中朝国境・丹東の“北朝鮮レストラン”で見た「北の現実」

中朝国境・丹東の“北朝鮮レストラン”で見た「北の現実」

(c)辻田真佐憲

 9月末、北朝鮮に接する中国遼寧省の都市・丹東を訪れて驚いた。ハローキティ、ドラえもん、ミッキーマウス、そして金日成、金正日の「グッズ」がお土産として雑然と並べられていたからである。

 もちろん、鴨緑江の向こう側で作られたものではない。中国側の製造業者が、金日成と金正日の肖像を勝手に使ったものだ。

■中朝貿易の7割が集中する都市・丹東

 日本で丹東といえば、北朝鮮で核実験などが行われたときに、テレビ中継される場所として知られる。そのため、物騒な場所とのイメージが根強いかもしれない。

 たしかに、丹東は、中朝貿易の7割が集中し、北朝鮮系の団体が外貨獲得のために運営するレストラン(北朝鮮レストラン)も多く、さまざまな意味で「北朝鮮に近い」場所ではある。

 だが、同時に丹東は、「北朝鮮を見る」観光地であり、リバーサイドビューを売りにする高層ホテルが林立している。鴨緑江沿いの遊歩道は夜になるとライトアップされ、カップルが行き交う。丹東はたんに物騒な場所ではない。

 思い返せば、中朝国境は、かつて大日本帝国の国境でもあった。ふたつの警察国家が隣り合うこの場所は、日本とも無縁ではない。薄れつつある陸の国境の記憶とともに、丹東の最新の姿をレポートしたい。

■観光地化する中朝友誼橋

 中朝国境の要は、鴨緑江に架かる中朝友誼橋である。経済制裁が行われているというが、見たところ、昼夜を問わずにトラックが行き来していた。

 この橋は、太平洋戦争中の1943年に日本によって架けられた。大日本帝国の遺産が、北朝鮮の生命線のひとつになっているのは皮肉だ。

 中朝友誼橋のすぐ隣には、1911年にやはり日本によって架けられた橋があったが、朝鮮戦争中に米軍に爆撃され、破壊されてしまった。現在、その遺構が「鴨緑江断橋」として、愛国教育の拠点となっている。

 このふたつの橋は、丹東の観光資源でもあり、橋のたもとには、前述の金日成・金正日「グッズ」や、偽ブランド品、マトリョーシカなどを売る出店が連なっていた。写真撮影はまったく禁止されておらず、呑気に自撮りを楽しむ観光客の姿もあった。

 鴨緑江断橋の先端部分からは、北朝鮮を間近で展望できる。ここにも出店があって、こちらが日本人とわかると、奥から金日成、金正日、金正恩のバッジを取り出してきた。そして日本語で「35元」(約600円)と売り込んでくる。作りの雑さから明らかに偽物だが、買い求める日本人も多いのだろう。

 こうした丹東側の賑わいにくらべ、北朝鮮側は人気がなく、まったくもって静かだった。

■北朝鮮レストラン「常連客」への特別サービスとは?

 丹東といえば、北朝鮮レストランも外せない。鴨緑江沿いを中心に、10店舗近く存在する。私はそのうち6店舗を訪れた。

 世界最大の北朝鮮レストランといわれる5階建ての丹東高麗館から、タッチパネルで注文する最新式の高麗香まで、形式はさまざま。どれもだいたい入り口に北朝鮮と中国の国旗を掲げ、チマチョゴリの女性従業員が立っているので、すぐにわかる。

 北朝鮮レストランには歌謡ショーがつきものである。決められた時間に行くと、女性従業員が代わる代わるステージで歌を歌ってくれる。

 丹東高麗飯店(さきの丹東高麗館とは別)では、従業員が、同国の女性ユニット・モランボン楽団の衣装を着て、「嬉しいです」「これ見よがしに」「社会主義前進歌」「攻撃戦だ」「中国人民志願軍戦歌」などを歌った。「これ見よがしに」「社会主義前進歌」は、振り付けまでモランボン楽団のそれとほとんど同じだった。なお、どの店でも、最後は朝鮮戦争時の中国の軍歌「中国人民志願軍戦歌」でしめられていた。

 なかでも驚くべきは、常連客への対応だった。常連客はステージに上がり、女性従業員たちと一緒にダンスを踊ったり、手を繋いで店内を回ったりしたのである。

 丹東の北朝鮮レストランでは、常連になると、2階などにある個室に通され、女性従業員がつきっきりで話してくれたり、カラオケで歌ってくれたりする。私も試しにある店舗を2度訪れたが、やはり個室対応だった。

 2013年に平壌を訪問したときの写真を見せると、従業員は私の手からスマホをもぎ取り、慣れた手つきでスワイプして、次々に写真を見ていった。そして「この子は知っている」「昔、(平壌の)高麗ホテルで働いていた」などと教えてくれた。

 通えば通うほど仲良くなっていく。北朝鮮レストランも、資本主義国の夜の店と変わらない。値段も1回100元(約1700円)もあれば足りるので、ハマるひともいるのだろう。

■「あなたを北朝鮮に連れていきます」

 とはいえ、やはり丹東は北朝鮮との国境地帯、それなりに物騒なところもないではない。

 鴨緑江には、各所に遊覧船の乗り場がある。中国側の船は鴨緑江を自由に航行でき、北朝鮮領にかなり近づくことができる。

 中朝友誼橋の近くの遊覧船が一番有名だが、このあたりは典型的な観光地なので、さほどの驚きはない。それよりも、丹東の中心部からタクシーで1時間ほど遡行してみるとよい。

 中国側には鉄条網が張り巡らされ、北朝鮮側には荒涼とした大地に監視塔らしき建物がたっているなど、雰囲気が一変する。険しい山道には人影もまばらだ。

 私の場合、もっとも奥まったところの遊覧船に乗ろうとしたが、時間が遅すぎたらしく、乗ることができなかった。

 ただ、タクシーの運転手が、「近くに個人的にボートをだしてくれるところがある」というので、ついていった。タクシーはさらに奥地に進んだ。夕闇が迫り、道路の舗装も段々と荒くなっていく。

 しばらくして、1軒の小屋の前に止まった。そこから、妙に笑顔の漁民風の男性が数名でてきた。

 運転手は「かれらと料金を交渉しろ」という。そこで、ジェスチャーや筆談で交渉を試みたが、どうもうまくいかない。仕方なく、グーグル翻訳の音声認識機能を使ってもらった。相手が、スマホに向かって話しかける。しばらくして、スマホの画面に日本語の翻訳が出力された。

「あなたを北朝鮮に連れていきます」

 北朝鮮近くまでボートで連れていくという意味なのだろうが、思わず噴き出してしまった。ただ、ここには助けてくれるひともいない。ややゾッともした。

 その後も「あなたを北朝鮮に何度も連れ去ります」などきわどい翻訳がつづき、料金も安くなかったので(900元=約15000円)、結局断念して、もっと中心部に近い遊覧船を紹介してもらった。

 そこでは、韓国人の高校生の団体が乗り合わせ、北朝鮮に向かって「アンニョンハセヨ〜」と呼びかけたり、「金正日!」と叫んだり、嘲笑気味に「チョソンミンジュジュイインミンコンファグッ(朝鮮民主主義人民共和国)」と言い合ったりと、また別の意味でヒヤヒヤさせられたのだが、幸いなにごともなく無事に帰ってこられた。

■資本主義と社会主義が混ざる都市

「わが元帥様がお導きになる社会主義のわが国。他人が羨むように輝かせよう、これ見よがしに」

 北朝鮮レストランの女性従業員は、中国人を前にしてこう歌った。丹東の現実の姿を見れば、これほど虚しく響くものもない。

 だが、そう簡単に北朝鮮崩壊論の類を唱えてよいものだろうか。

 中朝国境はかなり密接だ。対岸と物々交換するなとの看板もあった。戦前の日本も、中国側からわたってくる抗日パルチザンの討伐に悩まされていた。

 もし北朝鮮が崩壊すれば、すぐそこまで西側がやってくる。とすれば、鴨緑江を挟んで、中国は米国と対峙することになりかねない。中国にとって北朝鮮の崩壊はあってはならないことだ。

 中国政府は9月28日、国連安保理の決議を受けて、北朝鮮系企業にたいし、同月11日の決議から120日以内に閉鎖するよう求めた。これで北朝鮮レストランは見納めになるかもしれない。とはいえ、中国が貿易を完全に止めるとは考えにくい。

 プロパガンダとイデオロギー、現実と虚構、本音と建前、資本主義と社会主義、政治と観光――。

 これらがない混ぜになった、くらくらするような丹東の光景は、これからもしばらく続きそうである。安易な崩壊論や脅威論はさておき、まずはその姿を見ておくにしくはない。

写真=辻田真佐憲

(辻田 真佐憲)

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