ノーベル賞すら通過点! “現代テクノロジー社会の神”吉野彰71歳が思い描く「未来の世界」

ノーベル賞すら通過点! “現代テクノロジー社会の神”吉野彰71歳が思い描く「未来の世界」

ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さん ©AFLO

 野球における投手と捕手の組み合わせも、電池も「バッテリー」と呼ばれる。投手と捕手の間を行き来するのはボールだが、電池ではプラス極とマイナス極の間をイオンが行き来する。

 簡単に言えば、リチウムイオンをキャッチボールするのがリチウムイオン電池だ。リチウムイオンは打ちやすく飛びやすい“ボール”なので、それで野球が可能だと提唱したのがマイケル・スタンリー・ウィッティンガム米ニューヨーク州立大学卓越教授、優れた投手を見つけたのが米テキサス大学教授、そして安定感のある捕手を見つけてキャッチボールを成立させたのが吉野彰旭化成名誉フェローである。

 スウェーデン王立科学アカデミーは9日、この3人に2019年のノーベル化学賞を授与すると発表した。

■テクノロジー社会を根底から支える土台を築いた

 筆者は2年前の2017年6月にジャーナリストの立花隆氏と共に吉野氏を取材した。旭化成が日比谷に本社を戻す前、神田神保町に仮住まいしていた頃である。

 当時すでに吉野氏のノーベル賞受賞は時間の問題と見られていた。私も何度か日本人のノーベル賞受賞予測記事を書いたことがある。しかし、吉野氏を候補から外したことはない。

 私は幸運にもノーベル賞候補と言われる何人かに取材した経験があるので、「大物」研究者には慣れているつもりだ。「大物」とされていても、実際に会うと、気さくでユーモアにあふれ、偉ぶらない人が多いことも知っている。

 しかし、吉野氏との初対面には緊張した。何しろ周囲を見わたせば、ありとあらゆるところで吉野氏の発明品が目に入るのだ。現代テクノロジー社会を根底から支える土台を築いた人である。ある種の全能感を持っていたとしても何らおかしくない、非常に稀有な立場にある人である。

■“神”が語った「リチウムイオン電池」開発の舞台裏

 大げさに言えば、現代テクノロジー社会の神である。私は、旭化成の応接室でそのご光臨を待った。しかし、そこに現れたのは、9日の記者会見をご覧になった方はおわかりのように、よく笑う好々爺である。

 リチウムイオン電池の開発で、グッドイナフらが見つけたプラス極に合うマイナス極の材料を、どう見つけたのかについて伺うと、「光るものを探せばよかった」とケタケタ笑った。「白川(英樹)先生が見つけたポリアセチレン(導電性ポリアセチレン。その発見により白川英樹氏は2000年ノーベル化学賞受賞)は銀色でしたよ。われわれが見つけたカーボン材料も金属光沢があってキラキラしていましたね」(吉野氏らは導電性ポリアセチレンをリチウムイオン電池のマイナス極に当初使ったが、実用化の過程でカーボン材料に切り替えた)。

 吉野氏が「面白い人」であることは、著書『 リチウムイオン電池物語 』(シーエムシー出版)の章タイトルを眺めるだけでもうかがえる。「第7章 三億円強奪! 有楽町スプレー銀行強盗事件の巻」「第8章 知らなかった部下の無謀行為」「第9章 新説開陳! 三種の鈍器論」......。

 ちなみにこの本、2019年10月11日現在Amazon.co.jpで2万円を超える高値がついている(2年前に買っておいてよかった!)。

■ノートパソコンやスマホの充電池として普及した「第一の波」

 とはいえ、もちろん単に面白いだけのお爺さんではない。

 吉野氏はリチウムイオン電池を取りまく「第二の大きな波が来ている」と語った。

 第一波は、IT化の波だった。その到来を象徴したのが1995年のMicrosoft社のOS「Windows95」の発売である。その翌年、私はNECのパソコンを買って電話線を通じてはじめてインターネットにダイヤルアップ接続した。当時はわざわざ大学の講義でインターネットのホームページの作り方を習ったものだ。

 京セラ(現au)の格安ケータイを買ったのもこの頃で、そこに仕込まれていることを意識しなかったが、リチウムイオン電池はその後またたく間にノートパソコン、スマートフォンの充電池として一挙に普及した。

 吉野氏は、2010年以降リチウムイオン電池に関わる特許出願件数が急増していることから、IT化に続く、大きなうねりが来ていると感じ始めたという。

■吉野氏が思い描く「未来の世界」とは?

 その具体像は今や明らかだ。電気自動車のための車載電池としてリチウムイオン電池が注目されているのである。

 吉野氏は、自動車の10%程度が無人で走る(自動運転の)電気自動車に置き換われば、電力問題が解決するのではないかと見る。無人電気自動車が地域を走り回り、太陽光発電などで電力が余っている場合にはそこで充電し、電力が足りない場所へ移動して放電する世界を構想しているという。

■ポルトガルで始まった「スマートアイランド」計画

 ポルトガルのポルト・サント島では、警察車両の一部を電気自動車(ただし無人ではない)に置きかえ、車載電池を地域の電力系統に接続して充放電する世界初の「スマートアイランド」計画が今年開始された。関東に巨大台風が近付き、停電も心配される今こそ関東にほしいシステムだが、吉野氏が思い描いていた社会は着実に近づいている。

 スマートフォンなどの小型機器と電気自動車では、リチウムイオン電池に要求される性能が異なる。地域の電力を賄うとなると、さらなる技術革新が必要だ。

 投手と捕手とボールだけでは野球はできない。面白い試合をするには、野手もバッターも必要だ。リチウムイオン電池でいえば、プラス極とマイナス極の間を埋める電解液、電子を集める集電体にも優秀な「選手」が不可欠である。社会インフラの整備も必要になる。われわれは吉野氏が育てたバッテリーの球を打ち返せるだろうか。

(緑 慎也)

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