子どもの「いる人」と「いない人」の分断を起こさないために

子どもの「いる人」と「いない人」の分断を起こさないために

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 2019年の出生数が、ついに年間90万人を割りそうだ、というニュースが入ってきました。

 素直にヤバいことだと思います。

出生数90万人割れへ 19年、推計より2年早く:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50672490W9A001C1MM8000/

■毎年100万人都市がまるまる1個なくなる人口減少

 ベビーブームだった世代が45歳を概ね越え、今後は転がり落ちるように日本の出生数は減っていってしまうのではないか、と危惧されます。子どもはお母さんから生まれる以上は、出産適齢期の女性の人口がこれから減少する限りは、人口が均衡するとされる出生率2.07程度をキープしても、もはや日本人は減っていくモードに入ったことになります。

 さらにマズいことに、今後は2060年ごろまで毎年100万人都市がまるまる1個なくなるような人口減少に日本は見舞われます。子どもの数が増えないのですから、基本的に日本国内の市場は縮小し、需要が減る限りはモノやサービスの価値が低下してデフレは止まらないのは確定と思っていいんじゃないでしょうか。これでモノの値段が上がるとしたら、税金が上がるか、財政破綻して日本円の価値が崩落して物価が暴騰するときぐらいしかあり得ないわけでして、ほんとこれどうしようもねえよな、と思います。

■政府から「産んでください」と言われても

 それまで日本政府は何故こんなに無策だったのか、と批判する向きもあるわけですけれども、実際には少子高齢化が予見されて問題視された1994年には「エンゼルプラン」が、さらに少子化が進んでヤバいってことで、1999年には「新・エンゼルプラン」が策定されました。まあ、政府も「少子化はやべえだろ」ということで、何かせんといかんという風には考えていたと思うんですよね。

 でも実際には、少子化担当大臣は内閣府特命担当大臣という、いわゆる「掛け持ちポスト」の扱いになっていて、社会保障の予算としても伝統的に高齢者対策に比べて端パイぐらいのお金しかかけられませんでした。そうなると、政府が悪い、財務省が悪い、失政だと言いたくなる人たちも多いのかもしれませんが、実際問題として、子どもって政府から「産んでください」と言われて「ハイ、そうですか」と産むものなのかと思うわけですね。

■15年前にはすでに分かっていた晩婚化・未婚化

 私たち人間は生物ですから、その存在の一丁目一番地はなるだけ自分たちの子孫を残すためにどう生存戦略を達成するかという話になるわけでして、いまの社会においては「少ない子どもを産み、しっかりと育てて社会で生き抜けるスキルを与え、長生きしてもらう」という作戦を取る「合理的な現代日本人」が多くなったってことじゃないかと思うんですよね。あるいは、子どもは要らないという選択が社会的に容認されるようになったり、逆に結婚したくてもできない男女が「おひとりさま」として受容されるようになったということでもあります。

 実のところ、内閣府が策定した2004年(平成16年)の少子化社会白書では、もろに「晩婚化・未婚化の進展」が少子化の原因であると原因を究明しています。15年前にはすでに分かっていたわけですねえ。分かっていたのに対策が打てなかったんですよね。

なぜ少子化が進行しているのか(平成16年版 少子化社会白書より)
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2004/pdf_h/pdf/g1020110.pdf

■カネが理由で結婚しないなんてありえなかった時代

 で、よく結婚においては「カネがないので結婚ができない」ので「カネまわりの悪い、若者にカネのない社会がいけない」と、政府の経済政策における失政が責任だ、と批判することもまた多いわけなんですけど、少子高齢化の白書を見ていると経済的な要因が理由で結婚できないと回答する人は男性25%、女性15%ぐらいで、それよりも圧倒的に「結婚したいと思えるような、適当な相手と巡り合えない」ことが理由になっています。

 子どもが増えた1960年代や1970年代は、まだまだみんな貧しかったけど、結婚して子どもを産むのが当たり前の時代だったから、カネが理由で結婚しないなんてありえなかったんですよね。逆に、日本が再び人口を増やそうとなれば、貧しくても子どもを産むという社会風土にしないと絶対に無理じゃないかと思うんですよ。そして、日本の場合は特に結婚しないと出生が増えないという社会条件が加わり、婚外子やシングルマザーには厳しいところがあるので、家族の形態はともかく子どもは産んでねという政策にはなかなかならないのが難点でもあります。

■大都市圏は結婚比率が低く出生率も低迷

 私にもよく結婚相談がありますが、アラフィフに達したいい歳したジジイが「20代の女性と恋愛結婚したい」と言い放つ事案があったり、市場価値がゼロに近い女性が「結婚相手は最低でも年収600万以上」と条件を付けてきて「鏡を見ろ」という状況に陥ったりと、なかなかお前らの相手はしてられんわという問題に行き当たります。なにぶん、民主主義で国民主権の世の中ですので、本人がどう思おうと自由なんですけど、逆に現代日本が自由であるがゆえに自由過ぎて周りから世話を焼かれることもなく年を重ねて結婚するべき年齢を過ぎてしまうという事態は往々にして起きてしまうようです。

 また、東京都など大都市圏は結婚比率が低く出生率も低迷する傾向にあるので、都市部に若い女性を移住させるべきではないという暴論もちらほらあるわけです。けれども、単純に結婚して所帯を構えると大都市圏から埼玉千葉岐阜三重奈良和歌山へ転居する若い夫婦が増えているだけであって、賢くみんな生きているのだと思い至るわけであります。

■子どもの「いる」「いない」で分断してしまう社会

 つまりは、みんな個人個人の思いや関心を追求して良いという自由な日本社会で刺激的に生きているうちに、結婚したり出産・育児するよりも自由で楽で面白い時間を満喫できてしまうという現代特有の罠に直面するのでしょう。結婚はともかく、出産・育児は誰もが不安で、常に楽しいことばかりではありませんし、何よりやってみないと分からないことです。分からないことをやる困難よりは、目の前の仕事や友人関係、趣味を楽しんで生きていたいという選択肢がある限りは、「結婚も出産も、自分の人生の目標ではない」と感じやすい風土はどうしてもあるように思います。

 でも、人間健康を損ねたり、だんだん身体に自由が効かなくなる40代、50代に差し掛かると、どうしても「ああ、結婚しておけばよかった」「子どもが欲しかった」と後悔するようになるようです。私も子ども4人を抱えて育児に右往左往している毎日ですけれども、独身者に羨ましがられることは確かにあります。子育てや介護をしていると、独身時代に比べてどうしても夜の会合などの付き合いが悪くなりますので、FacebookやInstagramで飲み歩き・食べ歩き画像を垂れ流しているのはだいたい独身男女であるという実例が出てきます。社会が、子どもの「いる」「いない」で分断してしまっていると実感するのは、やはり家庭を構えている層と、独身で社会の前線で頑張っている層とで話が合わないときです。

■社会全体で子どもを育て、育む仕組みが必要

 まあ、実際そういう私も、独身の時代に妻帯者や子持ちが「子どもが熱を出したので帰ります」とか「送迎があるので今夜の会合は伺えません」などと言われたときはイライラしたもんです。思い返せば、相手には家庭があり、父親母親としての立場があって、責任を背負っているから仕事は後回しで当然なのだということが理解できないでいました。結婚して子どもができてはじめて「げ、これは仕事どころではないぞ」ということが多発して、意識が一気に改まるわけですが。

 そして、社会の分断というのは、やはりこういう立場を超えて生き方・働き方に対してどうお互いに受容していくのか、相克を克服していくのかにすべてがかかっているように思います。日常的に目にするマタハラ(妊婦に対する職場などでの嫌がらせ、ハラスメント)や、地域で子どもを育てるときに起きるママ友問題など、単に相手を尊重しましょうということだけではなく、なるだけ理解を深めよう、相手に歩み寄ろうという社会にしていって、社会全体で子どもを育て、育む仕組みにしていこうという流れにならないと、少子化対策など仮に予算があってもなかなか進まないと思うんですよ。

■未来に向けていろんな投資や改革ができるように

 私の生まれた1973年は、ベビーブーム世代最多の209万人が生まれた年でした。それが7分の3ですよ。7分の3と言われてもピンとこねえよ。まあ要するに半分以下ってことです。そんな人の数で、高齢者は対策しなきゃいけない、先端教育は続けていかなくちゃいけない、産業力は維持したい、地域経済も回したい、とやるべきことはたくさんあります。でも、人がいきわたらない限り、何かを諦め、何かを選択していかないといけません。そうでないと、ずっと若者は車離れしたり、職人離れしたりという「○○離れ」を続けることになり、地方や中小企業には人が集まらず、擦り切れるように駄目になる分野が生まれてしまう。

 やはり、社会的コンセンサスとして、いままでの社会はいままでのようには続けていけない状況になったのだ、少なくなった子どもをもっともっと大事に育てて次の時代の日本に資する社会変革をしないといけないのだ、と言い続けないと駄目なんだと思いますね。

 それは、独身者や年寄りや地方は単に切り捨てろということではなく、また、コスパで子どもを儲ける儲けないという話でもなく、もう少し未来に向けていろんな投資や改革ができるような社会にしていこうという議論をちゃんとやらんといかんのだろうと。それが、戦後一貫して続いてきていた右肩上がりの社会制度からの脱却であり、新たなる日本が迎える「撤退戦」をどうデザインするかに繋がるのではないかと私は思っています。

(山本 一郎)

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