39歳でアルツハイマーを告知された私が病気をオープンにした理由

39歳でアルツハイマーを告知された私が病気をオープンにした理由

©文藝春秋

 39歳で若年性アルツハイマーになった丹野智文さん。告知を受けて4年経ついまも働き続け、休日を利用して自らの経験を語る活動に力を注いでいる。なぜ、丹野さんは認知症を公表しているのかーー。

■告知の日、「私の人生は終わった」と思った

 私は数年前まで、宮城県のネッツトヨタ仙台で営業マンをしていました。自分で言うのも気恥ずかしいのですが、売上げは社内でも常に上位にいたと思います。

 ところが、ある日いきなりアルツハイマー病の初期と診断されたのです。2013年、私が39歳の時でした。

「なんで、なんで……」

 目の前が真っ暗でした。ネットで認知症のことを調べたら、「何も分からなくなる」「徘徊する」「2年後には寝たきり」といった悪い情報ばかりが目に入ってきます。このとき「私の人生は終わった」と思いました。

 でも、私には妻と娘が2人(中学生と小学生)いました。私と私の家族は、これからどうなるのだろう。不安でいっぱいでした。

 そんな時に出会ったのが「認知症の人と家族の会」(以下、「家族の会」)でした。周りから「大丈夫だよ」と言われても、「お前らにこの気持ちがわかるか」と反発していましたが、同じ認知症当事者と話をすると共感することが多く、安心できました。そしてこの「家族の会」で、私より先に不安を乗り越えた元気な当事者(竹内裕さん)に会ったことで、私は大きく一歩を踏み出すことができたのです。自分もこの人のように周囲を笑顔にできる人になりたい。それには勇気を出して、自分の病気をオープンにすることだと気づきました。

■認知症は恥ずかしくない

 それにしても、認知症という病気をオープンにすることに、どうしてこんなに勇気が必要なのでしょうか。

 これまでメディアが伝える認知症は、「暴れる」とか「徘徊する」とかネガティブなものばかりでしたから、認知症になったら何も出来なくなると思われています。そんな誤解と偏見が、私の中にもありました。

 でも実際は、初期だとちょっと記憶が悪いぐらいです。こうした偏見をなくしていくためには、認知症の人が病気をオープンにし、私たちが何を感じ、何を考えているか、自ら発信していくしかありません。なぜなら、認知症のことをいちばん知っているのが私たち自身なのですから。

 その後、2014年10月に、「日本認知症ワーキンググループ」のメンバーとして設立に参加し、2015年には仙台で、認知症本人のための物忘れ相談窓口「おれんじドア」を立ち上げました。そして昨年9月に、イギリス北部のスコットランドを訪問した時、これまでやってきたことは間違っていなかったと確信しました。

 現在、スコットランドは、認知症への取り組みが最も進んでいると言われますが、それは、ジェームズ・マキロップさんという1人の当事者の存在があったからです。

 ジェームズさんは59歳(1999年)のときに認知症と診断されました。当時のスコットランドでは、日本と同じように偏見を恐れて当事者は隠れていました。それを1人、2人と声をかけ続けたことで、病気をオープンにする仲間が増えてきたのです。スコットランドで会った当事者にこう言われたのを覚えています。

「自立するための支援は、病気をオープンにすることでできます。偏見をなくすためには、ひとりひとりが病気をオープンにする必要があります。認知症は恥ずかしくない。頭が良くてもなるときはなります。偏見をなくすには、認知症は恥ずかしいものではないと、私たちが言い続ける必要があるのです」

■認知症当事者3人でスコットランドへ

 今年の6月、再びスコットランドを訪れました。ただし、前回はかなりタイトなスケジュールだったのにくらべ、今回は3泊5日と短かったものの、同じ認知症の仲間である竹内裕さん(67)と、山田真由美さん(57)と丹野の3人でゆる〜く旅をする、その名も「ゆるたんツアー」です。

 エディンバラに到着したのは6月2日。翌日、ADI(国際アルツハイマー病協会)の会議が開かれていて、私たち3人も参加しました。4月末に京都でADI国際会議が開かれましたが、これはそのスコットランド版(スコットランド・アルツハイマー病協会大会)です。それでも1000人ぐらい参加していたでしょうか。

■1人で電車に乗って移動する当事者

 私は京都のADI国際会議(2017年4月)で「開会の言葉」を読み上げましたが、そこで会った人たちもたくさん来ていました。もちろんジェームズさんのほか、私が知っているスコットランドの当事者もたくさん参加していました。

 会議に参加して気づいたことがあります。京都のADI国際会議に登壇した日本の当事者のほとんどが家族を同伴していましたが、今回の会議にスコットランドの当事者は1人で来ている方が何人もいました。ジェームズさんにうかがうと、1人で行けるところには一人で行くそうです。

 ジェームズさんも症状が進み、家事を手伝えなかったり服が着られなかったりしますが、それでも基本的に1人で電車に乗って移動するのだそうです。

 もちろんスコットランドでも家族を伴っている当事者はいましたが、日本と大きく違っていたのは、日本では当事者と家族がべったり一緒なのに対して、スコットランドでは当事者は当事者、家族は家族と、別行動をしていること。日本ではどうして夫婦が別行動をとらないのか不思議です。帰国してからもずっとそのことばかりを考えていました。その違いが、結果的に日本の認知症当事者の「自立」を妨げているんじゃないかと思うからです。

 話がそれますが、家族の会に来られるご夫婦も常に一緒の方が少なくありません。道に迷うのが心配だから一緒にいるという方もいます。財布を渡してもらっていない当事者もいます。理由を聞くと「なくすから」と言われていました。それならポケットと財布を紐でつなぐとか、工夫すればいいのに……。財布を持たないと1人で買い物に行けません。大金を持つわけではないのだから、落としたっていいのにと思うのですが。

■認知症の人は働けない?

 私は会社で障害者の担当をしていますが、ハローワークの人に、「認知症の人で働きたい人もいるのに、働けた人がいないのですが?」と尋ねると、「認知症の人は働けないですよ」と私に言うのです。

「でも、ここでは働いていますよ」

「えっ、そうなんですか?」

「私がそうです」

 びっくりしていましたが、認知症の人は何も出来ないという固定観念が、多くの人の潜在意識の中にあるのでしょうね。

 私は1人で出かけることもあるし、もちろん失敗することもよくあります。でも妻はそれでも「いいよ」と言ってくれます。この前も、パンを焼いていたのを忘れて黒焦げにしました。他の家族だったら「私がやるから」ってパンを取り上げるでしょうね。でもうちの妻はそうじゃないんです。「また焼けばいいじゃないの」と言います。私には、この距離感がとても心地よいのです。

 もともと日本では依存する夫婦が多いのかもしれませんが、スコットランドにくらべ、あまりにもべったりしすぎるのではないか。この違いはどこにあるのでしょうか。

■病気をオープンにすることを「誇りに思う」

 実はスコットランドでも、以前は日本と同じで病気を隠していたようです。

 ジェームズさんが声をあげて発信したことでオープンにする人が出てきたのです。今では、オープンにして自立をするようになると家族は「誇りに思う」と言います。日本の家族は「誇りに思う」という言葉は使わないように思います。スコットランドの当事者は症状が進んでも自分のことは自分でしていきたいと思っているので、周りも「心配するが、手助けは最低限で、見守るというのが私たちの役割なんだ」と言います。ジェームズさんの奥さんも、最低限のサポートしかしないと決めているようで、素晴らしいと思いました。実際、スコットランドの人たちはみんなさらっとしていて、必要な時に手助けしている感じです。

 認知症になる前は、たいていの人は何ごとも1人でやっていたはずです。自分のことは自分でしていたでしょう。自立というのは、自分のことは自分でやる、つまり他人に守ってもらうのではなく、自分でしたいと思う生活を自己決定することです。認知症ですからもちろんリスクはあります。でも、サポートしてもらいながら、自分で決定し、自分で行動すれば自信にもつながりますし、楽しいはずです。

■自立するために自らGPSをつける

 スコットランドの人たちは、自立するためにさまざまな工夫をしていました。そのためのサポートツールもたくさんあります。

 たとえばGPSがそうです。話し合いの場に来る当事者の中にGPSをつけている人がいました。これは自分の意志でつけたものですから、もちろん外しません。ところが、日本では当事者の意思に関係なく、家族が不安だからつけます。だれだって知らないものを身につけられたら嫌です。だから外すのだと思います。

 GPSだけではありません。飲む時間を知らせてくれる薬のケースとか、ユニークな腕時計(スマートウォッチ)もありました。ボタンを押すと、緊急時に救急車を呼んだり、家族に無事を連絡したりすることができます。また、着けていると、日常の習慣を把握し、それと異なる行動があった場合にメールや電話で知らせてくれるそうです。

 電話もユニークでした。押すボタンの横に家族や親しい人の名前を入れておいて、ボタンを押せばすぐつながるようになっています。これなど日本でも簡単に作れるのではないでしょうか。

 これらのツールはADIのブースに置いてあったのですが、街中にあるコミュニティカフェ(認知症カフェ)に行くと売っています。

■便座を赤くして見やすく

 ちなみに、スコットランドのコミュニティカフェでは、たとえばトイレのドアの、それも取っ手の近くに大きなトイレの絵が描いてあって、すぐトイレだということが分かるようになっていました。

 また、認知症の人には空間認知に障害がある方もいるので、便座を白じゃなくて、真っ赤にして見やすくしていました。ぜんぶ白だと、どこが便座か見分けられないのです。階段もそうです。ドアの周りも色分けしていました。色分けすることで認識しやすくしているのです。

 イギリスには前述したグッズを研究開発している大学があります。そこへいくとモデルルームがあり、認知症にやさしいキッチンとかベッドが置かれていました。たとえば、クローゼットに隙間があって、ベッドに座るとその隙間から何が入っているか見えるようになっています。こんな部屋なら認知症の人も生活しやすいですね。

  こうしたツールは、なぜ日本で広がらないのでしょうか。たぶん、日本では家族に守られているから、その必要がないのでしょう。着たい服があれば言えばいいし、時計を持たなくても、隣にいる奥さんに聞けばいいのですから。でも、いつまでも他人に依存していると、当事者は工夫する努力をしなくなるのではないでしょうか。 

■元気な当事者はみな「工夫」している

 認知症になる前は、みんな普通に自立していたはずです。どうして認知症になったら「自立」が問題になるのでしょうか。なぜ認知症になるとリスクや責任が問われるのでしょうか。それは認知症の人が自立させてもらえない環境があるからだと思います。

 仮に自分でハサミを使って怪我をしても、「誰が責任を取るの?」とは言われません。認知症になると、なぜか「誰が責任を取るか」という話になります。子供だって、危険でもハサミを使わなければ、いつまでたってもハサミを使えません。子供用のはさみのように危なくないような工夫が必要です。それには、周りが助けるのではなく、見守ることが必要ではないでしょうか。

 スコットランドでも自立している当事者は元気でした。そして、私が会った人はみんな自立のための工夫をしていました。

■誰だって自立したい

 ときどき「丹野さんみたいに工夫できる人ばかりじゃないんだよ」と言われることがありますが、そうでしょうか?

 当事者は誰だって工夫して、自立したいと思っているはずです。私たちがいちばん望むのは、出来る限り認知症になる前の生活に戻すことです。「自立」するということは、そこへ近づけることです。現実にはさまざまな障害があって、簡単ではありませんから、そのための工夫が必要です。一歩でも以前の生活に近づけるなら、当事者は喜んで工夫するはずです。

 でも実際は工夫する人が少ない。なぜ工夫しないかといえば、先にも述べましたように、守られているので、工夫しなくても済むからではないでしょうか。

 最近、ご主人が認知症というご夫婦と食事をしましたが、隣に座った奥さんが、ご主人のために箸を割ってあげたり、コップを渡してあげたりしていました。トイレに行こうとすると、さっと立ち上がってついて行って「1人でできる?」と言って外で待っています。トイレから戻れば「大丈夫だった?」。なぜそんなに心配なのか、不思議でした。

 生活する上で困るからいろいろ工夫するのですが、日本人はやさしすぎて、工夫しなくても困らないのかもしれません。もしかしたら、認知症になって困っているのは、本人より家族ではないでしょうか。

 でも、1人暮らしの認知症の人はそういうわけにもいきません。だから100%と言っていいくらい、みんな工夫しています。

 たとえば、どこに服を入れたかわかるように、タンスをクリアケースにするとか、忘れないようにカバンを1つにするとか、カレンダーに予定を書くとか、あるいは、バッグを忘れてもすぐわかるように、鮮やかな色にするとか、さまざまな工夫をしています。

 今回、一緒にスコットランドに行った竹内裕さんも山田真由美さんも1人暮らしです。皆さんそれぞれ工夫しています。竹内さんはタブレットでスケジュール管理をしていて、認知症になってからも1人でトルコを旅行したりしています。山田さんは1人で服が着るのが難しくなってきたから、服に目印を付けて着られるようにしていました。

 竹内さんや山田さんのように、日本でも病気をオープンにする当事者がもっと増えたらいいなと思います。その人たちが各地で認知症のことを発信するようになれば、認知症の人にとってきっと住みやすい社会に変わるはずです。それが当事者の力なのです。スコットランドを旅しながら、あらためてみんなで旅してよかったと思いました。

〈取材・構成=奥野修司〉

(丹野 智文)

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