「藤井聡太七段とは一局でも多く当たりたい」多くのドラマを経て、新四段2人がデビュー

「藤井聡太七段とは一局でも多く当たりたい」多くのドラマを経て、新四段2人がデビュー

同門(森信雄七段門下)、同年齢(1994年生まれ)、同期入会(2006年)の千田翔太七段と談笑する石川新四段

 9月7日に第65回奨励会三段リーグの最終18、19回戦が行われた。前節の8月15日に一足先に四段昇段を決めていた渡辺和史三段に続き、残る1枠の昇段を勝ち取ったのは石川優太三段である。両者は10月1日付で正式に四段へ昇段し、プロ棋士としてデビューする。

 東京千駄ヶ谷の将棋会館にて「三段リーグの一番長い日」となった9月7日の模様を追っていきたい。

■前期の石川は残り1勝で昇段という状況から連敗

 最終日を迎えた時点で、四段昇段の可能性があった三段は以下の通りである。

(11)渡辺和史 15勝2敗(昇段決定、18回戦は抜け番)
(1)※石川優太 12勝4敗
(12)関矢寛之 12勝4敗
(10)※服部慎一郎 11勝5敗
(14)古賀悠聖 11勝5敗
(3)※谷合廣紀 10勝6敗

 カッコ内の数字はリーグ順位、※は次点経験者(以下同様)

 12勝の石川が順位1位のため、最終日を迎えて10勝以下の者には2位以内に入って昇段する可能性はゼロだった。だが、谷合には2回目の次点獲得によるフリークラス編入の可能性があった。

 状況だけを見ると石川の優位は揺らぎそうにないが、何が起こるのかわからないのが三段リーグである。事実、前期の石川は残り1勝で昇段という状況から連敗し、昇段を逃していた。

 はたして、この日1局目となる18回戦でまたしても波乱があった。石川、関矢、服部の上位3名が総崩れ。関矢の相手である桝田悠介と、服部の相手である荒田敏史はいずれも年齢制限を間近に控えており、今期リーグで勝ち越さなければ退会となる。こちらにとっても大勝負なのだ。

■三段リーグでは、年齢が若い方がより評価される

 荒田はこの1勝で10勝7敗となり勝ち越しを決めたが、桝田は9勝8敗、続く最終19回戦にすべてを懸けることになる。

 そして石川は岡井良樹に千日手の末、敗戦。18回戦でもっとも遅い終局となった。だが、運命を懸ける19回戦の始まりはすぐに迫っている。敗戦の痛みを癒す余裕などはどこにもない。

 最終19回戦開始時の状況は以下の通りだ。

(11)渡辺和史 15勝2敗(昇段決定)
(1)※石川優太 12勝5敗
(12)関矢寛之 12勝5敗
(14)古賀悠聖 12勝5敗
(3)※谷合廣紀 11勝6敗
(10)※服部慎一郎 11勝6敗

 まだ石川の優位は変わらないが、流れは怪しい。この中で最年少(18歳)の古賀が一気の差し足を決めるかという声も出てくる。無情なようだが、年齢が若い方がより評価されるのが三段リーグという戦場なのだ。

■年齢制限による退会は決まっているが……

 石川の相手は坂井信哉。前節で今期の勝ち越しがなくなり、年齢制限による退会は決まっているが「(最終戦に臨む)坂井さんの顔はサバサバしていましたよ」という声があった。

 かつては自身の退会が決まった時点で、残りを指さなかった三段もいたが、最近そのようなことは起きていない。対戦相手だけでなく、その競争相手の運命も左右することになる以上、自身にとって意味がなくとも、対局を完遂して奨励会を終える。それが長年戦ってきたライバルに対する礼儀なのだ。

 最終戦開始から2時間以上が過ぎて、関矢の敗戦と古賀の勝利が伝えられた。これで昇段の可能性は石川と古賀のみ。石川が勝てば文句なし、負ければ古賀の昇段で、石川は2度目の次点によるフリークラス編入の権利が与えられる。つまり、この時点で石川の四段昇段は事実上確定した。

 石川は19回戦開始時の心境について以下のように語る。

「1局目に負けたときは、前期と同じことを繰り返すのかという思いしかありませんでした。終わったのが遅かったのでリーグ表は見ていませんが、昼食を取っているときに他の三段が話しているのを聞いて、状況はわかっていました。でもマイナス思考だったので、関矢三段と古賀三段のどちらかが負ければ次点2回だと、そっちのことばかり考えていました」

■3階の事務室に降りてきた一人の若者がいた

 最終局が始まってからも、しばらくはそういう思いにとらわれていたが、少し作戦負けの将棋を挽回して、中盤では「いい勝負になった」という手ごたえも感じていた。そして終盤になると盤上に集中できたという。間もなく相手玉の詰みが見えた時、石川は詰みの順を何度も確認した。「それほど難しい詰みではなかったのですが」と明かす。

 坂井が投了した瞬間は「前期の二の舞にならなくてよかった」という安堵しかなかった。そして、本当に上がったのかと半信半疑だった。感想戦が終わった直後に「おめでとうございます」という坂井の声を聞く。「うれしかったですね。坂井三段には3年半前の最終局(第58回三段リーグ)でも、勝てば昇段の一番で止められていたので、不思議な気がしました」と語った。

 石川が4階の対局室で歓喜と安堵の心理に相半ばしているときに、3階の事務室に降りてきた一人の若者がいた。最終戦で敗れた桝田悠介である。筆者を含む報道陣へ振り返り「お世話になりました」と一礼する。奨励会幹事の近藤正和六段に「何年だった?」と問いかけられて「(奨励会在籍が)13年です」と笑顔で最後の挨拶をする。その脳裏に去来するものは13年間にわたり戦い続けたという納得か。あるいは1年前にあと1勝していれば……という思いだったのか。桝田は事務手続きを行った後に、再び我々に頭を下げて姿を消した。

■「常々、『自信をもって指せ』と師匠に言われていました」

 最終結果は以下のようになった。

(11)渡辺和史 16勝2敗(昇段決定)
(1)石川優太 13勝5敗(昇段決定)
(14)古賀悠聖 13勝5敗(次点獲得)

 1位通過の渡辺が棋士番号319、2位の石川が棋士番号320の棋士として10月にデビューする。報道陣による囲み取材が渡辺、石川の順に行われた。その内容を紹介する。まずは1位の渡辺から。

「前節で昇段を決めた時は実感が湧かず、ホッとしたというのが一番の感想です。今日も自然な気持ちでいました。16勝2敗という結果は実力からしたら出来すぎで、信じられない気持ちです。三段リーグ12期はあっという間で、気づいたら年齢制限が迫り、焦る気持ちもありました。一番印象に残るのは1勝17敗だった1期目で、リーグが始まってしばらくは何とかなるという甘い考えでしたが、指せば指す程負けて、奨励会に行くのが怖くなっていました。次のリーグも1勝5敗のスタートで、二段降段を覚悟していましたが、師匠(豊川孝弘七段)をはじめお世話になった方々に『君は若いのでまだいくらでも先がある』と激励を受けて、吹っ切れました」

 今期の好成績については、「以前とで特に違うこともありませんが、今期は自信を持って指せました。常々、『自信をもって指せ』と師匠に言われていました。当初は根拠のある自信ではありませんでしたが(笑)、自身初めてとなる4連勝スタートを決めた辺りから、自信が持てました。あと、体調を整えることに気をつけており、コンディションの維持はできていたと思います」と語った。

 そして「まだ大きなことは言えませんが、もっと努力して、コンスタントにトップ棋士と当たれるようになりたいです」と、プロとしての目標を挙げた。

■「藤井さんが初段のときにネット将棋で」

 続いて石川は「(在籍した)13期の三段リーグを振り返ってみても、ほとんど昇段争いに絡めず、長いというより、ただ時間が過ぎていくだけという感じでした。3年半前のあとは前期まで勝ち越しもないので、自分が弱かっただけです。今期上がれた理由はよくわかりません。自分で変えた、変わったというところも思い当たりません。最後詰みが見えるまでプロになれるとは思っていませんでしたが、せっかくなので、藤井さん(聡太七段)とは一局でも多く当たれるように、頑張りたいですね」と語る。

 実は石川と藤井は一時期、よく将棋を指していたという。

「ネット将棋で、藤井さんが初段の時に縁があって始めました。始めて2〜3局は自分の方が強いと思っていましたが、アッという間に抜かされて藤井さんが四段に上がった時には相当に勝てなくなっていましたね。それからは藤井さんも忙しくなると思ったので。その頃までです」

 今後の目標を問われると、しばらく沈黙したのちに「まだそこまでの棋力がないので、タイトル獲得などの形ある目標については考えていませんが、私は対抗形(居飛車対振り飛車の戦型)が好きなので、その中終盤をファンの方に見てもらいたいです」と意気込む。

 そして、得意戦法については、「1年ほど前から連投している三間飛車です。何度も指しているとリーグの相手に手の内がばれますが、それでもいいと思うくらい面白い戦型ですね。面白さの理由を聞かれると難しいのですが。山本博志さん(四段)の三間飛車を参考にしています」と語った。

 囲み取材が終わった後は、恒例となっている打ち上げが将棋会館そばの焼き肉店で行われ、両新四段の他、戦友ともいうべき三段陣も参加した。まもなく石川は地元である関西へ帰り、そして渡辺は関係者が準備して待っている、二次会の場へ向かう。かくして「三段リーグの一番長い日」は終わった。

 写真=相崎修司

(相崎 修司)

関連記事(外部サイト)