なぜ「ヤギ」を飼うことが限界集落の活性化につながったのか

なぜ「ヤギ」を飼うことが限界集落の活性化につながったのか

「小菅沼・ヤキ?の杜」からの風景

 標高300メートルほどの里山から海の方角への眺めは格別だ。ここは富山県魚津市の「小菅沼・ヤギの杜」。美しい棚田を見ることができると思えば、遠くに見える海と対比もできる。山と海が近いのが魅力だ。そこに「ふれあい広場」があり、11月11日は、市内外から多くの人が集まってきていた。

(全2回の1回目)

 この日の会場には、収穫されたコキアが用意されていた。「コキア」というと聞き慣れないかもしれないが、和名は「ホウキグサ」。円錐形で、昔は、その茎がほうき作りに使われていた。今回も、参加者はコキアを手に思い思いにほうき作りに没頭した。これは3年前から始まった「コキアの灯りプロジェクト」の一環だ。

■ヤギの放牧に、コキアを植えるプロジェクトも

 ここは限界集落で、住民登録している人は数人いるものの、実際に住んでいる人はいない。耕作放棄地も多数あった。そのため、2007年から鳥獣対策の一環でヤギを試験的に放した。ヤギがいると、他の動物がエリア内に侵入しにくいのだという。その後、地域活性化のため、中山間地地域活性化グループ「小菅沼・ヤギの杜」(金森喜保代表)を結成した。原野となっていた耕作放棄地を整備しようと、2年がかりで復元した。

「ただ、農地を復元しただけでは物足りない。何かを植えようと思って、コキアを植えるプロジェクトを始めたんです」(金森代表)

「コキアの灯りプロジェクト」は年間を通じた取り組みで、コキアのタネを植えて、草刈りをし、観賞会をして、収穫にいたる。コキアは育つと緑になるが、10月始めには赤くなり、11月になると黄色に変色する。

 活動拠点の「ふれあい館」を作り、「ふれあい広場」には「ツリーハウス」も設置して、訪れた子どもたちが遊べるようにした。さらに遊歩道を整備し、自然観察ができるようにもした。

■古代米、きのこ、とんぶりにイクラ

 2010年には、ヤギの絵を描く「稲作アート」を始めた。特産品は、稲作アートをしている田んぼで作っている古代米のほか、棚田米、山菜、野菜の漬物などがある。

 イベント時に採取したきのこは、キクラゲやシイタケ、ヒラタケ、ナメコ。汁物の具に使った。

 また、コキアの実を加工して、「森のキャビア」とも呼ばれている珍味「とんぶり」に。この「とんぶり」をいくらと一緒に古代米に乗せて、参加者に振る舞っていた。筆者は、これに生卵を乗せて、贅沢に食した。

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 そのほか、会場では熊肉や猪の肉を焼いていた。熊肉はやや歯応えがあり、噛み切るのに時間がかかったが、猪の肉はやわらかくジューシーで、多くの参加者に人気だった。

■ジビエやほうき作りのイベントで広がる交流

「熊の肉が食べられるというのを聞いて参加しました。なかなか食べられないですからね」と話すのは製造業の高田遼さん(34)。市内の中心部に住んでいる。なぜ、限界集落の里山のイベントを知っていたのか。

「妻が何度か参加していたんです。来るのは3回目です。ここで開かれた(別のイベントでの)バーベキューに来たこともあります。仕事はプラスチックを扱っていますが、仕事と違って、自給自足の感じがいいですね」

 きょうだいで参加したのは、保育士の山本美穂さん(44)と、パートの上田淳子さん(40)の2人。市内の出身だ。親類が「小菅沼・ヤギの杜」で働いているため、イベントを知ってはいたが、参加したのは今年が初めてだという。コキアを植えるところから収穫祭まできたことになる。笑顔で楽しそうに、ほうき作りをしていた。美穂さんは「友達にも教えたんです。参加したいと言っていました」と口コミで広げている。淳子さんは「10月のイベントは台風で中止になったんですが、1年通じての思い出になりました」と話していた。

 3人のグループは看護師の女性たちで、富山市から訪れていた。グループの中心になったのはゆかりさん(24)。市内の出身だ。祖母とこの地を訪れたときにイベントの案内があったために、参加するようになったという。

「山は好きなんです。魚津にこんなイベントがあるなんて知りませんでした。なかなか体験できないイベントが多く、楽しいです」

 自作のほうきにまたがり、宙を浮いて魔女のような「インスタ映え」する写真を撮影している様子が印象的だった。

 こうして、住んでいる人がいなくなった地域にもかかわらず、里山で市内外の人との交流が成立している。

■若者の後継者と町のガイドが必要

 小菅沼は、魚津市の松倉地区にある。戦国時代には松倉城があり、砺波市の増山城、高岡市の守山城と並んで、越中国(富山県)の三大山城の一つだ。その松倉城の支城に小菅沼城がある。山城ファンは訪れたい場所だろう。5月には「うおづ戦国のろし祭り」が開催され、城主や姫が迎え出てくれるという。この風景にのろしがあがるのは見てみたい。

 その城址付近に、冒頭で紹介した「小菅沼・ヤギの杜」がある。しかし、こうしたイベントが、ただちに移住や定住に結びつくわけでもない。

 同地区の人口も少なくなり、松倉小学校は他の地区の小学校と合併した。

「人口減少は地域の悩みです」と語るのは、黒崎充・松倉公民館長だ。「全国どこの過疎地域や限界集落も後継者不足と悩みは同じ。若者のグループを作っていかなければならない」と話すが、「地域のことを知らない人が多い。名木もあるが、由来などが知られてない」と残念がる。「地域資源をデータに残さないといけない」と、町のガイド役の必要性を話していた。

 もちろん、松倉地区だけが人口減少しているわけではない。市全体でも同じだ。

■海と里山の自然で「住みよさランキング」全国9位

 魚津市は、富山県内10市のうち、7番目の人口。2019年10月1日現在では4万1814人(男性2万328人、女性2万1486人)、世帯数は1万7021。10年前と比べると人口は約3500人減少した。

 ただ、魚津市は、東洋経済の「都市データバンク」編集部による調査「住みよさランキング2019」では全国9位の評価を得ている。魅力の一つは海と里山の自然だ。小菅沼・ヤギの杜も、そんな楽しみを感じることができる場所だろうか。

 そんな中で、魚津市は移住に力を入れ始めている。片貝地区に移住者向けのお試し体験施設「片貝来られハウス」が、今年の4月、オープンした。川沿いにある空き家を改装したもので、玄関には寒さ対策で「風除室」があり、和室が2部屋、ほかにキッチン、バス、トイレがある。冷蔵庫や洗濯機、食器は常備されている。利用料金は1日2000円(中学生以下は半額)。

「ホームページで募集をしただけですが、すでに17人が利用しています。このうち、少なくとも1人が移住を決めてすでに魚津に住んでいます」(市担当者)

 今後も移住を検討している人を中心に利用を見込んでいる。

■観光客の増加を期待する声も

 ただ、富山県自体が移住・定住のイメージは高いわけではない。ブランド総合研究所が行った「定住意欲度ランキング」(2019年)では富山県は30位。ただ、移住相談件数では全国6位という数字もある。活性化のためには、ますます地域の魅力をアピールしていく場面が増えるだろう。

 また、観光県のイメージでもない。観光庁の「宿泊旅行統計調査」によると、2018年のデータでは、都道府県別延べ宿泊者数は378万人で全国40位。人口10万人あたりでみると、35万5000人で31位と、低い。

 しかし、2015年には北陸新幹線が金沢まで開通した。観光客の増加を期待する声も聞こえる。魚津市は、県内で富山市、高岡市についで、3番目に客室数が多く、キャパシティは大きい。市内は映画「羊の木」(2018年)のロケ地にもなったが、山と海が近い魚津市には観光資源が豊富にある。

( #2 へ続く)

取材協力=片貝地域振興会
写真=山元茂樹/文藝春秋

珍百景 日本一美しい「東山円筒分水槽」をいつまでも眺めていたい へ続く

(渋井 哲也)

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