【緊迫シナリオ】朝鮮半島有事、そのとき自衛隊は邦人3万人を救出できるか #2

【緊迫シナリオ】朝鮮半島有事、そのとき自衛隊は邦人3万人を救出できるか #2

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 201X年6月XX日、経済制裁を受けて四面楚歌となった北朝鮮は、韓国とのDMZ(南北非武装地帯)の前線に戦力を配備していた。朝鮮半島有事の危険性が高まったことを察知した日本政府は、開戦前になんとか3万人の在韓邦人を救出すべく、陸海空自衛隊による統合任務部隊(JFT)を編成した。

( #1から続く )

■鳴り響いた銃声

 危惧された事態は、在韓邦人等救出作戦が実施された、その日に起こった。邦人たちが集まったECCの一つであるインチョン空港のエプロンに、韓国軍の輸送トラックやヘリコプターがさらに膨大に集結しはじめたのである。

 すでに到着していたC-130輸送機へ向かおうとしていた邦人たちは、エプロンからターミナルビルへと追い返された。

 韓国軍のリエゾンが、誘導隊先任陸曹に緊迫した表情で説明した。

「DMZで、北朝鮮軍の侵攻の兆候がある。よって只今から、韓国内のすべての空港と港は、反撃基地として優先使用する」

 続けて、邦人の輸送に協力はするが、いつの離陸になるかは後から伝える、と言うだけだった。

 そして、その銃声こそ、総隊司令官が最も危惧していたことだった。

 邦人が集まった各空港や港で、ほぼ同時に、銃声が鳴り響いたのだ。

 邦人たちは自分の目が信じられなかった。韓国国旗を戦闘服に貼り付けた韓国軍兵士が、味方の兵士たちに向けて銃を乱射している。その人数たるや膨大だった。続く爆音で邦人たちに悲鳴が上がった。滑走路をタキシングしていた韓国軍の輸送機がオレンジの炎を上げて爆発したのだ。

■特殊戦部隊がソウル市内へ

 その時、一人の邦人が後方に吹っ飛んだ。慌てて覗き込んだ隊員の目に飛び込んだのは、首から血を流す姿だった。

 隊員は声を張り上げた。

「狙撃だ!」

 その頃、北朝鮮警報室はさらなる緊急通報をチョンワデに送っていた。

「韓国軍の軍服や警察官の制服で偽装した偵察総局隷下の、少人数で編成された特殊戦部隊がソウル市内へ密かに浸透し、韓国の要人の暗殺や誘拐、重要防護施設や市街地に対するゲリラ作戦を開始した模様――」

 AAと指定された日本大使館は、車両の手配がなかなかできず苦悶していた。邦人は、大使館に100名、大使公邸に30名が残されていた。

 大使は、ECCまでの「陸上誘導輸送」が可能かどうか不安に陥っていた。数年前の安保法制で、紛争エリアでは実施不可能であることを知っていたからだ。

 大使の決断を待つまでもなく、統合任務部隊からは、実はすでに、大使館に集まった邦人の陸上誘導輸送についての打診がきていた。しかし、大使まで報告されていなかった。大使がこの輸送作戦の全責任を負うという認識が伝わっていなかったのだ。

 JTFは陸上誘導輸送の編成を誘導隊長に命じた。大使館や大使公邸から、キムポ、インチョンの空港までの道路は、最短ルートはもちろん、複数の迂回路を含め、創設されたばかりの陸上自衛隊の研究本部教訓センターで検証済みだった。

 しかし、誘導隊長は覚悟を決めなければならなかった。かつての法改正で規定された「RUW(武器使用基準)」は、陸上誘導輸送隊にとって、過酷なものだった。陸上誘導隊は、すでにキムポ空港で待機中。狙撃班も配置完了。訓練も十分に行っている。だが、現地派遣司令部からの情報によれば、この空港から、大使館までの経路で、最短のルートは通行できない可能性があるという。数時間前、空港から伸びる高速道路と一般道で爆発が発生し、現在も炎上しているらしい――。

 正当防衛ではこの作戦は、相当な犠牲者が出るかもしれない。だから法律通り、作戦を中止すべきか――。アメリカ軍であっても、紛争地域においては、対戦車ヘリコプターなどの高度な火力支援を得ての作戦となるのだ。

 誘導隊長は決心をすでに行っていた。邦人をほったらかしなどできない――。

 迂回ルートかと考えたが、そこは韓国の警察も軍隊もまったく存在しないエリアだと分かった。もし、北朝鮮ゲリラ部隊と遭遇すれば、法律が禁止している交戦状態になってしまうことは明らかだった。

■もはや紛争エリアだ

 空路からの輸送も計画した。救命救急(ER)用に、CH-47を1機、運んできていたからだ。

 しかし、空輸隊の陸自幹部が反対した。制空権を韓国が完全に維持しているのか不明であるという。また、携行型のロケット砲の脅威も捨てきれないとした。そもそももはや撤退条件となる紛争エリアなのだ。しかも、これから主力の侵攻部隊がDMZから押し寄せてくるはずだ。

 誘導隊長は考えた。撤退のための武器使用なら許されるはずだ!

 ところがである。ここでも韓国側との調整が難航した。国家緊急事態発令はなされていたが、警察と軍との権限争いが至るところで発生していたのである。北朝鮮の特殊戦部隊が、様々な欺瞞作戦を展開し、警察と軍との間で摩擦が発生していたのだ。そのお陰で、陸上輸送での当事国の合意がなされるべき“窓口”があっちこっちと振り回されることとなったのである。

 ようやく合意がなされたルートは、韓国軍が指定したものだった。そこは、北朝鮮特殊戦部隊が行動している、との情報があるエリアに含まれていた。

 その一方で、韓国軍から驚くべき指示が、統合任務部隊に送られてきた。ECCを、韓国空軍の基地へ移動せよ、というものだった。キムポ空港は、韓国軍の専用出撃拠点とするという。

 誘導隊長は困惑した。空軍基地こそ、緊急発進する戦闘機や爆撃機によってフル活用される。自衛隊の輸送機が何時間にもわたって離発着することなど不可能ではないか――。

 誘導隊長はさらに決心した。

 ――ECCの移動については、情勢混乱につき、届いていない。よって、大使館の邦人救出の陸上誘導隊の行動を開始する!

 陸上誘導輸送隊を乗せたトラックと、護衛する装甲車の車列が出発した。隊員たちはあらゆる武器を携行していた。

 空港を出て20分後のことだった。

 急に、物音がなくなったことを隊員たちは意識した。先頭を行く装甲車は速度を上げた。

 韓国軍から指定されたルートに沿って、次の角を曲がったときだった。銃座の隊員に、ロケット砲を手にして横切る男の姿が目に入った。

「RPG!」

 隊員は声を張りあげ、機関銃を構えた。

 携行している無反動砲は、先制攻撃は到底できない。

 男がロケット砲を肩に担ぐのが見えた。ロケット砲から炎が上がったのを隊員はしっかりと見据えた。

 一方、プサン港へ向かう、邦人を乗せた陸上誘導輸送隊の車列が順調に進んでいたが、突然、停止した。先頭の装甲車の中で、救出部隊の隊員がうなり声を上げた。50メートルほど先の、ホテルらしき部屋の窓から数人の男女が必死に手を振っている。手には日本語で〈助けて!〉と書かれている。しかし、その下では、明らかに北朝鮮軍と思われる男たちが銃を乱射していた。数年前の法改正では、国家組織の兵士と交戦することは許されてはいない――。しかし指揮を執っていた小隊長は決心した。そして、自らとともに、死地へ向かう者の編成を始めた。

***

 これは、あくまでもフィクションの世界だ。事態の想定もまたそうである。現在の政治での協議がどこまでの「実相」を想定しているのだろうか。将来の日本のために今こそイマジネーションが重要だ。

 悲劇を起こさせないような法改正が行われると信じる。

出典:文藝春秋2015年5月号

■筆者による追加解説「それから2年、ストーリーはどう変わったのか」

 本稿を寄稿した2015年4月。当時の法律では、もし、韓国における「TJNO」(在外邦人等輸送)を自衛隊が行う場合、危害射撃(相手に危害を加える武器使用)は一切認められなかった。自衛隊員は武器使用が厳しく制限された中で邦人の輸送にあたらざるを得ず、どのような犠牲が予想されるかを描いたのが本稿だった。

 その約2年半後、安全保障に関する10本の法改正(「安保法制」の整備)が国会で成立。自衛隊は、任務遂行のための危害射撃(緊急避難と正当防衛が条件)を行うことができるようになった。

 本稿をもし安保法制の成立後にタイムスリップさせれば、部隊運用を初めとして様々なことが変わっていったことをストーリーに書き加えなければならない。まず、韓国からの邦人救出は、単なる「TJNO」ではなく、「RJNO」(在外法人等保護措置)と認定され、陸上総隊司令官(2018年3月発足予定)をトップとする陸海空の統合任務編成が行われることが決定した点だ。そして韓国領内で最も過酷な任務を行う「目的地派遣群」という部隊が編成されることも決まった。「目的地派遣群」は、安保法制で権限が付与された緊急避難と正当防衛における危害射撃の決断が何度も求められるだろうことがストーリーに反映されよう。

 さらに書き換えるべきは、権限が増えたからこそのストーリーである。危害射撃とは、攻撃してくる“敵”との交戦を意味するからだ。その時、日本の政治指導者は、国民の理解を得ることへの努力を尽くすのか、それが危惧される。下手をすれば、野党や一部マスコミが、過酷な任務を行う自衛隊を非難することにも繋がりかねず、それによって自衛隊の士気低下を惹起し、日本の防衛力の低下を生み出しかねない。1991年の湾岸危機の時、ペルシャ湾の海底に潜って命懸けの機雷処理をした自衛隊員を、一部マスコミや野党が非難し、自衛隊に脱力感が走った歴史があるからだ。

 最後に変更すべきストーリーは、日韓関係がより悪化していることだ。安保法制では、韓国の了解がなければ自衛隊員は韓国領内に足を踏み入れることはできない。だが、自衛隊の“上陸”に韓国世論の反発が予想される。どのようにストーリーを変更すべきか。想像を絶する過酷な環境が自衛隊を襲う、そのシーンは余りにも壮絶だ。

(麻生 幾)

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