夏休みという大イベントで考える、かあちゃんばっかり感謝される問題について

夏休みという大イベントで考える、かあちゃんばっかり感謝される問題について

そろそろ夏も終わり ©iStock.com

 今年は家族旅行にイベントに野球観戦にと、仕事なんだかレジャーなんだか分からない慌ただしい夏休みを過ごしました。

 毎年、家族でいろいろ移動していると、子どもの思わぬ成長に気づいたり、私が子どものころに親がしてくれていたことを思い出して「あれはそういうことだったのか」と感謝の気持ちを抱いたり、自分が如何に歳を取ったかや、これからの人生は子どもを社会に送り出して老けて死ぬんだなと悟りを開いたり、つまらないところで散財して悟りを閉じたり、まあいろいろあります。

■妄想しながら計画を立てるのは楽しいものです

 もちろん、仕事であんまり安全ではない海外にもいくので、そういうところは家族を連れていくわけにもいかないのですが、介護の日程をやりくりして旅行に必要な作業を洗い出していると、「ここは空港で家族と合流して旅行を組み込もう」とか「もう長男次男も大きくなったし、このぐらいは冒険しても喜んでもらえるんじゃないだろうか」などと妄想しながら計画を立てるのは楽しいものです。

 ただ、実際に連れていくとなると自分だけでなく子どもたちの安全は守らないといけないし、0歳児もいる家族6人で長期の旅行となると荷造りする家内もてんやわんやだしで、あまり気が休まらないのも事実です。旅行の準備も、旅行そのものも、意外と大変なんだよ家族旅行。そのぶん、一人での移動やビジネスパートナーとの出張のほうがはるかに楽、なんですけどね。

■父ちゃんどこいったんだよ

 で、先日『クレヨンしんちゃん』の聖地として有名な春日部市で、オイシックス・ラ・大地の広告が感動的だというので記事が回ってきたんですけど、なんですか、このかあちゃん推しは。

かあちゃんの夏休みはいつなんだろう… 春日部駅のポスターが話題に - withnews(ウィズニュース)
https://withnews.jp/article/f0190827006qq000000000000000W00o10101qq000019732A

 父ちゃんどこいったんだよ。と思ったら、6月ぐらいにすでに父ちゃん推しもやってたんですね。

■無視ですか、わたくしの貢献は

 いや、まあ家内が夏休みを悦んでくれたらそれはそれで私も嬉しいですよ。家族全員、楽しく夏を過ごし、良い思い出を作るってのは大事なことだし、そのためだったら多少割高でも、また行程がしんどくても、これがいつか思い返したとき心の栄養になるのだと思えるから頑張れるというのはある。家内にも、母として家族旅行をおおいに楽しんでもらいたいという気持ちは凄くある。オイシックス、そういう気持ちを思い出させてくれてありがとう。

 でも、世間一般の子育てや家族環境を取り上げられるときって、わざとかと思うぐらいに父ちゃん脇に置かれすぎてない? 無視ですか、わたくしの貢献は。頑張ってお金を稼いでるぞ。

 家内には家内の、私には私の、与えられた役割をしっかりこなして初めて一家の安全、家族の幸せであることは言うまでもない。手分けして家事、やりくりして介護や習い事の付き添いをして当然、学校や保育園の送り迎えも、やりたくない宿題をさせるためにケツをバンバン叩く作業も、夫婦の協同作業があって初めて家族がやっていけるんです。

■でも父ちゃんだって地味に辛いぞ

 夫も妻も、どちらかが欠けても家族はしんどくなる、だから夫婦で愛し合い、認め合ってより良く生きていこうという話であるはずが、なぜか「かあちゃんの夏休みはいつなんだろう。」とかしんちゃんに問われておるわけです。いまだろ。お前といま一緒に過ごしている、いまが家族の夏休みだ。

 もっとも、共働きなら子どもが学校が休みの間も働きに出ているお母さんがいるかもしれない、むしろ夏休みになって毎日子どもが家にいるので世話をしなければならなくて辛い思いをしているママもいるかもしれない。でも父ちゃんだって地味に辛いぞ。

 子どもの夏休み、家族のためにと計画はするけれど、必ずしも子どもが好きなところに連れて行って父親が楽しいとは限らないんだからね。お前らが楽しくしてくれているのを見て、こちらも何とか楽しくなくても納得できる、ああ家族と一緒に居られて幸せだなあと思えているだけなんだからね。

■子育てって、忍耐だと思うんですよ

 長男が北海道の海でプランクトンを採取して観察したいという。それが楽しいと思うなら連れていくし、頑張って顕微鏡で見ればいい。でもそれが楽しいのはお前だけであって、私ではないのだ。楽しく刺激的な一日を送って良かったねと親としては思うけど、一人の男性としては息子がプランクトン採取用のペットボトルもって古い歯ブラシで海辺の石に張り付いたコケや海藻を剥がして嬉しそうに蒐集しているのを待っているあいだは、とてつもなく暇な時間がゆーーっくり流れるわけであります。

 それでも、夫婦で話し合ったり、子どものはしゃぐ姿を動画で撮ったり。夏休みは、ゆったりと過ごすのがいいと思います。

 家族ってそういうもんよな。まあ、自分の子どものころを思い返すと、いろいろしてもらって、それが当たり前だと思ってた。でも親になって思うのは、自分が楽しいことよりも、子どもが喜んでいるのを見て満足できるかに尽きると感じます。そういう子育てって、忍耐だと思うんですよ。親である自分はちっとも楽しくないけど、家族が幸せにひとつの時間を共有できるからこそ、幸せを実感することができる。

 そこで「俺はつまらんからゲームセンターにでもいくぞ。お前らは好きに遊べ」となれば、家族の幸福は中断されてしまうかもしれない。家族という大きな器の中に、頑張って苦労してせっせと幸せを詰め込む作業。そんな感じ。親として、人として、決して楽しくはないが、幸せはとても実感できる。家族との時間って、それでいいんじゃないかと思うのです。

■「ママが楽しいならそれもそうか」と思いつつ

 そうやって、家族としてのまとまりを維持し、つまらない思いもグッと呑み込んで家族旅行を幸せに終えるために頑張っておるところで、「かあちゃんがもっと楽しく過ごせたら、夏休みはもっと楽しい」などと言われると、とうちゃんは半分「ママが楽しいならそれもそうか」と思いつつ、残りの半分は「ワイは???」と思うんですよ。もちろん、こういうことを言い出すとキリがないのですが、葛藤を掻き立ててくれるだけ、オイシックスの広告はいいコピーなんだな、と。

 そういう葛藤を抱きながらも家族で大事な時間を幸せに包まれながら過ごす、というのは大事なことかもしれない。そういう幸せは、いつか失われてしまうものだから。後になって「あのときは実に幸福だった」と思い返しているときにもまた、新たな幸せの形を見つけていられれば良いのですが。

 皆さまが良い夏休みを送られたのであれば何よりです。

(山本 一郎)

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