阿川佐和子×朝井まかて「介護中、老人のプライドを保つ工夫とは」

阿川佐和子×朝井まかて「介護中、老人のプライドを保つ工夫とは」

©文藝春秋

#1より続く

 ともに介護をテーマとした著作をもち、実生活でも介護経験者である朝井まかてさんと阿川佐和子さん。老いてゆく親と関わる日々を、ユーモア交えて語る対談の後編です。

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■プライドを傷つけない

阿川 国の介護保険制度には、まだいろいろ問題があるけれど、でも基本的には助かっていますよねえ。要介護認定は一から五までの五段階あって、できないことが多い分だけ、ランクが高くなり支援が手厚くなる。でも、実際に介護を受ける人にはプライドがあるから、自分で何でもできると答えたがる。問診で「一人でトイレに行けますか?」「行けますよ。そりゃ」とさも当然だって顔をする。本当は行けないのに。  

朝井 私の父も同じく。そこ、いいカッコするところと違いますよって(笑)。  

阿川 そもそも必要な介護は十人十色だから、杓子定規にしたり型に当てはめていくことはできないと思います。父の入っていた老人病院は外出や外食の自由がありましたけれど、ほとんどの施設は、自由度が限られていてケアが一律だと聞きます。私の伯母の入った施設でのことですが、食堂に行くと食べるのもひと苦労の人とか、ずっと大声を出している人とかいる中で、比較的、元気な伯母が一緒に座らされて食べていた。その様子を見舞いに行った父が見て「こういうところには入りたくない」と断言したんです。まあ、その気持ちはわかりますよね。自分もゆくゆくはああなるのかと思ったらなんかみじめな気持ちになっちゃう。  

朝井 会話のキャッチボールが成り立つ相手がどれほどいるかは、設備の整い方と同じくらい大切な環境要件でしょうが、いざ入所してみないとリアルにわからない場合もあって、難しいですね。  

阿川 とくに男性は、ある程度の肩書きを持っていた人も、赤ちゃん扱いされたりするでしょ。昨日まで社長、会長と言われてかしずかれていた人が、「おじいちゃん、おしめ濡れてるよ」なんて話しかけられるとプライドがズタズタです。

朝井 男の人は剥き身になることに慣れていませんからね。  

阿川 『銀の猫』でも老人のプライドを扱った箇所がありましたよね。旗本のご隠居の白翁のボケが始まって、自分を「お嬢様と呼ばぬか」と言い出した(笑)。正気に戻る時間もあって、自分の症状を有体に教えよとお咲に命じるんだけどお咲は答えに窮してしまう。そこで、白翁の家の用人が、「若い者でもさようなことはござりますゆえ」と隠居のプライドを傷つけないように、真実を本人に伝えるんですよね。  

 この描写に影響を受けたわけじゃないけれど、ちょっと提唱したいことがあるんです。これからのホームの職員さんには、ホテルのコンシェルジュのような話し方をしてもらうのはどうでしょう。「おしめを取り替える時間でございます」とか「お車の用意ができました」と車いすを持ってくる。それくらい丁寧に扱うと居心地がよくなるんじゃないかしら。たとえボケが始まったとしても経験やプライドが感情の中に残っていると、急に幼児扱いされることで耐えられなくなっちゃうんですよね。特に男性は。  

朝井 同感です。親しい物言いがあってもいいのですが、長く人生を生きた人への尊敬は失わないでいただきたい。そういえば、阿川さんの「ことことこーこ」の中にも、強く印象に残ったシーンがあって。主人公の母親が近所で買い物をして家に帰ろうとするのですが、認知症が始まっているから道がわからなくなって、遠方で保護される。その騒動を、本人の視点で書いておられましたよね。あの描写、こみ上げるものがありました。  

阿川 テレビで徘徊について話をしたときに、ある医師さんが「徘徊といっても本人にとっては目的のある行動なんです」とおっしゃったことが、印象に残ったんです。そこでケアされる側の行動にもそれなりの道理があることを描けたらいいなと思ってボケた母親の視点で書いてみたんです。そういう書き方をしたもう一つのきっかけは、母が認知症になりかけた頃に書いたメモを見つけたんですよ。そこには「もう何でも忘れちゃう。情けない」とか「バカバカバカ」って書いてあって、読んでいて胸が詰まりました。

朝井 そのシーン、小説にもありましたね。そうでしたか、阿川さんのお母様のメモでしたか……。  

阿川 私の小説では主人公を四十代に設定しましたが、実際には五十から六十代が親の介護の直撃世代なんじゃないでしょうか。女性の場合はちょうど更年期障害と重なるんですよ。自分の精神状態が不安定で肉体的にも辛い中での介護は本当に大変ですよね。  

朝井 私は更年期障害がほぼ終わっていたタイミングだったので、助かりました。

阿川 私の場合は、比較的症状は軽かったのですが、それでもイライラの原因を排除することで、乗り越えていきました。お化粧を最低限にするとか、すっぴんでも出かけられるところを増やすとか、そういった小さい工夫をしたんです。それに愚痴を聞いてくれる人をドンドン増やしました。「ちょっと顔色悪いですよ」と言われたら、これ幸いと「聞いてくれます?」なんて感じで、誰にでも話をしたんです。でも何よりも介護中は、笑えるところを何とか見つけ出そうとしていました。笑いはストレスを吹き飛ばしますよね。  

朝井 ええ。毎日、何かが起きて判断や選択を迫られるからこそ、ネタを拾ってでも笑った方がいい。

■「笑い」がキーワード  

阿川 あるとき仕事でヘトヘトになって父の病室にたどり着いたとたん私に「酒をつけてくれ」「このチーズはまずい」とあまりにも好き勝手なことを父に言われたんです。悲しくなっちゃって、家に帰って「も〜お父ちゃん大嫌いだあ!」って大きな声で叫んだ。そうしたら、母がびっくりして、「何をそんなに怒ってんの? どうでもいいけどアンタお父ちゃんそっくりね」そう言われたとたん笑っちゃって。怒りがぶっ飛んだ(笑)。

朝井 ナイス・ツッコミ。  

阿川 それからは、介護中も笑えるところを探すことにしました。  

朝井 私たちにとっても、「笑い」は介護のキーワードでした。チームで申し送りノートを作っていたのですが、「お母さん、今日、こんなことで笑ったよ」と、ニコちゃんマークを付けたんです。介護は子育てとは違って達成感が得にくいから、人によっては報われないと考えがちです。その時に、あと何回一緒に笑えるかと考えることは、私たち自身の支えになりました。  

 江戸時代も、老いと笑いをうまく絡めていました。当時の川柳には、「死水を嫁にとられる残念さ」というブラックな味わいも(笑)。私が好きなのは「鶴の死ぬのを亀が見て居る」。私の解釈ですが、長年連れ添った夫婦で、相方が息を引き取ろうとしている場面の達観を感じるんです。残る方ももうほとんどボケているのだけれど、もはやめでたさ感すら漂って、よし、私も夫を看取る時は亀の境地で行こうと(笑)。  

阿川 「やーいボケてる」なんて茶化しながら世話したりしてね。そういう、コミュニケーションが成り立っているのがいいですよね。ボケを笑って受け入れる社会は、とても懐が広くて豊かなんだと思います。  

朝井 老いと闘う、死に抗うといった選択肢がなかったですからね。それでも、老いや衰えを笑い飛ばした彼らの生き方に学ぶべきところは多いんじゃないでしょうか。

阿川 介護体験の中に小さな笑いを見つけると、よし、これ書いてみようとか友人に話してみようなんていう気持ちになる。そうすると、いつのまにか、キリキリしていた気持ちが落ち着くことはありますからね。

出典:文藝春秋2017年6月号

( 「文藝春秋」編集部)

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