ベビーカーのママに「気を付けろ!!」 子育てのしにくい日本社会に見る、クレームの構造

ベビーカーのママに「気を付けろ!!」 子育てのしにくい日本社会に見る、クレームの構造

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 拙宅山本家、4人目の子となる長女が生まれて3か月が経過しました。

 男の子であれ女の子であれ、赤ちゃんはかわいいですね。

■ベビーカーが高齢男性の歩行ステッキにぶつかって

 ベビーカーに乗せてお出かけしても良い時期になったので、夫婦と子ども4人であちこち赴くようになるわけですが、先日電車に乗ろうとしたところ、家内が押していたベビーカーがホームで高齢男性の杖というか歩行ステッキのようなものにぶつかってしまいました。

 なぜかポーンと跳ねて、ホームを転がるステッキ。高齢男性が背負っているリュックを見るに、脚が悪くて杖をついているのではなく、山かどこかのハイキングからの帰りのようで、ステッキがなくても普通に歩いています。そのときは、良かった、脚の悪い人ではなかった、という気持ちだけが見ていた私の心をよぎりました。しかし、その一瞬後。

 私は長男と三男の手を引いて、家内とベビーカーとは少し離れたところを歩いていたので、高齢男性はアロハシャツを着た父親である私の存在に気づいていなかったようで、張るような大声でこう言いました。

「気を付けろ!!」

■女性に対してのみ強く出るジジイ

 なんだよ、ジジイ。すんげえ元気じゃねえか。これはもう、私の出番ですよね。私、出ていくタイミングですよね。山本家の威厳のために、また、日ごろ追求している正義の実現のために立ち上がるべき刻が来たのです。退屈な日常生活に張りを与えてくれてありがとう日本社会。近づいていって、こう申し上げました。

「うちの家内に何か御用ですか」

 そばに父親がいるとは知らず、思わぬ方向から声をかけられ、消沈する高齢男性。消え入るような声で、「あっ、いや、大丈夫です……」といって、リュック背負ったままかがんでステッキ拾ってそそくさと階段の方向へ歩いていきました。見送る山本家。

■ギスギスした日本と、赤ちゃん連れがヒーローな海外

 最近、そういう育児に冷たい日本、というコラムが増えてきました。例えば、研究者の中川まろみさんはオーストラリアやアメリカなどの子育て事情と日本を比較して、どうにもやりづらい子育ての環境について論じています。

子育てがつらい国、日本。皆を苦しめるその「空気」の正体
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66404

 また、経営コンサルタントの本荘修二さんは母親の立場がいまなお顧みられず、ある種の安い労働力として家事を任されている現状を憂えておられます。わかるわー。

日本の産後は異常事態 ママたちを苦しめる「暗黙の了解」
https://forbesjapan.com/articles/detail/29102

 しまいには、「泣いてもいいんだよステッカー」なるものまで出てきてしまいました。赤ちゃんなんて、泣いて、育つのが仕事のようなもので、そこで「泣いてもいいんだよ」っていちいち宣言しなければならないなんて残念な気もするんですけど、そのぐらい周囲が子育てママに支援する気持ちを表明してあげないといけない世の中になったのだ、と思うと「そこまで来てしまったか」という気持ちはあります。

赤ちゃん「泣いてもいいよ」ステッカー広がる 親のマナーに苦言も
https://www.sankei.com/premium/news/190811/prm1908110011-n1.html

 夏休みは、仕事や納税の都合もあり、アレルギーを持つ三男や生まれたての長女の移動に問題なさそうな場所を選んで家族旅行を組み込んだりしていたのですが、海外にちょっと行くと赤ちゃん連れはヒーローなわけですよ。

 いかついイミグレの親父が私を睨みつけた後で赤ちゃんがいることを知ると「おお、赤ちゃん。ようこそアメリカへ」とかさっきまでのコワモテのひげ面はどこに消えたんだと思うようなかわいい笑顔を長女に向け、飲食店に行くとフィリピンから来たという女性店員がベビーカーの周りに集まってきて「ハーーイ、ベイビーーー」とか可愛がってくれます。何というか、日本の都市部のギスギスした雰囲気とは、明らかに赤ちゃんを取り巻く環境が根本から違う。

 ロシアでも、香港でも、イスラエルでも、子育てのしやすい、しにくいというレベルとは違う意味で、なんか「赤ちゃんが歓迎されている」とか「子どもを尊重しようとしている」空気はちゃんとあるんですよね。

 逆に言えば、私のようなアロハシャツを着た白髪の中年男性はどこに行ってもトルコ人に間違われ、入国審査では「なぜ中東ヅラの人間が日本のパスポートを持って我が国に?」とか問われることになりムカつくわけですが。

■わざわざおっさんが文句を言いに来る

 翻って、日本においても北海道やら東北北陸とか旅していると、列車や食堂で出会う見知らぬ女性が赤ちゃんを見て「かわいい」とか声をかけてくれるんです。もちろん、赤ちゃんに優しい声をかけてくれる男性もいて、ありがたいはありがたいのですが、列車の中で酒を飲まないで欲しいということ以外は、なんかこう日本も決して子どもが嫌いだというほどでもないのかなとは思うんですよね。

 ただ、これが名古屋や大阪などの大きい都市に行くと、俄然ベビーカーや赤ちゃんに対する風当たりはつよくなります。

 新幹線に乗り、席を対面にして疲れた子どもが靴を脱いで足を上げて寝ていると、わざわざおっさんがやってきて「子どもにそんな乗り方をさせるな。恥ずかしい」と文句を言ってくる乗客もいます。もちろん、私も「うるせえ、お前は私のおかあさんか」と応戦するわけなんですけど、これはもちろん平和を愛するがゆえにやむを得ず喧嘩をしてしまう私がそこにいるから「バーカ」「お前こそバーカ」となるものの、ここにもしも女性である家内しかいなかったら、どうだったでしょう。

■自分より弱そうな人を徹底して選ぶ

 通勤電車や混雑した街中で、子どもを連れているがゆえに罵声を浴びせられるケースは、私も少なくない数経験をしているのですが、おそらくそれ以上に、母親が一人で引率しているときにより危険度が高くなるように感じます。

 実際、子どもを連れて外出していた家内や、学校や習い事でご一緒するママ友の皆さんから、愚痴のような経験談として「妊娠しているのに席を譲ってもらえなかった」「すれ違いざまに『うるせえ』と言われた」「主人が仕事に出ていないタイミングを見計らって、シツケがなってないと近所から怒鳴り込まれた」などの話は頻繁に聞きます。

 さらには、先日習い事の帰りに一緒になった子どもたちと拙宅山本家の倅たちが公園に寄って騒いで遊んでいたら、近くに住む高齢男性3人がぞろぞろやってきて「うるせえ」と文句をつけてきたことがありました。それも、出入り口付近で子どもと遊んでいるアロハシャツを着た私にではなく、少し離れてママ友同士で話していたところへ、クレームを入れているんです。しかも、そのうちの一人は先日近所で最近連絡が取れないというので他の民生委員の人と一緒に町内会メンバーで生存確認しにいったジジイです。

 なんだよてめえ元気じゃねえか。高齢男性たちの放つ声量の百倍の大声で「うるせえのはお前らだ! 真昼間の公園で静粛に遊ぶ児童だったのかお前らは! 墓前に行ってママに証言もらってこい!」と怒鳴ったところ、公園の平和は無事に守られました。

 巷の騒動に関して豊富な経験を持つ私の観測で申し上げれば、クレームをつける人は、必ず自分より弱そうで、配慮してくれそうな人を選んで文句を言うことは徹底しているように思うのです。父親である私が子どもたちを率いていて、子どもたちが騒いで直接私に文句を言ってくる人はほとんどいません。新幹線内の酔っ払いが絡んでくることは多数ありましたが、相手を上回る気合と大声で対抗しながらスマホで相手の写真を撮ると、たいていしめやかにお帰りになられます。

 一般論として、父親がいるとあまり文句はつけてこないけど、母親だけならガンガンに文句を垂れるのは圧倒的に中高年の男性で、一度、この辺の話は内閣府あたりでちゃんと聞き取り調査してみたらいいんじゃないかというレベルの普遍的な事項だと思うんですよね。

■もちろん自分の都合で「イラッ☆」とすることもある

 で、地域の住民で騒音やゴミ、植樹がらみや駐車のクレームを町内会やマンションの管理組合に定期的に入れてくる人というのは、見事なまでに独身男性か、すでにお子さんが独立した高齢夫婦あたりが定番なんですよね。なぜかはよく分かりません。

 前述の「昼間の公園で子どもが遊んでいることにクレームを入れてくる高齢者」は典型例ですが、日本社会でいままである程度不文律として通用していた「おたがいさま」という感覚が消えてきてしまっているように感じます。また、都市部では特に海外や田舎にあるような「赤ちゃんはかわいい」「子どもは大事」という感性よりも「そういう存在に自分が妨害されたくない」という都市生活特有の狭量さが、弱い立場である母親に対してクレームを入れるというしょうもない行動に人を駆り立てているのかもしれません。

■自分の都合で「イラッ☆」とすることもある

 もちろん、私も私一人で電車で移動していて、資料を調べたり考え事をしているときに、近くで子どもが騒いでいると「イラッ☆」とするのは事実なんですよね。もしも私がまだ未婚の若いころだったり、実は結婚できなくて子どもが欲しくても子どもがいない状態だったならば、ひょっとしたら「すいません、静かにしてください」ぐらいは言うかもしれません。

 でも、子ども4人いて上を下への大騒ぎな日常を送っていると、そのイラつきも「ああ。うちも長男はあのぐらいの年齢のときはもっと騒いでいたな」とか「うちも迷惑を随分かけて子育てしていたな」などと思い返して、怒りが収まるわけですよ。理性ではなく感情として、いつか来た道を思い返すと、一瞬イラついてもスッと醒める。そして「ああ、あのお母さん大変だな」と思ったりする。

 しかし、飛行機のエコノミーで隣に座ったデブが大騒音でイビキかいてると「うるせえ!!」と怒って本人に文句をつけるわけでして、世の中なかなかむつかしいところであります。私もイビキがうるさいと家内に指摘されるので、常備している鼻スースーシールを一枚あげるわけですが。

(山本 一郎)

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