「トランプ大統領は金正恩に利用された」"北朝鮮亡命外交官”は米朝首脳会談をどう見たか?

「トランプ大統領は金正恩に利用された」"北朝鮮亡命外交官”は米朝首脳会談をどう見たか?

太永浩氏

 6月30日、アメリカのドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、板門店にある南北の軍事境界線で会った。トランプ大統領は金委員長と一緒に軍事境界線を越え、10メートル余り北朝鮮の領土に歩いて入った。韓国の文在寅大統領もその場に立ち会い、歴史的な瞬間を見守っていた。

 1953年の朝鮮戦争の停戦協定締結以来、66年間にわたり分断の象徴だった板門店でアメリカ・韓国・北朝鮮という3首脳が会ったことには、それなりに意味があると言えるだろう。

■北朝鮮非核化へ懐疑論を唱える脱北外交官

 だが一方で、通算3回目となった今回の板門店での米朝首脳会談の成果は「2〜3週間内に実務チームを構成して交渉を進める」というもので、内容はほとんど無かったと言っていい。それどころか、会談後にアメリカ・ワシントンでは、今後の先行きについて懸念する声が出始めている。

〈アメリカ政府の対応は、北朝鮮を「核保有国」として黙認しているに等しいではないか〉

〈アメリカ政府が当初の目標にしていた北朝鮮の完全な非核化(FFVD)に及ばない中間段階で、暫定合意をしてしまうのではないか〉

 韓国内でも、同様に北朝鮮の非核化への懐疑論が出ている。その代表格が、約3年前に北朝鮮から韓国に亡命した、歴代最高位の脱北外交官・太永浩氏(56、元駐英北朝鮮大使館公使)だ。

 太氏は6月13日、北朝鮮指導部の暗部を暴いた著書『 三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録 』(文藝春秋刊)を日本で出版し、19日に初来日を果たした。太氏は“6.30板門店会談”の後、韓国のケーブルテレビ「チャンネルA」に出演し、次のように語っている。

■「今回は1972年のニクソン大統領の再現だ」

「トランプ大統領が北朝鮮の地に足を踏み入れることは、北朝鮮が“核保有国”としての地位を獲得するということです。北朝鮮が核保有国という立場を固める戦略に、トランプ大統領は戦略的に利用されました」

「私はこれ(トランプ大統領が38度線を越えて足を踏み入れたシーン)を見て、1972年にアメリカのリチャード・ニクソン大統領が初めて中国を訪れ、その地に足を踏み入れた姿を思い出しました。『今回のトランプ大統領は1972年のニクソン大統領の再現だ』と私は考えています。1967年に中国が水素爆弾実験に成功し、アメリカと中国には核対決構図が形成されました。そして、ニクソン大統領が中国を訪問したのです。当時、中国は『アメリカが白旗を持って訪ねてきた』と認識していました」

「6月30日に板門店で米朝首脳会談が行われた瞬間、世界中のメディアが『ついに平和の時計が再び動き出した』と歓声を上げましたが、私の考えは逆でした。多くの人たちの歓喜の中で、私の懸念は深まったのです。平和は平和かもしれないが、一体どんな平和なのか。『北朝鮮の非核化が空転した末の平和』『“北朝鮮が核を持っている平和の時代”がとうとう稼動し始めた』と思ったのです」

■核廃棄させるには、制裁レベルをもっと高めなければならない

 太氏はトランプ大統領の非核化への真剣さに対して疑問を抱いているという。

「私は、アメリカの北朝鮮専門家たちに、『もしアメリカが北朝鮮の核廃棄に本当に関心があるならば、北朝鮮が核・ミサイル撤廃を早く始めるよう制裁レベルを高めなければならない』とアドバイスしました。ところが、アメリカの専門家たちは『確かに、現時点で北朝鮮の核廃棄は重要だが、制裁をさらに強化すれば北朝鮮の一般住民が飢えてしまい、人道主義の災難と惨事が起こり得る。米国の価値観としては非核化を実現する過程で災難が起こることは望まない』と述べていました」

「結局、私は『アメリカ(トランプ大統領)は非核化よりも、現状況の管理、モラトリアム維持の方向に向かっている』と判断するしかありませんでした」

 板門店で会った際、トランプ大統領は金正恩委員長をワシントンに招待した。金正恩委員長のアメリカ訪問が実現する可能性について、太氏は次のように述べた。

■金正恩のアメリカ訪問は実現するのか?

「可能性はあるでしょう。北朝鮮は、先に敵国(アメリカ)の首長に北朝鮮の地を踏ませたため、金正恩もワシントンに行けるだろうと考えています。(略)北朝鮮は国内で『トランプ大統領が白旗を持って我々の領土にやってきた』と宣伝するでしょう。金正恩は本音では、『アメリカと幅広い交渉ができる環境を作った』と考えていると思います」

「今回の板門店会談は、米朝両首脳は互いに『Win-Winであった』と考えているでしょうが、どちらがより多くの実利を得たのかといえば、当然、金正恩が非常に多くの実利を得たと私は思います」

■「金大中追悼行事」に金正恩委員長の妹が招待される?

 非核化をめぐり、アメリカ・北朝鮮・韓国の思惑はバラバラだ。トランプ大統領が口癖のように繰り返す金正恩委員長との深い“信頼関係”というのは、真の信頼であるのか、それとも「仮面夫婦」のようなニセの信頼なのかは分からない。

 北朝鮮は必死にアメリカとの交渉を模索する一方で仲裁に精魂を注いでいる韓国の文在寅政権に対しては、「さしでがましい。(アメリカとの交渉で)南朝鮮を介することはない。口出しするな」と露骨に非難している。

 その一方で、韓国の与党・民主党は、こんな状況にもかかわらず、「金大中大統領の死去10周年追悼行事」に金正恩委員長の妹・金与正を招待することを推進していると見られる。「北朝鮮が核保有国の地位を獲得するためにトランプ大統領を利用している」という太氏の分析が外れることを期待するばかりである。

 なお、南北関係、米朝関係、日朝関係などを分析した太氏の論考「拉致問題は結局カネ次第だ」は、 「文藝春秋」7月号 に掲載されている。

(朴 承a/文藝春秋 2019年7月号)

関連記事(外部サイト)