「まるで揺りかご」新幹線で導入されたグランクラスの「高級」鉄道サービス革命

「まるで揺りかご」新幹線で導入されたグランクラスの「高級」鉄道サービス革命

先頭車両のグランクラスに乗り込む

「ああ、よく眠れた」

 これがグランクラスで新函館北斗駅に降り立った私の感想だ。東京駅8時20分発の「はやぶさ5号」に乗って、定刻12時18分に到着。所要時間は3時間58分。東北新幹線の最上級の座席に乗ったからには「寝たらもったいない」と思うけれども、寝ちゃったんだから仕方ない。大宮駅を過ぎたあたりから記憶が曖昧だ。仙台駅と盛岡駅停車は気づいたけれど、駅間の景色を見ていない。

 東京駅を発車直後、アテンダントさんが配った無料の和軽食を食べて、青森産のシードルを飲みつつ、45度まで深く倒れるシートに横たわる。レッグレストを持ち上げれば、ほぼ仰向け。まるで揺りかごのような、と言いたいけれど、揺りかごの経験がなかった。ええと、そうだな。家具店で試した高級マッサージチェアの、マッサージ機能がないやつ。ああ、恥ずかしい。お里が知れる。要するに居心地が良くて、お酒も弱いものだから、すとんと眠りに落ちてしまった。

■この寝心地は今までにない体験

 新青森駅の手前で目覚め、アテンダントさんにホットコーヒーをもらって茶菓をいただく。ここから先は寝ちゃいけない。新青森から先は北海道新幹線だ。私にとって初めて乗る路線で、この区間を乗ればJR全路線乗車を達成する。その記念の意味を込めて「グランクラス」を奮発した。しかしこの寝心地、今までにない体験だった。満足だ。

 ふだんはグリーン車すら手を出さない私にとって、グランクラスは分不相応な贅沢だ。帰路はもちろん普通車指定席。しかもインターネット予約サービス「えきねっと」の「お先にトクだ値スペシャル」で半額である。往路はグランクラスで38280円、復路は普通車指定席の半額で11340円。平均すると24810円となり、普通車指定席の片道料金22690円よりやや高い程度。こんな計算をして贅沢感を打ち消してしまうところが小市民的だなあ。

■グリーン車とは別格のグランクラス

「グランクラス」はJR東日本が提供する最上級の座席サービスだ。2011年3月、東北新幹線の次世代車両「E5系」の10号車に設定され、最速列車「はやぶさ」登場に合わせてスタートした。構想発表時は従来のグリーン車よりもさらに上質なサービスを提供する「スーパーグリーン車」だったが、正式サービス名は「グランクラス」。あえてグリーン車を連想させずに別格だと思わせる。

 本革を張った座席は電動リクライニングシートだ。バックシェルと呼ばれる外殻を採用し、後席を気にせずに背を倒せる。前述したように、レッグレストも電動で持ち上がり、その先にはフットレストも伸びる。ヘッドレストは手動で上下する。これはE5系の普通車でも採用されていて、ヘッドレストの横にアーム式の読書灯がある。座席の足下にはスリッパと車内誌が用意されている。私は頼まなかったけれど、靴べら、アイマスク、ブランケットはアテンダントさんが用意してくれる。

■インテリアも別格のデザイン

 座席のテーブルは2種類あり、どちらも肘掛けに収納されている。肘掛け上部の金属部分を開くと小さなサイドテーブルが現れる。飲み物だけならこれで十分だ。ゆったりとした気分が維持される。肘掛けの座面側のポケットに大きめのテーブルが格納されている。テーブルの大きさは2段階。ハーフサイズで飲み物と茶菓を置ける。開くとフルサイズになって反対側の肘掛けに届き、お弁当と飲み物を置ける広さになる。肘掛けにコンセントも用意されているから、ノートパソコンで作業できる。実用性重視のビジネス仕様だ。

 インテリアも別格のデザインだ。デッキと間仕切り部分に木目を使い、室内もメタリック素材を使いながら温かみのある暖色系。金属部にマット加工を施しギラつかない。荷棚は航空機のハットラックタイプで、鞄が露出しないから整然とした雰囲気を保てる。車内は徹底的に間接照明化され、光源を直接見せない。読書灯があるせいか、光量はやや暗めで落ち着いている。だからよく眠れるわけだ。

■アテンダントのおもてなし

 設備だけでもグリーン車とは格別だ。さらに嬉しいことに、アテンダントによるおもてなしがある。座席に着けば、おしぼりが提供され、続いて軽食、飲み物、茶菓が配られる。基本的にはすぐに提供されるようだけれども、軽食や茶菓の提供タイミングは指定できるようだ。私は朝食としてすぐに軽食をいただいたけれども、近くの席の老夫婦はあとで、とお願いしていた。

 飲み物は日本酒、ワイン、ビール、ウィスキー、シードル。ソフトドリンクはホット、アイスとも4種類。いずれも飲み放題で、アームレストのボタンでアテンダントさんを呼び注文する。お酒が好きなら天国のような座席だ。

■日本料理店「一凛」監修のお弁当

 軽食は和食で、「軽」と言いつつ内容充実。上品な折詰弁当だ。調理は外苑前の日本料理店「一凛」の料理長、橋本幹造氏が監修している。海老とコハダの手まり寿司を主に、合鴨スモーク、里芋煮、季節野菜のピクルスなど、洋風のアレンジも楽しい。茄子の揚げ浸しは出汁を拭き取っている。なるほど、こうすれば出汁を使う料理も出せるか。料理人の気遣いと、それに気づいた私の間に、ピンと意思が通じた気がする。楽しい食事だった。

 お酒と満腹が手伝って眠ってしまい、グランクラスの時間を短く感じた。それが残念でもあり、嬉しくもある。新青森までの景色は見慣れているから、見過ごしても悔やまない。意識が明瞭な時間は短かったけれども、下車時の爽快感から、無意識のうちに身体はリラックスしていたとわかる。むしろ、眠って身体を休めるほうが正しい利用法かもしれない。帰路の普通車指定席も悪くはなかった。しかしグランクラスを知った身体は、なんとなくムズムズとして、ときどき背伸びをしたくなる。なによりも眠りが浅かった。

■鉄道サービスに高付加価値、新たな市場を開拓

 東京〜新函館北斗間のグランクラス料金は約16,000円。サービス内容に見合っているかは、正直なところよくわからない。なぜなら、私にはこんな贅沢な空間を比較できるほどの経験がないからだ。ふだんファストフードで過ごしている人が、高級レストランに迷い込んで戸惑うような感覚だろう。しかし、自分や家族にとって記念になる旅、何かを成し遂げた自分をねぎらうような機会に、こんな車両を選びたいと思った。

 JR東日本のすごいところは、このような「グランクラスにふさわしい乗客」の存在に気づいて、新たに対応すべく車両やサービスを開発、提供したことだ。社会の中で鉄道が持つ役割、期待を認知し、新しいサービスを作った。日本の新幹線が「高速」鉄道サービスという革命を起こしたとするなら、グランクラスは「高級」鉄道サービスという革命の端緒だ。

※取材日は2019年9月21日。記事内の料金は、同年10月1日の消費税改定より前の数字です。

写真=杉山淳一

こうしてJRの「グリーン車」は大衆の“プチ贅沢”になった へ続く

(杉山 淳一)

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