元KARAク・ハラ 死の5日前“最後の単独インタビュー”で一瞬見せた「えっ?」という表情

元KARAク・ハラ 死の5日前“最後の単独インタビュー”で一瞬見せた「えっ?」という表情

亡くなった元KARAのク・ハラさん ©?getty

「テレビのMCとか、バラエティー番組への出演とか、ラジオのパーソナリティーにも興味があるんです。そのためにも、もっと日本語がうまくならないと」

 あの時の彼女のあの言葉に、偽りはなかったと信じたい――。

 韓国のアイドルグループKARAの元メンバー、ク・ハラさんが11月24日、ソウル市内の自宅で死亡した状態で発見された。リビングのテーブルには、自身の境遇を悲観する手書きのメモが残されていたという。28歳だった。

 彼女は2016年のKARA活動休止後、元交際相手への暴行疑惑や、その後自身で明らかにした相手男性からのリベンジポルノによる脅迫事件で、訴訟沙汰になっていた。また今年5月には、自宅で意識不明となっていたところをマネージャーに発見され、自殺未遂と報じられている。

 だがそうしたトラブルを乗り越え、6月から日本に拠点を移し、ソロ歌手として再始動。11月14日〜19日には東京、大阪など全国4大都市を回るコンサートを敢行した。そしてツアー終了後、「用がある」と韓国に戻った直後に、突然の悲報がもたらされたのだった。

 これから綴るのは、ハラさんが最後に日本で過ごした日々の中、偶然にも2度に渡って彼女を取材する機会を得たライターの回想である。

■サンシャインシティで行われたトークショー

 11月8日、ハラさん(当時の芸名はHARA)の日本での再始動第1弾シングル「Midnight Queen」の発売を記念し、東京・池袋のサンシャインシティでトークショーが開催された。彼女が日本に拠点を移して以降、初となるファン対象のイベントである。私はある媒体からの依頼で、この催しを取材していた。

 トークショーは、司会の女性との質疑応答という形で進行した。

■「しばらく会えなかったので、今日は本当にうれしいです」

 以前からのハラさんのファンなら周知のことだろうが、彼女の日本語はかなり流暢だ。細かい言い回しが怪しくなることはあっても、聞くにせよ話すにせよ、日本語での意思の疎通にまったく問題はない。ペラペラ立て板に水という感じではないが、頭の中で言葉をしっかり組み立てながらしゃべっているのがわかる。この日も、会場に詰め掛けたファンへの

「みなさんに会いたかったのにしばらく会えなかったので、今日は本当にうれしいです」

 という挨拶に始まり、再出発にあたって日本で実現させたいことを聞かれると、

「いつかドームツアーをやってみたいですね」

「テレビのMCとか、バラエティー番組への出演とか、ラジオのパーソナリティーにも興味があるんです。そのためにも、もっと日本語がうまくならないと」

 と明るく抱負を語っていた。さらに好きな日本の食べ物を聞かれた時、「『なか卯』の豚キムチ定食」(日本食ではないが……)と、「『松屋』とか『すき家』のねぎ玉牛丼の、卵抜き」(たっだら、普通の牛丼にサイドメニューの青ねぎを追加すればいいのでは?)を挙げていたのはまあ御愛嬌だが、日本での彼女の気取らぬ暮らしが垣間見えた、ほほえましいシーンでもあった。

■ハイタッチ会には長蛇の列が

 もちろんこのイベントでは、彼女の新曲「Midnight Queen」がプロモーションビデオ映像とともに流された。KARAの日本デビューシングル「ミスター」のスタッフが再結集して制作したものだ。さらにカップリング曲の「Hello」では、彼女自身も日本語作詞に参加したという。

「私を待ってくれていた日本のファンのみなさんへの思いを込めて、『ただいま』という歌詞を入れました」

 トークショーに続いて行われたハイタッチ会は、「Midnight Queen」のCDを購入したファンを対象としたものだったが、彼女の前には復帰を待ちわびたファンで長蛇の列ができた。それだけでなく、吹き抜けになっていた1階の会場から見上げると、上階にひしめく買い物客も手摺越しにこのイベントを覗きこんでいる。

 そんな盛況ぶりを横目にしながら、私はイベント開始前に名刺交換をした女性と言葉を交わしていた。新たに日本でのハラさんの所属事務所となったプロダクション尾木の取締役兼チーフマネージャーである。石坂浩二、三田佳子、仲間由紀恵といったビッグネームが在籍し、グループ会社には元AKBの高橋みなみ、渡辺麻友らも抱える老舗事務所。その取締役が、加入したばかりの歌手のトークショーレベルの催しにわざわざ立ち会うのは、かなり異例のことだ。

■意外な回答「じゃあ、HARAはどうですか?」

 フリーランスの私は、週刊文春の巻末連載「おいしい! 私の取り寄せ便」も担当していたのだが、各界の著名人にお気に入りの通販食品を紹介していただくその連載の、次の入稿分の登場者がまだ決まっていなかった。締め切りも迫っていたそんな中、チーフマネージャーの名刺の裏に書かれた所属タレント一覧にふと目をやると、それなりの知名度がありながら、(失礼だが)連日超多忙というわけではなさそうな、つまり、オファーを出せばさほど日を置かず取材に応じてくれそうな男性タレントの名前があるではないか。そこで私はチーフマネージャーにこちらの事情を話し、もしその男性タレントにお気に入りの取り寄せ品があった場合、できるだけ直近でインタビューできるか否かを尋ねてみたのだ。

 ところがチーフマネージャーから返ってきた言葉は、意外なものだった。

「じゃあ、HARAはどうですか?」

 そんなことが可能なのか? いや、それ以前に元KARAなのだから、主なファンは若い女性のはず。週刊文春の中心読者である中年以上の男性に向けた「私の取り寄せ便」に登場するには、彼女はそぐわないのではないか?

「いえいえ、HARAのファンにはそういう層の方々も多いんですよ」

■「おかえりー」としきりに声援を送るファンの姿

 確かにハイタッチを待っている列を見てみると、30代以上の男性の姿も珍しくない。それどころか思い出してみれば、トークショーで「おかえりー」などとしきりにハラさんへ声援を送っていたのは、言っては悪いがみんなオジサンだった。

 だとすれば渡りに船だ。しかもあのページに韓流女性アイドルが登場すれば、意外性もあって中年男性以外の読者の目も惹ける。

 しかしひとつ、懸念がある。

「だけど来週から全国ツアーが始まるんですよね? お忙しい中、時間を取っていただけるんですか?」

「なんとかします」

 この答えに、事務所の並々ならぬハラさんへの力の入れ具合と、大きな期待を感じた。読者の多い週刊文春で名前とコメントだけでもまず露出させることで、彼女の再始動をロケットスタートさせようとしているのだ。私はすぐに週刊文春編集部と連絡を取り、ハラさんへのオファーの承諾を得た。

■リハーサル時の格好のまま現れたハラさん

 2日後、彼女のマネージャーから日本でよく取り寄せている商品が伝えられた。ご飯に乗せて食べている明治屋の缶詰「プレミアムほぐしコンビーフ」、新潟の小さなメーカーが作る鮭茶漬け、韓国の農協製のキムチの3点だった。このうちキムチは、購入希望者が製造元に直接問い合わせできないのでまず候補から外れ、残る2点を編集部で検討した結果、鮭茶漬けを紹介することになった。さらにマネージャーとの交渉を経て、インタビューは11月19日の午後1時30分からに決まった。ハラさんの全国4大都市ツアーの最終日、Zepp Tokyo公演の昼の部の幕が上がる直前に、応じてくれるという。

 インタビュー当日、Zepp Tokyoに到着してみると、開場の1時間以上前から熱心なファンが列を作っていた。トークショー時と同様、少なからぬオジサンも見られる。

 取材用の控室に通されて間もなく、ハラさんが現れた。リハーサル時の格好のままだという、ゆったりした黒のTシャツにジーンズ、黒のロングブーツ。そのまますぐZeppの外のお台場界隈を歩いても何の違和感もない、シンプルな服装だった。

 取材の趣旨はあらかじめ伝えられていたようで、よけいな説明の必要もなく、すぐに本題に入る。

■鮭茶漬けとの出会い「もう大好きになっちゃって」

 そもそも彼女が鮭茶漬けという食べ物と出会ったのは、KARAとして来日した9年ほど前の、ホテルの朝食だったという。韓国でも鮭は身近な魚だが、お茶漬けにするという文化はなく、初めて口にしていっぺんで気に入ってしまった。以降、日本にいる時はよく食べるようになったし、自分で材料を買って作ったりもしていたそうだ。肉よりも魚の方を積極的に摂ろうという、自身の体調管理も考えてのことだった。

 今回紹介してくれたメーカーの商品を知ったきっかけはと聞くと、

「日本へお料理の勉強に来ている韓国人の友達がいるんです。彼女は私の好物を知っていて、この春、『これ、お勧めだよ』と瓶入りの鮭茶漬けをくれました。食べてみたら、いろいろ使ってきた他のものとはちょっと違うんです。つまり、えーっと……鮭そのものの味をすごく感じました。もう大好きになっちゃって、それからずっとこれを取り寄せてます」

 彼女の舌は鋭い、と思った。というのも彼女お勧めの鮭茶漬けは、化学調味料(アミノ酸)や着色料、保存料といった余計な添加物は一切使用せず、塩だけで調味しているのだ。もしかすると、料理に詳しいその友人から教えられた後知恵なのかもしれないが、そうだとしても食への関心が高くなければ口にできないセリフだ。

 彼女はとにかく、ご飯が大好きなのだとか。最初の出会いの時の刷り込みによるものなのか、お茶漬けを食べるのはほとんど朝で、週に1回は必ず作るという。鮭と一緒に梅干しも熱々のご飯に乗せ、お茶をかけてねぎと海苔を散らす。そこにあとキムチがあればほかに何もいりませんと、幸せそうな遠い目をした。

 一食のお茶漬けで、ひと瓶の半分の鮭を使うのだという。残りの半分は数日後、鮭ご飯を作るのに使うから、1週間でひと瓶空いてしまう。

「だから日本の住まいのキッチンには、何瓶も置いてあるんです」

■スマホで「鮭ご飯」を作る動画を見せてくれた

 そう言いながらスマホを取り出し、自分で鮭ご飯を作っている様子の動画を見せてくれた。研いだ米と茶漬け用の鮭が入った土鍋を火にかけ、炊き上がったところに刻んだ三つ葉と枝豆を加え、しゃもじを使って慣れた手つきでさっくりとかき混ぜ、茶碗によそう――。日本の居酒屋で出しても人気メニューになりそうな出来栄えだった。

「めっちゃおいしいですよ」

 目をくりくりさせて、彼女はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。

■ほんの一瞬見せた〈えっ?〉という表情

 さて、聞くべきことはすべて聞いた。インタビュー時間はそろそろ30分になろうとしている。ライブの開演も迫ってきているし、もう切り上げなければ。では、今日はどうもありがとうございました。私はそう礼を言って、取材を終了しようとした。

 するとわずかほんの一瞬のことだったが、彼女が〈えっ?〉という表情を見せたのだ。

 もしかしたら彼女は、過去のトラブルについて聞かれることも覚悟していたのか。それが事前の申し出通り、食べ物に関する質問しかされなかったから、〈本当にこれだけでいいんですね?〉と驚いたのだろうか。

 あるいは日本でのこれからの自分を、まだまだ語りたかったのか。〈私のことを、もっと知りたくはないのですか?〉という心の声が、ふと顔に出てしまったのか。

 今となっては、あの表情に込められた意味を知る由もない。

■ハラさん“最後の単独インタビュー”に…

 Zepp Tokyoでの取材から5日後、仕事帰りの駅のホームで私がのぞいたスマホが、彼女の訃報を伝えた。

 翌日、チーフマネージャーにお悔やみの連絡を入れた際に知ったのだが、どうやら私は、日本で最後に彼女へ単独インタビューした人間だったらしい。

 ハラさんを巡り、死の真相を探ろうとする記事が、今後まだまだ出てくるのだろう。しかし私は、そのようなことに興味はない。ただ、彼女の日本での最後の日々の姿を書き残しておくことが、せめてものハラさんへの手向けになればと、今、キーボードを叩いている。

※「週刊文春」12月5日発売号では、所属事務所の承諾を得てハラさん登場回の『おいしい! 私の取り寄せ便』を掲載予定です。

(河崎 三行)

関連記事(外部サイト)