「東住吉冤罪事件」内縁夫の無罪を勝ち取った女性弁護士の怒り――青木惠子さん55歳の世にも数奇な物語

「東住吉冤罪事件」内縁夫の無罪を勝ち取った女性弁護士の怒り――青木惠子さん55歳の世にも数奇な物語

16年8月、無罪判決後、支援者を前に頭を下げる。

晴れた冤罪。だが内縁夫の性的虐待はなかったことになった ――青木惠子さん55歳の世にも数奇な物語 から続く

「東住吉冤罪事件」の背景にあるめぐみさん(当時11)への性的虐待。「女性の権利を守る発信基地」をうたう弁護士事務所の乗井弥生弁護士は、なぜ虐待を働いていたBさんの弁護を引き受けたのか。その理由を尋ねると、警察への怒りを語った。(全2回の2回目/ #1 より続く)

◆ ◆ ◆

 捜査の最初のボタンの掛け違えは、火事の原因がわからないことだったのだろうと、乗井弁護士は推測する。そこに保険金の請求があった。母親の青木さんが受取人。でも青木さんは状況から火をつけられない。だから2人が共謀し、Bさんが火をつけたんだろう、となる。だが保険金と言っても以前から入っていた学資保険だった。火事でいろんなものを失くしてお金もない人が、保険金を請求しても何もおかしくはないと、乗井弁護士は指摘する。

「警察は2人の共謀による犯行というストーリーを無理矢理作ったとしか思えません。調書では、火を付けた後どうするか、弁解をどうするか、ろくに考えずに犯行を決めたとなっている。共謀と言うけど、中身がないんです。彼らを犯人と決めつけるための無理なストーリーですね。それが安っぽい小説みたいと感じたんです。そして証拠は自白しかない。この時点で無実かどうかまでわかりませんが、慎重に扱わなければならない事件だということはわかりました」

■Bさんの印象は?

 ここまでで、乗井弁護士が主に青木さんについて話していることがおわかりになると思う。Bさんの主任だったのに。3年前、無罪判決からまもない時期に乗井弁護士に会い、私がBさんのことを念頭に「実際に会って人柄などから感じるものがありましたか?」と尋ねた際も、「青木さんに会えばわかりますが、そういうことをする人ではないですよ」と、Bさんではなく青木さんの人柄の話をした。

 ではBさんにはどんな印象を持ったのだろう。拘置所で初めて対面した際の印象を尋ねると、しばらく考えて、口を開いた。

「あまり積極的な印象はないですね。大人しい感じに見受けられました。私が用事があってすぐに拘置所に行けなくても、そのことを非難しない。Bさんから責められたことが1度もないんですよ。物事にまじめに取り組む人。えらいなあと思います。刑務所にいて光が見えない中でも、自分を律して闘ってきました」

 Bさんがめぐみさんに性的虐待をしていたことは、記録を読めばわかる。その事実を知ってどう感じたのか?

「性的なことは、女性ですから、青木さんの心情に近いです。子どもに対する性的虐待は許せないし、簡単に許すべきではない。本人に『そういうこと(性的虐待)はあったんですか?』と聞いても否定はしないから、事実あったんでしょう。(放火殺人の)事件に直接関係ないから問い詰めたことはありませんが、責められても仕方がない。でも放火殺人とは別です。無実の人は無罪であるべきです」

■2つに分かれた支援者と弁護団

 乗井弁護士はそう語ったが、ことは複雑だった。そもそも、青木さんとBさんは同じ事件で同じ罪に問われたが、弁護団は別々に分かれていた。これについて乗井さんはこう語った。

「こちら(Bさん)の自白で相手(青木さん)を巻き込んだ形になっていますからね。でも弁護団同士の関係は悪くなかったですよ。特に再審になってからパワーアップしました。再審請求の準備段階から合同で会議をしていました。国家権力を相手にしているわけですからね。仲間うちでゴタゴタしていられませんよ」

 しかし支援者はそうはいかなかった。支援団体は「『東住吉冤罪事件』を支援する会」という名で一本化されていた。しかしその中で青木さんを支援する人々、Bさんを支援する人々がそれぞれいて、双方の溝は深かった。これはやはり性的虐待の問題が背景にある。

 Bさんを支援する人たちは、Bさんの母親が熱心に無実を訴える活動をしてきたことに共感している人が多い。Bさんの性的虐待については「昔のことをいつまでも言いつのるべきではない」という人や、「そんなことはなかった」と事実を認めようとしない人もいる。そして、青木さんが「自分は性的虐待の事実を利用して自白させられた」と言うことに批判的な態度を取る。

 一方、青木さんを支援する人たちの中には、Bさんについて「あんなことをした男は支援できない」と語る人もいる。同じ冤罪事件を闘ってきたのに、互いに反目し合う関係にあるという事態になっていた。

■女性を守る弁護士がなぜ?

 乗井弁護士は、警察が性的虐待の事実を使って自白を迫るという手法を使ったことに怒りを隠さない。

「Bさんが(火事の1カ月後の)8月に警察に呼ばれた時に、その話(性的虐待)が出ています。そこで動揺しますよね。人から責められても仕方のないことがあったんだから。それが、捜査官に逆らえない関係を作った。これを公表するぞと脅されたとBさんは話しています。性的虐待は不問にするから放火殺人を認めろ、ということですね。警察のやり方に怒りを感じます」

 弁護士になって24年。そのうち実に20年間を、この事件に関わってきた。1審で無期懲役の判決が出ると、それまで主任だった先輩がこの事件から降りた。2審からは乗井さんが主任弁護士となり、ベテランの刑事弁護士の力を借りながら裁判を闘い抜いた。乗井さんの弁護士人生で、東住吉事件はどういう意味を持っているのだろう?

■性差別をなくしたい

「そんな重たい質問されてもねえ……(しばし無言)ちょっと答えられない。

 後から考えると『こうしたらよかった』『ああしたらよかった』ということもあるんですよ。1審2審最高裁と一所懸命やって、結果として無罪になったけれど、力不足のところはあります」

 鹿児島県出身。中学3年生の時に家族と大阪に移り住んだ。大阪市立大学法学部在学中に学生結婚し、2人の子どもが生まれた。その頃から司法試験の勉強を始め、下の子が小学校に入学した年に合格した。

「私は男女雇用機会均等法以前の世代です。当時、4年制大学の女子の就職先は限られていました。私はどこか冒険的なところがあって、先に子どもを産んでから働くのでもいいんじゃないかと思っていました。でも子持ちで就職先を探そうとしても限られている。その点、資格試験は強いんです。それが司法試験だった。

 もともと怒りがあったんです。男性は仕事と家庭、どっちをとるなんてことはない。私の母はフルタイムで働いていましたけど、家事もしていました。何でなんだろうというもやもやがありました。そのうち、私の悩みは社会共通の悩みなんだと気づいたんです。

 だから弁護士になった時から、女性のための仕事をやりたい、性差別をなくしたいという思いがありました。女性だけ、結婚したとたんに査定で昇給に差をつけられるなんてことがありましたからね。それで女性の権利を守るための事務所を立ち上げました」

■過去はどうあれ、無実の人が罰を受ける理由はない

 あらためて私は「女性を守るための法律事務所の弁護士が、結果的に、性的虐待をしていた男性を放火殺人で無罪にするために闘うことになったという、ある意味皮肉な巡り合わせを、どのように受け止めていますか?」と尋ねた。

 乗井弁護士はきっぱりと答えた。

「弁護士の仕事はそんなに単純なものじゃありませんよ。性暴力、性犯罪は、簡単に謝罪を受け入れるのは違和感がある。特に子どもへの性虐待は人生に与える影響が大きい。だから、それを使った捜査官への怒りがある。人間はいろんな間違いを犯します。その人にどう寄り添うか。Bさんが過去にそういうことがあっても、無実の人が罰を受ける理由はありません。弁護士として力を尽くしました」

■Bさんの今

 Bさんは今、53歳。青木さんの2つ年下だ。SNSなどによると、無罪になったあと、大阪府内で暮らしながら、大阪芸術大学の通信教育部で学んでいる。時々、冤罪救済の団体の活動に参加しているが、青木さんのようには積極的に活動していない。青木さんが参加した「冤罪犠牲者の会」や「再審法改正をめざす市民の会」にも加わっていない。乗井弁護士は次のように話す。

「Bさんが無罪になったあと、『静かにした方がいいんじゃないですか?』と私の希望を伝えました。それはやはり、性的虐待のことがあるからです。いつまでも責めるべきではありませんが、やはり人前に出るべきではないでしょう」

 青木さんは国家賠償訴訟を起こしているが、Bさんは起こしていない。

「それも同じです。弁護士が関わるのはここまで。そのあと本人がどうするかは本人が決めることです。私が会う理由もありません。風の便りで元気にしているとは聞いています。よかったと思います。ずっと気になっていました。長年かかわった人間の感情です」

■この世にいない人

 今年7月22日。火事で亡くなっためぐちゃんの24回目の命日だ。青木さんは毎年、この日が近づくと体調がおかしくなる。鉛が体に入っているかのように重くなる。食欲もなくなり、ほとんど食べられなくなり、体重が減っていく。今年は特にきつかったという。この日はめぐちゃんの仏壇に供えるため、久しぶりにご飯を炊いた。

 この日、奈良県内にあるめぐちゃんのお墓へお参りした。息子夫婦も同行した。めぐちゃんが大好きだったひまわりの花を墓前に供える。

 青木さんは言う。

「(Bさんと)一緒に住まなければよかった。前の人と一緒だったら、めぐちゃんが傷つくことはなかったのに。後悔は消えないわ。自分の子をこんなに不幸にした。家って安らぎの場所なのに、そこで何があったかと思ったらぞっとする。あの頃、めぐちゃんが反抗的になった。『これで気づいてほしい』っていう気持ちだったんだろうな」

「あの男のことを憎めば憎むほど、自分が苦しくなる。自分に返ってくる。知り合ってしまった自分が悪い。一緒に住んだ自分が悪い。……だから考えない。あの男はこの世にいない人、そう思うの」

 めぐちゃんはもう本当にこの世にはいない。幸せになることもできない。青木さんの苦しみは晴れる時がない。

(相澤 冬樹/週刊文春WOMAN 2019夏号)

関連記事(外部サイト)