警察発砲&マスク禁止法―― 混迷の香港デモを指揮する“謎の組織X”が存在する?

警察発砲&マスク禁止法―― 混迷の香港デモを指揮する“謎の組織X”が存在する?

地下鉄MTRの駅入り口を放火するデモ隊(10月4日)。破壊行為はますますエスカレートしている ©getty

体制側が語る香港デモ「政府は完全に判断を誤った」「警察はもう限界だ」――大物議員に聞いた から続く

 香港の抗議運動は発生から約4ヶ月目を迎えた。10月1日に警官が18歳のデモ参加者に実弾を発砲、10月4日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が事実上の戒厳体制である緊急法を発動してデモ参加者の覆面を禁じる法律を制定するなど、事態はかなりの緊張状態に突入している。

 私は運動初期の6月に短期間、8月末から延べ1ヶ月ほど現地入りして運動を眺めてきたが、特に9月末に入って警察・デモ隊ともに暴力がエスカレートした印象だ。今回の香港デモは「リーダーや組織がない」とされ、激化した場合の歯止めの効かなさを懸念する識者も多い。

――だが、本当に運動を統括する組織はないのだろうか? 

 香港デモは(日本人や欧米・中国メディアを含めて)支持派・反対派のいずれかに強烈な思い入れや政治的動機を持つ人が多く、両派が各自にとって都合のいい情報だけを発信しているため、ことの真偽が非常にわかりづらい。「組織がない」という広く知られた話についても、実は疑ってかかる余地がある。

■吉野家、元気寿司も……「仕事」のような破壊行為

 事実、特に大規模な衝突の現場では、デモ隊の勇武派(警官隊との衝突を辞さない過激グループ)はかなり統制された動きを見せている。デモ隊が常用するメッセージシステムTelegramの公式チャンネルにアップされた前線部の分掌図を見ると、最前線で火炎瓶や石を投擲する攻撃部隊、催涙弾を無効化する防御部隊など、役割分担も整っているようだ。

 また8月末ごろからは衝突の正面戦線とは別個に、数十人程度の遊撃部隊が周囲の地下鉄駅や民間店舗への落書きや破壊・放火を繰り返すようになったが、こちらの動きも非常に統制されている。怒りのあまり思わず壊した、という感じではなく、彼らは計画的にターゲットを選定して「仕事」をおこなっているようだ。

 例えば、遊撃部隊による銀行襲撃は中国系銀行のほかに香港の地場の銀行である東亜銀行や南洋商業銀行(親会社は中国企業)、シンガポール資本の華僑永享銀行などが狙われるいっぽう、HSBCや恒生銀行、シティバンク、スタンダード・チャータード銀行などはほぼ無傷。店舗襲撃は吉野家や元気寿司、スターバックスなどマキシム(美心)グループ傘下企業がターゲットにされるいっぽうで、ユニクロや無印良品は無傷……といった具合である。

 こうした統制は前線部隊だけではない。たとえば裏方役としては「哨兵(偵察)」部隊が存在し、Telegramのチャンネル(LINEでいうグループに相当)内で警察の動きを逐一報告し続けている。報告される情報はかなり詳細かつ正確で、個人がたまたま目の前で見た光景を投稿しているような自由参加的なムードは感じられない。

 すなわち東京で例えるなら、「新宿の衝突現場で放水車登場」「北千住駅構内で機動隊約20人を確認」「蒲田付近第一京浜にてパトカー5台都心向けに走る」「八王子駅前で警官と地元住民が口論」といった都内各地の警察の動向情報が、一定のフォーマットに従った投稿形式でほとんど粗漏なく同時に書き込まれ続けているのである。

■偵察部隊幹部との接触に成功

 これを不思議に感じた私は、9月末に哨兵の担当者「L」(仮名)に直接取材を試みた。Lは後述する哨兵コミュニティの上層部と接触できるレベルの位置におり、作戦に対して一定の意思の反映が可能だとみられる。

 彼は22歳の男性ホワイトカラーで、話し方は論理的だ。デモ隊の末端には、メディアをおそれて極端に慎重に取材を受ける人や、運動の教条的なスローガンだけを繰り返すような人もいるのだが、Lは異なる。

 私が彼らの運動の手法に全面的には賛成していないと告げたにもかかわらず、Lは「取材を受けることも対外宣伝の一部だ。双方がメリットを得る形を望む」と話すなど、したたかに海外メディアを利用するクレバーな視点を持った人物だった。以下に対談形式でインタビュー内容を紹介しよう。

(※取材は9月30日、九龍半島東部のホテルの室内で普通話(標準中国語)を用いておこなった。また、Lの発言部分は本人の言葉をできるだけ忠実に伝えたが、私の質問部分は読者の利便性を考えて言葉を補った。)

■「『就業証明』を確認してスパイの侵入を防ぐ」

――哨兵部隊が成立した経緯について教えて下さい。

L: 自分のケースについてしか話せないことを先に断っておく。(最初に100万人規模の抗議デモが発生し、夜間に一部参加者が警官隊と衝突した)6月9日夜、金鐘の立法会(国会議事堂に相当)から湾仔方面に向けて警官に追い立てられている学生がいたんだ。そこで、僕を含む有志がTelegramのチャンネルを作成して警官が少ない場所の情報を共有し、逃亡経路の情報を共有するようになった。これが哨兵部隊の契機だ。

――なるほど。確かにTelegram上にはその後身かもしれない哨兵チャンネルが複数あり、私も参考にしています。ただ、外部の人間でも閲覧や投稿が可能ということは、警察や反対派の市民がデマを投稿する可能性はありませんか。本当は警官だらけの路地を「安全な場所」として誘導するような。

L: あなたが見ているような誰でも参加できるオープンなチャンネルは「公海」というんだ。こちらはもちろん、警察も見ている。なので、これ以外に哨兵任務に就いている人間だけの小組(ミニグループ)のチャンネルが別個にある。こちらはクローズドだ。

――哨兵任務に就くメンバーはどうやって集めるんですか?

L: まず、「公海」で希望者を募る。その希望者から、就業証明を送ってもらい警察関係者ではないことを確認したうえで仲間に入れる。現時点まで約4ヶ月が経ったが、スパイの侵入は確認していない。

■「偵察任務の司令部が存在する」

――ということは、希望者の身元を判断して任務に就いてもらうかどうかを判断する権限を持つ、哨兵のコアグループが存在するということですね。

L: まあ、そうとも言える。これらの判断をおこなったり、作戦を出したりする「総隊」が存在している。

――この総隊が一般の哨兵たちに指令を下すと。

L: いや、総隊のメンバーはそれぞれ、各哨兵部隊の小隊長1人とだけ接続する連絡員になっている。指令を受けた小隊長が、その小隊のメンバーに任務を伝達する形だ。逆に一般の哨兵が得た情報は、小隊長から担当の連絡員を通じて総隊に上がる。

――なるほど、他の小隊にどういう指令が下っていて、どの地域に展開しているかは、末端細胞である一般の哨兵や小隊長は知らないわけですね。それに、末端細胞が得た情報はいったん総隊のチェックを経たうえで「公海」に公開されるわけですから、デマが入り込む余地はほとんどない。

L: そういうことだ。このシステムは6月12日に確立し、その時点で哨兵は合計で100人ほどいた。現在の人数は教えられない。ただ、地味な任務なのは確かだから、これを嫌がって前線で戦う勇武派に転向するメンバーもいる。

■高校野球ばりの「伝令」も

――哨兵部隊を運用する上でのトラブルはありませんでしたか。

L: 当初、一部のメンバーが自分の意見を情報に反映させすぎる傾向があった。「次は〇〇に向かえばいいと思う」といった意見を伝えがちな傾向があったんだ。ただ、(それはデモ全体の作戦判断に支障をきたすので)よくないと、哨兵部隊のなかで話し合って解決した。6月半ばからはそういうことはなくなっている。

――哨兵は香港の各地でこっそり見張りをおこなっているわけですか。

L: そうだ。わかりやすいところでは、湾仔の香港警察総部(警視庁に相当)を見張るような行動だ。事前に地図をよく調べて、たとえば歩道橋の上のような見通しのいい場所で観察をおこなう。他に衝突の前線で戦っている勇武派に情報を伝達する任務や、前線の状況をレポートする遊撃任務も存在する。

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――前線への情報伝達も、やはりTelegramを使うわけですか。

L: ああ。ただ、衝突中にいつもスマホを見られるとは限らないので、直接前線に向かう伝令をおこなうときもある。

■「この連絡は15秒後に消去される」

――ところで、総隊の連絡員は小隊長と一対一で接続しているという話ですよね。でも、仮に小隊長が逮捕された場合は、チャットの履歴から芋づる式に総隊まで捜査が伸びるんじゃないですか?

L: だからTelegramは便利なんだ。Teregramには「シークレット・チェック」モードがあって、このモードで会話をした場合、どちらか一方が消去操作をすれば、相手先のスマホからも会話履歴が消滅する仕様になっている。これなら片方が逮捕されても証拠は残らない。

――でも、消去される前に警察が相手のスマホをチェックすることもあり得るのでは?

L: シークレット・チェックモードでの会話なら、重要な命令や危ない内容のメッセージについては自己破壊タイマー(Self-Destruct Timer)を1秒〜1週間の範囲で設定できる。たとえば15秒に設定した場合、受信者がメッセージを読んでから15秒後、当該のメッセージがスマホから消去される仕組みになっているんだ。

――香港のデモ隊がなぜLINEやWhatsAppではなくTelegramを使うのか不思議でしたが、納得しました。

L: 他に一定時間が経ってからメッセージを送信する機能もデモ参加者に好まれている。大規模なデモに出向く前に、自分の本名や連絡先、弁護士の電話番号などを、信頼できる仲間宛てに送信予約を掛けておくんだ。これなら、仮に逮捕された場合は○時間後にかならず仲間にその連絡が届くから、スムーズに救援してもらえる。逮捕されず無事にデモを終えられたときは、その送信予約を解除すればいい。

――Telegramはロシア製のアプリで、かのイスラム国も使っていたといいます。確かに反体制運動には非常に使い勝手がよさそうなツールですね……。

■600人でビラを校閲

 Lへのインタビューは以上だが、実はこうした組織は哨兵部隊のほかにも確認されている。たとえばビラなどを作る文宣(プロパガンダ)部隊だ。デモ隊のスローガンが貼られたレノンウォールのビラやポスターは、かなりクオリティが高い。

 ビラではたとえ過激な画像が使われることがあっても、主張の内容は大衆ウケのいい穏健なものにとどまる傾向が強い。事実、9月以降のデモ現場では、中国人排斥の主張や破壊・放火が見られる例が多々あるのだが、ビラではヘイトスピーチや破壊行為の扇動を呼びかける文言はほぼ登場しない。一定のクオリティチェックを経ていることを感じさせる。

 事実、9月9日付の香港紙『明報』がそれを裏付ける報道をおこなっている。こちらによると、文宣部隊はジャーナリストや編集者・弁護士なども加入する600人規模のグループであり、ビラに誤記や法的に問題がある表現がないかを厳しく精査したうえで公の場に出しているという。『明報』記事をもとにまとめると、ビラの制作過程は以下の通りだ。

(1)クリエイターがビラの初稿を制作
 ↓
(2)クリエイターが初稿を文宣Telegramのクローズド・チャンネル内に投稿
 ↓
(3)(総隊に相当する文宣チャンネル管理者たちのなかで)デザインの精査、文言の校閲とファクトチェック、弁護士による法的チェックなどの意見出しがなされる
 ↓
(4)クリエイターが修正意見を反映して2校を作成、Telegramのクローズド・チャンネルに投稿
 ↓
(5)再度の意見出しがなされる
 ↓
(6)文宣チャンネル管理者が完成品のビラをTelegramのオープン・チャンネル(公海)、Facebookなどで公開。印刷してレノンウォールへの貼り付けがなされる。

 日本のヘタな出版社やネットメディアよりもしっかりしたチェック体制である。香港デモ隊は日本を含めた世界各国の主要紙にデモ支持を訴える意見広告を何度も出しているが、こちらも文宣部隊によってなされている。

■では、各部隊を統括する“大組織”の存在は……?

 クローズドな上部組織が作戦の決定権を持ち、充分に精査された作戦を下部メンバーに指示したり、デモ隊にとって「正確」な情報を公開チャンネルに流したりする形式は、哨兵部隊も文宣部隊も変わらない。

 おそらく、警官隊と戦う勇武派の精鋭部隊や、地下鉄や親中国企業の店舗を襲撃する遊撃部隊、ケガ人の救護部隊や逮捕者の釈放を支援する救対部隊、ロジスティクスを担う物資部隊、Telegram上で個々の警官の個人情報を暴露し続けているサイバー部隊なども類似の形式で運用されているのだろう。事実、Lは「どこも似たような感じではないか」と話していた。

 そこで当然の疑問として出るのが、この哨兵・文宣・勇武……といった各部隊は、どうやって相互に連携しているかという問題だ。ここからは推測になってしまうが、たとえば哨兵部隊における総隊と各小隊の関係と同じように、各部隊を統括する「大総隊」のようなコミュニティが作られている可能性は充分にあるのではないだろうか。

■デモ隊が「組織はない」と主張し続ける理由

――各部隊の上部に、そういう統括組織Xは存在しないんですか? たとえば、哨兵代表者・文宣代表者・勇武派代表者・救護代表者……といった人たちが、Telegram上で統合参謀本部のようなシークレットコミュニティを作っているのでは?

L: そんなものはない。今回の運動の特徴は「無大台(組織がない)」だ。必要なときに別の部隊に対して人をやって、連絡し合っているだけだ。

 私がLに尋ねたところ、そんな返事がきた。香港デモが「無大台」であることはデモ関係者が対外的に必ず口にする言葉で、また運動が香港で求心力を集めるための最大の売りなので、Lはこの質問には否定するしかないのだろう。

 2014年の雨傘革命後の5年間で、香港人は既存の政党や学生組織、活動家らをまったく信用しなくなっており、誰かが代表にいるとわかれば対内的に損なのである。

 だが、哨兵や文宣などの各分野の部隊がこれだけ組織化され、また運動のなかでは相互の組織間の連絡やイデオロギーの統一が必須である以上は、彼らの代表者たちをたばねて決定権を行使する統括組織が存在しないと考えるほうが不自然ではないか。

■警察をあざむく「高度な戦略」は誰が立てているのか

 事実、統括組織Xの存在を疑わせる要素は少なくない。中国の国慶節(建国記念日)にあたる10月1日には香港の全域で同時多発的にデモが起き、少なくとも6ヶ所については事前に場所と開始時間が示されていた。こちらからは、人数面で警察にまさるデモ隊があえて戦闘地域を分散させることで警察の疲弊を狙う的確な戦術が見て取れるが、誰がこの戦術を立案したのだろうか。

 また、毎月のデモの日程や場所は、おおむね前月末ごろ〜数日前には告知されている。デモごとに「光復元朗(元朗を取り戻せ)」や「警察の暴力反対」などのコンセプトも設定されているうえ、そうした各コンセプトに異論を唱える声はほとんど聞かれない。

 そもそも、当初は逃亡犯条例改正案への反対運動だった香港デモは、7月ごろから警察の暴力行為への独立調査委員会設置などを求める「五大要求」の貫徹要求運動に変質したが、「五大要求」の決定や、内容の一般参加者への浸透は異常にスムーズだった。不動産価格の引き下げや中国人新移民の流入制限といった、一部の参加者との親和性が強い主張を要求に含めてくれと抗議する声も、ほとんど聞かれない。

 異論が少ないのは「不譴責(他者を批判しない)」「不割席(分裂しない)」といったスローガンがデモ参加者に共有されているからだろう。だが、そもそもこのスローガンがなぜすんなり共有されたのかも不思議である。

 主張の統一、大規模なデモや集会の全体戦略や日程・場所の策定、海外の反中国勢力や香港内のシンパの富豪などから大量に流れ込んでいるとみられる活動資金の管理といった高度な意思決定は、統括組織Xの内部でかなり慎重に決められているのではないかと思える。

■「2ちゃんねるのオフ会」「アノニマス」形式?

 もっとも、統括組織Xは仮に存在したとしても、既存の政治運動団体や活動家とはほぼ無関係だろう。日本のメディアで「香港デモのリーダー」としてよく取り上げられているジョシュア・ウォンや周庭などの顔ぶれも、おそらく加わっていないはずだ。

 以下、哨兵や文宣の組織構造を見た上での私の想像を書く。香港デモの統括組織Xは、たとえばゼロ年代に流行した日本の2ちゃんねるのオフ会行動(2002年にフジテレビに抗議する目的でおこなわれた湘南海岸のゴミ拾い運動など)のメンバーや、2010年代前半に猛威をふるったアノニマスなどに近い形式で、意思決定がなされているのではないだろうか。

 すなわち、互いに顔や名前も知らない究極のコアメンバーたち(一部は海外に在住していても不思議ではない)がサイバーコミュニティ上で会議する形で主要な決定をおこない、傘下の哨兵や文宣などの各部隊にそれを伝達する形式が取られているのではないかと思えるのだ。

 それはさておき、ビラの内容やTelegramへの投稿、果てはSNS上などでの日本語での情報発信や、吉野家の店舗の破壊行為にいたるまで、香港デモで見られるさまざまな行動が、慎重な検討と作戦立案のうえでおこなわれていることはほぼ間違いない。

 猛烈な燃え上がりを見せている香港デモで、数十万人から数百万人の参加者を動かすシステムはどうなっているのか。デモのイデオロギーそれ自体以上に、なかなかミステリアスで魅力的な話だと思っている。

(安田 峰俊)

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