中華オタク腐女子の深すぎる世界「新撰組BLはOKだけど三国志はダメ」

中華オタク腐女子の深すぎる世界「新撰組BLはOKだけど三国志はダメ」

『中華オタク用語辞典』を出版したはちこさん

 中国で日本のオタク文化は人気がある……ことは、すでに10年以上前から指摘されてきた。いまやオタク世界での日中の融合が進み、アニメの「聖地巡礼」の場で中国人観光客を見ることも、コミケで中国人に出会うことも、逆に中国語がまったくできない日本人が中国人コスプレイヤーのファンになることもまったく珍しくなくなった。

 そんな昨今の風潮を反映して、日本在住の中国人女性「はちこ」氏が今年6月27日に刊行したのが 『中華オタク用語辞典』 である。もとは彼女が2017年からコミケで頒布していた冊子を商業向けに再編集したもので、「萌え豚」「塩対応」「顔面偏差値」「脳内補完」といった、現代中国のオタク言葉やネットスラングが満載の楽しい本だ(これらの単語を実際に中国語でどう言うかは書籍で確認してみてほしい)。

 しかし、私が同書でもっとも注目した単語は「腐女 f? n?(=腐女子)」だった。なぜなら解説パートにこんなことが書いてあったからだ。

 男性同士の恋愛を好む女性、いわゆる今日の「腐女」は最初からその呼び方ではなかった。以下は筆者の個人的体験に基づく。2000年以前から「腐女」という言葉は存在していたが、2000年代前半までは「同人女(t?ng r?n n?)」という言葉が現在の「腐女」と同じ意味で使われ……(以下略) 〔『中華オタク用語辞典』p15、太赤字は筆者〕

 中国オタク用語の専門辞典もほぼ前例がないが、腐女子を明確に自認する中国人女性が日本語の媒体に登場したのも、おそらく初めてだろう。そもそも筆者を含めた一般男性にとって、腐女子やBL(ボーイズラブ)関連の文化はなんとなく概念は知っていても実態がよくわからない存在である。いわんや中国における腐女子ともなれば、まったくお手上げだ。

 そこで今回は、はちこ氏に中国の秘められた腐女子の世界を存分に語ってもらうことにした。

■中国、腐女子の歴史はいつから始まった?

――中国では1990年代から、海賊版などを通じて日本のサブカルチャーが大量に流入しました。Jポップやドラマ、ファミコン、『ドラゴンボール』のような有名マンガの受容が有名ですが、これに対する「裏」の現象としてAV(アダルトビデオ)やエロゲなども相当に広がります。腐女子文化もこうしたなかで普及していったのではないかと思うのですが。

はちこ 1990年代の動きは世代的にわからない部分もありますが、おおむねそうだと思います。中国で1990年代前半にブームだった、CLAMPの『東京BABYLON』『X』『聖伝-RG VEDA-』あたりがはじまりでしょうね。これらの作品はBLっぽい雰囲気を匂わせる程度でしたが、中国の読者がそれを感じはじめたきっかけになったと思います。

――なるほど。

はちこ 結果、1999年ごろからは中国国内で『耽美季節』『阿多尼斯(アドニス)』などのBL雑誌が誕生します。A4サイズで、めちゃくちゃ分厚い雑誌でした(笑)。内容は日本のBL小説やBLマンガの翻訳です。

 いまから考えると、著作権的な面では非常に危ういのですが、ともかくBL文化が中国国内で明確に意識されはじめたのはこの時期からです。当時は『絶愛』『間の楔』『富士見二丁目交響楽団』『炎の蜃気楼』あたりのBL小説が読まれていました。その後、2005年ごろまでは『JUNE』系の耽美的な作品が多く受容されていましたね。

――耽美というと、男子には『パタリロ!』くらいしかイメージが湧かない世界ではありますが……。そういえば中国語でも「耽美 d?n m?i」という単語がありますね。

はちこ はい。BL的な表現は、中国語ではもともと「耽美」と呼ばれていました。ただ、耽美は美意識が高くて世界観の設定もでかい。いっぽうで「BL」は、もっと甘くてフワフワしているイメージです。アニメやマンガを原作にした二次創作を作るうえでは、BL的な表現のほうが作りやすいですね。

 ここからは個人的な経験になりますが、2000年代に中国ではネット掲示板がブームになって、そこに小説を投稿する人が増えはじめます。小説のなかには二次創作も多かったですから、徐々に「耽美」よりも「BL」的な表現が増えていくことになりました。小説の一次創作も生まれはじめます。

■スパイダーマンは「総受け」

――なるほど。ついに2000年代後半からは中国独自の腐女子コンテンツが生まれはじめた。

はちこ そうです。2010年代からは二次創作の題材も拡大して、日本のコンテンツ以外の二次も増えていきます。たとえば欧米系とか。最近は中国系のものも人気です。

――欧米系ってどういうものですか?

はちこ アメコミやドラマを原作にしたものですね。『アベンジャーズ』のキャプテン・アメリカ×アイアンマンとか、スパイダーマンは「総受け」とか。BBCが放送していたドラマの『SHERLOCK/シャーロック』も題材として好まれます。

 あと、中国系だとヒット小説の『盗墓筆記』『全職高手(マスターオブスキル)』もよく題材になります。ほかには人気ドラマの『琅?榜』『七侠五義』『偽装者』も人気ですね。

――すごい。BLの妄想対象に使われるかどうかで、中国で女子ウケする人気コンテンツが見えてきますね。

はちこ そうかもしれません。あと、「生モノ」(実在人物を妄想の対象にするBL)では日本のジャニーズのほか、韓流の東方神起やスーパージュニアなんかも、中国での腐女子人気が高いです。特に東方神起のジェジュン×ユンホのCP(カップリング)は流行りました。

 ほかに中国の男性アイドルグループのTFBOYSも人気です。彼らはもともと重慶で草の根で活動してきたグループで、後から北京育ちのダンスが上手な子が加入したんですが、私が個人的に萌えるのは重慶の初期メン2人のCPなんです。「大きな舞台に立つようになっても昔の思いを忘れない」みたいな情緒を覚えさせるところがありまして……。

■中国の腐女子は三国志では妄想できない?

――そういえば、日本では三国志がよくBLの題材にされますよね。むかし『神聖モテモテ王国』というギャグ漫画で、主人公が「孔明といえど千数百年後の外国でこんな扱いをうけるとはよもや思うまい」とツッコんでいましたが、中国で三国志のBLってどうですか?

はちこ いやあ……、どうですかねえ。個人的には微妙です。中国人は小さいときから時代劇の三国志を見すぎていて、ドラマにはおっさんばかり出てくる。あれで妄想するのはちょっとハードルが高いですよ。

――日本人が『男はつらいよ』とか『暴れん坊将軍』でBLを作れないような感じでしょうか? まあ、実はハイレベルな腐女子が作っていそうな気もしますが、おそらくネタ枠の範囲は出ないでしょうし。

はちこ そうですね。見慣れたおっさんのイメージが邪魔をしすぎてしまいます。

――特にイメージ頼りの部分が大きい小説ではしんどそうですね。じゃあ、同じ歴史でも新撰組はどうですか? 日本の腐女子文化の歴史ジャンルでは三国志とならぶ人気だと思います。

はちこ 三国志と違って新撰組はフツーにいけますね。かなり余裕で。

――新撰組といえども百数十年後の中国人からそんな扱いをうけるとはよもや思うまい。

はちこ やっぱり、自分たちの文化とすこし距離が遠いほうが題材に取りやすいんじゃないでしょうか?

■「BLは『関係性』を描くものだと思う」

――ところで、腐女子がBLのCPを決めるときは、どういう基準があるんですか?

はちこ 個人的な意見ですが、BLは関係性を描くものだと思うんですよ。なにが強いか弱いか、人と人との関係性をBLのフィルターで見ると簡単に理解できる。「あ、この人は攻めだ」みたいな。そのようなフィルターを通して世界を語り、思考する者が腐女子である、と自分は定義したいです。

 ただし、「生モノ」は取扱い注意です。周囲の人を妄想の対象にしない、実在のアイドルを対象にした場合は本人や関係者の目に触れないように注意する、というのが腐女子のマナーなんです。もっとも最近は、マンガや一部の韓流アイドルなんかは腐女子受けを意識した演出をおこなう(賣腐m?i f?)をみずからおこなうようにもなっていますが……。

――力関係ですか。とすると、毛沢東×周恩来のBLも作れそうですね。

はちこ いや、ガチな政治系の生モノは中国ではやっちゃダメですよ。というか、そもそも毛沢東で妄想したくないし……。

――いや、しかしたとえば台湾では『馬皇降臨』という馬英九や陳水扁をパロディにした、ちょっと腐に使えそうな絵柄の政治コメディ漫画があります。その気になれば、たとえば習近平でもBLを作れるのではないか。

はちこ いや、嫌ですよ! ……しかし、仮に本気で考えてみた場合、習近平は「使いにくい」ですね。胡錦濤のほうがずっと使いやすいです。習近平をBLにするなら……。うーん、「総攻め」ならイケなくもないかな。いろんな人と組み合わせるけれど、習近平は常に「攻め」の立場になる。

?

――なるほど。習近平×李克強、習近平×王岐山。確かに力関係が描かれます。

はちこ ……この話題、いろんな意味でしんどすぎるのでやめましょうよ。

■めちゃくちゃ多い「腐女子用語」

――そういえば私(=安田)も、8年ぐらい前に某出版社の中国語辞典の新語や流行語の項目を執筆したことがあるんです。で、その際に当時の中国のオタク用語をネットからかなり多く収集したのですが、腐女子用語がめちゃくちゃ多かったんですよ。

「攻受g?ng sh?u(攻めと受け)」とかその程度ではなく、「弱氣攻ru? q? g?ng(弱気攻め)」とか「腹K受f? h?i sh?u(腹黒受け)」とかいろいろあって。これは何なんだ……、と思いながら作業をしていた記憶があります。腹黒受けって、なにか誘惑してくるような感じですか。

はちこ 誘惑するのは「誘受y?u sh?u(誘い受け)」。腹黒受けは、たとえば『デスノート』のLが受けのパターンだとそうなりますね。受けだけれど策を持ってる系です。

 ちなみに弱気攻めは、ヘタレだけれど攻め。「強攻強受qi?ng gong qi?ng sh?u(強気攻め強気受け)」「強攻弱受 qi?ng gong ru? sh?u(強気攻め弱気受け)」「弱攻強受 ru? gong qi?ng sh?u(弱気攻め強気受け)」……とかいろいろあって、たとえば「強攻強受」は互角の力を持つライバル同士がぶつかり合う感じです。

■「鬼畜攻め」に「ツンデレ受け」

――細かすぎる。文字面を見る限り、日本語からそのまま流入した語彙が多いんですか。

はちこ そうですね。ここらへんの語彙は10年くらい前に定着して、現在でもほとんど変わっていないんです。あとは、ご主人様に忠実に受けに回る「忠犬受zh?ng qu?n sh?u(忠犬受け)」とか、ツンデレ的に受ける「傲嬌受?o ji?o sh?u(ツンデレ受け)」とか、ハードに攻める「鬼畜攻gu? ch? g?ng(鬼畜攻め)」とか。中国語由来の語彙だと、バカっぽく受ける「小白受xi?o b?i sh?u(おバカ受け)」などもあります。

――なんだこの豊穣な文化は。

はちこ なんなんでしょうねえ……。

■中国の表現規制 BLはどう発表される?

――最後の話題になりますが、中国では表現規制が厳しいですよね。中国人腐女子が作った国産のBLは、どういう手段で発表されているんですか?

はちこ ネット小説がいちばん多いですね。最近は以前よりも表現規制が厳しくなり、「非科学的な内容はダメ」「歴史上の偉人を侮辱する表現はダメ」といったいろいろな制限があります。小説サイトの編集者が「この表現は(政策的に)マズい」と作家に伝えてくるので、あとは空気を読んで安全そうなポジションを探して書くしかありません。

――マンガも似たような感じでしょうか?

はちこ やはりWeb連載です。日常系マンガの『19天』なんかは人気ですね。ただ、性的な表現は難しいので、全年齢向けの内容になりがちです。

――おそらく書籍の刊行はしんどいでしょうね。

はちこ そうですね。そもそも最近の中国は出版が難しい時代です。雑誌や書籍を出す際に当局から許可される中国版書籍コードの「刊号k?n h?o」や「書号sh? h?o」自体を、最近はなかなか出してもらえません。あと、実は同人誌も難しい。濡れ場があるような内容は、リスクが大きいので作家がまず出さないと思います。

――そう聞くと、同人誌が自由に出せる日本ってすごいですね。貴重な環境なんだなあ……。じゃあ、現在の中国のBLコンテンツは「濡れ場ナシ」の健全なものばかりなんですか?

はちこ いえ……。ネットに音声をアップするドラマCDでは、わりと踏み込んだ表現が(笑)。高校時代にハマりましたね。大学に入って日本語を勉強してからは、日本語のドラマCDに乗り換えましたが。

――なるほど。たとえ言論が規制されても中国の腐女子はしぶとい……。ありがとうございました。

(安田 峰俊)

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