連続直撃 「代議士の妻」が国会議員になる時

連続直撃 「代議士の妻」が国会議員になる時

官邸で電撃発表 ©共同通信社

 小泉進次郎と滝川クリステルの電撃婚で益々注目が集まる「代議士の妻」。一昔前は「内助の功」ばかりが求められた世界に今、地殻変動が起きている。思いがけず自らがバッジを付けた3人の妻に本音を聞いて見えてきた、「女性活躍」時代の新たな女性政治家像とは。

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 自民党衆院議員の小泉進次郎は8月7日夜、神奈川県横須賀市の自宅前でタレントの滝川クリステルとの結婚を発表した際、こんな理想論を口にしていた。

「私の選挙に妻がバリバリ出てくることはないと思います。もっと楽にしてほしい。『政治家の奥さん』って言うと、きっと大変よね、そりゃあんたも(結婚)できないよねと言われてきました。そういう世の中の見方を変えなければ、政治家になろうという人も出てこないし、政治家が幸せを語ることもできなくなる」

 実際、永田町の現実に目を向けると、今までなかった動きがそこかしこで起きている。

 7月の参院選では「代議士の妻」が出馬し、大激戦を勝ち抜くという番狂わせのドラマが相次いだのだ。

 こんにち、現職政治家の男女がめでたく結婚するケースはそれほど珍しくない。一方、国会議員の夫を「内助の功」で支えてきた妻が自ら選挙に立候補することは、急逝した夫の「弔い合戦」に担がれる場合を除けば、これまで稀だった。

 参院広島選挙区(改選数2)で初当選した自民党の河井案里(45)は、首相の安倍晋三や官房長官の菅義偉に近く党総裁外交特別補佐を務める衆院議員・河井克行(56・当選7回)の妻だ。

■政治家の奥さんって、江戸時代みたいな世界ですよ

 選挙の余韻が冷めやらぬ頃、広島まで河井に会いに行くと、彼女は自身の結婚生活を赤裸々に語り出した。

「政治家の奥さんって、江戸時代みたいな世界ですよ。3歩下がって影を踏まずという感じ。ずだ袋みたいなネズミ色の服を着て、ぺたんこの靴を履く。私は背が高いので、主人の同僚のセンセイから『お辞儀の時は膝を曲げてみなさい』とアドバイスされました。結婚当初は若かったので、『ゲゲ、そこまでするのか』と、けっこう落ち込みましたよ」

 宮崎県出身の河井は学生の頃から政策立案に興味があり、首長になりたいと思った。その頃の友人には、当時の総理の息子・橋本岳(現衆院議員)や、後に「代議士の妻」になった女性も複数いる。河井は大学院にも進み、高名な経済学者に師事した。自民党の宏池会が実施した候補者公募の面接を受けたこともある。

 その後、転機は27歳で訪れた。

 国の研究機関で働いていた河井は知人の紹介で今の夫と知り合い、結ばれて広島市に引っ越した。相手は2000年の衆院選で落選し、当時は浪人の身だった。

■「落選中の夫を差し置いて、妻が出しゃばっていいのか」

「今思えば、私は本当に世間知らずだったんです。だってフツー、無収入の前議員と結婚します? 大恋愛というわけではなかったんですが、話は合ったし、『政治の裏方』として生きるのもいいかなと思った」

 政界を取材していると、男女を問わず、自分の「踏み台」にできるような相手を選ぶ、強(したた)かな結婚ばかりを目にする。だが、河井は首長になる夢を諦め、あえて逆境に飛び込んだ。

 ところが、夫のお詫び行脚を続けるうちに、「自分にもできそうかな」と思うようになった。政治家という職業に対する心のハードルが下がり始めた29歳の頃、夫に「君は政治に向いている」と言われ、広島県議選に出馬。一方、夫の後援会からは反対論が上がった。

「落選中の夫を差し置いて、妻が出しゃばっていいのか」「そんな暇があったら子どもを産みなさい」

 河井は述懐する。

「一度は心が折れたんです。でも主人はブレずに背中を押した。それは浪人中だった主人の戦略上の判断でもあったと思うんです。県議から国政に打って出た叩き上げは広島では珍しくて、主人に対する県議たちからの反発も強かったので、私を県政に送りこむことで関係を改善したいと考えたのでしょう」

 河井は03年の県議初当選から約16年間、県議と代議士の妻という2足の草鞋を履いてきた。

 夫の代理で会合に出席する際は県議のバッジを外し、夫の名刺を配る。挨拶に立つ時は県議として話す時よりも声のトーンを落とす。河井はしおらしい「妻」を演じようと心がけてきた。

■セクハラなんて相手にするのもバカバカしい

 だが、いざ「政治家の顔」で事を起こそうとすれば、すぐに矢が飛んでくる。

「一夫婦に権力が集中するのはいかがなものか!」

 県議4期、知事選で敗れた経験もある河井は「代議士の妻」が自ら前に出ようとする際にぶつかる壁について、このように語る。

「(世襲政治家とは違い)うちの場合は主人の苗字が『ブランド』じゃない。夫に対する反発をどうやって乗り越えるかが私の政治的な課題でもありました。『苗字を変えなさい』『離婚したら勝てる』とも言われ続けた。でも私、主人の苗字が大好きなんです。だって河井って、『カワイイ』って聞こえるじゃない?」

 国会議員の夫がいても、セクハラに遭うことは日常茶飯事だったという。男性県議から「子作りを教えてやろうか」と言い寄られても、「夫に教えてやって(笑)」と、受け流してきた。

 5年前、東京都議会で都議の塩村文夏に対するセクハラやじが問題になった。彼女は都議引退後、17年の衆院選で河井の夫と戦った。敗北後は東京に舞い戻り、今回、参院東京選挙区で初当選。奇しくも自分の同期となった塩村を引き合いに、河井は強調する。

「塩村さんのやり方は自立していない女の言うことで、古い。セクハラなんて、甘い、甘い。相手にするのもバカバカしい。『ハイハイ、5歳児が言ってるね』という感じでニコニコして流せば済む話で、男性議員の恐ろしさというものはもっと違うところにある。気に入らない女性を政治的、社会的に抹殺しようと、束になって潰しにかかってくる」

■1人の政治家として、自分で行動ができる場所にいたい

 参院広島選挙区で2議席独占を狙う自民党の「2人目」として立った河井は、大半の県議から支援を拒まれた。筆者は彼女に会う前に複数の政界関係者に取材したが、みな彼女の悪評を語った。そこまで疎まれる原因を本人に問うと、「私はじゃじゃ馬だから仕方ない」と言って笑い飛ばした。

 以前、同じ広島の亀井静香から国政進出を口説かれて断った。では、なぜ今回は勝負に出たのか――。

「広島では大災害が続き、県議ではやれることが少ないと痛感しました。主人に言えばすぐに国に働き掛けられる。ご飯を食べながら『あのね』とお願いできて便利だけど、それもまどろっこしい。私は1人の政治家として、自分で行動ができる場所にいたいと思った」

 河井は今後、地元広島で夫とは別の場所に個人事務所を構える。「代議士の妻」はいったん卒業するようだ。

 河井の東京事務所が入る参院議員会館2階にこの夏、もう1人の「妻」が拠点を構えた。野党系無所属の参院議員・寺田静(44)である。

 夫は、立憲民主党国対委員長特別補佐の衆院議員・寺田学(42・当選5回)。義父は県知事や参院議員を務めた典城。寺田家は秋田を代表する政治家一家なのだ。

■排除されてきた女性や健常ではない人の視点を生かす土壌を作りたい

 だが、嫁の寺田には河井のような議員歴はない。夫の選挙を手伝う傍ら、我が子を育ててきた。しかも、絹糸のような小声で訥々としゃべり、キャリア女性特有の気負いを感じさせない。

 立て板に水で語り、「私、おじさんみたい」と自嘲する河井が、永田町に昔から棲息する押し出しの強い「女傑型」だとすれば、寺田は、こざっぱりとしながら包容力のある、数少ない「オアシス型」と言える。

「今、日本が停滞しているのは健康な男性だけで社会や経済を回すから。排除されてきた女性や健常ではない人の視点を生かす土壌を作りたい。だけど、私が子育てや家事を放って、仕事だけしていたら『おじさん』と変わらない、社会は変えられないと思っています」

 男社会で揉まれてきた筆者のような「おじさん」には耳の痛くなる指摘だが、寺田の口から静かに語られるとなぜか頷いてしまう。

■偶然に失恋の時期が重なって

「出馬を決心する前に一番悩んだのは、5歳の息子のことでした。秋田県って広くて、週に何回か外泊しないと効率的に挨拶回りができない。選挙前は、平日国会で働く夫が東京で面倒を見て、私が選挙区を歩き、週末だけ秋田で一緒に過ごす。公示後は(秋田県内の)いとこに預けて、夕方に夫が迎えに行って、私の宿泊先に連れてくる。夜は家族一緒に過ごすという状態で17日間を乗り切りました」

 寺田が「名門」に嫁いだのは10年前。夫との出会いはさらに6年さかのぼる。

 03年、ハワイ留学から一時帰国した際に郷里から初出馬した夫の衆院選を手伝った。もともと親同士が知り合いだった縁で、夫の秘書にも就いた。長い間交際する恋人がお互いに存在したが偶然に失恋の時期が重なり、やがて2人は――。

「私は当時34歳。夫から唐突に結婚を迫られました。2人とも30過ぎた“残りもの”でしたから。価値観はわかる、趣味は似ている、墓の場所も同じ……」

 世に言う「代議士の妻」になるというよりも、友人の延長という感覚で嫁いだ。

 だが昨年末、野党のベテラン県議から参院選への出馬を打診された。本命視されていた人物が固辞したため、お鉢が回ってきたのだ。

「また『寺田家』かー」

「夫婦で議員はありえない」

「小娘に何ができるんだ」

 そんな批判が出ることは目に見える。寺田はある夜、夫に相談し、こう言われた。

「あまりに重いことだから、オレからはやれとも、やるなとも言えない。自分で考えて決めたほうがいい」

 寺田は2カ月近く悩んだ末、40歳の自民現職と対決する道を選んだ。陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の県内配備計画に対し、真正面から反対を掲げると、まさかの大接戦に持ち込んだ。

 自民党は1人区の秋田県に安倍、菅、小泉という看板弁士を次々と投入し、絨毯爆撃のように攻め上げた。

 その激しさに驚いた夫は自身のSNSにこう綴った。

〈秋田で閣議でもやるんかい。ほぼイジメに近いすわ〉

■「寺田家の嫁」では終わらない

 一方の寺田は選挙中、これまでにない女性政治家像を打ち出すことに成功した。

 蓮舫や三原じゅん子のような「叫ぶ女」ではなく、「静」という名前の通り、政治に懸ける思いを冷静に伝え続けた。

「夫からは『叫ぶより、あなたの柔らかい人間性が伝わるように話したほうがいい』と言われました」

 彼女は飾り気のない普通の言葉を使う。少女時代の貧困や不登校、19歳で“植物状態”になった弟の介護、30代までかかった奨学金返済……。現代人に共通する自らの不幸な過去をさらけ出した上で、けなげにこう訴えた。

「かつて困難の中にあった1人として、様々な偶然が重なって今恵まれた状況に置かれ、声を上げられるようになった1人として、人のために役立てるようにお力を貸してください」

 決してうまい演説ではないが、雪国の人々の心に響いた。寺田の演説はネットに投稿するたび、閲覧数が軒並み1万回を超えた。大病と闘う母を看病した経験を持つ筆者も、その動画を観て思わず涙がこぼれた。

 寺田は2万票差で自民党の現職を倒した。夫や義父とは距離があった層にも支持を広げた。彼女は「寺田家の嫁」ではなく、1人の選良に化けた。

■議員宿舎で我が子の洋服やおもちゃを自慢し合うセレブ妻

 衆議院にも「代議士の妻」から転身した女性がいる。その1人、立憲民主党の衆院議員・石川香織(35・当選1回)も、元議員の夫より幅広く支持を集めている。

 17年の衆院選では、農相や財務相を歴任した故中川昭一の妻、郁子(60・同2回)との“妻対決”を制した。野党に逆風が吹く中、12年の選挙で同じ相手に敗れた夫・石川知裕(46・同3回)の得票を2万8000も上回ったのだ。

 地元の首長や農協幹部から「香織ちゃん」と呼ばれてきた石川は、農政一筋の夫と比べ、福祉や教育にも話題を広げ、夫が築いた後援会の基礎票の上に、女性の支持を新たに積んだ。

 彼女は元民放アナウンサーで、2児の母でもある。

「議員宿舎の最上階には、子どもを遊ばせられるスペースがあるんですよ。セレブ風の奥様たちがいつも我が子の洋服やおもちゃを自慢し合っている。それに比べれば、うちの夫は修羅場ばかりくぐってきて、私も結婚以来、夫の地元でいつも長靴履いて地べたを這うように選挙区を回ってきたので、『東京に住めて、羨ましいですね』と言いたくなる時もあります」

 自民党「魔の3回生」の妻たちを羨望の眼差しで見てきた彼女が、突然の出馬を決心したのは、陸山会事件で有罪になった夫の公民権停止期間が10数日残り、立候補が許されなかったため。永田町でも異色の「助っ人リリーフ型」の妻なのだ。

■「オレの辛さがわかるか」

 11年9月、石川は現職議員だった夫が一審で有罪判決を受けた翌日に婚約し、職場では報道番組の司会を降板した。小沢一郎秘書時代の罪を引き受けてからも恨み言を一切口にしない夫に添い遂げることを誓い、生まれ故郷の東京から北海道に引っ越した。

 13年に高裁で再び有罪判決が出ると、夫は議員辞職。14年の衆院選でも「妻」擁立論が噴き出したが、石川は固辞した。だが、3年後に解散風が吹いた瞬間、誰に言われるまでもなく、「今回、夫が出られなければ私なんだろう」と察したという。

 夫のリリーフになることに迷いがなかったわけではない。初当選から2カ月後、熾烈な夫婦喧嘩が勃発した。

「年末の会合をハシゴしている最中、あまりに回る件数が多くて、どういう趣旨の会かわからない時、夫に聞くと適当に答えるんです。腹が立って怒ったら、『お前にオレの辛さがわかるか』と言われてしまい、『私の方が辛いよ』と返したら、しばらく言い合いが止まらなくなりました」

 石川は、さらに続ける。

「夫は自分が復活するために必死に選挙の準備をしていたので、バッジを付けた私を正直面白くなかったと思いますよ。私も私で新しい仕事に、子育てもあって、いっぱい、いっぱい。お互い我慢する中、ぶつかるべくしてぶつかりました」

■女性議員を、普通の女子がなりたい職業に変えたい

 だが、それからも献身的に自分の“分身”をこなす「代議士の夫」にほだされ、数日後には仲直り。夫が小沢一郎と鈴木宗男という2人の寝業師に仕えて会得した政治の知恵は今、すべて石川の活動に注がれている。

 7月の参院選では、政見放送で「立憲民主党の顔」を担わされた。党代表の枝野幸男の隣に座り、三原じゅん子が安倍と並んだ自民党の向こうを張った。

 政界の注目株になりつつある石川はこうも言う。

「女性議員って、数が少ない割にキャラが強烈な人ばかりに見える。もっと普通の女子がなりたいと思えるような職業に変えたい」

 思いがけず国会議員になった代議士の妻たちは今、新たな政治家像を模索している。(文中敬称略)

とこい・けんいち/1979年、茨城県生まれ。大学卒業後、朝日新聞出版に入社し、「AERA」編集部で政界取材を担当。2012年末からフリー。2017年、第23回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞(作品賞)。著書に『小泉純一郎独白』、『保守の肖像』など。

(常井 健一/週刊文春 2019年8月29日号)

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