「台湾は世界に残された最後の植民地だ」100歳の独立運動家が衝撃の「最終講演」

「台湾は世界に残された最後の植民地だ」100歳の独立運動家が衝撃の「最終講演」

最後の講演で思いの丈を語る史明(2019年6月) ©田中淳

 6月30日、台湾・台北市の国立台湾大学で、今年101歳になる現役の台湾人革命家・史明(しめい)が人生最後の講演を行った。 “おじさん”を表す台湾語の愛称「欧吉桑(オゥジィサン)」で親しまれている史明は日本統治下の台北に生まれ、その生涯のすべてを台湾独立運動に捧げてきた「台独教父(台湾独立のゴッドファーザー)」だ。そして蔡英文総統も、老革命家を慕うひとりだった。

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「俺は死ぬよ」──。

 絞り出すような史明のつぶやきに一瞬、会場は水を打ったような静けさに包まれる。思わず嗚咽を漏らす女性もいたが、「だから、台湾の未来は君たちに託す」「台湾は世界に残された最後の植民地だ」「台湾が消滅すれば、世界にとって取り返しのつかない損失になる」「みんなありがとう。台湾独立のために立ち上がってくれて感謝している」と史明が訥々と語りかけるたびに 、温かな雰囲気の中、割れんばかりの拍手が沸き起こった。

■老革命家が託した“台湾独立”の夢

「台湾の独立を見届けるまで死ぬわけにはいかない!」が口癖だった史明だが、さすがに95歳を過ぎたころから、体調の衰えが目立ってきた。講演当日も顔色はさえず、傍目にも体調不良なのが読み取れる。人生の終幕を静かに見据えるようになった老革命家は、最後の力を振り絞って、台湾独立という究極の夢を後進たちに託した。

■蒋介石の暗殺に失敗し、バナナ輸送船で日本に密航

 史明の生涯はとにかく、てんこ盛りの一言に尽きる。

 1918年、大地主の御曹司として生を受けた史明は、乳母日傘で何不自由なく育てられるが、早稲田大学留学中、マルクス主義思想に覚醒する。「大日本帝国の植民統治から台湾を解放し、台湾人による台湾を取り戻さなければならない!」と考えるようになった史明は1942年、卒業と同時に中国上海へ渡り、現地の日本人社会で情報工作をする中国共産党のスパイとして暗躍するようになった。

 やがてケ小平にも引き立てられ、人民解放軍幹部への道を歩み始めるが、共産党の腐敗や粛清に絶望して密かに軍営を脱出。日本人の恋人と銃弾の雨をかいくぐりながら国共内戦の戦場を越えて、決死の大陸横断逃避行を繰り広げた。

 命からがら舞い戻った台湾では、敗戦で統治権を失った日本と入れ替わるように、中国から侵攻してきた蒋介石と中国国民党が新たな支配者となって恐怖政治を敷いていた。史明は密かに同志を募り、蒋介石の暗殺を企てる。だがすんでのところで計画が露呈し失敗。官憲に追われながら台湾全域で逃亡生活を送ったすえ、バナナ輸送船で日本に密航し、40年の長きにわたって東京で亡命生活を送ることになる。

■池袋で昼はギョウザを包み、夜は爆弾を手作りする日々

 政治亡命が認められた史明は、今も池袋駅西口で“老舗の町中華”として親しまれている『新珍味』をオープン。店を台湾独立運動の拠点に据え、昼はギョウザを包み、夜は国民党政権を倒す地下工作のために爆弾を手作りするアグレッシブな日々に身を投じる。

 爆弾は日本人活動家の助言を受けながら、黒色火薬や塩素酸ナトリウムなどを調達して作った。稚拙な出来ではあったが、密かに台湾へ持ち込まれ軍用列車転覆事件などで使われている。

『新珍味』には史明を慕って、作家の武者小路実篤や開高健、五・一五事件で犬養毅首相を暗殺した三上卓、初代内閣安全保障室長の佐々淳行、日本赤軍の幹部、果ては地元のヤクザまで、多士済々が足繁く通った。その一方で、史明は台湾から1000人を超える若者を呼び寄せ、店の階上で密かにテロリストとしての訓練も施していく。 

 商売や地下工作活動にいそしむ傍ら、為政者ではなく市民の視点で書かれた初めての台湾通史『台湾人四百年史』を執筆した功績も大きい。ロングセラーとなったこの大著は、台湾人が「われわれは中国人とは別個の存在なのだ」と自覚していく上で大きな役割を果たし、民主化の道しるべにもなったからだ。

「ブラックリストに載る最後の大物指名手配犯」だった史明も1993年、台湾の民主化に伴って40年ぶりの本帰国を果たし、祖国で独立運動を展開していく。

■台湾を覆う“中華民国という呪縛”

 そもそも史明はなぜ、台湾の「独立」を叫び続けるのか。

 それには多少なりとも、台湾の複雑な立ち位置を知っておく必要がある。

 台湾の正式な国名は「中華民国」だ。台湾、ではない。しかもこの中華民国は台湾とは何の関係もなく、毛沢東との覇権争いに敗れた蒋介石が、1912年〜49年の中国の国家体制をそのまま台湾に持ち込んだもの。そして完全に民主国家となった今も台湾は、国名から憲法、国旗、国歌、公用語、軍隊、官僚機構に至るまで、よそ者の蒋介石たちが中国で作った仕組みをそのまま踏襲している。

 国歌の歌詞は、民主進歩党(民進党)に政権交代した今も変わらず、「三民主義、吾党所宗(三民主義こそ我が中国国民党の指針)…」なのだ。外来の中華民国という呪縛から逃れられない台湾──史明が「世界に残された最後の植民地」と話すゆえんである。

■正式な外交関係を結んでいるのはわずか17カ国

 国際社会で台湾(中華民国)が正式な国家として認められていない現状も、独立問題を複雑にしている。中華民国は戦後、「China」として国連安全保障理事会常任理事国の地位を維持していた。だが1971年、国連は中華人民共和国(中国)を「China」として加盟させる決議を採択。これに反発した蒋介石は、中華民国を国連から脱退させてしまう。

 中華民国、つまり台湾を独立国として認めない中国は今も、「台湾は中国の一部分で、国家ではない」と主張し、その受け入れを外交樹立の条件としている。このため日本や米国を含む多くの国・地域はまず、中華民国と断交し、中国を「China」として承認するほかなかった。

 中台(中華人民共和国と中華民国)がそれぞれ「我こそが唯一無二で正統なChina。相手側はフェイクだ」と主張している以上、各国は中台双方を同時に外交承認することができない。中国の経済成長とともに台湾と断交して中国に寝返る国は増加の一途をたどり、今、台湾と正式な外交関係を結んでいる国はわずか17にとどまっている。

 民主化が進み、どれほど市民の台湾アイデンティティーが高まろうとも、史明は「台湾が『中華民国』や『中華民国憲法』に縛られた不正常な状態から脱しない限り、真の独立国とは言えない」と主張し続ける。

■多くの“弟子”が「ヒマワリ学生運動」を主導した

 その台湾独立の気運が最高潮に達したのは、2014年春に巻き起こった民主化運動「太陽花学運(ヒマワリ学生運動)」だった。

 中国との経済緊密化を図る国民党と馬英九総統(当時)は2013年、中台間でサービス業の市場開放を促す協定に調印する。だが台湾では「交渉過程が不透明」「台湾経済が中国に呑まれてしまうだけ」などと反対する声が高まり、協定を批准しようとする政府の動きに学生たちが激しく反発。立法院(国会)の議場を占拠し、協定批准の審議を「中止」に追い込んだ。

 ヒマワリ学生運動の成功は、同年末の統一地方選挙で国民党が大敗し、2016年に国民党から民進党への政権交代が実現する大きな原動力となった。同時に、香港で民主的な首長選挙の実現を目指した民主化運動「雨傘革命」にも影響を与える。

 なによりヒマワリ学生運動を主導した学生リーダーたちは、その多くが勉強会などを通じて史明の謦咳に接した弟子ともいうべき存在だった。

 95歳の史明がヒマワリ学生運動の現場に何度も出向いては学生たちを叱咤激励し、大量のフライドチキンを差し入れる姿は、テレビやインターネットを通じて繰り返し報じられ、「生ける伝説・史明」の存在を強烈に印象付けた。日本で40年以上、雌伏していた史明は若者たちにとって「歴史上の遠い存在」で、「まさか生きていたとは!」と驚いた者が少なくなかったからだ。

■蔡英文に請われ「総統府資政」に

 台湾初の女性の国家元首となった蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は、日ごろから史明を「精神的支柱」と言って慕い、絶大な信頼を寄せる。史明は、蔡が2012年の総統選に失敗したあとも「学者然、官僚然とした冷たさを捨てて、もっと大衆の中に入っていきなさい」などと助言を惜しまず、今も「台湾を率いていく最適なリーダーだ」と話す。蔡英文は総統に就任すると、直ちに史明を国政のオブザーバー「総統府資政」に任命、事あるごとに意見交換する間柄だ。

 2016年1月16日夜、総統選の勝利演説で蔡英文はわざわざ史明に言及した。

「選挙戦最終日の決起集会に、98歳の史明おじさんが雨に濡れながら私を励ましに来てくれた。総統となったからには志を抱き、決断力を持ち、強靭でなければならないと言って。だから私は今、史明おじさんに申し上げたい。台湾がいかなる困難に直面しようとも、蔡英文は必ず強靭であり続けると。台湾の人たちと雄々しく立ち向かうと」

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 今年7月15日、ヒマワリ学生運動のリーダーグループを率いた林飛帆(リン・フェイファン)が、民進党の副秘書長(事務局次長)として正式に政界入りした。蔡英文は100歳の史明、31歳の林飛帆らをブレインに従え、来年1月の総統選で再選を目指す。同じ15日、最大野党の国民党は総統選候補者として、中国との経済強化を旗印に掲げる高雄市長、韓国瑜(ハン・グオユィ)を擁立する方針を固めた。大衆の心をつかむ術に長けた韓国瑜は、蔡英文にとって決して楽な相手ではないだろう。

「蔡英文の再選は、台湾独立に向けた最後のチャンス。逃せば2度目はない」。史明は期待感と焦燥感を織り交ぜながら、選挙戦の行方を見守り続ける構えだ。

INFORMATION

今、なぜ台湾の若者たちは老革命家に魅せられるのか──史明の講演に密着したNHKは、若者たちの証言から100歳の革命家を浮き彫りにする。

NHK BS1『国際報道2019』7月17日(水)22:00
https://tver.jp/episode/60501128

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台湾独立を目指す100歳革命家の「ラストメッセージ」はなぜ若者たちの共感を呼ぶのか へ続く

(田中 淳)

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