キノコ雲に“憧れる”米国人は、原爆のリアルを今も知らない

キノコ雲に“憧れる”米国人は、原爆のリアルを今も知らない

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 1945年8月6日、米軍による広島への原子爆弾投下により被爆し、のちに原爆症で亡くなった少女、佐々木禎子さんの物語をハリウッドが映画化する。その主役が白人女優と報じられ、「ホワイトウォッシュ」だとする批判が起きている。他方、アメリカは日本を世界唯一の被爆国とした国でありながら、自国民に原爆と被爆者の実態を伝えてこなかった歴史もある。本稿ではその2点をリポートする。

■原爆を取り上げたハリウッド映画が炎上した理由

 広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルとして知られる佐々木禎子さんを描く映画、『One Thousand Paper Cranes』(千羽鶴)の主役にアメリカの白人女優エヴァン・レイチェル・ウッドが抜擢されたと、アメリカの舞台映画情報の専門誌ヴァラエティが今年5月に伝えた。

 佐々木禎子さんは1945年の広島での被爆時はわずか2歳だった。幸いにも健康に育ったはずが、のちに原爆症と呼ばれていた白血病に倒れ、12歳で亡くなっている。8ヶ月に及んだ入院中、禎子さんは「千羽の鶴を折ると願いが叶う」と信じ、病をおしてひたすらに鶴を折り続けた。

 その甲斐もなく禎子さんは亡くなるが、級友たちの努力により平和記念公園に禎子さんをモデルとした「原爆の子の像」が建てられ、千羽鶴は平和の象徴として国内外に広く知られることとなった。

 禎子さんの物語は多くの作家によって書かれているが、世界的に最もよく知られるのは、カナダ系アメリカ人の児童文学作家エレノア・コア(1922-2010)の『サダコと千羽鶴』(Sadako and the Thousand Paper Cranes)だ。

■「世界中の子供にサダコの物語を伝えたい」

 カナダ生まれのコアはアメリカの大学に進み、やがてアメリカ人外交官と結婚する。夫の赴任に同行して世界各国に暮らし、日本に滞在した時期もあった。

 コアは高校時代に日系人の親友がいたことから日本文化に興味を持っていたと伝えられている。そんなコアは、日本に暮らすうちに禎子さんのことを知り、自身が幼い子を持つ母親でもあったことから「世界中の子供にサダコの物語を伝えたい」と『サダコと千羽鶴』を1977年に上梓している。 ?

 ただし、コアの『サダコと千羽鶴』は事実に基づきながらもあくまでフィクションである。たとえば、禎子さんは亡くなるまでに1,000羽以上の鶴を折っているが、コアの作中では1,000羽を折り切る前に亡くなり、残りは友人たちが引き継いで折ったことになっている。

 映画化に際し、ストーリーにはコアの作品だけでなく、在米の日本人牧師タカユキ・イシイが英語で執筆し、1997年に出版した『千羽鶴』(One Thousand Paper Cranes: The Story of Sadako and the Children's Peace Statue) も取り入れられている。コアの作品が小学生を対象としたフィクションであるのに対し、イシイの作品は中学生対象のノンフィクションであり、コアの作品にはない原爆投下直後の様子が盛り込まれている。

■ハリウッド版の主人公は、禎子さんではない

 ハリウッド版『千羽鶴』の主人公は禎子さんではなく、コアだ。撮影は今年後半に始まると報じられており、映画の詳細はまだ不明だが、コアの視点で禎子さんや広島が描かれるものと思われる。

 コアを演じるエヴァン・レイチェル・ウッドは現在、HBOの人気シリーズ『ウエストワールド』でメイン・キャラクターの一人、ドロレスを演じ、高い評価を得ている女優だ。?

 『千羽鶴』の監督はイギリス人のリチャード・レイモンド。出演者は現在のところ、イギリス人俳優のジム・スタージェス、日本人女優の寺島しのぶのみが発表されており、禎子役は不明。

■「ホワイトウォッシュ」「白人救世主物語」と批判が殺到

 ヴァラエティ誌の報道がなされるや、日本の被爆者の物語をアメリカ白人を主人公に描くのは「ホワイトウォッシュ」だとする批判が日系アメリカ人から出た。ホワイトウォッシュとは、本来は人種民族マイノリティの役を白人が演じることだ。今回は禎子さんを白人が演じるわけではないが、主役の座を白人が奪ったという意味合いだ。

 さらに本作は「白人救世主」映画にもなり得る。白人救世主映画とは、人種差別や貧困など、何らかの苦境にあえぐマイノリティを白人が救う物語を指し、白人が黒人を救うパターンがよくみられる。『アミスタッド』(1997年)、『グラン・トリノ』(2008年)等が例として挙げられることが多く、最近では『グリーンブック』(2018年)も当てはまる。今回は被爆して原爆症に苦しみ、亡くなってしまう日本人の少女を、白人女性が慈悲の眼差しで見つめるものになるのではないかと思われる。

 「ホワイトウォッシュ」と「白人救世主」、どちらもアメリカでは最大人口の白人観衆の心情に訴え、興行収入を上げるための策だ。とはいえ、アメリカも年々マイノリティの人口が増加し、映画の制作側に回るマイノリティも増えている。

 ゆえに近年はオール黒人キャストの『ブラックパンサー』、オール・アジア系キャストの『クレイジー・リッチ!』が大ヒットし、ネットフリックスなどのオリジナル・ドラマにもマイノリティが主役の作品が増えている。そうした流れの最中だけに、『千羽鶴』の件は時代に逆行する現象だと言える。 

■『千羽鶴』が取り上げなかった、被爆者の姿

 ハリウッド版『千羽鶴』には別の憂慮もある。劇中での被爆者の描写だ。コアの作品には被爆者の凄惨な描写はない。児童文学であり、かつ禎子さんが白血病を発症した年、つまり原爆投下から10年後の物語であることが理由だ。

 イシイの作品には「水ぶくれした死体が、死んだ魚のようにあてどなく川に浮かんでいた」「何百もの死体がグロテスクに積み重なっていた」という描写があるが、遺体や被爆者の写真は掲載されておらず、焼け野原となった広島の風景、原爆ドームなどの写真のみが使われている。

 日本人ならおそらく誰もが目にしたことがあるであろう、被爆者の皮膚が焼けただれた、目を覆いたくなる壮絶な写真を、アメリカで見ることはまずない。

 原爆投下50周年にあたる1995年、アメリカのスミソニアン博物館では「原爆展」が予定されていた。広島平和記念資料館から貸し出される被爆者の写真も展示予定だった。ところが第二次世界大戦の退役軍人団体と下院からの強い反対要請があり、展覧会は中止となった。

 退役軍人団体は「展覧会は大戦を始めた日本の役割と、日本軍の残虐行為を軽く扱うものだ」と主張した。また、多くの退役軍人が原爆投下は終戦を早め、米兵の命を救ったとも考えていた。この主張は現在も多くのアメリカ人が支持している。

■“キノコ雲”に憧れるアメリカの映画

 原爆のリアリティを知らされないまま、「原爆はすごい」とだけ教わったアメリカの若者たちはスーパー・ウェポンとしての原爆に憧れ、映画作家となった者たちは映画に多用した。映画ファンの中には「どの映画の核爆発シーンがすごいか」と語る者すらいる。

 以下は核爆発のシーンがあるヒット作品の一部。いずれも人気男優が主役のアクション映画であり、日本でも公開されている。なお、『ウルヴァリン: SAMURAI』は長崎での原爆を取り上げているが、他はアメリカ国内や宇宙での核爆発を描いている。

2013
『ウルヴァリン: SAMURAI』
主演:ヒュー・ジャックマン

2012
『アベンジャーズ』
主演:ロバート・ダウニー・Jr.

2012
『ダークナイト ライジング』
主演:クリスチャン・ベイル

2008
『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
主演:ハリソン・フォード

2002
『トータル・フィアーズ』
主演:ベン・アフレック

1998
『アルマゲドン』
主演:ブルース・ウィリス

1996
『インデペンデンス・デイ』
主演:ウィル・スミス

1991
『ターミネーター2』
主演:アーノルド・シュワルツェネッガー

■お決まりの「原爆描写」に変化が

 昨年、これまでのハリウッド映画とは異なる「原爆描写」の作品が公開された。マーク・ウォールバーグ主演の『マイル22』(監督:ピーター・バーグ)だ。

 劇中に核爆発のシーンはないが、放射性物質セシウム139拡散の危機が訪れる際に日本の原爆被害が引き合いに出される。ウォールバーグ演じるCIA工作員は同僚にセシウム139の威力を伝えるためにPCモニターに日本の被爆者の写真を映し、説明する。

「ピューリッツァー受賞者ジョン・ハーシーの『ヒロシマ』を読んだか?」「被爆者の皮膚は手袋みたいに剥がれ落ちる」「肺はダメになり、呼吸ができず、考えることもできなくなる」「腎臓もやられる」「甲状腺は蒸発する」「リンパ球は急減する」と畳み掛けるように語る。「セシウム139は広島と長崎の原爆を合わせた威力だ」と続け、モニターには原爆ドームとキノコ雲が映る。

 物語の進行上、上記のシーンはやや唐突にも感じるが、とにもかくにもハリウッド映画が現実の被爆者の描写を取り入れたことは一考に値する。

 なお、ウォールバーグのセリフにある『ヒロシマ』とは、ジャーナリストのジョン・ハーシーが1946年にニューヨーカー誌に寄稿した長文の記事を指す。広島に出向き、複数の被爆者を追ったこの記事は当時、非常に広く読まれ、現在はネット上で 無料公開 されている。

 この映画も含め、アメリカの対原爆感情はごく僅かではあるが、変化の兆しを見せつつあるように思える。

■動き始めた米国世論

 2016年、オバマ大統領が現役米国大統領として初めて広島を訪れ、被爆者の男性を抱擁した。米国の戦史観を考えると、これは画期的なことだった。

 今年5月には、アメリカに留学中だった日本人高校生、古賀野々華さんの「キノコ雲」についてのメッセージ・ビデオが大きな話題となった。野々華さんが留学した高校は核産業によって栄えたワシントン州リッチランドにあり、同市は長崎に投下された原爆の原料プルトニウムを生産したことで知られる。リッチランドの住人はそれを誇り、高校のロゴマークも「R」とキノコ雲を組み合わせたデザインだ。

 野々華さんは留学を終えて帰国が迫った5月末に、キノコ雲のロゴマークについて語るビデオを作った。その中で、自分は福岡出身であること、原爆投下予定地は長崎ではなく福岡だったが、当日は曇り空であったために長崎に変更されたこと、もし福岡が晴れていれば自分の祖父母は原爆によって亡くなり、自分は今、ここにはいなかっただろうと英語で語った。

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 ビデオはあちこちのメディア・サイトに転載され、多くの若者に閲覧された。サイトに書き込まれたコメントは「ロゴを変えるべき」「原爆は終戦を早めた」「日本軍はアジアでひどいことをした」など様々だった。どの意見もそれぞれ一聴に値するとは言え、やはり原爆の被害の甚大さが正確に伝えられていないことが問題だと言える。

 こと核兵器の使用については互いが過去の行状を非難し合うのではなく、今後、世界のどこであろうと二度とあってはならないと誰もが強く認識し、そのためには広島と長崎の被爆者の実態を世界中に伝えるべきだ。ハリウッド映画はその格好のツールになり得る。よってハリウッド版『千羽鶴』の主人公が誰であれ、劇中に被爆者の壮絶な苦しみの、事実に基づいた描写が挿入されることを強く希望する。

(堂本 かおる)

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