うつ病の人はド派手な色を選ぶ?――「真っ赤なリュック」と「グリーンの車」を買った理由――2019上半期BEST5

うつ病の人はド派手な色を選ぶ?――「真っ赤なリュック」と「グリーンの車」を買った理由――2019上半期BEST5

うつの漫画家の小説を構想中の貴志祐介さん(左)と『うつヌケ』の著者・田中圭一さん

2019年上半期(1月〜6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。医療部門の第5位は、こちら!(初公開日 2019年5月6日)。

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 春は、進学、就職、転勤、転職など何かと環境が変わりやすい季節。忙しい毎日で体調を崩しやすいのもはもちろん、五月病という言葉もあるように、心に変調をきたしやすい時期でもあります。現在うつの漫画家を主人公にした新作を構想中の貴志祐介さんが、『うつヌケ』の著者、田中圭一さんに、うつ病の体験、その抜け出し方、うつとの付き合い方について聞いてみました。【『うつヌケ』対談全2回/ #2に続く 】

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■サラリーマンがうつ病になるとき

貴志 はじめまして。簡単に自己紹介をしますと、私の作風をご存じかどうかわかりませんが、とにかく人がたくさん死ぬので、PTAは推薦しないタイプの作品です。

田中 私もPTAには好かれないんです(笑)。

貴志 そんなことないんじゃないですか?

田中 『うつヌケ』はたまたま公序良俗に反していないだけで、他の漫画をご覧になったらきっと納得いただけると思います。

貴志 いま構想しているのが、うつ病の女性漫画家を主人公にした話で、ある種のサスペンスなんです。この主人公に対して悪意を持って、うつ病を悪化させるような人物がいるわけです。それでいざ資料を読み始めても、なかなか実態がわかりにくい。そのときに『うつヌケ』を拝読して、うつ病になる条件や病気からの抜け出し方など、実体験を踏まえて丁寧に描かれた漫画だと思いました。

田中 僕がうつ病になったのはサラリーマンをしていたときで、2004年〜05年くらいだったと思います。

貴志 サラリーマンと同時に漫画家としても活動されていましたよね。

田中 月〜金はサラリーマンをやって、土日に漫画を描いていました。365日働きづめだったんです。

貴志 働きすぎが原因でうつを患ったのでしょうか?

田中 いや、むしろ僕は仕事が好きでした。ただ、仕事で無理するうちに自分のことを嫌いになってしまったんです。それがうつの原因じゃないかと。

貴志 というと?

田中 順を追って説明しますね。玩具メーカーやゲーム会社で営業マンをしたあと、2001年に「ゲーム開発ツール」を作るベンチャー企業に、営業部長として招かれ転職しました。慣れない仕事でしたが、生来の生真面目さを発揮してがんばったため大きな成果が出てしまいました。

貴志 それはいいことのような気が……。

田中 逆にそれが僕を追い詰めていたんです。周りは「田中さんは出来る人だ」という目で見てきますが、たまたまうまく行っただけでそれ以降は全然成果がでない。そうすると、今度は周りから僕が手を抜いているんじゃないかと思われることになって……。自分では元々向いてない仕事だなあと思っていたんですが、「期待されているならがんばらなきゃ」と無理をしてしまったんです。

■本が読めない、映画が入ってこない……

貴志 うつの症状はどんなものがあるのでしょう。

田中 私の場合は、まず全然活字が頭に入ってこなくなったんです。

貴志 私の感覚だと、活字を読むというのは一番心が落ち着きます。むしろ映像などの方がノイズが多くて疲労感を感じたりしそうですが……。

田中 ちょっと説明が難しいんですが、100メートルを全力疾走してぜぇぜぇ肩で息をしているときにポンと本を渡されたら、たぶん多くの人がまったく頭に入らないと思うんですね。その状態が一日中続く感じです。当時の会社では、別会社を作ったら僕を社長に据えようという計画がありました。それで経理の勉強もするようにと何冊も本を渡されてしまって。「経営的視点を身に付けろ」ということなんでしょうけど、それが全然頭に入ってこない。せめて通勤電車の中で見開き2ページだけは読もうと思っても、進まないんですね。何て俺はダメな奴なんだと自己嫌悪になってさらに気分が落ち込むんです。

貴志 会社員時代は、朝刊が読めなくなったら精神的に危ないかもしれないぞ、ということが言われていました。世間に興味がなくなるのが危険信号かなと解釈しているのですが、そのあたりはどうですか?

田中 まさにそんな感じです。活字が頭に入らないとはいってもネットは見ていましたから。当時ミクシィが流行っていて、ずっと貼りついて見ていました。心療内科に通ってからは、病院や抗うつ剤の評判を2ちゃんねるで見ていました。活字が読めないといっても、全部が読めないわけでなく、興味の間口が極端に狭くなる感じです。

貴志 活字以外の漫画や映画はどうでしたか?

田中 よっぽど自分が好きなもの以外は見られなかったですね。ちょっとでも面白くないと思ったら、全然頭が受け付けないんです。エンドロールが流れたときにストーリーを覚えていないくらい(笑)。

■真っ赤なリュックを買った理由とは?

貴志 色彩が感じられなくなっていく、ということを本で読んだことがあります。

田中 実際に色があせて見えるわけではありませんが、「空が青いな」とか「夕焼けのオレンジ色がきれいだな」とか、色彩で呼び起こされる感情の力が弱くなるんですね。だからだと思うんですが、当時はド派手な色のものばかり買っていました。

貴志 田中さんが実際に買ったものは何ですか。

田中 大きな買い物ですと、メタリックグリーンの日本車、マツダのデミオです。

貴志 なぜその色を選んだんですか?

田中 本来ですと白とかシルバーなシックの色の車が好みですが、そうするとショッピングモールの広い駐車場で見つけるのが大変じゃないですか。でもメタリックグリーンなら一発で駐車した場所がわかる。

貴志 車を探すエネルギーも使いたくないくらい、心が弱っていたんでしょうね。

田中 そうなんです。あとは真っ赤なリュックも買いましたね。うつの症状の一つで注意力が落ちるので、よく電車の網棚に忘れ物をしていた。電話で問い合わせるときに、「灰色に黄色いラインが……」などと言うのが面倒くさいので、色を即答できるように真っ赤にしました。

貴志 味覚の方はどうでしょう。塩辛いものを好んだり激辛のものを食べたりとかはなかったですか?

田中 僕の場合はなかったですけど、取材した人の中にはタバスコを山ほどかけないと食べた気がしない、という方はいました。

貴志 色にしても味にしても、微妙な差異を捉えられなくなるのかもしれませんね。

田中 外の世界に対しての感度が極端に低くなるんです。

■医者を替え続ける――“ドクターショッピング”の泥沼

貴志 治療はどのようなものでしたか。

田中 心療内科で薬を処方してもらうのですが、心が弱っているので、医者への不信感とか疑心暗鬼が強かったです。僕の場合ですと、「この医者は依存性の高い薬を飲ませて、自分をずっと通院させてお金を取り続けるつもりだ」とか思ってしまって。それで違う心療内科に行くんですが、そこでも同じことを繰り返し、次々お医者さんを替えていく。その過程でネットの口コミを見るわけですが、これがまたよくない。治療がうまくいった人が2ちゃんねるに書き込むわけがなくて、悪口ばかりを目にします。それでまた不安になって医者を替えるという、ドクターショッピングの泥沼にハマってしまいました。

貴志 医者に不信感を抱いた理由は、薬の処方以外にもあったのでしょうか。

田中 最初の医者に「あなたのうつ病は一生ものですよ。一生付き合って行きなさい」と言われたのがショックで。しかもその先生、診療中にタバコ吸うんですよ。それで信用ならん、と。

貴志 替えた先生はどうでした?

田中 その先生は1人目のお医者さんとは違う薬を処方してくれたんですが、これまたネットで薬の評判を調べたら、効果が現れて減薬するときにシャンビリなる現象があるらしいことがわかったんです。つまり耳の中でシャンシャン音がなって、身体が敏感になっているから、何に触っても感電したようにビリビリする、と。気持ちが落ちていたので、そんな薬飲んだら大変なことになる、と不信感をおぼえてまた医者を変えました。

貴志 『うつヌケ』の中でも、お医者さんとの信頼関係について描かれていたところがありました。

田中 それで3人目のお医者さんがようやく「田中さんの望む治療で行きましょう」と言ってくださったので、安心することができたんです。

■最終的にどうやってうつのトンネルを抜けた?

貴志 その先生はどんな治療を?

田中 基本的には薬物療法で、処方された薬は、うつ病の初歩の治療薬です。でもそれは、一番最初の先生が出したのと同じ薬だったんです。

貴志 つまり、最初のお医者さんと同じ治療方針だったわけですね。なぜ受け入れられたんでしょう。

田中 最初の先生の処方では、薬の量をだんだん増やして、最終的には1日9錠飲むことになっていました。それで僕はこのままでは薬に依存してしまうと不信感を募らせたわけですが、3人目の先生は「田中さんの頑張れる分量で行きましょう」と言ってくれた。僕が2人医師を変えているので、たとえ正しい分量でも、無理矢理押しつけたら逃げてしまうだろうと予想したんでしょう。おかげで安心することができました。

貴志 最終的にうつのトンネルを抜けたのは……。

田中 『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』という本に出会ったことが大きな助けになりました。アファメーション(肯定的自己暗示)というのですが、やり方は簡単で、僕の場合は朝起きたときに「僕は自分が好き」「自分はイケてる」と唱えるだけ。

貴志 それだけでいいんですか?

田中 貴志さんもご経験があると思いますが、サラリーマンはノルマがあるでしょう?

貴志 ありましたね。私は保険会社に務めていましたがノルマが厳しかったです。年間のノルマで「年責」という言葉があるのですが、パッと見「年貢」に見えるんです(笑)。これが達成できるのとできないのでは天と地ほどの差があって、営業担当にはすごいプレシャーだったようです。

田中 営業マン時代、月末に「今日3000万円売上ないと目標未達だ」と思って目覚めた日は、一日中気分が重かった。目覚めのときの気分が一日を支配することを経験的に知っていました。ならば逆のことをすれば一日を気持ち良く過ごせるはずだ、という理屈がすんなり理解できた。始めて3週間で気分が上向いてきました。

貴志 それはかなり短期間ですね。

田中 最終的にはその会社で肩たたきに合うのですが、アファメーションの効果もあり「よし、自分に合った仕事を探そう」と前向きな気持ちで退社できました。ただアファメーションは暗示の一種なので、万人に通用するわけではありません。自分で効果がある、と思うから効くという側面もあるんです。

写真=山元茂樹/文藝春秋

【 # 2】うつヌケ経験から分かった「なぜ5月は気分が落ち込んでしまうのか?」 へ続く

たなか・けいいち/1962年大阪府生まれ。近畿大学法学部卒業。大学在学中の1983年小池一夫劇画村塾(神戸村塾)に第1期生として入学。翌84年、『ミスターカワード』で漫画家デビュー。86年開始の『ドクター秩父山』がアニメ化されるなどの人気を得る。大学卒業後は玩具メーカーに就職。主にパロディを題材とした同人誌も創作。最新刊は『若ゲのいたり ゲームクリエイターの青春』。

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きし・ゆうすけ/1959年大阪府生まれ。京都大学卒業。96年『十三番目の人格 ISOLA』でデビュー。翌年『黒い家』で日本ホラー小説大賞を受賞、100万部を超えるベストセラーとなる。2005年『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞、08年『新世界より』で日本SF大賞、10年『悪の教典』で山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『ダークゾーン』『雀蜂』『ミステリークロック』など。

(貴志 祐介,田中 圭一)

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