泥沼の日韓報復合戦 「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄」でも日本に実害はない!

泥沼の日韓報復合戦 「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄」でも日本に実害はない!

文在寅大統領は日本を激しく批判 ©共同通信社

 昨年10月末に韓国大法院(最高裁)が下した「徴用工判決」に端を発する“日韓闘争”が激しさを増している。

 徴用工判決への事実上の報復措置として日本政府が打ち出した「半導体原料規制」と「韓国のホワイト国外し」に、文在寅政権は怒り心頭だ。韓国世論ではさらなる日本への対抗措置論が浮上しているが、その1つが現在、日韓両国で締結されている「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」の破棄である。

■8月24日に更新期限を迎えるGSOMIA

 GSOMIAとは、2016年に締結された日韓の防衛秘密の交換を円滑にするための枠組み。1年ごとに更新されるが、今年の更新期限は8月24日だ。日韓のいずれかが期限までに破棄を申告すれば、GSOMIAは終了(失効)する。

 日本が韓国をホワイト国から除外したことを受け、韓国大統領府の金鉉宗・国家安保室第2次長は、次のように述べ、GSOMIAの破棄を示唆した。

「我々に対する信頼が欠如し、安保上の問題を提起する国と敏感な軍事情報の共有を持続するのが正しいのかも含め、今後総合的な対応措置を取る」

 では、実際に韓国がGSOMIAを破棄した場合、どのような影響があるのだろうか。防衛駐在官として韓国に赴任した経験を踏まえて分析してみたいと思う。

 まず、GSOMIAの破棄は、日本と韓国との間の防衛秘密の交換だけを考えるならば、相互にあまり実害はないと思われる。防衛秘密情報の世界においては、現在、米軍が圧倒的に優位にあり、日本も韓国も「貰う側」だからだ。それゆえ、日本が韓国から情報を貰わなくてもそれほど困ることはないだろう。

■陸海空自衛隊相互でさえも重要情報は隠したがる

 筆者の駐韓国防衛駐在官時代(1990〜93年)にGSOMIAは無かったものの、陸・海・空幕僚監部及び統合幕僚監部と、韓国軍のカウンターパートの情報参謀は、年に1度、相互に両国を訪問して会議を実施していた。その席では、当然北朝鮮情報などについての意見交換があったが、「アッ」と驚くような重要情報を与えることは無かったと記憶している。

 このような場で、先に重要情報を開示してきた場合は、「下心」があると見るべきだ。「重要情報」によって相手国を「情報操作」しようとしているか、同じレベルの「重要情報」を相手から引き出そうとする意図がある。そもそも、情報とは隠したがるものである。陸海空自衛隊相互でさえも重要情報は隠したがる。もとより、防衛省、警察庁、外務省も相互に情報は隠したがる。情報とはそのようなものである。

■レーダー照射問題が起きた時点で信頼関係は壊れていた

 では、日韓間にGSOMIAが締結され「情報交換できる間柄」であることは何を表すのか。それは、相互信頼関係(準同盟関係)の証である。現在、日本は、韓国の他に米国、オーストラリア、北大西洋条約機構(NATO)などとGSOMIAと同種の協定を結んでいる。

 日韓間のGSOMIAが「情報交換できる間柄」を意味することから考えると、昨年12月に韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射問題が起こった時から、両者の関係はこじれていた。今回の「半導体原料規制」「ホワイト国外し」以前に日韓両国間の安全保障面における信頼関係は既に大きくダメージを受けており、GSOMIAはかろうじて残っていた最後の絆だった。

 だが、GSOMIAの破棄で日韓がそこまで大きな「実害」を受けない一方で、大きな実害を被る国がある。それは言うまでもない、米国だ。

 米国は、GSOMIAは軍事情報面における同盟国のネットワークの重要要素と認識しているはずだ。米中覇権争いを展開する北東アジア地域の中で、日韓間のGSOMIAが破棄されることは、米国にとっては極めて「痛手」になる。中国に付け入る隙を与えるからだ。

 米国高官による「日韓間のGSOMIAの関係が壊れれば、米国の利益も危険な状態にされる」との嘆きは真理を突いている。日韓間のGSOMIA破棄は、すなわち「米韓同盟の弱体化」を意味する。中国、北朝鮮、ロシアは、この事態を見て「しめしめ」とほくそ笑んでいるにちがいない。

■仲介に乗り出し始めた米国の思惑とは?

 それを踏まえれば、米国が日韓調停に乗り込むことはきわめて自然な流れである。報道によれば、ポンペオ米国務長官は、7月30日、日韓対立解消の仲介に乗り出す考えを示した。ポンペオ長官は「両国にとって落としどころが見つかるよう手助けができれば、それは米国にとっても明確に重要なことだ」と述べた。

 ここで、米国が日韓仲介の労を取るモチベーションを考えてみたい。

 分割統治戦略と訳される「ディヴァイド・アンド・ルール戦略」によれば、日韓があまりに友好を深めすぎることは、米国にとって得策ではない。この戦略は、統治者が被統治者間の人種、宗教、イデオロギー、地理的・経済的利害などに基づく対立・抗争を助長して、連帯性や友好性を分断・弱化し、自己の支配に有利な条件や環境を作ろうとするものである。

■日韓の話し合いが長引くことを米国は望んでいる?

 日韓関係が悪化すれば、韓国が中国サイドに飲み込まれる恐れがある。米国が、ここで両国の仲介に乗り出せば、両国に大きな“貸し”を作るとともに、韓国を自陣営に繋ぎ止めることができる。しかし、現在の状況に鑑みる限り、日韓両国が短期間に妥協できる可能性は少ない。

 これは私見だが、米国は自己の仲介の下に日韓が延々と話し合いを続けてくれればそれで良いと思っている可能性がある。そうすれば、米国は日韓両国に対して影響力を維持するとともに、中国に付け入る隙を与えないで済むからだ。

 そのシナリオを示唆するようなポンペオ米国務長官の発言がある。

「両国とも米国の大事なパートナーだ。日韓両国が話し合って問題解決に向け努力してほしい」

 両者に貸しを作っておきたい米国の本音を考えると、これから本腰を入れて仲介するかどうかは不透明だ。日韓対立の終わりは一向に見えてこない。

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 筆者の福山隆氏も参加した 「文藝春秋」4月号 の座談会、「『日韓断交』完全シミュレーション」では、元韓国大使の寺田輝介氏、韓国富士ゼロックス元会長の高杉暢也氏、同志社大学教授の浅羽祐樹氏、産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が登場し、現実的な「日韓のあり方」を詳細に検討している。

(福山 隆/文藝春秋 2019年4月号)

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