ラグビー日本代表、スコットランドを撃破! リーチマイケルが「日本に恩返しがしたい」というあの出来事

ラグビー日本代表、スコットランドを撃破! リーチマイケルが「日本に恩返しがしたい」というあの出来事

ケガを乗り越え3度目のW杯に挑む

 前回W杯の南アフリカ戦で勝利した「ブライトンの奇跡」から4年、ラグビー日本代表は10月13日、激戦の末28-21でスコットランドに勝利し、史上初の決勝トーナメント進出を決めた。

 その立役者となったのが、共にニュージーランドにルーツを持つ、主将のリーチマイケル(30)と、ヘッドコーチ(HC)のジェイミー・ジョセフ(49)だ。

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■「寡黙ですが、本当に周囲に好かれる子」

 ニュージーランド人の父とフィジー人の母を持つリーチが日本にやってきたのは2004年、札幌山の手高校に入学した15歳の時。来日当初は札幌市で寿司店を営んでいた森山修一さん、久美子さん夫婦の家にホームステイしていた。久美子さんが思い出を語る。

「約1年、うちに下宿をしていましたが、お箸も上手に使ってましたし、寿司も天ぷらも、なんでもよく食べましたよ。ただ、お米を食べる習慣がなかったから、どんな食事でもお米が出てくるのに、最初は少し戸惑っていましたね」

 夫の修一さんも当時のリーチの印象をこう語る。

「寡黙ですが、本当に周囲に好かれる子でした。当時、30センチのマイケルの足に合うスパイクは札幌に売っていなくて、彼はボロボロのスパイクをテープで補修しながら履いていたんです。それを見かねたある父兄が、わざわざインターネットでスパイクを探して、彼にプレゼントしてくれたことがありましたね」

 リーチには高2の時、大きなショックを受ける出来事があったという。

「ニュージーランドの実家が火事になってしまったんです。その時、高校の佐藤幹夫監督が中心となって、保護者やOB、学校関係者、チームメイトに募金を呼びかけると、約70万円も集まった。マイケルは今でも感謝していて、『日本に恩返しがしたい』と言ってくれています」(同前)

■好きな言葉は「武士道」「覚悟」

 高校卒業後、東海大学に進んだリーチは、のちに大学の同級生だった妻・知美(さとみ)さんと12年に結婚。

「大学を卒業した頃、遊びに来た知美ちゃんからレシピを聞かれたメニューが『三色弁当』です。豚ひき肉とピーマンを甘辛く炒めたものといり卵、それを三色に盛り付けるのが上の3人の息子たちの時からの定番メニューだったんですが、マイケルも気に入ってくれたみたいで」(久美子さん)

 留学当初は、部屋の天井にひらがな表をはって日本語の習得に励んだリーチ。今では漢字検定の資格も保持しているという。

「知美ちゃんが気を使って全部ひらがなでメールを送ったら、『俺は漢字もわかる』とばかりに漢字を使った文章で返信があったとか。負けず嫌いの努力家でね。ただ、数学は苦手だったようで、『日本の数学はちんぷんかんぷん』とボヤいていました(笑)」(同前)

「マイケルは森山家の四男」と話す夫婦のもとに、リーチは今でも休暇があれば家族で訪れ、いつも「ただいま」と挨拶するという。

 大学卒業後はトップリーグの東芝でプレー。日本代表には08年から選ばれ、14年4月には主将に抜擢された。スポーツライターの大友信彦氏が解説する。

「外国出身の自分が日本代表の主将を務めることに人一倍責任感を持っていて、ほかの外国出身の代表選手たちにも積極的に日本の文化を伝えています。『武士道』や『覚悟』といった言葉を好んでいますね。

 ひとたびグラウンドに立てばその“獣性”を解放して、激しいプレーでチームを鼓舞します。彼はスーパーラグビーの『チーフス』でもプレーし、ニュージーランド代表『オールブラックス』の中心選手たちからも一目置かれる存在。今の代表チームのカルチャーはリーチが中心となって作り上げてきたものですし、まさに精神的支柱です」

■ジェイミーが求めるキャプテン像に合致するのはリーチしかいない

 だが、リーチは前回のW杯後、“燃え尽き症候群”に陥る。16年にジェイミーがHCに就任した直後、代表招集を辞退した。

「このまま続けたら精神的にも肉体的にも持たないということで、休む選択をしたんです。リーチが休みたいと伝えた時、ジェイミーはすぐに席を立って、明らかに拒絶反応を示し、一時は関係がギクシャクした。

 それでも代表に復帰し、主将に指名されているのは、ジェイミーが求めるキャプテン像に合致するのはリーチしかいないからです。今は、深い部分で信頼関係が出来上がっています」(スポーツ紙記者)

 リーチとともに日本躍進のカギを握るのが、ジェイミーHCだ。

 現役時代は突破力のあるフォワードとして活躍、オールブラックスにも選出された。95年から7年間、福岡のサニックスでプレーし、日本代表として99年W杯にも出場。母国で指導者として経験を積んだ後、日本代表のHCに就任した。

 コーチとして優れた点を、スポーツライターの多羅正崇氏が解説する。

■大胆な采配の下地にあるのは、日本人と日本文化への深い理解

「チームワークを重視する指揮官で、スローガンの『ワン・チーム』の通り、組織力を大事にしています。献身的で、激しいプレーのできる選手を好む傾向がありますね。

 アイルランド戦で見せたボールを保持するスタイルは、運動量がなければ実行できないゲームプラン。今年6月には“地獄の宮崎合宿”と呼ばれたハードな練習を積みました。練習に参加していない選手も周りで走り続けたり、筋トレをやり続けたりして、大半の選手が『人生で一番きつかった』と漏らしていました」

 采配の特徴は、各選手の特性を熟知した上での、大胆な選手起用だ。その下地にあるのは、日本人と日本文化への深い理解である。

 ジェイミーが初来日したのはニュージーランドの高校選抜に選出された時のこと。ホームステイ先だった福岡・志免町の冨士正醤油の藤浩太郎社長が回想する。

「とにかく体が大きくて、家の鴨居に頭をぶつけてね。寝られるサイズの布団がなくて、母が座布団を繋げてシーツをかぶせていました。父が食事に連れていったら、300グラムくらいのフィレステーキを3枚、ぺろりと平らげてましたね。

 サニックスに移籍した時、ガールフレンドと『ひさしぶりです』と書かれたケーキを持参してくれて、母は泣いて喜んでいました。アイルランド戦後に『感動をありがとう』とメールしたら、『お疲れさん』と日本語で返してくれましたよ」

■選手に刺身を「タベマショー」

 自他共に認める親日家で、居酒屋メニューで日本語を学んだというだけあり、寿司と刺身が大好物。

「ジェイミーはマグロも捌(さば)けるんです。サンウルブズのHCをやっていた時、遠征先に彼の知り合いがマグロをまるまる1匹届けてくれたのですが、手馴れた感じでお刺身にして、選手に『タベマショー』と振る舞っていました」(前出・スポーツ紙記者)

 刺身包丁は数丁そろえ、母国では素潜りで捕ったアワビやイセエビの料理を振る舞うこともあるという。

「福岡には行きつけのお寿司屋さんがあって、タコの刺身に入れる“飾り包丁”を習って帰ったと聞きました。サニックスがある宗像辺りの漁師さんと同じ釣り具をニュージーランドに持って帰るために、わざわざ買いに行ったりもしたそうです」(スポーツライター・藤島大氏)

 日本を愛するリーチとジェイミー。2人を中心にジャパンの進撃は続いていく。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年10月10日号)

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