大船渡・佐々木登板回避問題 なぜダルビッシュ有は議論と提言を続けるのか?

大船渡・佐々木登板回避問題 なぜダルビッシュ有は議論と提言を続けるのか?

大船渡高校の佐々木朗希選手 ©山元茂樹/文藝春秋

 この夏、ある地方球場で高校野球界を揺るがす出来事が起こった。

 7月25日。

 全国高校野球選手権・岩手大会決勝戦。

 35年ぶりの甲子園出場をめざしていた県立大船渡高校は、私立の強豪・花巻東とのゲームで、今年のナンバーワン投手と言われる最速163kmのエース佐々木朗希を登板させなかった。勝てば甲子園という試合にエースで4番の大黒柱を試合にすら出さず、2?12という大差で敗れた。

 準決勝から2連投となる投手の肩肘を、甲子園より優先させた。そういう学校が、そういうチームが、そういう指導者が現れたのだ。

■「佐々木登板回避問題」の中心にいたダルビッシュ

 このニュースは瞬く間に全国へと広がり、デジタル、アナログを問わず議論となり、やがて高校野球を取り巻く空気を劇的に変えることになった。

 そして、この一連の流れには中心となる登場人物が3人いると、個人的には思っている。

 大船渡のエース・佐々木朗希と、監督の國保陽平、そして米大リーグ、シカゴ・カブスのダルビッシュ有である。

 マウンドに立てなかったエースと、その決断を下した指揮官は当然だが、この問題について議論が拡散していったのはダルビッシュの発言による影響が大きいと感じたからだ。

■張本勲氏に反応した“シェンロン・ツイート”

 まず彼は、この決勝戦についてのニュースを受けて「これほど全国から注目されている中で、佐々木君の未来を守ったのは勇気ある行動」と報道陣にコメントしたのを皮切りに、3000本安打の張本勲氏がテレビで「絶対に投げさせるべきだったんですよ。(中略)怪我を怖がったんじゃ、スポーツやめた方がいいよ。みんな宿命なんだから、スポーツ選手は」と語ると、大御所の発言に反応し、ツイッターにこう綴った。

《シェンロンが一つ願いこと叶えてあげるって言ってきたら迷いなくこのコーナーを消してくださいと言う》

 とりわけこの“シェンロン・ツイート”の反響は大きく、地方大会決勝で投じられた一石を、ひとつのニュースにとどめることなく波紋を広げていく――彼が望むと望まざるとに関わらず――役割を担った。

 ちょうど、日本で夏の甲子園・決勝戦が行われた8月22日(アメリカでは21日)、ダルビッシュはシカゴ・リグレーフィールドのマウンドに立っていた。

 ナ・リーグ中地区の首位争いを繰り広げているチームの鍵を握るスターターは、この夜、MLB史上初めてとなる5試合連続無死球&8奪三振以上という快挙を成し遂げるとともに、自己ワーストの4被弾を浴びた。

■米放送局の記者ともツイッターで議論

 賞賛と非難が相半ばするようなゲームの後、中央のソファを囲むように赤と青と白のカブスカラーで彩られたラグジュアリーなクラブハウスの一角で――チーム内での序列の高さを示すように、彼のロッカーはメジャー通算200勝へと近づく大御所ジョン・レスターの隣であった――、ダルビッシュはまず英語で地元メディアに対応し、その後、日本メディアに対応した。

 それが23時くらいのことだったから、もう日付が変わろうとしている頃だったかもしれない。NBCスポーツ・シカゴという放送局の記者がツイッターで配球面を指摘したのだ。

《有はあまりにもわかりやすい》

 このゲームでは2ストライクと追い込んでから3被弾したのだが、今シーズンは追い込んでから80%ほどの確率で変化球を投げており、この日も3本すべてが変化球であり、偏りがあるのではないか、なぜ打たれる確率が低い速球で勝負しなかったのか、と記者は自らのデータとともに指摘したのだ。

■「あなたのデータは間違っていますよ」

 すると、それに対してダルビッシュはすぐさま自分もデータを示して、返した。

《あなたのデータは間違っていますよ。カブスのデータベースには勝てませんよ》

 列記されていたのは、カブス球団のデータベースに基づいた数字で、記者の指摘とは逆に2ストライク後に変化球を投げた場合の被打率の低さが示されていた。

 こうしたツイッター上でのやり取りを経て、記者は“白旗”を上げる。

《君との議論は実に楽しい。すべてのアスリートが、君みたいに議論ができると楽しいのだけれど。また、こうした議論ができることを望んでいるよ》

 これを受けて、通称YU-SANは歓迎の意味を示す絵文字とともに返信した。

《いつでもリングで待ってるよ!》

■監督も地元マスコミも認める“ディベート力”

 翌日の昼前、デーゲーム前のクラブハウスでは貫禄たっぷりの白ひげをたくわえたジョー・マドン監督が微笑んでいた。

「彼は正直で、素晴らしいよ」

 ダルビッシュが記者と論争を繰り広げたということについて指揮官に質問したのは、地元の大手新聞社で長くカブスのビートライター(番記者)を務めた人物だった。

 おそらく彼らの関心を惹きつけたのは、その日のゲームで相当なエネルギーを使い果たしたであろう先発投手が登板後の夜に、ある第三者のひとつの意見をスルーすることなく、議論を挑んだことについてだろう。

 ワールドシリーズ制覇の名将も、ダボダボのジーンズがトレードマークの地元マスコミの“顔”も愉快そうに笑っていた。

 まったく、ユウ・ダルビッシュはなんて奴なんだというように。

■ダルビッシュの日常は議論とともにあった

 その光景を見ていて、彼が大船渡・佐々木の登板回避に関する一連の論争で取った言動について――つまり彼が常にその議論の発火点となっていたことについて――どこか腑に落ちるところがあった。

 メジャーリーガーとしてのダルビッシュの日常も議論とともにあったからだ。

 数日後、さらに熱を帯びる首位争いの中で先発陣の中心として役割を果たすべく、ゲーム前に次から次へと自らが決めたコンディショニング、調整を進めていく合間、つかの間だが、高校野球について話すことができた。

■「ようやくそういう時代になってきたんだな」

 甲子園至上主義、マウンドで燃え尽きるエースの物語という従来的価値観に巨大な一石を投じた岩手での出来事について、ダルビッシュは言った。

「今までそういうことをやりたくても周りの目を気にしてできなかったのが日本の高校野球だったと思うので、今回、すごく良いことだなと思ったんです。ようやく日本でも選手の体のこと、将来のことを考えるという、そういう時代になってきたんだなと」

 その口調からすでに彼の中では十分に考え、練られてきたことなのだろうという印象を受けた。

 そして、「ようやく」という言葉に彼がこれまで続けてきた闘いを思わずにはいられなかった。つまり、ツイッターに綴られた言葉は、ひとつのニュースだけを見て、その場の感情で発せられたものではなく、自らの体験に基づいた、時間という重みも含んだものだということだ。

■昔も今もダルビッシュは賛否の狭間で生きている

「日本はみんなが同じ意見でないとダメというか、議論を避ける文化だと思うので、自分としては議論を起こすきっかけになればいいなと思っているんです――」

 この後、さらに続いていった彼の言葉を聞いて、ほとんど確信した。物議をかもす発言のバックボーンには異端の高校球児として苦悩した過去があること。

 日本でもアメリカでも、昔も今もダルビッシュは賛否の狭間で生きているということ。

 そして、やはり彼は甲子園を愛する、高校野球改革の中心人物なのだということを。

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 ライターの鈴木氏の直撃に答えたダルビッシュ有の「高校野球への思い」とその背景については発売中の 「文藝春秋」10月号 「ダルビッシュ有『僕は日本へ提言を続ける』」に詳しく書かれています。併せてお読みください。

(鈴木 忠平/文藝春秋 2019年10月号)

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