川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点

川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点

©杉山秀樹/文藝春秋

 日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『 本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式 』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺傷事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。(全2回の1回目/ #2 へ続く)

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■等価可処分所得が1人世帯で122万円以下の層

――日本は7人に1人が貧困層に該当し、実際の生活はかなり苦しい家庭が相当数あるにも関わらず、社会のなかで可視化されにくい気がします。

石井 いま日本で問題になっているのは、「相対的貧困」の人々、具体的には等価可処分所得が1人世帯で122万円未満の層です。途上国のストリートチルドレンのような、見た目がもうボロボロの服で今日明日の食事にも事欠くような絶対的貧困ではないので、一見わかりにくい。でも実際には、日々ろくな食事を食べさせてもらっていない子供や、自分の親の年金で生活費をまかなっている50、60代、貧困ビジネスで食い物にされる生活保護受給者といった貧困層が2000万人近くいるわけです。

■「お金」や「場所」を用意するだけでは貧困問題を解決できない

 その何が一番問題かというと、貧困が生み出す「自己否定感」です。たとえば生活保護を受ければ、最低限の住まいはあって確かに餓死はしないでしょう。でも親も子供たちも「社会のお荷物だ」「世間に顔向けできない」といった疎外感をもちやすく、自己否定感を抱いてしまう。長年そういう精神状態でいると、自分の人生に対して希望を持てずに自暴自棄になり、犯罪、虐待、売春、薬物依存などの問題と結びつきやすくなります。

 生活保護予算はすでに3兆円を超え、国も各自治体も膨大なお金をかけてさまざまな施策を打ち出していますが、この自己否定感の問題に目を向けて一人ひとりの中に「自己肯定感」が生まれるような支援でないと、いくらお金を出し、ただ場所を用意したところで問題の抜本的解決にはなりません。単に支援センターみたいな箱だけあって、「ここに来なよ」「支援者もいますよ」といわれても、とくに未成年者にとっては関わりづらいものがあります。

――メンタルの部分に踏み込んだ福祉政策でないと、せっかくの支援があまり功を奏さないということでしょうか。

石井 その通りです。自己否定感を持った子は、学校にも部活にも家庭にも居場所がありません。そういう子は地域コミュニティの中で自分の役割をきちんと持ててこそ、はじめてアイデンティティができて、そこが自分の居場所になってきます。金銭と箱だけでは貧困問題を解決できないんです。

 じつは、川崎中1男子生徒殺害事件を取材して分かったのは、被害者の上村遼太くんも加害者の少年たちもみんな、地元のNPOや児童福祉施設と何度かつながっていたのに、全員そこからこぼれ落ちてしまっていたことです。遼太くんのケースでいうと、家庭内暴力が原因で離婚したお母さんは5人の子供を抱えて生活保護を受けていましたが、そこにお母さんの新しい彼氏が家に住み始めるんです。そんな複雑な環境ゆえ思春期の中学1年生にとって家に居場所はなかった。加害者側のある少年はフィリピン人ハーフで、お父さんは蒸発していないし、パブで働くお母さんは日本語が話せず子供をネグレクトし、家では妹と二人で食事もままならない極貧家庭でした。学校ではいじめられて不登校になり、結果、行き場がなくなって不良グループで集まるようになっていった。そして些細な勘違いから、43回もカッターナイフで切り刻まれたあの悲惨な事件が起きたわけですが、福祉制度との接点はあったにもかかわらず、自己否定感から始まった負の連鎖がセーフティーネットを食い破ってしまった。

■弱肉強食の「孤児の時代」

――この問題を論じるうえで、本書では戦後の児童福祉政策のあり方を4つの時代にわけて論じていたのが新鮮でした。戦後〜60年代「孤児の時代」、70年代〜80年代「校内暴力の時代」、90年代「いじめの時代」、2000年代以降「虐待の時代」です。

石井 時代の流れを俯瞰してみると、根っこの問題を解決しないまま対症療法で押さえつけても、時代によって問題の表出の仕方が変わるだけだということが見えてきます。まず「孤児の時代」から考えていきましょう。戦後、街に浮浪児が溢れかえりましたが、彼らはいわゆる戦災孤児と、戦争で精神を病んでしまった親に捨てられた家出少年たちで構成されていました。その最大のたまり場は上野で、12歳以下を中心とした浮浪児が靴磨きや闇市の手伝いなどで食いつないでおり、逆に13歳以上の子供たちは、農家の深刻な人手不足を背景に人買いによる人身売買の対象にされた。社会全体が混乱していた時期で、物理的に食べ物も生活に必要な物資も大きく不足し、1948年には日本で初めて児童福祉法が施行されますが、当然国の手当は追いつきませんでした。

 子供たちは怒りの表出先をどこに向けるかというより、日々生きるだけで精一杯の弱肉強食の世界でした。統計をみると明らかですが1950年代に入って自殺者数が急激に増えていくんですね。路上での野垂れ死や餓死、凍死も多く、精神的に耐えられなくなった人たちから自殺していく。かつて上野の浮浪児だったヤクザの組長に取材したことがあるんですが、当時はみんなお腹をすかせて犬も食料にしているような状態。あるとき隅田川を歩いていたら仲間がひとり「もう疲れたよ」ってつぶやいて、ドボンと隅田川に飛び込んで自殺してしまったそうです。生き延びたその組長は戦後73年たって、その同じ川に飛び込んで自殺するんですね……。

 生き残るというのが運だった時代。浮浪児だけでなくパンパンや傷痍軍人のような社会に捨てられた棄民が相当数いた。彼らは棄民たち同士で助け合い、それこそヤクザに助けられて生き延びた子供たちもいた。生きるのに必死すぎてそこには尊厳もクソもなかったというのが彼らの本音で、日本が絶対的貧困だった時代です。

■「忠生中学生徒刺傷事件」にみる「校内暴力の時代」

――それが60年代の高度経済成長を経て、70年代には「校内暴力の時代」になったのはなぜでしょうか。

石井 まず高度経済成長期に核家族化が進んで、地方から都心部へ多数の人口が流入しました。いままでだったら地方コミュニティのなかで家庭に問題が起きたら親戚や地域の人に助けを求めやすかったのが、問題を家庭内で抱え込みやすくなった。大量生産・大量消費社会の出現を背景に、家を買うのにローンを組む人が増え、クレジットカードが普及し、消費者金融が拡大していったのもこの時期です。日本の企業が世界に進出して国内の景気がよくなる反面、この時期、サラ金よって家族が離散したり、成長の恩恵にあずかれない家庭の格差はどんどん拡大していきました。

 この頃は、核家族に対する理解と支援がなかったうえに、当時の様子を学校の先生たちに聞くと、「闇金」の横行で一回借金したら雪だるま式に返せない額に膨らんで、親が「蒸発」してしまう家庭もけっこうあった。児童養護施設に引き取られた子供たちの多くは経済的な問題を抱えた家庭でしたし、差別などもあからさまな形でありました。つまり、社会によ って貧困家庭が押しつぶされている構図が明らかだったのです。

 そこで、「社会が家庭を壊したんだ」と大人が支配する社会に不満を抱いた高度経済成長期の子供たちは、中学生・高校生になった70年代に校内暴力という形で抱えていたフラストレーションを爆発させます。先生に対する暴力行為や生徒同士の血を流すような喧嘩、学校の窓ガラスをわってバイクで走り回るような不良行為が日常茶飯事。80年代放送のドラマ『スクール・ウォーズ』の世界なわけですが、TVだと熱血教師がみんなを押さえつけていたのが現実にはむしろ先生たちのほうが痛めつけられていた。

■「教師と生徒が逆転」の衝撃

 象徴的なのが83年の「忠生中学生徒刺傷事件」です。町田の中学につとめる30代の男性教師が自衛のために果物ナイフを持ち歩いていたのが、ある日生徒に襲われて反撃して、ケガを負わせてしまった。世間はびっくりしたわけですね、いままで教師が生徒を押さえつけていると思っていたのが完全に逆転している。最初は教師を批判するトーンだったのが、よく見れば校内暴力は深刻化していて、街中に暴走族も溢れかえっている。事件は大々的にメディアで報じられ、国は全国の校内暴力の沈静化に本腰をいれて、学校に警官を派遣して非行少年を取り締まったり、暴走族を一網打尽にして少年院に送り込むようになりました。あの頃「警察24時」ものの番組でもよく、暴走族壊滅作戦などに密着していたでしょう。

――ありましたね。爆音鳴らして走行する暴走族集団vs県警パトカーみたいな。

石井 不良グループも暴走族もそうですが、当時の不良児は「組織化」されていました。貧困家庭でグレてしまった子とか、虐待家庭で育った子とか、いまでいう発達障害の子とかが、不良の縦社会のなかで殴られながらもついていって、仲間とともに社会に怒りをぶつけ、大人の社会にたいして復讐をしていた。でも警察が本格的に介入するにしたがって、80年代後半からバブル期の幕開けとともに徐々に校内暴力が減っていきます。「24時間戦えますか」のCMに代表されるように、この頃はとにかく猛烈に働く企業戦士が多く、父親は休日もゴルフだ接待だと仕事でつぶれ、子供を十分にかえりみない家庭も多かったでしょう。家庭という問題の根っこは変わらないまま、ガス抜きだった校内暴力という「穴」に強引にコンクリートを流し込んで詰めたら、今度は別の穴が開いただけでした。

石井光太(いしい・こうた)
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『漂流児童 福祉施設の最前線をゆく』『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』など多数。

3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった へ続く

(石井 光太)

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