「昭和な中華料理店」が消えている…… 南阿佐ケ谷の“小さなラーメン屋”を守る70代夫婦の思い

「昭和な中華料理店」が消えている…… 南阿佐ケ谷の“小さなラーメン屋”を守る70代夫婦の思い

南阿佐ケ谷駅を出て青梅街道を進む

 昨年7月、86歳(当時)の店主がひとりで切り盛りしていた近所の小さな中華料理店が暖簾を下ろした。昭和の時代ならどこの町にも一軒はあったような、いわゆる「町中華」だ。

 しかし、私にとってその店は一般的な町中華を超えていた。なぜならその店は、中華料理屋とかラーメン屋とかいう以前に「コミュニティ」だったからだ。そんな居心地のいいコミュニティのことを、勝手に「B中華」と呼んでいた。

 参考までに書き添えておくと、「B中華」の「B」は、もちろんB級のBである。しかし、当然ながらこれは最上の褒めことばだ。

 ちなみに「B中華」を定義するとすれば、こんな感じになる。

・?? ?大前提の昭和感
・?? ?ビールと餃子で落ち着ける
・?? ?店主や常連さんと仲よくなれることが目標
・?? ?もちろんラーメンにも期待
・?? ?ただし雰囲気重視なので、味には妥協してもよい

 昨年、あの店がなくなり、「B中華」の概念だけが残った。だからそれ以来、B中華の新たな名店を探すことにしたのである。

◆◆◆

 東京メトロ丸ノ内線の南阿佐ケ谷駅2a出口を出て、目の前の青梅街道を荻窪方面に10分ほど進むと右側に、店名が白く抜かれた真っ赤な店舗用テントが見えてくる。お目当ての店「和佐家」だ。

 アルミサッシの引き戸には、「ラーメン」の文字が際立つ赤い暖簾。外見的には「B中華」としての基準を見事に満たしている。

■キビキビと働く老夫婦と心地よい緊張感

 引き戸を開けてみると、目に飛び込んできたのはキビキビと忙しそうに働く老夫婦の姿。意外なほど活気がある。黙ってこちらをチラッと見たご主人の視線が鋭い。とはいっても、決して嫌な感じではない。それどころか、こういう緊張感って好きだわー。「こうでなくっちゃ」という気がする。

 右側には厨房を囲むようにL字型のカウンターがあり、その向かいにテーブル席。頭上からは、そこだけ騒がしいテレビの音。

 ビールを頼むと、「なににしますか? ヱビス? アサヒ? サッポロ?」と聞かれた。複数の銘柄を揃えているあたりが頼もしい。もちろん、返答は「ヱビスで」。

「これ」と奥様から差し出されたもやしの小皿を受け取り、ビールを流し込むと、なんだかうれしくなってニヤッとしてしまった(怪しいよ)。

■ビールが進むニラ餃子が絶品!

 それにしても、この夫婦の連携は見ていて気持ちがいい。無駄な動きが一切なく、それぞれ、やるべきことを流れるようにこなしているのだ。たまに意見が食い違い、小声でディスりあったりもしているのだけれど、それも仲のよさの証だという気がする。

 ほどなくして登場したニラ餃子は、焼き加減が絶妙。焼きあがるまで、まめに蓋を開けてチェックしていただけのことはある。味もニラの香りが非常に強く、ビールがどんどん進んでしまう。

 新しいお客さんが、次々と入ってくる。場所的には決して好立地ではないし、行列ができるような店でもないのだが、ぽつぽつと人が絶えないのだ。

■70年以上の歴史がある中華料理店

 お昼どきの忙しさも一段落したころ、おふたりに声をかけてみた。ご主人の佐々木英世さんは、昭和19年生まれの75歳。そして、奥様の和子さんが72歳。現在の場所に来たのは、昭和63年(1988年)だという。

 だから32年目ということになるが、それ以前は杉並区役所の青梅街道を隔てた真向かいで“昭和20年ぐらい”から営業していたそうだ。つまり、数百メートル移動した程度。いずれにしても、70年以上の歴史があるわけだ。

 ちなみに昔は和菓子店で、奥様の和子さんのご実家。やがて団子やあんみつを売りはじめ、その流れで中華料理店になったとのこと。

「僕は婿養子ってわけじゃないんだけど、結婚を機にこの家に入ったんですよ。だから姓は、僕の佐々木の姓になってる。向こうは馬場で、義父は馬場佐太郎さんと言うんですよ。それでこの人が和子でしょ。だから佐太郎の「佐」と「和」を取って、『和佐家(かずさや)』です。46年に結婚したんだっけ?」

「そうそう」

■毎朝ていねいにだしをとり、麺にもこだわる

 聞けばご主人の英世さんは、台東区の三ノ輪出身。三ノ輪と南阿佐ケ谷では少しばかり距離があるが、聞いてみればおふたりの出会いはなかなかユニークで、そして素敵だ。

 英世さんは、もともと東急電鉄に勤める駅員だった。まだ自動改札などない時代だったため、切符切りをしていた。勤務は一昼夜交代制だったが、朝の8時半に仕事を終えたとしても、若かったから体力があり余った状態。そこで「陣馬高原にでも行こうか」という話になって(いきなり陣馬高原を目指そうという馬力がすごい)友人と出かけたら、そのとき、やはり友人と2人連れでいた和子さんと出会ったというのだ。

「それで知り合ったんです」

「私は18だったよ」

「僕は3歳上だから21だったんだけど、そこから7年ぐらいつきあったの。でも一人娘だから、なかなか(結婚を)許してもらえなくて(笑)」

 だが、やがて「こっちに住むならいい」という条件を提示される。当時いた従業員が独立することになったため、跡取りとして入ったのだ。

「だから、うちのおかあちゃんが僕の先生です。料理の先生」

 英世さんは謙遜するが、いまや熟練の職人である。毎朝、鶏と豚のガラ、鰹節、煮干し、野菜を使い、ていねいにだしをとっている。麺は、数十年のつきあいがある製麺所のものだ。

■いよいよラーメンを注文!

「ラーメン」を頼んでみた。トッピングは、ねぎ、もやし、メンマ、チャーシュー、ナルト。いかにも「基本」という感じだ。スッキリとした醤油スープが、小麦の香りがする縮れた中太麺によく合う。奇をてらっていないからこそ、見た目にも味にも安心感がある。

 これは、正しいラーメンだ。

 ところで調理しているところを眺めていたとき、あることに気づいた。英世さんは、一品つくり終えるたびに、厨房をきれいに拭いているのだ。そういう店は、文句なしに信頼できる。

「そう、きれい好きなんですよね。道具も、昔から使っているものをきちんと手入れしているし」と、和子さんも英世さんの几帳面さを認める。

■仕事には手を抜かず、趣味にも没頭する

「それにね、こういうのも自分でつくっちゃう。けっこう器用だからね。鉄道模型も好きだしね」

 店内に飾ってある木彫りの看板を和子さんが指差すと、英世さんが話を続ける。

「あと、オーディオ。オーディオ好きなんです。管球アンプはみんな自分でつくってるの。近所にあった材木屋さんで、25ミリの合板を寸法を測って切ってもらって、スピーカーをつくったりね。音楽は、クラシックからラテンまでなんでも好きだった」

「自作のスピーカーって、いい音がするといいますよね」

「まあまあだな」

 仕事には手を抜かず、趣味にも没頭する。そんな実直な性格が、この店を支えてきたのかもしれない。とはいえ年齢的に、いつまでも続けるわけにはいかないと感じてはいらっしゃるようだ。

■「子どもたちはやらなくていいんだ。大変だから」

「うち、倅が2人いるけども、継がないからさ。あとはもう、この家がダメになったら閉店(笑)」

「そう、子どもたちはやらなくていいんだ。大変だから」

「同業者もどんどんやめてますよ。うちみたいなところは夫婦でやってるから、どっちかが欠けちゃうと、それで終わりになっちゃう。だから、だんだんと減ってきてるんです」

■昼どきを過ぎても客が絶えない“信頼されている店”

 定休日は日曜日のみ。朝は11時に店を開け、昼休憩もなしで20時まで営業する。以前は22時ごろまで開けていたものの、「もう疲れちゃってね」と和子さん。

「でも、あと3年ぐらいはがんばってやらなきゃと思って(笑)」

 ちょうど話に区切りがついたころ、15時だというのに老夫人がひとりでふらりと入ってきた。どうやら常連さんのようだが、そんな時間にも訪れる人がいるというのはあまりないこと。やはり、信頼されている店なのだ。

 撮影=印南敦史

INFORMATION

和佐家
東京都杉並区阿佐谷南3-10-2
営業時間 11:00〜20:00
定休日 日曜日

ニンニクなしニラ餃子 480円
ラーメン 530円
エビスビール大瓶 720円

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(印南 敦史)

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