正康さん

79歳“在野の昭和史研究者”保阪正康 妻子持ちの32歳で大学院への道を捨てた日 から続く

 今年の5月から始まった令和の時代。昭和からは遠く離れ、30年が経ちました。これからを生きる上で、現代人が「昭和史」から得られる教訓は変わらずにあるのか、それとも相対的に重要性は下がっていくのか。第一人者であるノンフィクション作家の保阪正康さんに、近現代史研究者の辻田真佐憲さんが聞きました。(全3回の2回目/ #3 へ続く)

■『昭和史』について、ずるいなと思っているところがある

――1950年代後半に、亀井勝一郎氏らが参加した『昭和史』論争がありましたね。岩波書店から出版された『昭和史』(遠山茂樹、今井清一、藤原彰共著)を巡って「人間が描かれていない」などといった批判が起きました。保阪さんは「『昭和史』に亀井さんが突きつけた疑問は正しいと思う」(『 「戦後」を点検する 』)と、こうした意見にも一理あるという立場を取っています。

保阪 『昭和史』論争が起きた時、僕は学生でした。高校生の時に初めて読んで、内容はさっぱり分かりませんでしたが、大学生の時にベストセラーになっていたので再び読みました。これは共産党の視点で書いている本だな、というのは分かる。遠山茂樹、今井清一、藤原彰という3人は戦争学徒、ないしは戦争を体験した戦後の研究者ですよね。いわゆる唯物史観の人たちです。この人たちが歴研(歴史学研究会)を取り仕切ってきたわけです。

 僕は『昭和史』について、ずるいなと思っているところがあるんですよ。それは、2版にする時の……。

――修正ですね。

保阪 そうです。書いてある内容と変わっていくでしょう。その変わり方にずるさがあると思います。さらに僕が疑問を持ったのは、ソ連が第2次世界大戦に参戦することによって、第2次世界大戦の性格が変わったと書かれている点です。つまり、ソ連が参加しなければファシズム同士の戦いだったのに、ソ連軍参戦によってファシズムとデモクラシーの戦いになったと。僕は全く納得しませんでしたが、そうした書き方で本が売れたということは、社会全体にそれを許容する空気と勢いがあったということでしょう。

 反発が出たことは当然で、大きく2つの形で出たと思います。亀井さんの「現代歴史家への疑問」(『 現代史の課題 』所収)と竹山道雄さんの『昭和の精神史』です。僕としては、亀井さんがより本質を突いた批判を投げかけていたと考えています。

■『昭和史』論争とは、一体何だったのか

――「公平を粧う臆病者があまりにも現代史家に多いのではないか。『客観的』な臆病者が多いのではないか」「人間性についての実証力は衰弱している」(亀井勝一郎「現代歴史家への疑問」)などの記述は、現在でも読み応えがあります。

保阪 もう一つの反応も紹介しましょう。昭和39(1964)年に出版された林房雄氏の『 大東亜戦争肯定論 』。僕はこの本を、ずっと読んでいませんでした。5年前に、中公文庫から復刻された時、解説を頼まれたので読みましたが、あの林房雄でさえも、日本の軍国主義は侵略だったと言っているんですよ。なるほど、と思いましたね。侵略ではあるけれども、100年という長い歴史の中で日本が進む道としてはあれしかなかったという肯定論です。

『昭和史』論争とは、唯物史観の歴史観に欠けているところ――人間や戦争というものは長い尺度で見なければいけない――そういう点について、当時の保守論客が指摘した、ということだったのではないでしょうか。

■昭和何年頃と「似ている」という言葉の安易さ

――昭和史については、「教訓」ということが必ず言われます。教訓はもちろん大切ですが、その一方で、何でもかんでも「戦前回帰」だといって、戦前との共通点ばかり指摘して警鐘を鳴らす風潮もみられます。このような昭和と現在の比較については、どうお考えですか。

保阪 よく僕のところにも「今は、昭和の何年頃と似ているんでしょうか」という取材があります。正直、僕は似ているという意味がよく分からないんですよね。「似ているといったら、じゃあ江戸時代とも似ていると思うし、室町時代とも似ているんじゃないの?」なんて冷やかすけれども、「似ている」という言葉の安易さ、ですよね。人間が同じことを同じかたちで繰り返すなんていうのは、あり得ないわけです。

――「まだこの社会には『自由な討論』や『意見の発表』はできうるし、肉体的な暴力の近接性はそれほど強く感じない。こういう理由を挙げて、軽々に『昭和のある時代と似ている』などと説くのは一知半解の謗りを免れない」(『 安倍“壊憲”政権と昭和史の教訓 』)とも書かれていますね。

保阪 これはとても重要なことなのですが、あの時代の過ちが、日本史全体、あるいは日本人の国民性に敷衍できるわけではないのです。時々、僕も新聞からコメントを求められて「しいて言えば昭和8年くらいと似ているかな」などと言うと、すぐ大きな見出しにされてしまいますが。

■昭和の軍人・東條英機と安倍晋三首相は似ている?

――似ている話で言うと、昭和の軍人・東條英機と安倍晋三首相は似ているとよく言われます。

保阪 それは似ていますね。

――この二者の比較というのは、どうなんでしょう。

保阪 東條と安倍が似ている点をあえて言えば、たった一つ、どちらも本を読まないということです。東條も本を読みませんでした。軍事以外はほとんど関心がなく、自身の演説についても秘書が、大日本言論報国会の会長だった徳富蘇峰のところへ持って行くんです。それで蘇峰が手直ししたり、秘書がルビを振ったりしていた。これは公然たる事実です。そんなことを揶揄しても仕方がないけれども。本を読んでいない人の怖さというのは、行動はどこで止まるんだろう、どこで自制心を働かせてブレーキをかけるのだろう、というのが分からないところです。

――安倍首相は長期政権を築いていて、東條よりもはるかに長く権力の座にいます。

保阪 一つ思うのは、安倍政権はこれほど長く続いていながら、何も実績を残していませんよね。空虚さとか、何か形骸化したものを感じます。例えば吉田茂は講和条約締結を、池田勇人は高度経済成長を、田中角栄は日中国交正常化を実現しました。歴代首相は、何かを得るために相当努力を重ねてきたと思います。もっと言うと、安倍政権の責任は、安倍首相ではなく、その前の民主党政権にある。民主党政権への絶望が、安倍政権の長さに比例しているんです。

■うそを言っている人の証言にはある共通点が

――保阪さんは、それこそ首相から皇族、軍部の指導者、いち兵士まで、これまで4000人以上の人々へインタビューを続けてこられました。時に真実でないことを語る人もいたと思いますが。

保阪 多くの証言する人に会うなかで、そこに法則のようなものがあると気がついて、勝手に「1対1対8」と名付けています。1割は本当のことを言う。1割は初めからうそを言う。8割は、僕を含めてごくふつうの人たちです。記憶を美化したり調整したりして、無意識のうちに事実と違うことも含めて言う。

 うそを言っている人、あるいは記憶を間違えているような人の話には共通点があって、ある一点がものすごく細かいんですね。例えば、瀬島龍三氏の場合は、相手の知識に応じて語るんです。例えば、「12月1日、開戦の1週間前、僕は車に乗って皇居に行ったんだけど、雪が降っていてね。ああ、真珠湾は大丈夫かな、と思った」と話す。よく事情を知らない人は「車に乗って皇居に行った」と聞いて、この人は大物なんだなと思いますよね。ところが僕は、「瀬島さんはその時、杉山元参謀総長のかばん持ちで、ちょっと同乗していただけですね」と返すと、「うん、そうだよ」と平気で言う。

■昭和史と切り離せない人物 平成の天皇との私的な懇談

――今まで保阪さんが会われた人の中で、昭和史と切り離せない人物という意味では、平成の天皇が挙げられると思います。インタビューではなく、私的な懇談という形でお会いになったにせよ、これはどういう体験でしたか。

保阪 御所の応接室で、作家の半藤一利さんと一緒に上皇ご夫妻とお会いする機会が何度かありました。テーマを決めてあるわけではなく、雑談をするといった感じの懇談でした。僕が驚いたのは、上皇陛下の昭和史に対する知識は点と点になっていて、線にはなっていないということです。例えば、満州事変の話題になった時、どうやら過去の認識でお話をされているのかなと思いました。

――書庫から、古い書籍を持ってきたそうですね。

保阪 そうです。思わず「陛下、大変失礼ですけれども、どういう本をお読みでございますか?」とお尋ねすると、上皇陛下は書庫から本を持ってこられました。お持ちいただいた書籍の奥付を見てみると、昭和8(1933)年の本だったんです。「この時から史実は大きく変わっています」と半藤さんとご説明した覚えがあります。

■戦争の拡大を望まなかった昭和天皇

――戦後70年の節目であった2015年、新年のご感想の中で、平成の天皇は「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と述べました。

保阪 これは僕の想像にすぎませんが、あのお言葉を聞いた時、陛下は何か特別の意味をこめられていらっしゃるのではないかと思いました。満州事変の時、先帝である昭和天皇はこの事変に不快感を持ち、戦争の拡大を望みませんでしたが、それにもかかわらず、なぜ軍は拡大路線をとったのか。このことを国民に考えてほしいという思いをお持ちだったのではないでしょうか。

 新しい時代の日本が向かう道について探る時、まずは現実と向かい合って学びつくすことから始まると思います。その中にはもちろん昭和史も含まれます。現代との安易な相似点を探すのではなく、複雑な歴史的事実を見つめることが必要でしょう。「自分たちは間違っていなかった」と言い募るのではなく、謙虚に歴史との対話の努力を続けるしかないと思いますね。

写真=佐藤亘/文藝春秋

「歴史家」保阪正康が明かす「フリー独立前、20代に電通PRセンターで見聞きしたこと」 へ続く

(辻田 真佐憲)

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