フジテレビのドンが院政批判に答える #2

フジテレビのドンが院政批判に答える #2

©文藝春秋

(#1より続く)

 フジテレビではこの間、会長続投が当然のように思われてきただけに、首脳人事の注目点は、もっぱら社長レースだった。そこで最右翼と下馬評の高かったのが、専務の遠藤龍之介(61)だ。遠藤周作の長男で日枝編成局長時代には上司部下の関係で、何かと話題の尽きない日枝体制の下、広報部門を支えてきた。遠藤新社長はなかったのか。

「週刊現代に遠藤君が新社長と書かれたとき、僕は彼に秘書室で『おめでとう。社長になるんだってな。お前は広報担当なんだから、(亀山)社長にも週刊誌に出たと言わないと駄目だよ』と冗談を言いました。『いやー、僕は当事者だから言いにくいですよ』と言っていましたけど、秘書室でも週刊誌を回し読みしていて彼も困っていた。もちろん僕の頭の中には遠藤社長はなかったので、週刊誌報道があったから社長が消えたなんてこともありえません」

 今度のトップ人事は5月9日の報道当日まで、外部はもとより社内にも情報が洩れなかった。それは日枝がただ一人で決め、情報管理を徹底してきたからにほかならない。人事の草案を練ったのが4月21日から23日までの3日間、静岡県伊東市の川奈ホテルゴルフコースでおこなわれたフジサンケイレディスクラシックのときだ。

「決算発表が5月だから、連休前には大体決めておかなきゃいかん。毎年そうだけど、今回は1〜2月頃から考え始め、いろんな人に意見を聞きました。人事の具体的な話ではなく、プロダクションの人たちとか、OBやネット局の人たちとか、皆さん方の話を聞きながら、フジサンケイレディスクラシックのときに川奈(ホテル)で煮詰めていきました」

 社長レースでは先の遠藤以下、鈴木克明(58)、稲木甲二(61)という三専務の名前が候補に挙がった。他の役員人事を含め、その中身については、日枝の頭の中だけに封じ込まれ、当の重役たちでさえ、報道の前日まで誰一人知らされなかった。

 そして日枝は報道前日の8日午後2時から6時過ぎまで、自ら会長室にフジ・メディアHDの該当役員全員を一人ずつ呼び、異動の内示を伝えた。たとえば仙台放送の社長に異動する社長候補の稲木については、こうだ。

「もちろん受け入れ先の仙台放送社長の竹内(次也)君には伝えましたけど、彼自身は8日まで知らなかったはずです。8日が月曜日だから、土日に竹内君に事情を電話で説明し、納得してもらいました。仙台放送は昨年フジ・メディアHDの傘下になり、この先東北ブロックの基幹局としての役割を担う。そこでオールラウンドプレイヤーの稲木君に基盤を強くしてもらおうと考えた。そんな話をし、仙台の竹内君には外に絶対漏らすなよ、と口止めをしておきました。だから稲木君も8日に僕と会うまで、中身については知らなかったと思います」

■73歳を社長に抜擢

 遠藤はフジテレビ本社に残るが、残る社長候補のもう一人の専務、鈴木もまた、テレビ西日本に異動になる。日枝はそうして受け入れ先となる地方局や関連企業の社長たちに一人ずつ電話をかけ、了解をとりながら人事を決定していったという。

 社長レースではあの「101回目のプロポーズ」を企画した常務の大多亮(58)まで候補に挙がったが、最終的に日枝の眼鏡にかなったのが宮内だ。御年73、現社長の亀山より一回りも上であり、かつて秘書室長として日枝の側近でもあった。その新社長の抜擢に疑問の声もあがったが、日枝は意に介さない。

「(年齢の高い宮内を社長にすると)逆風が吹く。絶対にメディアからいろいろ言われるというのは、織り込み済みでした。だけど、今のフジテレビには若い人より、編成、営業、ネットワーク、秘書室長、いろいろやってきた経験が必要だと思ったんです。彼は難しい局面で岡山放送に行って立て直し、2年前にBSフジの社長として戻しました。

 BSの前任社長が長くなってきたとき、4K問題も含め、これからBSがメディアの中心になると考え、彼に(社長を)やってもらった。もともと『プライムニュース』なんかは評価が高いし、BSが大事な収入源になってきている。その宮内君が社長になると、BSの売上げがトップになった。それで『宮内君で大正解だった』と思っているうち、今度の人事になったんです」

 今回の宮内という側近の社長抜擢は、2年前から計画した人事だという指摘もある。日枝の傀儡説だ。

「皆さんは宮内君がBS社長に就いたときから計画していたというけど、たまたまです。その後、フジテレビ全体の体制を変えよう、とまず僕が会長から退き、社長も交代する。それで誰がいいか、と考えたとき、宮内君がおるじゃないか、となっただけです。僕のチョイスでは、彼しかいなかった。いわば最後はハプニングです。サラリーマンの運命はタイミングだとつくづく思います。

 企業の役員といっても、65歳になれば定年になってしまう。そこから社長になるのは一人か二人じゃないですか。しかし、(73歳で社長に就く)今回の宮内君の人事では、そういうケースがあるんだ、と社内が知ったのではないでしょうか。たまたまですけど、一度外に出て戻ってこられるのはすごくいいことだと思っています」

 社長になる宮内や会長の嘉納には何を期待し、どう要請したのか。

「今度の人事の中で、新しい体制の会長と社長だけには事前に伝えました。たしか5月1日ですが、都内の某ホテルに呼んでね。宮内君には『これからフジテレビは社長中心でやってもらう。君は演出の力があるわけでも、名記者だったわけでもない。しかしいろんな経験があり、それをフジテレビの現場に伝え、社員が燃えるような雰囲気をつくってほしい。君の使命はそれだ』と言いました。

 そして嘉納君には、『君はメディアHD社長として実績をあげてきたので、会長を引き受けてほしい』と伝えました。あんまり書いてくれないけど、全体の業績はいいんです。ただ、現状のフジテレビの営業成績や利益からすると、財務やファイナンスが非常に大事になってきている。で、『君はファイナンスや財務面で、社長や役員をサポートしてくれ。そのための会長だよ』と言い、納得してもらいました」

 つまるところ、これまでの絶対的な存在だった会長がそのポストから退く。その後任に財務のプロを据え、この先は、かつての側近である社長が業務の中心を担っていく体制につくり変えるということだろう。その首脳人事や新たな体制作りは、すべて日枝が決め、重役一人一人に異動を言い渡しているのである。インタビューをしていると、いかにフジサンケイグループが日枝を中心に回ってきたか、改めて痛感させられた。会長から取締役相談役に退いても、やはりフジテレビに対する影響力は残るのではないか。

「社長や会長が相談しにきたら、それは文字どおり相談に乗ります。だが、会長を退くというのは、これから人事を任せるという意味ですからね。だから、人事など経営の中心になるようなことはやりません。皆さん疑うかもしれないけど。僕自身長すぎると思ってきたのですから」

■「潔くない」と言われても

 日枝は、過去も現在も番組作りをはじめ現場の実務にはいっさい口出ししていない、と強調する。実際、そこに介入してはいないかもしれない。また「院政なんてありえない」とも言う。だが、グループ内におけるその存在感は、衰えているように感じない。なにより、この先フジ・メディアHDの会長でなくなっても、フジサンケイグループ代表という地位は揺るがない。フジ・メディアHDは、あくまでフジサンケイグループという傘の中にあるので、最大の権力者であることに変わりないともいえる。フジ・メディアHDには産経新聞なども入っていない。いっそのこと、グループの代表を下りるという決断はなかったのか。

「だから外の皆さんは『潔くない』と言うでしょう。しかし僕は今までフジテレビやフジサンケイグループを率いてきた人間として、潔くなくてもグループを守りたい。

 フジサンケイグループは小さな会社の集まりです。例えばエンターテインメントやゴルフ、芸術の催事、国際イベントをグループで主催する。その時それぞれがわがままを言ったらまとまらない。それを私のような30年近くもいる人間が年の功で調整する。30年とおっしゃるけど、そこで培った人間関係もある、グループを維持していくためには、それがまだ必要だと判断したのです。僕が当面つないでいきながら、次の時代の人が来るのを待つ。そのために代表に残ることを選んだんです」

 なにより問題は、グループの中核を担うフジテレビの放送事業が、なかなか復活しないことだ。その手段や目算はあるのか。

「テレビは常に独創性を求められるものです。挑戦したときに初めて世間さまから注目される。他局と同じタレントが出て同じセットで番組をつくっても視聴率を上げることはできません。かつて『オレたちひょうきん族』で、落語家や漫才師がテレビタレントになった。それが新しいテレビの時代をつくりました。他の事業でいえば、ネット通販もうちが世界初です。しかし社内が下を向いていては、新しいことができない。まずはそこが心配ですね」

 日枝久は日本のテレビ界に大きな歴史を刻んだ一人なのは間違いない。だが本人も自覚するように、彼を超える経営者がフジサンケイグループに見あたらない。実はそんな危機感のない「茹で蛙」を増やしてしまったのは、当の日枝自身ではないだろうか。

(敬称略)

(森 功)

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