賛否両論の映画「新聞記者」が悪い意味で虚実ないまぜだった件

賛否両論の映画「新聞記者」が悪い意味で虚実ないまぜだった件

主人公の新聞記者を演じたシム・ウンギョン ©getty

 筆者のSNS上で、映画「新聞記者」が話題になっていた。色々な意味で。

 Twitterを検索してみると、やはり2つの世界が広がっていた。現政権と絡めて権力とメディアの葛藤を描いた作品として称賛する人、物語の根幹を成す設定に否定的な意見を出す人などなど、意見は真っ二つに割れていた。

 これを見て筆者は「あ、これ絶対面白いヤツだ」と勝手に決めつけた。映画そのものより現象が。こうなったら、映画も見てみるべきだろう。筆者は映画館に向かった。これはその一部始終、つまり「新聞記者」の映画評になる。

 なお、本稿においては、その性質上映画「新聞記者」の核心部分を含むネタバレが多数登場する。あらかじめその点をご承知の上、この先を読むかどうかご判断頂きたい。

■物語が始まる前から驚かされる

 筆者は特に映画の前情報も調べず、映画館に向かった。上映されていたのは比較的小さいスクリーンだったものの、座席の半数は中高年の男女で埋まっていて、平日上映の、それも社会派の映画としてはかなり健闘している部類に入ると思う。予告の長さにブツブツ文句を言っている隣の老齢男性を気にしつつ、映画が始まった。

 本編が始まる直前でいきなり驚かされたことがある。映画の配給としてイオンエンターテイメントがクレジットされたのだ。イオングループと言えば、言わずと知れた旧民主党・民進党代表で、現在は立憲民主党会派の岡田克也氏の実家の一族企業である。そういう背景で政治や報道題材の映画を出されてもな……という気分は拭えない。

 映画の内容と資金・配給は関係ないという反論もあるだろうが、仮に麻生グループが関与する政治エンターテイメント映画があったとしたら、自分だったら眉に唾をつけて観るし、皆さんはどうだろうか? それと同じことだ。そういう訳で身構えて観ることにした。

■反政権的な人物にスキャンダルをでっち上げる

 主人公の吉岡は、東都新聞の記者。優秀な新聞記者だった父親は、政治スキャンダルの誤報をきっかけに自殺した経緯を持つ。ある日、社内に送られてきた大学新設計画に関するFAXをきっかけに、この大学新設計画の背景を追っている。

 もうひとりの主人公である杉原は、外務省から内閣官房の内閣情報調査室(内調)に出向している官僚だ。杉原の内調での主な仕事は、反政権的なメディアに対する批判・揶揄をTwitterに投稿したり、反政権的な人物をこじつけでスキャンダルをでっち上げたりして信用を失墜させる仕事をしているが、その仕事内容には疑問を抱いている。

 杉原の元上司である神崎の自殺をきっかけにして2人は出会い、大学新設計画を巡る政府の真の目的を探ることになる。

 物語の大筋は上述の通りで、「総理のお友達」が関与している大学新設計画は、明らかに加計学園の獣医学部新設問題を下敷きにしている。この他にも、文部科学省の一連のスキャンダルや、ジャーナリスト・伊藤詩織氏への暴行事件といった、実際に起きたものを連想させるような事件が多数登場し、その背後には政権が関わっていることが示唆されている。

 物語が始まってから最初に驚いたのは、劇中のテレビ番組に「新聞記者」原案の東京新聞記者・望月衣塑子氏と前川喜平元文部科学事務次官が出演していたことだ。前述したように、劇中に実際に起きたのを想起させる事件が多数登場しているが、それらは実際の事件そのものではない。だが、ここに来て実在の人物に解説役をやらせるのは予想外だった。創作と現実をシャッフルする意図とはなんだろうか? ここで抱いた違和感は終始つきまとうことになるが、それについては後に譲る。

■内調がネット工作の実行主体になりえるか

 ネット上で批判が大きい内調のネット工作描写だが、筆者は政府や政治組織によるネット工作自体はおかしな話ではないと思っている。しかし、内調がその実行主体になりえるかについてはかなり疑わしい。内調は各省庁からの出向者が大半を占める組織で、やがて外部に戻ることが確定しているスタッフにこんな工作をさせるだろうか。そもそも、世論工作について、外部から出向してきた官僚達は素人だ。

 世界各国で明らかになっている世論工作についても、その実行主体は民間企業によるもので、企業が絡むことで工作がバレても真のクライアントは誰かを隠匿することもできる。劇中の討論番組で前川喜平元次官が「内調は何をやっているのか分からない」という趣旨のことを語っている。つまり、内調のネット工作の部分は制作者の完全な想像によるもので、このあたりの描写に想像力の限界が見え隠れしている。

■大学新設は生物兵器のため?

 物語の核心部分である大学新設問題は、結論から言うと、政府が生物兵器開発に転用しうる研究施設として構想していたことが終盤明らかにされる。この点について、昔からある都市伝説レベルのネタを話の根幹に持っていくのはどうなのかという批判を多く見かけた。「新聞記者」劇中では実際の政治事件によく似た事件が登場すると言っても、この根幹の設定だけは加計学園問題のそれに明らかに盛ったものだ。

 ネット上では加計学園絡みの疑惑について、モリカケと揶揄してマスコミのでっち上げのように言う論調が一部に見られるが、筆者は政府が言っている部分だけでも相当ヤバイと認識している。

 例えば、自民党が政権に返り咲いた後、民主党時代に首相官邸への入館パスが乱発されるなど、素性の怪しい人間まで出入りできるようになっていたことを飯島勲内閣官房参与がテレビで明らかにして民主党批判をしていたものだが、加計問題で官邸への出入りが問われると、政府は官邸への入館記録は存在しないと調査を拒んでいる。これが事実なら、入館者の素性を後年に検証することが不能になるレベルまで官邸のセキュリティが落ちたということで、あれほど民主党時代の官邸セキュリティを批判していたのはなんだったのかという話になり、にわかには信じがたい。

■陰謀論は、現実にもけっこうある

 だが、いくらなんでも加計問題をベースにして、生物兵器開発を突っ込んでくるのは無理筋だろう。また、その理由として「テロ、外圧」への対応が文書に明記されていたと記憶している。外圧への対応というと、恫喝をうけた際の抑止力として使うのだろうか。

 生物兵器が抑止力としては不完全なものであることは、北朝鮮が核とその運搬手段である弾道ミサイル・弾道ミサイル潜水艦の開発に行き着いたことからも分かるだろうし、そもそも生物兵器を含む大量破壊兵器の保有疑惑(それも明らかに誤っていたもの)から国がひとつ消滅したのは今世紀の話であり、正気の沙汰ではない。第一、テロに生物兵器でどう対抗できるのかまったく分からない。これは単に「新聞記者」世界の政府が狂っていることを表現したいのか、制作陣が現実味のある設定だと本気で考えたのかは定かではない。

 しかし、加計問題を生物兵器開発に絡める陰謀論は、創作の世界だけではなく、現実にもけっこうあるものだという。ググってみると、「加計の獣医学部設置は生物兵器開発のためだ」と主張しているサイトが出てきたが、その他にも「予防接種は国民に有毒物質を注射するためだ」などと書いてある典型的な陰謀論サイトもあった。

 ここまで頭を抱えるレベルでなくても、著名人の論考では軍学共同研究に批判的な池内了名古屋大学名誉教授が、「加計学園の獣医学部は生物兵器研究に使われるのではないか」と ハフィントンポスト に書いている。これは既に畜産大学とも行われている生物兵器対処研究の一環を批判的に見ているもので、池内名誉教授自身も「マスコミも書いていない仮説」と但し書きをつけている。しかし、「新聞記者」での描かれ方は、明らかにそれよりも踏み込んだものだ。

「劇中で描かれたのは加計学園そのものでなく創作の大学に過ぎないのだから、それを批判するのは間違いだ」という意見も出てくるだろう。だが、「新聞記者」劇中における現実と創作の境目は、恣意的に曖昧・混同されている。

■都合の良い実在・非実在の使い分け

 筆者が呆れたのは、都合の良い実在・非実在の使い分けだ。

「新聞記者」劇中では政権リークを横並びで伝える新聞社や、政権の意を受け記者を攻撃する週刊誌、遺族に殺到する取材陣など、マスメディアの汚い面も描かれているが、登場するメディアはどこかで聞いたことがあるような名前(週刊文春と週刊新潮を合体させたみたいな)をしているがいずれも非実在だ。だが、これ自体に何ら問題はない。映画の話なのだし、非実在のメディアを登場させるのはごく普通だ。創作常連の「毎朝新聞社」を見ればわかるだろう。

 だが、終盤。吉岡たち東都新聞がスクープを報じ、政権側の意を汲むカウンター報道も行われる中、東都新聞に追随して報道するメディアが現れた。東都新聞社内では喜びを持ってそのメディア名が伝えられる。「読売、朝日、毎日」と……。それまで劇中に登場した覚えがないのだが、いきなり実在メディアが出てきてズッコケた。メディアの悪いところは非実在メディアのもので、良いところは実在メディアという、あまりに都合の良い使い分けが行われていたのだ。

■新聞メディアのプロパガンダではないか

 奇しくも7月9日、朝日新聞朝刊でハンセン病患者家族への賠償を命じた熊本地裁判決について、国が控訴する方針であることが一面スクープとして載ったが、その日のうちに控訴断念が発表され、朝日新聞は誤報としてお詫びする事態になったばかりだ。これについて、SNS上では、朝日新聞が官邸にハメられたという趣旨の陰謀説がメディア関係者に見られた。

 朝日新聞が官邸に偽情報を掴まされたのは事実かもしれないが、それを声高に主張することは、政府関係者のリークを鵜呑みにして報道したと喧伝するのと同じであり、調査・検証能力の欠如を宣言するに等しい。

 こういうリーク頼りのメディアも「新聞記者」では描かれているが、いずれも非実在メディアの報道として描かれている。実際はこういう問題があるのに、キレイなとこだけ実在メディアの名をいきなり登場させるのは、新聞メディアのプロパガンダではないか。

■マイネームイズ東都新聞記者

 新聞メディアのプロパガンダという表現を用いたが、この映画の主人公たる吉岡は、新聞記者という職業にあまりにのめり込み過ぎているのもその理由だ。それが窺えるのが、劇中に登場する吉岡のTwitterアカウントだ。

 吉岡が自身のTwitterアカウントに登録してある名前は「東都新聞記者」。これを見た時、最初は「東都新聞記者吉岡」が長すぎて表示が省略されているのかと思ったが、後に登場したブラウザ上の画面にも「東都新聞記者」という名前が表示されているのを見た。筆者の見間違いかと思いTwitterで検索してみると、そこに突っ込んでいるアカウントが複数あり見間違いではないようだし、Twitterの仕様では50文字まで表示可能で省略の線も無さそうだ。

 Twitterアカウントを持つ記者は数あれど、所属組織の名だけを前面に押し出してくる記者アカウントは記憶にない。仮に「週刊文春」の記者個人がTwitterアカウントを公開したとして、名前に「週刊文春記者」としか書いてなかったら、多くの人は「こいつヤベェ」と思うだろう。SNS上のアイデンティティを、自身の属する組織と肩書に委ねる感覚は理解できなかった。この表記が逆に「新聞記者」という題を表しているのかもしれない。

■この新聞にしてこの政府あり

 映画が終わり、劇場から出てきた時、筆者は暗澹たる想いに囚われていた。結局のところ、政府の問題も新聞の問題も「この政府にしてこの新聞あり」に過ぎないのではないのかと。

 今の政府が大きな問題を抱えているのも分かるし、権力とマスコミの関係、そして映画の問題意識は分かる。だが、その結果として出力されたのがこの作品なのかと思うと、正直頭を抱えざるを得ない。

 この映画での役者達の演技は素晴らしい。松坂桃李は揺れ動く内心をよく表現していたし、シム・ウンギョンの嗚咽はちょっと引くくらい鬼気迫っていた。演出やカメラワークも良く、素晴らしい仕事であるのは間違いないのだが、現実と創作を都合よく混ぜ合わせる手法を多用した本作を、筆者は素直に称賛することはできなかった。

 なお、この原稿を書いているちょうど今、CBCテレビ報道部公式Twitterアカウントが、与党候補者に対する暴力・妨害を肯定・揶揄するようなリプライをしたことについて謝罪した。「弊社報道部の意思に基づくものではない」として調査を行うそうだが、CBCテレビと言えば親会社の中部日本放送の筆頭株主は中日新聞で、東都新聞社のモデルと思われる東京新聞の発行元である。「新聞記者」と逆パターンであるが、これも内調によるハッキング工作とでも言うのだろうか? いずれにせよ調査報告を待ちたい。

(石動 竜仁)

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