男たちが見た小池百合子という女 #2

男たちが見た小池百合子という女 #2

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 小池百合子とは何者なのか。

 カイロ大留学を経て、キャスターとして颯爽とテレビ画面にデビュー。1992年には新党旋風の中で政界入りを果たす。その後、いくつかの政党を渡り歩くが、彼女の周囲には、細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎ら、常に権力者の姿があった。

「男たち」の証言から、女性初の都知事の素顔に迫る。

(#1から続く)

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出典:「文藝春秋」2017年8月号(全3回)

(文中一部敬称略)

 権力者への徹底的な忠誠。しかし、それすらもある日、突然変わってしまう。

 小沢一郎の側近中の側近、自由党時代には参議院議員も務めた「小沢の懐刀」平野貞夫が振り返る。

「自由党は自民党と連立しましたが、連立を続けるべきか、あるいは袂を分かつべきかで、党内の意見が分かれた。小池さんも僕も、リベラルな保守政党として、自民党とは一緒にならずにやるべきだと思っていた。小池さんは『自民党に合流しないで踏ん張りましょうよ』と言ってね。小沢も感激していた。ところが、そんな小池さんに公明党を通じて自民党が『応援するから自由党を出ろ』と揺さぶりをかけてきた。でも、小池さんを信じていたから小沢は特に対策はしなかったんです」

 自民党なんかとくっついてはダメだと主張する急先鋒だった小池が、離反するとは考えられなかったと平野はいう。

「でも、いよいよ小池さんが怪しい、抜けそうだと情報が入ったので、私は小沢に、『小池さんに電話して残るように説得してくれ』と頼んだ。それで小沢が小池さんに連絡をして、『自由党で比例第1位にするから残ってくれ』と引き留めたんです。ところが、その時、小池さんがなんて言ったか。『比例1位といっても自由党から当選者が出ると思ってるんですか』って。どうして、そんなに薄情なことが言えるのか。愕然とした」

 小池は細川のもとを離れた時と同じように、主(あるじ)であった小沢から離反した理由を、さかんにマスコミに吹聴した。小沢の政治手法に疑問を感じたからだ、と。平野はいう。

「直前まで小沢にあれだけ迎合していたのだから、それは言い訳になっていないと思う」

 小池は保守党を経由して、予定どおり自民党入りを果たす。2002年、政治家になって11年目のことだった。

「自民党を変えるには中に入って変えるのが一番だと気づいたからだ」と、彼女は語っている。

■郵政選挙の刺客第1号に

 永田町も一定数は女性を起用しなければ、世論の反発を招くと意識するようになっていた。女性議員であり、ある程度のキャリアを持ち、広報宣伝に長け、マスコミ受けする小池は、他党に置いておくよりも、引き入れて仲間にしたほうが得と自民党は判断したのだろう。

 彼女にとって幸いしたのは、総裁が「自民党をぶっ壊す」が口癖の小泉純一郎だったことだ。翌年、小泉内閣でいきなり環境大臣に抜擢される。小泉ならではの「サプライズ人事」。当選回数や派閥でポストを割り振るそれまでの自民党内のルールを無視したやり方で、党内に総裁の力を見せつける効果があった。この時から、小泉と小池の間に「共犯関係」が生まれる。小泉政権の申し子として、小池は先回りして小泉の意を汲むようになるが、その最たる例がくだんの郵政選挙であったろう。

 小泉は郵政民営化法案に反対する自民党議員の選挙区に、それぞれ「刺客」を送り込む。この時、真っ先に手をあげて自ら刺客第1号になると宣言したのが小池だった。

 小池は自民党の実力者、小林興起のいる東京10区に降り立った。小林らには「抵抗勢力」というレッテルが張られ、連日、ワイドショーは小林と小池の対立構造を報道し続けた。小林が悔しさをにじませ、当時を振り返る。

「郵政民営化は、アメリカが要請したこと。心ある日本の政治家なら反対するのが当たり前です。日本の富をアメリカに叩き売るという法案なんだから。小泉さんは自分の権力を保持するために、アメリカにすり寄った。それにしても、あんなに凄まじい印象操作がされるなんて思ってもいなかった。クリーンな小泉さんに、かわいい小池さんが賛同して一緒にやっつけるっていう図にされてしまった」

 総裁に楯突くのだから干されることは覚悟していた。しかし、まさか刺客を送り込まれ落選した上に、除名処分を下されるとまでは思っていなかったという。

「政治家になるために通産省に入った。通産省に入るために東大法学部に行った。そのために日比谷高校に行った。小学生の時、父が政治家という職業があることを教えてくれたんです。でも、うちには、何もないから学問をして政治家になれと。小池さんは小泉さんに気に入られて、すぐに環境大臣になった。でも、それだけでは満足しないで大臣なのに自分の選挙区をあっさり捨てて、刺客に立候補した。どうしてそこまで小泉さんにゴマをすったのか。選挙の時も『私は環境大臣で忙しくて、郵政民営化なんて勉強するヒマはなかった』と堂々と言っていた。それなら、なぜ手をあげてまで刺客になるのか。それは主義主張がないからで、ただの遊泳術だ」

 キャスター時代に培った、ワンフレーズの受け答え。魅力的な表情の作り方、よどみのない話し方。政局がテレビを通じて茶の間に提供される。メディアと彼女が組んだ時、その力は絶大なものとなる。

■発端は沖縄の基地問題

 自民党の閣僚となった小池とメディアが組んだ結果、その後半生を大きく狂わされた人物がもうひとりいる。防衛省の大物事務次官として知られた守屋武昌だ。第1次安倍内閣で久間章生大臣が失言により更迭されると、小泉元首相の意向で後任に小池が指名される。着任時に職員が新大臣に手渡す花束に「百合の花を入れろ」というのが、小池から下された最初の注文だった。

 彼女は着任するとすぐに、守屋事務次官とバトルをはじめ、その模様をマスコミは郵政選挙の時と同じように煽った。守屋は事務次官の座を追われ、同時に小池も自ら防衛大臣の座を2カ月にも満たずに降りている。一体、何があったのか。

 当時、マスコミには本質が伝えられなかったが、沖縄の基地移転問題に端を発していたと、守屋武昌元事務次官は今、口にする。

「小池さんは防衛大臣になる前、小泉政権下、環境大臣と兼務で沖縄及び北方対策担当大臣をしていた。その時から、沖縄問題に大きく関与してきた。小池さんには沖縄基地問題を解決して名を挙げたい、という強烈な欲が感じられました。また、沖縄財界の一部の人たちと繋がっていて、そこで聞かされる話を鵜呑みにしていた。

 小池さんは『あなたたちが主張しているV字型滑走路案はやめて、辺野古の沖合を埋め立てる案にしたほうがいい。沖縄の財界もそれを望んでいる』と言いました。環境大臣をやっていた人が海を埋め立てればいいと簡単に言うのが不思議でした。V字型滑走路案というのは米軍基地内を中心に滑走路を作るという案で、これならサンゴ礁への影響を最小限にできる。一方、沖合埋立案は、環境を破壊します。環境派を敵に回すわけにはいかない。しかし、埋立案のほうが公共事業としては、地元の業者を潤すことになるので、沖縄財界は盛んに揺さぶりをかけていたんです。こういった複雑な事情を小池さんは、十分に理解していなかった。国防に対する知識は、それまでの歴代の大臣と比べて失礼ですが低かった」

 ふたりの対立は、はた目にも明らかだった。小池は露骨に守屋を遠ざけ、守屋の部下である警察庁出身の西川徹矢官房長に接近する。そんな中で突然、毎日新聞に「守屋退任へ、後任は西川」の記事が出た。守屋は何も知らされておらず、報道を見て愕然とする。なぜ、事前に伝えてくれなかったのかと小池に抗議すると、「前日の電話に出なかった、あなたが悪い」と言われ、同時にマスコミに対しては「事務次官に電話がつながらないのは、危機管理上も問題だと思う」と吹聴された。守屋は言う。

「私を外したい、ということなら、私に直接、昼間に役所で言ってくれればいい。その機会はいくらでもありました。なぜ、陰でこそこそとやるのか。こういうやり方は組織を壊します。小池さんからの電話は夜中の12時過ぎ。私の携帯電話に1回だけ、しかもワンギリです。私は就寝していて気づきませんでした。大事な電話なら、2度、3度とかけるのではないでしょうか。マスコミには事実を曲げてお話しになる。出られないようなかけ方をして、出なかった、けしからん首だ、というのは、何十年も役所に勤めあげた公務員に対してやることでしょうか。

 そもそも事務次官の後任人事は、事務方にも相談し官邸を通して決めることです。小池さんは自分の決めた人事案を、親しい新聞記者に自らリークした。既成事実化し、外堀を埋めてしまえば、それが現実になるという考え方は無謀です。新聞記事が出た日の午後、小池さんはアメリカへ向かいました。『私なら基地問題をライス国務長官と女同士、英語で話せば説得できる』と単純に思っておられたようですが、まったくライスには相手にされなかった」

 帰国時、事務次官人事の真相を確かめようと記者やテレビカメラが小池を取り囲んだ。小池の訪米が嫌でも注目されるように、巧みに計算されていたようにも思える。

 郵政選挙の際、悪者とされた小林興起と同じ構図が守屋にも降りかかった。小林同様、恰幅がよく、太り気味の守屋は「悪人役」にはまり、クリーンな小池が果敢に戦いを挑んでいると世間には映った。

 その後、守屋は商社・山田洋行からの接待疑惑が持ち上がり、特捜に収賄で逮捕起訴されることになる。「小池の嗅覚はやはりすごい」、「女のカンは鋭い」という声があがり、小池自らもそう宣伝した。一方、守屋は「特捜と小池さんとの間にパイプを感じた」と振り返る。

 守屋は合計数百万円の収賄罪で起訴され、服役。約6600万円の退職金は自主返納している。

 一方、小池は守屋の首を切ることに成功しつつ、「イージス艦の機密情報漏洩の責任を誰も取っていないので自分が取る」と言い、わずか55日間で防衛大臣の座を自ら降りた。イージス艦の機密漏洩問題が起こったのは、小池の着任前のことであり、辞任の説明としては説得力がなかった。官邸も騒ぎを起こした小池に怒りを滲ませており、また、ライスには歯牙にもかけられず、小池自身がひとまず降りようと思ったのだろうか。

「沖縄の基地問題の根の深さに気づき、自分の経歴が傷つかないうちに辞めたのではないか」と守屋は語る。

(石井 妙子)

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